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二十六章

二十六話 カミツレ -苦難の中の力- その三

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 出し物を却下された人達すべての人達と話が完了し、今度は青島祭実行委員がいる視聴覚室へと向かう。
 新見先生の言ったことが正しいのかどうか確認するために。
 視聴覚室の中をのぞいてみると、人が忙しそうに動き回っている。青島祭の準備で忙しいみたい。気のせいか、青島祭実行委員の人達はあまり元気がなさそうにみえる。

「どうした、伊藤。入らないのか?」
「……いきましょう、先輩」

 様子見をしていても始まらない。いかなきゃ。
 私は一息入れてから視聴覚室に入った。
 最初は私達が入ってきたも、何の反応もなかったけど、徐々に静まりかえっていく。
 以前、浪花先輩が座っていた場所に、別の女の子が座っていて、書類とにらめっこしていた。

 不思議……浪花先輩がいないだけで、どこか別の場所みたいに思えちゃう。
 私達の気配に気づいたのか、作業をしていた女の子が顔を上げた。
 ぱっつんロングヘアの黒髪で、鋭い目つきの気の強そうな女の子だ。背筋もピンと伸ばして威厳いげんがある。浪花先輩とはまるで正反対。

「何か用? 藤堂君」
「先輩、知り合いなんですか?」
「ああっ、浪花のセクハラの件で知り合った。こちらは青島祭副実行委員長の丸井さんだ」
「丸井です。始めに言っておくけど、ここは警察ではないわ。浪花のセクハラの被害届は職員室にお願いするわ」

 う、うわぁ……。
 浪花先輩、いろんな女の子に声かけすぎ。
 丸井さんの顔を見たら、どれだけ苦労させられているか分かっちゃったよ。別に私が悪いわけじゃないんだけど、申し訳ない気持ちになっちゃう。

「風紀委員の伊藤ほのかです。今日はお話をうかがいに来たのですが、今、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「……」
「あ、あの……」
「そう……あなたが伊藤さんなのね」

 えっ? 私の事、知られている? なんか、みんなが私の事を見てるんですけど!
 もしかして、私って有名人? て、テレちゃうな~……って、そんなわけないか。
 きっと、ロクでもないことで知られているんだよね。また、美月達のように恨まれているのかな?

 以前、私は押水先輩にフラれた女の子達の恨みを買って、恨み言をぶつけられたことがある。それは私達がしでかしたことへの報いで、当然の結果なんだけど。
 失恋した私にとって、その恨み言はとても理解できることだらけあった。
 その人達と直接話して、触れ合って、今は一部の人だけど仲直りできている。
 辛い経験だったけど、そのおかげで馬淵先輩の想いを知ることができた。本当にいい経験だった。

「あの……もしかして、私、何かご迷惑をおかけしてしまいましたか?」
「いえ、あなたはむしろ被害者じゃない? 浪花の」
「はははっ、たくさんセクハラされています」

 現在進行形です。
 私の回答に丸井先輩はため息をついた。

「よく言っておくわ。あの手癖の悪さは死んでも治らないと思うけど。浪花! 今すぐここに来なさい!」

 ですよね~。浪花先輩って女の子なのに、どうして女の子の体を触って興奮できるわけ? 男の人をすごく毛嫌いしているし。

「副委員長、浪花さんは……」
「あっ、そっか」

 浪花先輩がいないことを指摘されると、丸井さんは少し落ち込んだ顔をしている。他の委員の人も気落ちしていた。
 この反応からして、浪花先輩は嫌われてはいない、むしろ好かれていそう。それなら、私達に協力してくれるかもしれない。
 私は慎重に浪花先輩の事を尋ねてみた。

「丸井先輩、単刀直入にお伺いしたいのですが、浪花先輩は青島祭のことで実行委員にご迷惑をおかけしていましたか?」
「どういう意味?」

 ううっ、そんなに強く睨まないでほしい。でも、不機嫌になるってことは期待できるよね。

「実は……」

 私は新見先生から、浪花先輩が青島祭実行委員長から外れた経緯を話した。
 その話を聞いて、丸井先輩は顔をしかめている。
 これって、丸井先輩も新見先生の決断に納得していないってこと? それとも、新見先生の意見が正しかったってこと?
 不安になってしまうけど、ここは確認しておかなきゃ。

「実のところ、どうなんでしょうか? 新見先生の言っていたことは本当なのでしょうか?」

 丸井先輩は腕を組んで押し黙ったまま、何も答えようとしてくれない。どうして、答えてくれないの?
 不安でつい、髪をいじってしまう。どうしよう……。

「ねえ、伊藤さん。話す前に確認させて。それを聞いてどうするつもり?」
「……もし、浪花先輩と実行委員との間で軋轢あつれきがあれば、解消したいと思っています」
「なぜ?」
「私は浪花先輩の停学の取り消しと、青島祭実行委員長の復帰を嘆願書でお願いしたいと思っています」

 私は堂々と言い張った。隠し事はなし。もし、協力を得られるのであれば、丸い先輩達にお願いしたい。だから、包み隠さず自分の気持ちを丸井先輩に伝えないと。
 私の言葉に、周りがざわついている。丸井先輩はじっと私を睨んでいる。私の気持ちが本当か見極めている?
 私は丸井先輩の目からそらさずにじっと見つめ返す。

「ねえ、伊藤さん。浪花先輩の事、本気なの?」
「本気です。浪花先輩の停学処分の取り消しと、青島祭実行委員長の復帰を私は目指しています。理由は、浪花先輩が好きだからです。もちろん、先輩としてですが。それに浪花先輩には恩があります。受けた恩は返す。当然の事だと思っています。だから、やり遂げます」

 私はみんなに恩がある。いろんな人に助けられてきた。そのありがたみを知っている。
 だから、返していきたい。今度は私がみんなを助けたいと思っている。
 あっ、丸井先輩が笑ってくれた。その笑みは柔らかくて、綺麗な顔だった。

「なるほどね。浪花があなたのこと、好きになる理由が分かったわ。この胸以外でね」
「きゃあああああ!」

 なななななななっ! 触られた! 今、丸井先輩に私の胸、むぎゅって触られた! なんで? もしかして、丸井先輩も同類なの?
 私は飛び退いて、丸井先輩から離れた。

「丸井、あまり伊藤をからかわないでくれ」

 先輩があきれたように私と丸井先輩の間に入ってくれる。私は先輩の背中に隠れた。

「ごめんごめん。可愛いことを言うからついね。なるほどなるほど、これは夕張だわ」
「何が夕張なんですか! それで、結局はどうなんですか!」

 せ、先輩の前で夕張とかやめてほしい。恥ずかしいじゃない!
 丸井先輩は真剣な表情に戻り、椅子に座りなおした。

「結論から言うと、新見先生のでっちあげ。確かに浪花は有志の出し物を沢山OKして、仕事は大変だったけど、スケジュール的には問題なかったわ。あれでも浪花は有能でね、しっかりと仕事はしていたの。私達も浪花のやることには賛成だった。辛くて大変でも、この青島祭を盛り上げたい、その気持ちはみんな共有していたから。それに楽しかったの。祭りは準備するのも、本番も楽しめるのよ。だから、毎日が充実していたわ。それなのに、あの新見先生が余計なことをした。反対したかったけど、逆らえば私達もクビにするって。何様なの、あの男。私達もやめてやろうと思ったけど、浪花に言われたのよ。青島祭を楽しみにしている生徒の為に我慢してくれって。迷惑をかけて申し訳ないって。だから、嫌々やってるのよ」

 そっか。これが丸井さん達の本音。よかった……。
 私は安堵あんどのため息をついた。
 それにしても、浪花先輩らしいよね。実行委委員の中には男の子もいる。
 毛嫌いする男の子がいるのに、浪花先輩は青島祭を楽しみにしているみんなの事を優先して、怒った丸井先輩を説得して実行委員をフォローしている。
 そんなところがあるから憎めないんだよね、あの人は。

「丸井先輩。もしよろしければ、私達に力を貸していただけませんか? 私も浪花先輩と同じで、青島祭をみんなで楽しみたいんです。このままだと、出し物が却下された人達は楽しめませんし、浪花先輩のやってきたことを全て否定されることになります。お願いします! 実行委員の力を私に貸してください!」

 私は深く頭を下げた。エントリーシートの書き直しが認められても、ただ書き直しただけでは、また認めてもらえない可能性がある。
 だから、認めてもらえるよう、誰が見てもOKを出してもらえるようなエントリーシートを書かなくてはならない。
 その為には実行委員の協力が不可欠になってくる。
 お願い、私に力を貸して!

「頼む、俺からもお願いしたい。伊藤の願いを聞き入れてくれ」

 私の隣で先輩も頭を下げてくれた。
 私達のお願いに、丸井先輩は……。

「ねえ、二人がこう言ってるけど、みんなどう? 助けてもいいって思ってる? ちなみに私はOK」
「俺も!」
「私も!」
「あの新見に目にもの見せてやろうぜ!」

 やった……やった!
 私は思わずガッツポーズをとった。お膳立ぜんだてが整った。これでいけるかもしれない。着々と物事が進んでいく感触に、私は希望を見出していた。

「それで、私達は何をしたらいい?」

 私は自分の策を丸井先輩に話した。
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