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十八章

十八話 ニゲラ -とまどい- その三

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 青島祭実行委員長か……どんな人だろう?
 後、場所は……ここだっけ。橘先輩に場所を聞いて、やってきたのは視聴覚室。青島祭前になると、青島祭実行委員長はこの部屋を拠点として行動しているんだって。
 ただでさえ来ることがない部屋なのに、入るとなると躊躇ちゅうちょしちゃう。どうしよう……。

「!」

 携帯から流れてくるメロディ。
 美女と野獣の曲。先輩から。どうして今頃電話なんか……今まで全然かけてくれなかったのに……。
 私は携帯を……携帯の電源ボタンを強く長押ししてしまう。壊れてしまうくらいに……早く音を、つながりを断ち切りたくて。
 電源が切れ、メロディは鳴りやむ。

 ……怖くてとれなかった。先輩の声を聴きたいけど、何を話していいのか分からない。気落ちして足が止まってしまう。
 ダメ……今は青島祭の事を集中しないと。
 私は先輩から携帯が鳴ったことを忘れたくて、急ぐように視聴覚室のドアをノックする。

 コンコン。

 返事がない。留守なのかな? もう一度、ノックするけど、何の反応もない。私はもう一度、声を掛けてみた。

「あ、あの……誰かいませんか?」
「……どうぞ」

 いるじゃない。OKをもらったし、私は部屋に入ることにした。

「失礼します」

 部屋に入った瞬間、私は中にいる人物を見て、立ち尽くした。見とれたといってもいい。

 少し長めのナチュラルなショートヘアに透けそうな白い肌、澄んだブルーアイ。形の整った鼻筋や唇は、まるで雑誌に書かれている黄金比のよう……同性なのに目が離せない。
 その人物は机にもたれかかり、笑顔で私をじっと見つめている。あの瞳に見つめられているだけで、吸い込まれそうな感覚になってしまう。

「僕に何か用かい?」

 声も綺麗……。
 ソプラノみたいな透きとおった声……どうして、同じ女の子なのにここまで違うの。女の子なのにそこいらのイケメンよりも格好いい。

「僕の顔ばかり見ているけど、何かついているのかい?」

 い、いけない! 要件を済まさないと。
 女の子に見惚れていたなんて……恥ずかしい。耳まで熱くなってきた。

「あ、あの……青島祭のエントリーシート、持ってきました。受理していただくことは可能でしょうか?」
「可能だよ。シート、渡してくれるかな?」

 ううっ……意味もなくテレちゃう。恥ずかしがってしまったせいで、エントリーシートを握りしめちゃった。
 エントリーシートのしわを伸ばし、受付(?)の人に手渡そうとしたら、私の手を彼女のしなやかな手がそっと包み込むように触れてきた。
 な、なに?

「美しいひと……」
「は、はい?」
「キミの名前を僕に教えていただけませんか?」

 ち、近い! 顔が近いよ!
 彼女の吐息が私の頬に感じるくらい近づいてきて、私を見つめてきた。ブルーアイから目をそらせない。
 頭の中がしびれて、何も考えられない。
 言われるがまま、私は自分の名前を口にする。

「い、伊藤ほのかです」
「そう……ほのか。まるでコスモスのように可憐な名前だ。僕の心を惑わすいけない子」

 彼女はいきなり私の手を握ったまま、開いた手を腰にまわし、引き寄せる。
 え? え? え?

「ほのかお嬢様。もし、お嬢様さえよければ、僕の愛を受け止めてほしい。この罪深い僕の愛を」

 彼女が私の顎に優しく触れ、彼女の顔が近づいてきて……彼女の桜色の唇が、私の唇に触れそうになる。
 ダ、ダメ……拒否しないと……なのに……体が動かない。先輩……。
 唇と唇がふれあう瞬間。

 バン!

「大丈夫か! 伊藤!」

 せ、先輩!
 先輩が視聴覚室に入ってきてくれたおかげで、私は正気しょうきづく。
 わ、私、何をしようとしていたの!

 女の子にキスされそうだったことに気づき、私は慌てて距離をとった。
 先輩が私と彼女の間に割って入ってくる。私は先輩の背中に隠れ、服の袖をつまむ。
 先輩は肩で息をしている。もしかして、急いで助けに来てくれたの? 私の為に?
 胸の奥が熱くなる。頼もしい先輩の背中を、私はじっと見つめた。

「相変わらずの手癖の悪さだな、青島祭実行委員長、浪花なみはな

 え……ええええ! この人が青島祭実行委員長なの! 信じられないんですけど!
 浪花先輩は心外だと言わんばかりに先輩に反論してきた。

「手癖が悪い? 藤堂君、今の発言、取り消してほしいな。僕達は本気だ」

 ほ、本気? どどどどどういうこと? おかしいよね? 私達、女の子同士だよね?
 しかも、僕達って……私、関係ないじゃん! 真顔でうそを言わないでよ!
 私は誤解されたくなくて、先輩に早口で事実を話す。

「せ、先輩! 私、違いますから! いきなり、キスされそうになっただけですから! 信じてください!」
「分かってる。伊藤はBLが好きなだけで、女の子同士の恋愛に興味がないことは」
「……」

 な、何か微妙……いや、あってるんだけどね。でも、納得いかないといいますか……。

「伊藤、用事は済んだのか?」
「は、はい」
「浪花、一つ言っておく。伊藤に手を出すな。今度伊藤にちょっかいをだしたら、容赦ようしゃしないぞ」

 あっ……。
 先輩が私の腕を掴み、引っ張っていく。私は心臓が飛び跳ねそうなくらい驚いてしまい、なすがままついていく。
 視聴覚室を出た後、先輩は私の腕を離した。先輩の手が離れていく。
 手のぬくもりがなくなっていくことが怖くて、私は無意識に手を差し伸べた。少しでもぬくもりを感じたくて……。
 先輩の腕を……制服の裾を軽く握った。私は弱々しく顔を上げた。
 先輩は……視聴覚室を睨んでいる。
 もしかして、あの綺麗な人に会いにいっちゃうんですか? 裾を掴む手に力がはいる。

「せ、先輩。視聴覚室にまだ用があるんですか?」
「静かに」

 視聴覚室に入らずに、黙って立っていることに何の意味があるの?
 視聴覚室から声が聞こえてきた。

「ちっ! せっかくの出会いをあの唐変木とうへんぼくは……次に会ったら必ず復讐してやる。不幸の手紙を出してやる」

 な、何これ? あの綺麗な人からは想像つかない悪態が聞こえてきた。主に先輩の悪口。
 浪花先輩の愚痴は更に続く。

「もうちょっとだったのにな……あの、さくらんぼのようなみずみずしい唇と、マスクメロンにタッチできたのに……ああ、僕は本当に不幸だ……」

 メロンって……あのハーレム男の事、思い出しちゃったじゃない。無意識に胸元に手を当てると、肌に触れる感触がした。
 えっ? ええええええっ!
 いつの間にかスクールシャツのボタンが外れて、前がはだける! な、なんで?
 私は慌てて、胸元をガードするように手でかばう。せ、先輩に見られちゃったかな? ブラ、見えてたよね? 最悪! 信じられない!

 ううっ……なんで? どうして? ま、まさか、あの人が? あんな短期間で?
 先輩は視聴覚室を睨んでいたので、私はその隙にこっそりとボタンをとめる。
 裾を掴んでいた手が離れたことを不審に思ったのか、先輩が私の方に振り返った。

「伊藤? どうした? 背を向けて」
「な、なんでもないです。そ、それより、浪花先輩……実行委員長って問題児なんですか?」

 あ、あぶな~! すぐさまターンして、なんとか先輩に見られずにすんだよ~。
 顔が熱い……なんでこんな目に……。

「ああ。ちょっと注意してくる」

 先輩が生徒会室のドアを乱暴に開け、中に入っていく。
 中からガタンと音がした。

「は、はああ? なんでまだいるの! さっさと帰れよ!」
「釘を刺しておこうと思ってな。次はないぞ?」
「……ふん! そんなおどし、意味がないね! 恋愛は自由だ! 僕の恋を止めることなんて神様だってできない!」
「反省の色がないな」

 パキパキ!

「嘘! ごめん !もうしません! だから、近づくな!」

 ……これはどう判断したらいいのかな?
 仲がいい? いや天敵だよね。きっと、何度も同じやりとりをしてそう。私はつい、苦笑してしまう。

 しばらくすると、先輩が部屋から出てきた。
 私は先輩から視線をそらし、つま先をじっと見つめる。

「伊藤。一応注意はしておいたが、気を付けておけ」
「……はい」

 先輩は今までどおりの態度。まるで、あの日のことはなかったようなふるまい……気にしているのは私だけなの?
 気持ちが沈んでいくのが分かる。さっきまでの嬉しさが消えていく。

「あと、電話を途中で切ったな。なんでだ?」

 先輩の問いかけに、私はぶっきらぼうに答える。

「……別にいいじゃないですか。先輩に心配される理由なんてありませんよ」
「あるぞ」

 私はつい顔をあげてしまう。
 先輩の顔から目をそむけることができない。つい、期待してしまった。

「伊藤は俺の後輩だ。心配して当然だろ?」

 後輩……。
 何を期待していたの、私は……。
 私は羞恥しゅうちと悔しさと怒りのあまり、ぎゅっと手を握り締める。
 バカだ、私は……先輩が私のこと、異性として好きなはずがないのに……そんなはずないのに……。

「そう……ですか。すみませんでした。私、用事がありますので失礼します」
「おい、伊藤!」

 私は先輩に背を向け、早足でこの場から離れる。
 先輩が私の腕を掴んできた。

「無視するな! 話を……」
「……」
「!」

 私は先輩の手を振りほどき、その場を走って逃げた。
 見られた! 私の泣き顔を。一番見られたくなかったのに!
 頭の中がいっぱいで、周りを気にする余裕なんてなかった。
 先輩が追ってこないことを確認した後、私は廊下の片隅に座り込む。壁に手をついてうつむいたまま、じっと胸の痛みに耐えていた。

 先輩……先輩……。
 先輩に掴まれた腕が……触られたぬくもりは消えてくれなかった。
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