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二十六章

二十六話 カミツレ -苦難の中の力- その六

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「……OKです。みなさん、お疲れ様でした~」

 本当に疲れた~。新見先生にエントリーシートをダメだしされないよう、念入りに青島祭実行委員の人達とチェックしたからかなり時間をかけてしまった。
 後はあの人達にチェックしてもらって終わり。
 ちなみに私は獅子王さん達の劇のたエントリーシートを書いている。私だけ却下されたらと思うと結構なプレッシャーだよね。
 ちゃんとパスしないと。

 新見先生の横やりがあったせいで余計に時間をとってしまい、窓の外を見るともう真っ暗。
 日に日に夜になる時間が早くなる。もう、冬が、青島祭が近づいてきている。
 時間があっという間に過ぎていく。でも、時は待ってくれない。だから、頑張らないと!

「なあ、伊藤さん」

 エントリーシートを一緒に書いていた男の子と女の子が私に話しかけてきた。何か質問でもあるのかな?
 そう思っていたら、二人はおもむろに頭を下げてきた。

「ごめん。俺達の出し物をもう一度認めさせたいってこっちからお願いしたのに、新見先生の前では伊藤さんのことを責めてしまって」
「……私も。気が動転しちゃって、つい」

 二人の申し訳ない顔を見て、不謹慎ふきんしんだけどつい微笑ましくなった。
 みんな、本心では出し物をやりたいって思っている。
 私のやっていることは間違っていない。それを再度自覚できた。負けられないって気持ちが強くなる。

「仕方ないですよ、あんなこと言われたら誰だって動転しますよ。あれは新見先生が悪いんです。私達は悪くありませんから」
「ははっ、そうだな」
「頑張ろうね、伊藤さん」

 お互い笑い合った後、笑顔で別れた。

「伊藤」
「二上先輩、お疲れ様です」

 二上先輩のメガネは伊達じゃないことが今日よく分かった。スペックが高い。一を聞いて十を知る、この言葉を体現した人だよね。
 二上先輩はすぐさま私達のやり方を理解し、一番早くエントリーシートを書いてしまった。それどころか逆に、私にアドバイスしてくれて、より完璧なエントリーシートが出来上がったと思う。
 しかも、教え方がうまいし、理解しやすい。流石はイケメンメガネ。絶対、家庭教師に向いていると思う。

「今日はありがとうございました。アドバイスしていただき、とても助かりました」
「それはどうでもいい。このエントリーシートを無駄にするなよ」

 二上先輩が言いたいのは、嘆願書のことだよね。制限時間内に、賛同者を集めなきゃいけない。出来なければ今日の頑張りはすべて無駄になってしまう。
 私は気を引き締めて、心配をかけないよう頷いてみせた。

「大丈夫です。二上先輩のご迷惑をおかけしないよう頑張りますから」
「それもどうでもいい。頑張ってなんとかなるようなことなのかと言っている」

 ううっ、具体的なことを言えってことだよね。正直、この後で先輩と橘先輩の三人で相談しないと何とも言えないんだけど……。
 ここで無策です、何て言ったら怒られるよね。何て答えよう。

「伊藤、勘違いされては困るんだが、別に俺は怒っているわけじゃない。できないのなら、早く言ってくれと言いたいんだ。でないと、俺も対策を練ることができない」
「えっ、どういうことですか?」
「俺も手伝う」

 えええっ~、二上先輩が手伝ってくれる!
 まさに今、明日は雨が降るのでは、という言葉を使いたい。めずらしい。ちょっとした奇跡じゃん。

「おい、失礼なことを考えていないか?」
「いえいえ。二上先輩って私の事、嫌っていると思っていましたので、まさか協力していただけるとは思いませんでした。すみません」
「別にかまわない。俺はただ、女の子一人頑張らせておいて、見ているだけっていうのが性に合わないから、協力すると言ったまでだ」

 私の事、女の子って思ってくれているんだ。あははっ、女の子扱いされることが少しテレくさい。
 文句ばかり言われていたから、使えないヤツって思われているのかなって思っていたから。
 優しいよね、二上先輩は。これはツンデレ……じゃないよね?
 私は咳を一つして、気持ちを落ち着かせる。二上先輩は本気で心配してくれている。真面目に考えないと。

「二上先輩の申し出、ありがとうございます。二上先輩のご厚意、甘えていいですか?」
「それは俺に協力を求めるってことでいいのか?」
「はい。賛同者については、この集まりを提案した私達が責任をもってやり遂げたいと考えていましたが、意地を張っている場合でなくなりました。時間がありません。貸していただけるのなら、お願いしたいです。二上先輩、協力してください」

 私は席を立ち、二上先輩に頭を下げた。言葉通り、賛同者を集めるのは楽なことではない。見栄やプライドを捨ててでも、やり遂げなければならない。
 浪花先輩の停学や出し物の却下について、私は納得いかなかった。だから、立ち上がった。
 みんなを巻き込んだのは私の我儘わがまま。新見先生の言った通り、私は感情で動いている。だから、巻き込んだみんなにはせめて迷惑をかけたくない。
 でも、全くダメでした、頑張ったけど無理でした、とは言いたくない。あきらめたくない。どんな手を使っても結果を残さなきゃいけない。

「なるほどな……藤堂が言いたかったことが少し理解できた」
「? どういうことですか?」
「自分で考えろ。賛同者の件、了解した。俺の方で何人か声をかけてみる。何かあればメールする」

 二上先輩はそう言い残すと部屋を出ていった。二上先輩はサッカー部の元部長さんだし、女の子にモテる。
 結構期待できるけど、なるべくなら、私と先輩と橘先輩の三人で集めるように計画しておこう。当てにするのはよくないと思うから。

「ほのか」
「るりか、お疲れ」
「私も何人かに声をかけてみるから。無理は……しないといけないよね」
「そうだね。時間もないし、自信もないけど……やり遂げてみせるから!」

 私はブイサインをしてみせる。大丈夫ってアピールしたかった。
 るりかは苦笑しつつ、手を振って別れた。



 今日手伝ってくれた丸井先輩と青島祭実行委員の人達にお礼を言いにいかないとね。
 私は丸井先輩達にいる場所へ向かった。この人達がいなかったら、このエントリーシートは書けなかった。
 彼女らが今日の一番の功労者。お礼を言わなければ絶対に罰が当たる。

「今日はありがとうございました」
「……ねえ、なにアレ?」

 うわ……丸井先輩、機嫌悪そう……原因は新見先生だよね。表情を隠そうともせず、新見先生のことを全身で毛嫌いしている空気を出してるよ。
 でも、私にぶつけるのは勘弁してください。怖いです。

「アレと申しますと?」
「……名前を言うだけでけがれた気分になるわ。何なの? 私達、嫌われているの? 悪意しか感じなかったんだけど」

 ですよね~。絶対に大人げないよね。
 分かっていただける人がいて、本当にうれしいです。

「……ふふっ、人が本気で怒ると笑いが出てきちゃうんだ。参考になったわ」

 ど、どこかで聞いたようなセリフをもらし、丸井先輩はこめかみをひくつかせている。

「伊藤さん!」
「は、はい!」
「私達はあなたを全面的に支持するわ。青島祭実行委員全二十名、賛同するように声をかけておくから」
「ありがとうございます! 絶対に浪花先輩の復帰、めざしましょうね!」

 つくづく思う。私は多くの人に助けられていると。
 私には力がない。無力だ。それをよく知っている。だから、強くならなきゃって思ってた。
 でも、私は勘違いしていたのかもしれない。力なんて必要なかったのかもしれない。
 力がないのなら、協力すればいい。私が誰かの力になって、誰かが私の力になってもらえたら、きっと、沢山のことが出来るはず。
 もちろん、時には打算や見返りも必要だけど、それでも、一つの目標の為に助け合えるのは貴重だと思う。

 今日集まってくれた人達は全員、帰っていただいた。さて、エントリーシートをあの人達にチェックしてもらいにいきますか。
 もうアポはとっている。今日見てもらって、明日に返事をもらえるよう約束している。この行動が対新見先生に関する私達の切り札になるはず。
 私はエントリーシートを人数分コピーするために準備を始める。ちゃんと数はそろっているか、忘れはないかチェックしておかないと。
 チェックしていると、私のすぐそばにマグカップが置かれた。

「お疲れさん。どう、手ごたえはある?」

 橘先輩、来てたんだ……。
 橘先輩の労いに、私は簡単に状況を報告する。

「エントリーシートは大丈夫です。問題は賛同者ですね」

 私はチェックしながらマグカップに口をつける。甘いココアの味がした。疲れた脳に甘いものは癒されるよね。いつもより美味しく感じる。

「厄介なことをしてくれるね、新見先生は。嫌なところを的確についてくる。浪花先輩の停学と出し物の却下を同時に通達したのは絶妙だね。いい脅しになるよ」

 確かにそうかもしれないけど、私は新見先生のやり方は納得いかない。生徒を脅迫で押さえつけるなんて、絶対に反発をうむだけ。それに楽しくないし、誰も笑顔にならない。
 橘先輩と雑談しながらエントリーシートについて軽く意見を交わしていたら、先輩が帰ってきた。
 先輩の疲れ切った顔を見て、賛同者集めはあまりうまくいかなかったことが分かった。

「その顔だとうまくいかなかったみたいだね」
「……すまん。左近を入れても十人くらいしか賛同を得ることが出来なかった」

 その十人が誰かを教えてもらった。
 橘先輩に御堂先輩、黒井さん、サッキー、朝乃宮先輩、長尾先輩、須藤先輩……後の三人って確か風紀委員の人だよね?
 見事に風紀委員しかいない。先輩って友達少ないんだね……ライバルも少なくて助かるんだけど。

「伊藤さん、これで何人くらいなの?」
「そうですね。出し物を却下された人達、青島祭実行委員、私達風紀委員、全員あわせて計百十三人ってところでしょうか。全員が協力してくれたらですが」

 これはあくまで希望的観測。実際は百を満たすかどうかになる。新見先生に逆らってまで賛同してくれる人がいるのか、不安で仕方ない。

「そうなると残り三十七以上か。微妙に多いよね」

 なるべくなら百五十人ではなく、少し余裕を持たせたい。新見先生が仕掛けてきて、賛同者が減る可能性だってある。できるだけ多くの人から賛同を得ないと。
 問題はその方法なんだけど……。

「やっぱり、登校時やお昼休みに署名運動するべきでしょうか?」
「それはダメだよ。署名運動はね、先生の許可が必要なんだ。新見先生が却下するに決まってる」

 ああっ、ダメか。それだと、一人ひとり声をかけていかないといけないってこと? 大変だけど、地道にやるしかないよね。

「私、賛同してくれそうな人に声をかけてみます。きっと、大丈夫ですよね?」
「……いかんせん、時間がないからね。何か対策は考えておくよ」

 橘先輩も先輩も難しい顔をしている。その様子で、状況がどれだけ悪いのか分かってしまう。もう時間との勝負。かたっぱしからメールして呼びかけよう。
 不安を押し殺し、私は賛同者集めに奔走ほんそうすることになった。
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