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二十一章

二十一話 ハイビスカス -新しい恋- その一

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「ああ、イザナキ……お懐かしいです。でも、もう全てが遅いのです。私はもう黄泉の国のものを煮炊きした……」
「はい、ストップ!」

 園田先輩の声で、古見君のセリフが止まる。

「古見君! セリフを読めばいいってものじゃないの! イザナミの気持ちになって、もっと感情をこめて!」
「は、はい!」

 早朝、獅子王さんと古見君のセリフの読みあわせをしている。それを園田先輩がアドバイスをして、劇の練習にはげんでいた。
 はいた息は白く、冷たい風がふとももを撫でる。
 さ、寒い……。

 風紀委員室で練習しているんだけど、窓を開けている。園田先輩いわく、暑いという理由でだ。
 私は反対したんだけど、獅子王さんと古見君も賛成しちゃったので開けることになった。
 小道具を作っているとはいえ、手を動かしているだけ。体を動かさないから寒い。ひざかけ持ってこようかな……。

 古見君、園田先輩にいろいろダメだしされているけど、大丈夫かな?
 園田先輩は普段はいい加減だけど、劇に関しては全く妥協だきょうしない。常に高いクオリティを求めている。自分にも他人にも厳しく、真剣に取り組んでいる。
 園田先輩は演劇部だからいいけど、古見君と獅子王さんは違う。考えの違いで何か問題が起きなければいいんだけど……。

「……っていうのが私の意見。どう、古見君」
「分かりました。アドバイス、ありがとうございます」

 古見君は何一つ文句を言わずに、園田先輩のアドバイスを受け入れ、セリフを読み上げる。
 古見君はとても一生懸命で、園田先輩もそれに応えるようにセリフ一つ逃さないよう真剣に聞いている。
 練習がまた再開されるんだけど。

「ストップ! 古見君、ちょっといい?」

 まただ。また古見君のセリフで園田先輩が止めに入った。また、演技についてのダメだしされている。
 それにしても、獅子王さんはすごい。セリフも完璧に覚えているし、感情がこもっている。

 まるで獅子王さんがイザナギになったような、そこにイザナギがいるような感覚におちいってしまう気がする。
 最初の方だけ獅子王さんは園田先輩からアドバイスを受け、それ以降は何も言われない。古見君だけ細かく指示されている。
 古見君、大丈夫かな? 何度も何度も注意されているし、ちょっと休んだ方がいいよね?

「あ、あの、園田先輩。ちょっと休憩しませんか?」
「何寝言を言ってるの。もう時間がない。一分一秒でも練習すべきだわ」

 ううっ、怖い。でも、急がば回れっていうし、少し間をとった方がリラックスできると思うから……。
 古見君は手を前に出して大丈夫って私にアピールしてきた。

「伊藤さん、ありがとう。でも、園田先輩の言うとおりだから。もう少し頑張らせて」
「古見君……」

 古見君、本当に強くなったよね。前はボクシング以外はあまりやる気というか、全てを諦めていたような表情をしていたけど、今は違う。
 古見君の顔はやる気に満ちている。少しカッコイイ。先輩には負けるけどね。
 古見君の頑張りに獅子王さんが古見君の頭を撫でる。

「よく言った! 流石は俺様の恋人だ。やるぞ!」
「はい!」

 ははっ、古見君の頑張りの元は獅子王さんだよね。お互い手をつないじゃって、見せつけてくれる。羨ましい。
 きっと古見君と獅子王さんは大丈夫。橘先輩の勝負も絶対に負けることはない。
 問題は馬淵君達の方。馬淵君達も古見君のような頑張りがあればいいのに。愛の力が足りないのかな?
 そう思わずにはいられなかった。



 お昼休み。私はお弁当を片手に風紀委員室に向かっていた。
 お昼も劇の練習。私は劇に必要なものを準備しなければならない。時々、クラスの出し物と劇の出し物、馬淵先輩の出し物がごっちゃまぜになってしまう。
 ため息をつきながら廊下を歩いていると、いろいろな生徒とすれ違う。購買からパンを買ってきた人、買いにいく人、友達とおしゃべりしている人。

 そのいつものお昼休みの光景の中に、青島祭の出し物がちらほらと見えてくる。気持ちが高揚こうようしてくると同時に、みんなの出し物は間に合うのかなって考えてしまう。特に馬淵先輩達が心配。
 不安はあるけど、それ以上に楽しいって思えちゃう。この青島祭の空気がそうさせるんだよね。私も頑張らないと。

 風紀委員室に向かう途中、あるものが目に入った。あれは……馬淵先輩と浪花先輩? なんで二人が?
 はたから見れば、お似合いの美男美女に見えちゃうけど、二人を知っている私にとっては異様な光景だった。
 浪花先輩が男の子になびくはずがない。馬淵先輩も恋人は男の人。別に同性愛者が異性と歩くことに何の問題もないけど、何か違和感を覚える。

 二人をつけてみよう。
 私は二人から少し離れてついていくことにした。何か嫌な予感がする。それにもしかしたら、馬淵先輩の事が何か分かるかもしれない。
 二人は校舎から出てしまった。この方向からして、人気のない体育館裏に向かっているのが推測できる。ますます怪しい。愛の告白ってことはないよね?
 二人は体育館裏の奥で何か話を始めている。話を聞きたいけど、遠くて聞こえない。隠れるところがないから近寄れない。

 も、もどかしい……こんなとき、先輩がいたら……。
 以前、先輩は唇の動きで会話の内容を推察すいさつしていた。正直ドン引きだったけど、そこまでして盗み聞きしたいのかって言いたかったけど、今はすごくほしいスキル。
 もしかして、馬淵君達の違和感について分かるかもしれないのに……肝心なところで先輩はいないんだから困っちゃう。もう、役に立たないなあ、先輩は。

「伊藤、何をしている?」
「きゃああああああああああああああああああああああ!」

 せせせせせせせせ先輩! なんでここに? 会いたいって想いが通じた? タイミングわるっ!

 どうしよう……私が馬淵先輩に協力していることを先輩は知らないし、知られたくない。ここは誤魔化すしかない。

「あれ? ほのかクン。奇遇きぐうだね。それとも、運命かな?」
「な、浪花先輩!」
「伊藤さん?」
「馬淵先輩まで!」

 最悪。誤魔化す時間すらなかった。話を盗み聞きする前にバレちゃうなんて。最悪の展開。
 先輩は浪花先輩を睨んでいるし、馬淵先輩は私を戸惑ったような目で見ているし、浪花先輩は私の肩抱いてるし……。
 私、浪花先輩をマジ尊敬するわ~。先輩に睨まれて私、マジ逃げたいわ~。

「浪花、俺の警告はきいてもらえなかったようだな」
「恋愛は自由だ。阻害できるはずもない」
「浪花先輩。そう言いつつ、私を盾にするのはやめてもらえませんか」

 か、格好悪い……。
 先輩に睨まれても、私の肩を抱くのをやめないのは流石というか何というか……。
 浪花先輩は声を震わせつつ、先輩に立ち向かう。

「それにほのかクンを泣かせるキミにとやかく言われる筋合いはないよ」
「……それとこれとは話が別だ」
「別じゃない。藤堂、キミはほのかクンに隠し事をしているだろう? それも大切なことを」
「……何のことだ」

 先輩は浪花先輩の言葉を否定しているけど、私には分かってしまった。浪花先輩の指摘は正しかった。先輩のことをずっと想ってきた私には分かる。
 先輩がとぼけるとき、先輩の右眉が少し動く。これはわずかな動きなので、本人も知らないと思う。
 小さな動きでも見逃さない。それは先輩のことが好きだから。ずっと見てきたから……。

 私は先輩が好き。再度確認させられてしまう。でも、それだけに心が落ち着かない。
 先輩が私に内緒事? どういうこと?
 思いがけない出来事に私は混乱してしまう。先輩は何を隠しているの? 不安で胸が押しつぶされそうになる。

「とぼけるのかい? まあいい。一つ言っておく。ほのかクンは僕が守る。キミは指をくわえてみているがいい。それと、ほのかクンを傷つけるものは誰であろうと僕が許さない」

 浪花先輩は私の頬に口づけをして去っていった。別にキスする必要なんてなかったのでは……と思いつつ、悪い気はしない。
 あんなに求められたのは初めて。愛するよりも愛されたい。よく聞く言葉だけど、納得しちゃった。
 どうでもいいんだけどね、浪花先輩。私と先輩と馬淵先輩。この三人が取り残されたんだけど、どうしたらいいんでしょうね?
 すごく気まずいんですけど!
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