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二十三章

二十三話 ヒヤシンス -悲しみを超えた愛- その七

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 でも、私の事を恨んでいる女の子はヒューズのメンバー全員以外はいなかったことには驚いた。
 てっきり、秋庭先輩は馬淵先輩の提案受け入れると思っていたのに。提案を受け入れたヒューズも近藤先輩の説得で、復讐をやめてくれた。ファンの為に頑張ろうと前を向いてくれた。凄いと思う。

 美月さんが一人、馬淵先輩の復讐を手伝ったのは、きっと義理堅い性格だから。
 ヒューズのメンバーが復讐をやめると言われて、美月さんも復讐するのをやめようと考えていた。
 でも、馬淵先輩だけが取り残されるので、美月さんは最後まで馬淵先輩に付き合った。

 美月さんは私に馬淵先輩の事を話してくれた後も、しきりに彼を恨まないでほしいとお願いされた。恨むのであれば自分を恨んでって。
 美月さんが馬淵先輩の事を話してくれたのはもしかして、一人で私の恨みを買おうとしたのではないかって思っている。

 美月さんが私の教室に来たことがあって、その理由を訊ねた時、歯切れが悪かった。
 それはこのまま馬淵先輩の復讐に加担するか、それとも、みんなを笑顔にするため、ヒューズの活動に専念するかで葛藤していたから。
 でも、私が男の子の事で悩んでいると美月さんは勘違いして怒ってしまい、結局、私はくるみや秋庭先輩の苦しみを見せつけられたわけだけど。

 美月さんには色々と酷い目にあわされたけど、私は恨んではいない。
 馬淵先輩は壁にもたれかかり、話を続ける。それはまるで懺悔ぜんげのように見えた。

「ゆずきもきっと、復讐することなんて望んでいない。僕だけさ。未だに未練がましく過去に縛られているのは。あのとき、ああしておけばよかった、もっと何か出来たのかもしれない。そう思うとね、後悔ばかりしてしまうんだ。そんな弱い自分から逃げ出したくて、年下の伊藤さんにあたってしまった。ごめんね、伊藤さん」
「……私はかまわないですよ。それだけのことをしてしまいましたし。どうでした? 気は済みました?」

 馬淵先輩は疲れたようにゆっくりと首を振る。

「ううん。誰かにあたっても、結局ダメなんだって分かったよ。本当は前から分かっていたんだ。こんなこと、意味がないって。なのに僕は……みんなからも、復讐はやめて前を見ろって言ってくれたのにやめることができなかった。だから、一人になった。ははっ、僕にはもう何も残されていない。僕の為に手伝ってくれた友達も、好きな人も……全部、失ってしまったんだ。どうして、こんなバカなことをしたんだろう……失恋しても、僕にはまだ大切なものが手元にあったのに。それを、僕は……」
「大丈夫ですよ、馬淵先輩」

 私の声にうつむいていた馬淵先輩が顔を上げる。
 馬淵先輩は失恋の痛みで周りが見えていない。だから、分からない。馬淵先輩を見るみんなの視線が心配げに見つめていることを。
 その中で一番心配しているのは二上先輩。

 お昼休み、二上先輩にも話を聞いてきた。私の考えが正しいのか、確認してもらう為に二上先輩に話した。
 二上先輩は何も答えてくれなかったけど、私に頭を下げてきた。二上先輩は一言だけ話してくれた。

「はるとが迷惑をかけてすまん。アイツの事、許してくれ。頼む」

 プライドの高い二上先輩が私に頭を下げた。それがどんな意味なのかくらい、私だって分かる。
 私は改めて決意した。この騒動を必ず終わらせてみせると。

 私のできることはたかが知れているから、馬淵先輩が抱える痛みを、辛さをただ受け止めればいいと思っていた。
 それが殴られることになっても、許されるまで我慢しようと思っていた。
 ヒューズにからまれたとき、女の子達の怒りを受けとめなきゃって思ったけど、怖くてできなかった。先輩に助けてもらった。
 でも、今度は違う。受け止めるだけではダメ。ちゃんと、馬淵先輩と向き合って、想いを伝えなきゃいけない。

 私は馬淵先輩の手を握った。
 冷たい手……それに馬淵先輩の目は不安でゆらいでいる。
 私はこんな人を恐れていたんだ。私と同じ失恋の痛みに苦しんでいる人なのに。助けてほしいことが分かっているのに。

 馬淵先輩の助けたい……力になりたい……そんな想いがあふれてくる。

「馬淵先輩は何も失っていません。過ぎてしまったことはもう取り戻せませんが、それでも、手が届くものに関しては大丈夫です。馬淵先輩はみなさんと喧嘩したんですか?」
「……うん、伊藤さんをいじめるなって怒られたよ」

 私はつい、笑ってしまった。いじめるなって、私は子供か。不謹慎ふきんしんだけど、ちょっと可愛いって思っちゃった。
 馬淵先輩に伝えよう、大丈夫だって……馬淵先輩は一人じゃないって。

「それなら簡単です。ごめんなさいをして、仲直りしてください。その後に、もし許されるのであれば、私と一緒に考えませんか?」
「考えるって何を?」
「本庄先輩に何ができるかです」

 馬淵先輩は目を見開いて、口を開いたまま私を凝視ぎょうししている。私は優しく微笑みかける。

「愛しい人の為に何ができるのか、考えてみませんか? 大したことはできないのかもしれません。でも、愛しい気持ちがまだ残っているのなら、後悔し続けているのなら、やってみませんか? 納得がいくまで頑張ってみませんか? 私と一緒が嫌なら、ここにいるみなさんとなら出来ますよね? みなさん、手伝ってくれますよね?」

 私は救いを求めるようにみんなを見た。
 みんなは顔を合わせ、困ったような顔をしている。先輩はじっと私達を見つめている。
 私は静かに何も言わず待った。そして……。

「……馬淵君にはいつも宿題手伝ってもらってるし、遊んでくれるからさ。俺、手伝いたい」
「だよな。殿も手伝ってくれるみたいだし、俺達も手伝うか」
「仕方ねえ。やってやるか!」
「女の子一人苛めるより、女の子一人幸せにする方が燃えるってもんよ!」

 一人、また一人……声が上がっていく。馬淵先輩は信じられないといった顔をしている。
 失ったものが、本当は何も失ってなかったことを馬淵先輩は知った。

「あほどもが。そう簡単にうまくいくわけないだろ? 現実をみろ」
「うわっ! 流石は二上クン、空気読めてないわ~」
「フン! お前らが楽観的すぎるんだ。しっかりと状況を把握し、打つ手を考えないとな」
「二上クン、やる気満々ジャン! 何? ツンデレ? まさか、馬淵クンに惚れた? 同性愛しちゃってる?」
「バカを言うな! 友達だからだ!」

 はしゃいでいる二上先輩達を、馬淵先輩はまるで何かまぶしいものを見るかのように目を細めている。私は馬淵先輩の手を引っ張る。

「いきましょう、馬淵先輩。一歩を踏み出す勇気があればきっと、届きますよ。馬淵先輩の想いが」
「……ありがとう、伊藤さん。ごめんね、伊藤さん」
「私こそ、ごめんなさい。でも、馬淵先輩のおかげで大切なことを学ぶことができました。馬淵先輩の想いを知ることができました。ありがとうございます」

 馬淵先輩は私の手を握りながら二上先輩達の輪に入っていく。明るい笑顔にとけこみながら、何か新しい希望がうまれたような気がした。
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