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二十章

二十話 サボテン -燃える心- その一

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「偵察ですか?」
「そう。必要なことだと思って。どうかな?」

 六時間目が終了して、HRホームルームが始まる前に馬淵先輩からLINEがあった。内容はゴールデン青島賞について。
 馬淵先輩達が本格的に行動に移すことになったけど、私自身ゴールデン青島賞についてよく知らないことを馬淵先輩に伝えた。
 ゴールデン青島賞をとるにはどんな事をすればいいのか、どういったパフォーマンスをすればとれるのか?

 それで馬淵先輩が考えてくれたのが偵察ってわけ。ゴールデン青島賞をとろうとしている部の様子を見て、ゴールデン青島賞をとるのはどういうことなのかを教えてくれるとのこと。

 私は馬淵先輩に同行することにした。
 もし、その賞を狙っている部があるのなら、どんな部なのか、どんなクオリティなのか等を知りたい。
 情報は多い方が有利だし、目指す以上は知っておいて損はない。


 
 風紀委員のお仕事を終わらせたらすぐに、私は馬淵先輩との待ち合わせ場所に向かっていた。
 でも、馬淵先輩は何を私に見せてくれるのかな? ゴールデン青島賞をとるの、そんなに大変なの?
 私なんかにできるのかな? 手伝えるの?
 不安と寒さで体が震えてしまう。不安な表情をしてはダメ。みんなに伝染してしまう。笑顔でいかなきゃ。
 ぱんぱんと頬を叩き、目的地についた。
 馬淵先輩はすでに待ち合わせ場所に来ていた。

「おまたせいたしました、馬淵先輩」
「ううん、今来たところ。はいこれ」

 馬淵先輩が私に渡してくれた。
 温かい……。
 手の中を見ると、カフェオレがあった。風紀委員のお仕事で疲れていたから、助かる~。
 馬淵先輩の許可をもらって、私はカフェオレに口をつける。カフェオレの温かさと甘みが不安と疲れをいたしてくれた。
 イケメンで穏やかな笑顔、そして気遣いができる。そう、これよ、これ!
 先輩も獅子王さんも見習ってほしい。馬淵先輩の爪の垢をのんでほしい。
 男の子は気遣いと優しさですから! バイオレンスはいらないから!
 だけど、何かな? ちょっと違和感を覚える。何に対して?
 考えていると、馬淵先輩が心配そうに話しかけてきた。

「少し休んでからにする?」
「……お気遣いありがとうございます。ですが、これ以上、馬淵先輩を待たせるのも悪いですから、いきましょう」

 無理しないでね、と一言気遣ってもらい、馬淵先輩は歩き出し、私はその後ろをついていく。先程まで感じていた違和感はもうなかった。
 馬淵先輩の歩く先に何が待っているの? 不安と言いようのない期待を胸に、私は歩き出す。
 しばらく歩くと馬淵先輩が私の方に振り向いた。ここが目的地みたい。着いた場所は家庭科準備室。
 家庭科室とは別に、調理器具や冷蔵庫等がある部屋で、一度だけ調理自習で入ったことがある。
 家庭科室ではなくて、家庭科準備室に来たのはどうしてなの?

「ここがゴールデン青島賞の最有力候補だよ。そっと覗いてみて」
「……」

 私は言われるがままに家庭科準備室のドアを少し開け、そっと覗いてみた。
 そこにあったのは……。

「いらっしゃいませ、こんにちは!」
「「「いらっしゃいませ、こんにちは!」」」
「声が小さい! いらっしゃいませ、こんにちは!」
「「「いらっしゃいませ、こんにちは!」」」
「もっと声をはっきりと! いらっしゃいませ、こんにちは!」
「「「いらっしゃいませ、こんにちは!」」」
「もっと元気よく! お腹から力を込めて~! いらっしゃいませ、こんにちは!」
「「「いらっしゃいませ、こんにちは!」」」

 ……な、何あれ? コンビ二の挨拶あいさつ? いや、あそこまで厳しくないよね?
 家庭科の部員らしき人達が三列に並んで声を出している。一人の男の子がみんなを指導している。
 目の前の光景に、ドン引きなんですけど! 青島祭に何をやるのかは知らないけど、ここまでやる? 信じられない。

 これはよくある職場の悪習。バイトで経験があるよ。
 上がやる気を出し過ぎて、いろんな無茶振りを現場の人間に押し付けられて、お客様が一番迷惑を受けるパターン! 別に私には関係ないけど。 
 馬淵先輩がそっとつぶやく。

「どうだい? 家庭科部の出し物に対する熱意は? 家庭科部は調理研究発表だよ」
「……ドン引きなんですけど」
「はたから見ればそう思えるけど、本人達は真剣なんだよ。ここまでして狙っているのがゴールデン青島賞なんだ。ここだけが特別じゃないから」

 えっ? そうなの? 目茶目茶めちゃめちゃ気合入ってるじゃん! 特別じゃないの?
  私だったら裸足で逃げ出しちゃうよ、こんなの!

「……やってらんねえよ……あほらし」

 あっ、声を出していた一人の男の子がふてくされてる。
 まあ、当たり前だよね。青島祭の出し物でここまでするなんて納得いかない。
 これは家庭科部の方針が悪いと思う。
 指導していた人は、不満と言った男の子に近づき、おもむろに股間を……わ、鷲掴《わしづか》みしちゃったよ!

「アッーーーーー! アッーーーーー! アッーーーーー!!」

 ひ、ひぇえええええ! 悲鳴を上げてるよ、あの男の子!
 周りは誰も助けようとしないし。みんな、当然って顔してるし!
 私はあまりの恐ろしい光景に手で顔をおおった。

「見てられません!」
「そう言いつつ、指と指の間から見てるじゃない」

 だって、恥ずかしいけど、視線が吸い寄せられるじゃん!
 男の子は直立不動でつま先立ち状態になっている。まるでバレリーナのように美し……くないね。
 必死すぎ。拷問じゃん、あんなの。

「もうやめてあげて! 可哀かわいそうだよ!」
「そう言いつつ、嬉しそうだね。恐れ入るよ」
「いや、あまりにも見事な技なのでつい……」

 男の子って股間を掴まれると、ああなっちゃうんだ。初めて知った。
 いや、勉強になるよ、マジで。今度、弟の剛にやってみよう。
 男の子の股間をひねるように掴みながら、指導をしていた人が男の子の顔を覗き込むように顔を近づける。

「さっきは何か言ったか?」
「ひ、ひぇ! にゃにも! にゃにもいっひぇませんから!」
「からの~?」

 ダメ! 股間を掴まれている男の子、表情が危ない。
 彼、白目向いているよ! 痙攣して、唇が震えている。|
 呂律《ろれつ》が回っていないんじゃない、あれ!

「しぇいしんしぇいいはたりゃかせていひゃひゃきます! だ、だひゃら、はんし……はなひて!」
「離してください、だろ~」
「離して~~~~~!」

 叫ぶように答える男の子に、指導していた男の子はさっと手を離す。不満を言っていた男の子はその場にうずくまり、股間をおさえながらうずくまっている。
 その男の子の後頭部を指導していた人が踏みつけた。しかも、ぐりぐりと足を動かしている。笑顔が超怖い。

「僕に意見するなんて十年早い。分かったか?」
「は、はい」
「他に俺に言いたいことはあるか?」
「「「ありません、チーフ!」」」

 男の子は股間をおさえながら列に戻る。何事もなかったかのように声だしの練習が続いていく。
 私はその光景を唖然として見ていた。

「どうだい、伊藤さん。感想は」
「やりすぎでしょ」

 私の感想に馬淵先輩は肩をすくめる。馬淵先輩も同感って顔をしている。
 パワハラってレベルじゃない。イヤだな~あんな家庭科部。
 全然家庭ってカンジがしない。ブラックじゃん。
 でも、何が家庭科部をあそこまでかきたてるの?
 それが分からなくて、不思議に思っていた。



 家庭科準備室を後にした私は、馬淵先輩の後ろを歩いていた。次は何を見せてくれるの。
 家庭科部がどれだけゴールデン青島賞にむけて頑張っているかは分かった。
 理由までは分からないけど、何が何でも賞をとるぞという気迫きはくは伝わってきた。

 馬淵先輩達は賞をとれるのかな? 不安で仕方ない。だけど、やるしかないよね?
 私は気合を入れなおした。もっと情報が必要だから、ちゃんと向き合わなければいけない。

「ちょっと歩くけど、もし疲れたら声をかけて」
「ありがとうございます」

 私は馬淵先輩の気遣いに感謝しつつ、後ろをついていく。昇降口から外に出て、学園の裏山を上っている。
 上っているんだけど……なぜ、山道を歩かなければいけないの?
 またもや意味が分からない。もしかして、路線変更で山ガールでも始める気?

 学園の裏側はちょっとしたハイキングコースになっていて、一般の人が秋の風景を楽しんでいる。
 今は鮮やかな紅葉が見れるからおすすめの時期かな。こういうとき、田舎っていいよねって思う。
 運動部系の皆さんはこの山道を走り込みの練習をしているって聞いたことがある。
 こんな山奥に何があるの?

「伊藤さんはどう思う。僕達は賞をとれると思う?」
「……分かりません。必ずとは言いませんが、それでも力になりたいと思っています」

 私は迷いなく答える。馬淵先輩はまっすぐ前を見たまま質問してきた。

「……伊藤さんはなぜ、協力してくれるの? BLが好きだから?」
「……私、失敗したんです。だから、今度こそ間違いたくないんです。やるならその人の為に、そのことだけを想って行動する。誰かが不幸になるなんてイヤだから。そう決めたんです」
「……そう」

 会話がそこで途切れる。
 そう、私はもう間違えたくない。だから、私のできるかぎりのことをしたい。
 私なんかに何ができるのか? いつも思っていた。
 今でも分からない。でも、行動しなきゃって思っている。
 それを先輩達から教えてもらったから。
 先輩……私は先輩の為に、何ができるの? 何をしてあげられるのかな? 分からない……。

「伊藤さん、ちょっと山奥に入るから。何かあったら声をかけてね」

 ずいぶん山奥に入っていくよね……途中からけもの道になってる。
 歩きにくいけど、馬淵先輩が先頭を歩いてくれていて、木の枝を払ってくれたり、歩きにくいところを注意してくれる。
 小さな気配りができるところがイケメンだよね。
 山の奥をかなり進んでいるけど、馬淵先輩はどこに向かっているのかな?

「ついたよ」

 そこは自然の滝があった。滝が地面に叩きつける轟音と霧状の水けむりが漂っている。白い霧は余計に寒さを感じる。
 ん? 水けむりの中に人影が見える。こ、この寒い中、誰かいるの?
 よく目を凝らすと、人が何人か横に並んでいる。しょ、正気なの!

「オーエィ! オーエィ! オーエィ!」

 掛け声がした方を見ると……ジャージ姿の生徒が坂道を走っていた。ただ坂道を走っているだけじゃない。
 腰にタイヤをつけて走っている人、二人一組で肩車、もしくは足を掴んで手で坂道を上っている。
 坂道はなめらかな道ではなく、結構急な坂道だよね? 
 流れからいって、これって青島祭の出し物の特訓だよね。ありえないんですけど。

 今回は運動部だよね? どこの部?
 山での特訓っていえばベタに野球部かな? ジャイロとか投げてそう……。
 それともバスケ部かな? 青島祭関係なく冬の大会目指して特訓中だとか。
 でもバスケ部のレギュラーである赤巻君達が見当たらない。
 そうなると、テニス部? 高校日本代表合宿しちゃってるとか。
 これまた島津君達はいない。

 ううん……他に山で特訓する漫画ってあったっけ? いやいや、現実は違うか。
 馬淵先輩に確認しなきゃ。

「これって何部なんですか? 出し物ってなんですか?」
「文芸部だよ。出し物は朗読会をするのさ」
「なんでやねん!」

 ありえないっしょ! なんで部屋で本を読んている部があんな過酷な特訓してるわけ!
 朗読会ってそんなに体力いるの? きっと、声優さんもそこまで鍛えてないと思うよ!
 私、いじめにあうまでは文芸部に出入りしたことがあったけど、あんな体育会系の上位の特訓はしてなかったし!
 何やってんの、文芸部! 思わず木馬の艦長みたいなこと、言っちゃった!
 ツッコみどころが多すぎる!

「あの……ちょっと本気すぎてついていけないんですけど……全然面白くもないですよ?」
「そうだね。でもね、伊藤さん。彼らは本気なんだ。それはわかってくれた?」

 そんなことは見たらわかる。伊達だて酔狂すいきょうでこんなことしていたらそっちの方が驚き。
 マジで通報するかも。
 正直、なぜそこまで熱くなれるのかは分からないけど、熱心だってことは分かる。

「分かりますけど、どうして彼らはここまで本気なんでしょう?」
「なぜだろうね……次にいこうか」
「……」

 私はいいようのない不安に胸が締め付けられる。勝てるの? もしかして、私達もあそこまでやらないといけないの?
 そんな不安が押し寄せてきた。

 ……タマの掴み方、勉強しておこうかな?
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