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二十一章

二十一話 ハイビスカス -新しい恋- その二

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 先輩の隠し事ってなんなの……。
 そのことが気になって、午後の授業は何も手がつかなかった。ちなみに私と先輩、馬淵先輩が取り残された後、風紀委員の仕事があったと、わざとらしく口にして先輩の手を引っ張ってその場から離れた。
 馬淵先輩が先輩にあまりいい印象を持っていない以上、先輩と馬淵先輩を二人きりにするのはよくないと思ったから。
 適当な理由をつけて先輩と別れ、こうして授業を受けているんだけど、全然ダメ。先輩の隠し事が頭から離れない。

 秘密にしていることって獅子王さんの事かな? それとも風紀委員の事? 獅子王さんとのことなら今、橘先輩と勝負しているけど、そのこと? 何か橘先輩が仕掛けてきたとか?
 それしか思いつかない。もしそうなら、どんな手で仕掛けてくるの。きっと、先輩は問い詰めても教えてはくれないよね。義理堅いし。
 ああ、問題が山積み~。っていうか増えていくよ~。先輩の隠し事、知りたいよ~。

「ほのほの、どうしたの?」
「なんでもない」

 私はるりかの方を見ずに返事をする。ああ、もう何もしたくない。

「そう。お客さん来ているけど」
「いないって言って」
「なに嘘ついてるのよ」
「げっ!」

 み、美月さん?
 ヒューズのメンバーの一人である美月さんが私のすぐ横に立っていた。
 な、なんでここにいるの?

「もう放課後だし」

 明日香に指摘され、私は時計を確認する。全然気づかなかった。
 早く風紀委員のお仕事にいかなきゃ。今日も一日、頑張るぞ!

「なに素通りしようとしているのよ」
「ですよね」

 今日は凶だよね。どんどん嫌なことが襲ってくる。
 ううっ、また文句言われるのかな? 前の続きかな? 胃が痛い。
 上目遣いで美月さんの表情を確認してみると、何か難しい顔をしている。どうしたの? 美月さんははっきりと物申す人だと思ったのに。

「ちょっと聞きたいことがあるの。いい?」
「なんでしょう?」
「その……ええっと」

 はっきり言ってよ! らすのは恋愛だけにしてほしい。待たされるのって結構辛い。
 お互い気まずい雰囲気で黙っていると、明日香が声をかけてきた。

「ほのか、お客さんだし」

 次は誰? 不安で息が苦しくなる。
 教室のドアにいるのは……って、馬淵先輩? 最悪! お昼の事もあるから会いづらかったのに……。
 厄日やくびだ。仏滅ぶつめつだ。凶日きょうじつだ。
 とりあえず、ここは……。

「いないって言って」
「私はほのかのかーちゃんじゃないし。さっさといけ」
「いや、今はちょっと……」
「はあ……藤堂先輩の事といい、馬淵先輩の事といい、最近、男の事で悩み過ぎだし」

 好きで悩んでいるわけじゃない。それに誤解をあたえるようなこと言わないで! 私は先輩一筋なの!

 ぞくっ!

 寒気がした。振り返ると……美月さんが思いっきり私を睨んでいるよ!
 もしかして、怒ってる?

「み、美月さん?」
「ちょっと付き合いなさい」

 美月さんがいきなり私の手を掴み、引っ張っていく。
 何が何だか分からない。どうして、怒ってるの? どこに連れていく気なの?
 強い力で引っ張られるから転びそうになる。

 あっ!

 つまづいてころびそうになったとき、誰かが私の腕を掴んでくれた。馬淵先輩だ。でも、どうして馬淵先輩は驚いた顔をしているの?
 状況が理解できない。
 美月さんが鋭い目つきで馬淵先輩を睨んでいる。

「ちょっと、アンタ! その手を離しなさい!」
「……キミは伊藤さんをどうする気なの?」
「うるさい! 今更何様なの? いい加減にしなさいよ。アンタ、本気で人を憎んだことないでしょ? だから八方美人でいられるのよ。私は甘くないから」

 馬淵先輩は慌てて私の手を離す。
 は、離さないでよ、馬淵先輩! ショックを受けたような顔をしているけど、女の子に怒鳴られたのがそんなにキツかったのかな?
 イケメンだし、優しいし、怒鳴られたことないんだろうな。
 そう思いつつ、私は美月さんに手を引っ張られ、教室を出た。



 美月さんに強引に連れてこられたのは運動場だった。もう訳が分からない。いい加減、誰が教えてほしい。

 美月さんはなぜ、こんなところに連れてきたのか?
 美月さんはどうして、こんなに怒っているのか?
 馬淵先輩と浪花先輩は何を話していたのか?
 馬淵先輩から感じる違和感とは何か?
 先輩が私に隠し事している事とは何か?

 どうしたら……先輩と恋人になれるの……。

 やっぱり、あきらめることができない。でも、先輩は私の事を相棒としか、後輩としか見てくれない。
 先輩はどうしたら、私の事を恋人とみてくれるの? 報われないのなら、早く諦めるしかないの?
 もう、失恋するしかないの? そんなのイヤ……あきらめきれない気持ちが私を締め付ける。
 ずっとずっと、まるで影のようにつきまとう。逃げることもできない。辛い……お腹が痛いし、頭痛もする。

 痛みから逃れたくて、先輩を好きになったことを後悔してしまう自分が嫌になる。いっそうのこと、すべてを忘れてしまいたいって思ってしまうこともある。
 新しい恋をみつけて、その人とデートして、キスして……キラキラな学園生活を送りたい……そんなことができればどれだけ楽になれるか。
 どうしたらいいの? 教えてよ、先輩……。



「ほら、あそこを見なさいよ」

 美月さんの声に我に返る。美月さんの指差した方向には……。

「くるみ?」

 ハーレム騒動で知り合った友達のくるみがそこにいた。
 くるみはハーレム男、押水先輩を好きだった女の子の一人。確か、今は他校のテニス部の男の子の追っかけをしていたはず。
 くるみの視線をたどると、そこには意外な人物がいた。
 二上先輩がサッカーのユニフォームを着て、部員に指示を出している。
 クールで知的なイケメンに、くるみ以外の女の子達も夢中になっているみたい。ときどき、二上先輩を呼ぶ黄色い声がとんでいる。
 くるみは静かに二上先輩を見つめていた。

「くるみの事、知ってるんだ?」

 美月さんの問いに私は頷く。
 押水先輩の情報を集める為、くるみに近づいたんだけど、一時仲たがいしていた。原因は風紀委員が押水先輩に対立したから。
 今はちょくちょくメールしている仲にもどっている。
 私は少し安堵しつつ、くるみのことを話す。

「今度のお相手は二上先輩か……くるみも恋多き乙女ですね」
「恋多き乙女?」
「だって前は他校の生徒をおっかけしていたのに、今は違う男の子を好きになっているんだもん」
「……」

 美月さんは何も言わない。私はそのまま話を続ける。

「それにしても二上先輩、モテモテで羨ましいです。私的には優しくて気遣いのできる男の子がいいんですけど」
「……なれてないわよ」
「えっ?」
「好きになれていないって言ってるの!」

 好きになれていない? 美月さんの指摘に眉をひそめてしまう。
 くるみとは恋の悩みをメールやおしゃべりで話したことがある。くるみが恋をしていることは確実。ということは、美月さんの勘違い?

「それは美月さんの勘違いではないですか? 今だって二上先輩の事、好きになっているんでしょ?」
「あんた、勘違いしてるわよ。くるみの恋は報われることのない恋なのよ」

 報われることのない恋? 何を言っているの? それって相手が高嶺の花ってことを言っているの?
 確かに伊集院様といい二上先輩といい、競争相手は多いけど、報われないって決めつけるのはひどくない?
 そう思っていると、美月さんがこれ見よがしにため息をついた。その態度にむっとしてしまう。

「何が言いたいんですか? どうして、くるみの恋は報われないって思うんですか?」
「そんな恋をくるみは選んでいるのよ」

 美月さんはまたため息をつく。それは人をバカにしたため息ではなく、疲れきったようなため息だった。
 その何かを諦めたような悲壮ひそうな顔に、私は戸惑ってしまう。

「くるみはね、諦めているの。自分の恋が叶わないって。だから、絶対に報われない人を好きになっているの」
「それって何か意味があるんですか?」

 報われない恋をしたって辛いだけじゃない。失恋した痛みは身をもって知っている。
 どうして、くるみはそんなことをしているの?

「意味なんてないわよ。失恋はくるみが思っていた以上のものだった。その痛みがトラウマになって、わざと失恋するような恋をしているの。本気で恋して傷つかないように……くるみはね、壊れちゃたのよ。一度の失恋でね」
「そんな……」

 失恋ってそこまでのものなの? 恐怖で足が震えてしまう。そんなはずはない。
 友達に失恋した人はいるけど、すぐに立ち直って、彼氏ができた。みんな言っていた。失恋したらさっさとその男の子と忘れて、新しい恋が始まるって。
 これって、私のせいなの? 私が押水先輩から他の女の子達を引きはがしたからこんなことになっちゃったの? くるみを壊したのは私なの?
 罪悪感で胃がむかむかする。気持ち悪い。めまいがする。

「これで少しは自分の罪に気付けた? 男の事で悩んでいるですって? いい気なものね」
「ち、ちが……」
「次いくわよ」

 私の抗議を無視して、美月さんは歩き出す。正直、追いかけたくない。怖い。でも、これは私が、私達がしでかしたこと。だから、逃げるわけにはいかない気がする。
 私は覚悟を決めて、美月さんを追いかけた。
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