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二十三章

二十三話 ヒヤシンス -悲しみを超えた愛- その四

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 屋上のドアを開けると、冷たい風が通り抜ける。
 屋上には馬淵先輩、二上先輩とみんながいた。雰囲気が重い。
 いつもはみんな笑顔で明るいのに、今日はとげとげしい。顔が強張こわばっていて、目つきが鋭い。
 いつしかの廃工場の光景を思い出してしまい、足が震える。

 怖い……。

 そのとき、携帯から効果音が聞こえる。メール? こんなときに?
 気になってみてみると、差出人は……先輩?
 内容は……『さっさといけ』。えええ~。
 確かに口出ししないって言っていたけど、私の後ろからメールで催促さいそくっすか。全然色気がない。やっぱり、先輩は……ちょっと変。
 でも、体のりきみが消えた。長尾先輩同様、緊張を解いてくれた。
 手をグーパーグーパーする。うん、ちゃんと動く、大丈夫。いける。
 後ろには先輩が私の事を見てくれている。情けない姿は見せられない。
 私は一歩踏み出した。

「と、殿、どうしてここに?」
「馬淵先輩に教えていただきたいことがあって来ました」
「ごめん、伊藤さん。今、取り込み中だから……」
「真実を教えてくれませんか?」
「真実?」

 馬淵先輩はちょっと顔がこわばっているけど笑顔を私に向けてくれる。その態度に胸の痛みを覚えながらも話を続ける。

「はい。まずは、馬淵先輩達がなぜ嘘をついてまで私に近づいてきたのか」
「嘘?」

 馬淵先輩から本音を訊きだすには、まず嘘を見破らなければならない。馬淵先輩が私についていた嘘、それは……。

「馬淵先輩達が同性愛者ではないことです」

 馬淵先輩の目が大きく見開かれる。それは馬淵先輩だけでなく、他の男の子も。二上先輩と先輩は表情をくずさずに私達を見守っている。

「……どうしてそう思うの? 誰かに教えられた?」
「いえ、誰にも教わっていません。自分で考えてこの結論にたどり着きました。同性愛者と言っておきながら、誰と誰が付き合っているとか、恋バナとかありませんでした。それに同性愛者としての悩みや、バレたらどうしようか等の不安も見られませんでした。獅子王さん達を見てきたから分かるんです。馬淵先輩達には同性愛者としての覚悟っていうか、そういったものがなかったんです」

 本物と偽物には差がある。だから、私は違和感を覚えていた。これが導き出した答え。
 それにもう一つある。それは……。

「あと一つ。馬淵先輩言ってくれたじゃないですか。馬淵先輩は幼馴染が好きだって。その人って女性ですよね?」
「そうだよ。でも、それは過去の事。僕はフラれたんだよ。その後、女の子が嫌になって同性を好きになったかもしれないじゃない」
「馬淵先輩は気付いていないんですか? 幼馴染のことを話していた時、すごく辛そうな顔をしていたことを。今も好きじゃなかったらできませんよ、あんな表情」

 これは失恋をした自分の実体験から気づけたこと。馬淵先輩はまだ幼馴染の事を好きなんだ。だから、今も自分を責めている。

「……もし仮にそうだったとしても、僕が伊藤さんに嘘をついて近づいた理由は? 僕と伊藤さんが初めて会ったのは多目的室だよね? 伊藤さんと僕に接点はなかったと思うんだけど」

 馬淵先輩の言うとおり。私と馬淵先輩が初めて会ったのは多目的室。これは間違いない。
 なら、私と馬淵先輩の接点は?
 考えられる理由は……。

「私と馬淵先輩の接点はありません。ですが、馬淵先輩ではなく、馬淵先輩の幼馴染と私達の接点ならあります。直接ではありませんが、間接的にありました」
「僕ではなく、僕の幼馴染と? 会ったことがあるのかい?」

 私が馬淵先輩の幼馴染に会ったことは……。

「あります」
「! へ、へえ……会ったことがあるんだ」

 明らかに動揺している馬淵先輩。その瞳にはどこまで知っているのかとさぐりをいれるように私を見つめている。
 今日一日、徹底的に調べた。馬淵先輩の事、馬淵先輩の幼馴染の事も。だから、知っている。
 そして、真実にたどり着いた。その真実をこの場であきらかにしてみせる。

「会ったことはありますが、話したことはありません。だから間接的に接点があります」

 そう、私達は馬淵先輩の幼馴染と接点がある。私は話したことはないけど、馬淵先輩の幼馴染は私達の事をきっと忘れない。

「今の伊藤さんの意見だと、僕は関係ないよね? だって、伊藤さんと僕の幼馴染が出会ったことがあるってことだけだから。僕が伊藤さんに嘘をついてまで近づく理由はないよね?」
「あります。なぜなら……」

 そう、私達と馬淵先輩の幼馴染の間で発生したある出来事が原因で、馬淵先輩は私に近づいてきた。
 それこそが全ての始まりであり、元凶。私達が犯してしまった罪。それを今、ここで向き合う。
 馬淵先輩が私に嘘をついてまで近づいた理由は……。

「私達が馬淵先輩の幼馴染とその想い人の仲を引き裂いたからです」
「どういうことだ、伊藤? 仲を引き裂いたって」

 先輩が驚きのあまり、声をかけてくる。馬淵先輩は唇を噛み、何も言わない。
 私は先輩の問いに答えた。

「言葉通りの意味ですよ、先輩。私達はある人物の素行について調査して、問題解決のために馬淵先輩の幼馴染の想い人を追い詰めた。その結果、彼は転校してしまい、馬淵先輩の幼馴染は失恋してしまったってことです」

 私達の行動が、まさかこんなにも多くの人を傷つけていたとは思ってもいなかった。
 私達の考えの甘さが原因で馬淵先輩の想い人まで傷つけてしまった。もう、彼女に謝ることはできないけれど、せめて馬淵先輩には謝っておきたい。
 でも、馬淵先輩からまだ事実を訊きだしていない。認めてもらっていない。
 だから、推理を続ける。

「待て……それでは馬淵先輩の幼馴染の想い人の名前は……だから、馬淵先輩は伊藤に……」

 先輩も気づいたみたい。馬淵先輩が私に近づいた理由を。
 私はその理由をはっきりと告げた。

「馬淵先輩が私に近づいた理由、それは復讐です。馬淵先輩の幼馴染は失恋に傷つき、引っ越してしまいました。大切な人を失った馬淵先輩は、引っ越しのきっかけになった私の事が許せなくて復讐しようとしたんです。これが馬淵先輩が私に嘘をついてまで近づいた理由です」
「ちょっと待って。復讐っておだやかじゃないよね? それに伊藤さん、さっきから僕の幼馴染やその想い人のことを知っているかのように話しているけど、本当に知っているの?」

 馬淵先輩の問いに私はうなずく。馬淵先輩の幼馴染と、その想い人の名前、それは……。
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