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十七章
十七話 ヤナギ -愛の悲しみ- その六
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『ブラックメア・ファンタジアⅡ』
それははるか遠い昔。空と宇宙のはざまにある……以下略。
魔王城の最奥、威厳のある門の前で勇者達は最後の戦いに奮起していた。
「勇者様! ついにここまで来たね!」
「ああ、本当に長かった……この地獄のような時間がやっと……やっと終わる……」
「……勇者様」
勇者の仲間である、女戦士、女魔法使い、女僧侶が勇者の姿を見て、目をうるわせている。
勇者の仲間達は感極まっているが、勇者はまるで年に三回しか休みの取れない中間管理職のような疲れ切った顔をしていた。
下手をしたら胃潰瘍で入院しそうな状態だ。
やせこけた勇者の顔は今までの冒険がどれだけ過酷だったのかを物語っていた。
その理由とは……。
「ねえ、勇者様。魔王を倒す前にもう一度確認しておきたいんだけどいい?」
勇者の顔が引きつっているが女僧侶はかまわずしゃべり続ける。
「魔王を倒した時の国からの報酬百億Gの分配なんだけど」
「はいはい、昨日言った通りでいいから」
「なら復唱して」
勇者はため息をつきながら昨日から何度も口にした契約をつぶやく。
「報酬の分配は俺1%、女戦士28%、女魔法使い34%、女僧侶は37%。女僧侶の取り分が多いのはヒールでポーション代が浮いた分の支払だから。これでいい?」
「取り分が多いって言い方、止めてくれる? それじゃあまるで、私が守銭奴みたいじゃない。働きに応じた正当な報酬でしょ? 女魔法使いは広範囲消滅魔法で雑魚を倒したけど、私は毒や麻痺だって治したから治療費として問題ないよね? 女戦士はタゲやタンクしてくれたけど、近接攻撃しかできないから、あまり敵を倒していないし。勇者様は魔王を倒したら大陸中に名をはせるわけだから、取り分は少なくてもいいよね? 私達は勇者御一行ってことで個人で名を残せないんだから、これくらいはしてくれないと」
勇者はぱたぱたと手を振る。
ちなみに勇者はボスや大型モンスターを一人で倒し、勇者の仲間はボスと一緒にでてきたモブを倒すことや、雑魚を倒す役になっている。
勇者の仲間たちいわく、女の子を戦わせるなんてサイテーとのこと。
旅に出る前に、勇者は仲間を求めて酒場へ赴いた。屈強な男の戦士はいたが、勇者が選んだ仲間は全員女の子を仲間にした。
女の子を選んだ理由はただの下心からだった。
美女に囲まれ、勇者はウハウハだった。
しかし、勇者は思いもしなかっただろう。この選択が地獄への一歩となることを……女社会で男一人生きていくのがどれほど大変なのか、身をもって知る事になる。
勇者が酒場で愚痴るのは、モンスターの強さではなく、パーティーをまとめる苦労話だった。
「それから……」
「もういいだろ! 魔王を倒さないと、そんな話をしても絵に描いた餅だ。いくぞ!」
「ちょっと、待ちなさいよ! まだ話が終わってないわ!」
勇者は女僧侶を無視して、魔王へ続くドアを開ける。これ以上は付き合いきれない。
昔は花も恥じらう乙女だった女僧侶も、この旅を経て、口やかましい守銭奴と成り果てた。
勇者はさっさと魔王を倒して、このパーティを解散させたかった。それだけが望みだった。
勇者は女僧侶を悪く言うが、女僧侶がお金に厳しくなかったのは理由があった。
勇者とその仲間が魔王討伐に出発する際に、王様が激励をしたのだが、いただいたのは言葉だけで、お金や装備を分け与えることはなかった。
要はタダ働きで魔王を倒してこいと言われたのだ。
冗談じゃない。命がけの旅をするのに、何の支援もないことに女僧侶は腹を立てたが、勇者は違った。
勇者は王様に激励されたことと、魔王を倒す崇高な任務に酔いしれていた。
それは齢十五の少年にとっては身に余る栄光だった。それだけでお腹いっぱいだった。
女僧侶は当初の計画を変更せざるを得なかった。多くの信者を養っていくためにお金が必要だった女僧侶は、王様からの報償を目当てにしていた。
だからこそ、あからさまに自分の体を見てくるスケベ勇者の仲間になったのだ。
勇者はかなりのお人好しで困った人を見捨てることが出来ず、タダで人助けをしていった。
そのせいで出費がかさみ、女僧侶は近い将来、破産することが予測できた。
もし、旅の費用がかさみ、借金して、借金の返済に身売りでもさせられたらたまったものではない。神に身を捧げた手前、見知らぬ男と肌を重ねるなど以ての外だ。
女僧侶はパーティーの財布のひもをしっかりと握り、節約と人助けに報酬をもらうことで財政難を乗り越えた。
これは当たり前のことなのだが、勇者には理解されなかった。
人助けにお金を要求するのは勇者として恥ずかしいことだと思っていたし、自分で稼いだお金を自由に使えないことを不満に思っていた。
このすれ違いが不信となり、ことあるごとに勇者と女僧侶は対立した。
最初は勇者の味方をしていた女戦士と女魔法使いだったが、男女の価値観の違いから、二人は女僧侶に味方するようになった。
それに数々のラッキースケベが女性陣の不興を買った。
いつの間にか勇者は孤立してしまい、勇者は毎日が苦痛となった。
パーティのチームワークは皆無となり、個人技で戦うスタイルへと変わってしまう。
そんな状態で魔王を倒せるのか? いや、まともに戦えるのか?
爆弾を抱えながらも、勇者達は突き進み、魔王に最後の戦いを挑むところまでたどり着いた。
暗闇に覆われた部屋に一か所、明かりがついている。その明かりの中に一つの人影が浮かび上がる。女だ。
成熟した体を見せつけるかのような布地の少ない胸元が開いたドレスを着て、ソファーに横たわっている。
露出された胸の谷間が、太ももが艶めかしく、上目遣いで見つめてくる女の淫靡な甘い誘惑に勇者は立ち尽くしていた。
「勇者様?」
仲間達の突き刺すような視線に、勇者は我に返った。
「お、おのれ! 謀ったな、女! この卑怯者!」
「勇者様だけですよね? 見惚れていたのは?」
「はあ……だから童貞は嫌なのよ」
「何回、女に騙されたら気が済むのやら」
仲間の辛辣な評価に、勇者はスルーする。それがこの冒険で培った処世術だった。
ソファーに寝そべったまま、女は話しかけてきた。
「ようこそ、勇者御一行様。ここがお前達の旅の終着点。辞世の句は用意できたのかな?」
「お前が魔王か!」
「ああ、そうだ。私が魔界の魔族十五大氏族を束ね、頂点に立つ者、魔王と呼ばれし存在である。以後お見知りおきを。そして、さようなら」
「ぬかせ! 今日はお前の命日だ! 引導を渡してやる! いくぞ、みんな!」
「「「はい!」」」
勇者が陣形を組もうとしたとき、魔王がゆっくりと手を差し伸ばし、人差し指を勇者達に向ける。
指先から小さい黒い炎の球体が現れ、飛び出した。高速に飛来する火の玉が勇者達の真ん中ではじける。
衝撃波と炎が勇者達を襲う。
「くっ!」
「「「きゃ!」」」
仲間たちは地面に倒れ、勇者は足を踏ん張り、ダウンを拒否する。
流石は魔王。今までに戦った魔物と比較にならない。初歩の魔法ですら、相当の威力を秘めている。
勇者は改めて目の前にいる女が魔王であると認識し、これから始まる戦いが熾烈を極めることを予感していた。
「大丈夫か! 女魔法使い!」
「……大丈夫です。勇者様」
傷つき、倒れた女魔法使いに勇者は手を差し伸ばす。女魔法使いがその手を握ろうとしたとき。
「ちょっと待ってください、勇者様」
「どうした、女僧侶! まさか魔法を封じられたか!」
魔法を封じられるということは、戦力が大幅にダウンすることを意味する。魔法攻撃はもちろん、補助や回復も出来なくなるからだ。
厳しい戦いになりそうだと勇者は覚悟したが、女僧侶の言葉は思いがけないものだった。
「どうして、女魔法使いを一番に助けたんですか? 距離から言って、私が一番近いじゃないですか」
「え~」
めんどくさっ! 勇者の顔にありありと書かれていた。
「何ですか? その言い方。ちょっと、集合」
勇者は思いっきり顔をしかめる。胃をおさえ、重い足取りで女僧侶の元へ歩いていく。全員が集まったところで恒例の話し合いが始まる。
「勇者様って女魔法使いばかり気にかけていますよね?」
「そうよね。私なんてスルーされっぱなし」
女僧侶と女戦士はため息をつきながら勇者に文句を言う。勇者は慌てて言い訳をする。
「いや、女魔法使いは守備力が一番低いから守ってあげないといけないって思ったし」
当然のことをしたまでだと言わんばかりに勇者は告げるが、その言葉が更に女僧侶の怒りにふれた。
「なにそれ! 私達はかわいくないってこと? 大体、先頭に立って戦いのが男の役割でしょ?」
「いや、その、何というか……ヤキモチやいてる?」
勇者の一言に女戦士と女僧侶は心底嫌そうな顔で即、否定する。
「いや、マジ違うから。やめてくれない?」
「ありえないんですけど」
「……ごめんなさい」
絶対零度の視線を向けられ、勇者は小さな声で謝罪する。
「ねえ、女魔法使いはどう思う?」
「やめてほしいです。勇者様と一緒にいるだけでハーレムとか修羅場とか言われて迷惑しています」
勇者に護られた女魔法使いですら、勇者を嫌悪していた。この場に勇者の味方は誰もいなかった。
勇者をネチネチと責めてくる分、余計にたちが悪い。
「だよね。私達全員、勇者様と関係を持ってるみたいなこと思われてるし。勇者の女って思われているから彼氏もできないし」
「……それは自己責任かと」
「何か言った?」
「いえ、何も」
勇者は戦う前から疲労困憊になっていた。特に心がズタボロになっていた。
仲間達に文句を言いたくても、三対一。しかも女の子相手では分が悪かった。
追撃はさらに続く。
「それと、前から言いたかったんだけど、この防具、何?」
「何をと言われましても、光の世界で最高の名匠が我らの為に作り上げた最高傑作の防具です。闇属性攻撃を99%カットできる優れものです」
「私達は効果の事を言っているんじゃないの。デザインのことを言ってるの。なにこれ?」
「……ビキニです」
女戦士と女魔法使い、女僧侶の服装はビキニとマント姿だった。布地も魔王の服装よりも少なく、大切なところだけが申し訳ない程度に隠している。
この服装で町中を、外を、ダンジョンを歩かされる屈辱に仲間達は耐え続けていたが、我慢の限界がきたようだ。
不満を一気に爆発させた。
「これって、魔法の防御力は高いけど、物理ダメージは全く意味ないよね?」
「……いえ、肌の表面上に光の魔法がおおわれて、ある程度無力化すると聞いています」
「してないよね? ほら、腕に傷がついてる。傷が残ったらどうするつもりなの?」
「そのときは男として結婚を……」
「冗談は顔だけにしてくれる? 勇者様と結婚だなんて絶対にありえないんですけど! 男ってどうしてこんなにスケベなわけ? あのハゲ親父、鼻の下伸ばして試着しろって言われた時、鳥肌が立ったわ」
勇者は男らしいことを言ったつもりだったが、仲間にはとんでもない発言ととられてしまった。
女性からすれば、好きでもない相手と、軽蔑している相手と結婚だなんてどんな拷問なのか。
あのハゲ親父もそうだ。世界最高峰の武器職人と呼ばれているようだが、ただのスケベ親父だった。
一人で装備できるのに、あのハゲ親父は手伝うと言って、女戦士、女僧侶、女魔法使いの体をべたべたと触ってきたのだ。
それだけでも屈辱なのに、この装備のせいで男からは娼婦だと思われ、女からは嫌われる。
装備を解除しようとすると、何かの力で外すことが出来ない、まるで呪われた鎧のようだ。
ちなみに勇者の装備は白と黄金に彩られたフルプレートアーマー。肌の露出が全くない威厳のある装備品だ。
この差が勇者と仲間たちのとりかえしのつかない亀裂を生んでしまった。
「私もしつこく触られた」
「……はあ、何かやる気なくした。帰る」
仲間達は魔王に背を向け、歩き出す。勇者は慌てて呼び止める。
「お、おい! 魔王は!」
「勇者様に任せる」
「そんな勝手な! 世界の命運がかかっているんだぞ!」
流石に仲間の我が儘に勇者はキレたが、仲間達はため息をつく。
「女性一人をよってたかって殴りつけるの? それでも勇者なの? 男なの?」
「ううっ!」
痛いところをつかれ、勇者は黙り込む。
冷めきった目つきで仲間に睨まれ、更に勇者は肩身が狭くなる。仲間たちが去っていく事に、勇者は戸惑いよりもほっとしたような表情になる。
戦力は減ったが、心労は羽のように軽くなった。
「どうした、勇者。仲間割れか?」
「……仲間割れじゃない。魔王との一騎打ちを望んでいたから空気を読んで去っていっただけだ」
無理やり自分を奮い立たせ、魔王の前に立つ。
だが、勇者の視線は魔王の胸の谷間に向いていた。魔王はやれやれと言わんばかりに首を振る。
「そうか。一応訊くが、私の仲間にならないか? 世界の半分をお前にやるぞ」
「いるか! そんなものに惑わされる俺じゃない!」
「なら、私の肉体ならどうだ? 好きにしていいぞ」
「……ごくり」
勇者は魔王の体をなめるように眺める。今まで半裸の美女達に囲まれ、性的要求をずっと耐えてきたのだ。
思春期の男には拷問のような仕打ちだった。その我慢が魔王に向けられることを誰が責められようか。
魔王は勇者を挑発するように、服をそっとめくる。肌が少しずつ露わになっていくのを、勇者は生唾を飲み込み、目が離せないでいた。
「いいんだぞ、勇者。私ならお前の欲望を満たすことができる。どんなプレイでもお望みのままだ。あんな自分勝手な女達とは違う。私の体、滅茶苦茶にしていいんだぞ」
魔王に引き込まれるように勇者はふらりふらりと近寄っていく。
一歩、また一歩、魔王に近づき……。
ぱかっ。
「あっ」
ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
勇者は落とし穴に落ちていった。
「ふふっ、バカな男だ」
魔王は微笑むと、レッドアイが更に赤く、強い光を発する。その瞬間、みずみずしかった肌がぐにゃりととけていく。
しっとりとした髪も、陶器のようななめらかな肌も、豊艶な胸のふくらみも、くびれた腰も、引き締まったお尻も、見る影もなく蝋燭の蝋のようにとけおち、皮膚の下から骨が浮かび上がる。
服装もドレスからローブに変化し、そのローブから骸骨が露わになる。
「魔王様……」
闇の中からガーゴイルが現れる。魔王はソファーに座り直し、勇者の落ちた穴を見つめている。
「いつもどおりだ。人間の男とはどうしてこうも単純なのか。理解に苦しむ」
「よいではありませんか? 楽に殺すことができて」
「そうだな。いつものように防具と武器を回収しておけ」
「かしこまりした」
ガーゴイルは闇に消え、部屋には魔王のみ残された。
魔王は首を振り、眠りに入る。まだ見ぬライバルを夢見ながら。
その頃、勇者は落とし穴の下にあった剣山に突き刺され、虫の息となっていた。勇者は最後の力を振り絞り、遺言を残した。
気をつけろ 女の誘惑 ハニトラだ
-完-
それははるか遠い昔。空と宇宙のはざまにある……以下略。
魔王城の最奥、威厳のある門の前で勇者達は最後の戦いに奮起していた。
「勇者様! ついにここまで来たね!」
「ああ、本当に長かった……この地獄のような時間がやっと……やっと終わる……」
「……勇者様」
勇者の仲間である、女戦士、女魔法使い、女僧侶が勇者の姿を見て、目をうるわせている。
勇者の仲間達は感極まっているが、勇者はまるで年に三回しか休みの取れない中間管理職のような疲れ切った顔をしていた。
下手をしたら胃潰瘍で入院しそうな状態だ。
やせこけた勇者の顔は今までの冒険がどれだけ過酷だったのかを物語っていた。
その理由とは……。
「ねえ、勇者様。魔王を倒す前にもう一度確認しておきたいんだけどいい?」
勇者の顔が引きつっているが女僧侶はかまわずしゃべり続ける。
「魔王を倒した時の国からの報酬百億Gの分配なんだけど」
「はいはい、昨日言った通りでいいから」
「なら復唱して」
勇者はため息をつきながら昨日から何度も口にした契約をつぶやく。
「報酬の分配は俺1%、女戦士28%、女魔法使い34%、女僧侶は37%。女僧侶の取り分が多いのはヒールでポーション代が浮いた分の支払だから。これでいい?」
「取り分が多いって言い方、止めてくれる? それじゃあまるで、私が守銭奴みたいじゃない。働きに応じた正当な報酬でしょ? 女魔法使いは広範囲消滅魔法で雑魚を倒したけど、私は毒や麻痺だって治したから治療費として問題ないよね? 女戦士はタゲやタンクしてくれたけど、近接攻撃しかできないから、あまり敵を倒していないし。勇者様は魔王を倒したら大陸中に名をはせるわけだから、取り分は少なくてもいいよね? 私達は勇者御一行ってことで個人で名を残せないんだから、これくらいはしてくれないと」
勇者はぱたぱたと手を振る。
ちなみに勇者はボスや大型モンスターを一人で倒し、勇者の仲間はボスと一緒にでてきたモブを倒すことや、雑魚を倒す役になっている。
勇者の仲間たちいわく、女の子を戦わせるなんてサイテーとのこと。
旅に出る前に、勇者は仲間を求めて酒場へ赴いた。屈強な男の戦士はいたが、勇者が選んだ仲間は全員女の子を仲間にした。
女の子を選んだ理由はただの下心からだった。
美女に囲まれ、勇者はウハウハだった。
しかし、勇者は思いもしなかっただろう。この選択が地獄への一歩となることを……女社会で男一人生きていくのがどれほど大変なのか、身をもって知る事になる。
勇者が酒場で愚痴るのは、モンスターの強さではなく、パーティーをまとめる苦労話だった。
「それから……」
「もういいだろ! 魔王を倒さないと、そんな話をしても絵に描いた餅だ。いくぞ!」
「ちょっと、待ちなさいよ! まだ話が終わってないわ!」
勇者は女僧侶を無視して、魔王へ続くドアを開ける。これ以上は付き合いきれない。
昔は花も恥じらう乙女だった女僧侶も、この旅を経て、口やかましい守銭奴と成り果てた。
勇者はさっさと魔王を倒して、このパーティを解散させたかった。それだけが望みだった。
勇者は女僧侶を悪く言うが、女僧侶がお金に厳しくなかったのは理由があった。
勇者とその仲間が魔王討伐に出発する際に、王様が激励をしたのだが、いただいたのは言葉だけで、お金や装備を分け与えることはなかった。
要はタダ働きで魔王を倒してこいと言われたのだ。
冗談じゃない。命がけの旅をするのに、何の支援もないことに女僧侶は腹を立てたが、勇者は違った。
勇者は王様に激励されたことと、魔王を倒す崇高な任務に酔いしれていた。
それは齢十五の少年にとっては身に余る栄光だった。それだけでお腹いっぱいだった。
女僧侶は当初の計画を変更せざるを得なかった。多くの信者を養っていくためにお金が必要だった女僧侶は、王様からの報償を目当てにしていた。
だからこそ、あからさまに自分の体を見てくるスケベ勇者の仲間になったのだ。
勇者はかなりのお人好しで困った人を見捨てることが出来ず、タダで人助けをしていった。
そのせいで出費がかさみ、女僧侶は近い将来、破産することが予測できた。
もし、旅の費用がかさみ、借金して、借金の返済に身売りでもさせられたらたまったものではない。神に身を捧げた手前、見知らぬ男と肌を重ねるなど以ての外だ。
女僧侶はパーティーの財布のひもをしっかりと握り、節約と人助けに報酬をもらうことで財政難を乗り越えた。
これは当たり前のことなのだが、勇者には理解されなかった。
人助けにお金を要求するのは勇者として恥ずかしいことだと思っていたし、自分で稼いだお金を自由に使えないことを不満に思っていた。
このすれ違いが不信となり、ことあるごとに勇者と女僧侶は対立した。
最初は勇者の味方をしていた女戦士と女魔法使いだったが、男女の価値観の違いから、二人は女僧侶に味方するようになった。
それに数々のラッキースケベが女性陣の不興を買った。
いつの間にか勇者は孤立してしまい、勇者は毎日が苦痛となった。
パーティのチームワークは皆無となり、個人技で戦うスタイルへと変わってしまう。
そんな状態で魔王を倒せるのか? いや、まともに戦えるのか?
爆弾を抱えながらも、勇者達は突き進み、魔王に最後の戦いを挑むところまでたどり着いた。
暗闇に覆われた部屋に一か所、明かりがついている。その明かりの中に一つの人影が浮かび上がる。女だ。
成熟した体を見せつけるかのような布地の少ない胸元が開いたドレスを着て、ソファーに横たわっている。
露出された胸の谷間が、太ももが艶めかしく、上目遣いで見つめてくる女の淫靡な甘い誘惑に勇者は立ち尽くしていた。
「勇者様?」
仲間達の突き刺すような視線に、勇者は我に返った。
「お、おのれ! 謀ったな、女! この卑怯者!」
「勇者様だけですよね? 見惚れていたのは?」
「はあ……だから童貞は嫌なのよ」
「何回、女に騙されたら気が済むのやら」
仲間の辛辣な評価に、勇者はスルーする。それがこの冒険で培った処世術だった。
ソファーに寝そべったまま、女は話しかけてきた。
「ようこそ、勇者御一行様。ここがお前達の旅の終着点。辞世の句は用意できたのかな?」
「お前が魔王か!」
「ああ、そうだ。私が魔界の魔族十五大氏族を束ね、頂点に立つ者、魔王と呼ばれし存在である。以後お見知りおきを。そして、さようなら」
「ぬかせ! 今日はお前の命日だ! 引導を渡してやる! いくぞ、みんな!」
「「「はい!」」」
勇者が陣形を組もうとしたとき、魔王がゆっくりと手を差し伸ばし、人差し指を勇者達に向ける。
指先から小さい黒い炎の球体が現れ、飛び出した。高速に飛来する火の玉が勇者達の真ん中ではじける。
衝撃波と炎が勇者達を襲う。
「くっ!」
「「「きゃ!」」」
仲間たちは地面に倒れ、勇者は足を踏ん張り、ダウンを拒否する。
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勇者は改めて目の前にいる女が魔王であると認識し、これから始まる戦いが熾烈を極めることを予感していた。
「大丈夫か! 女魔法使い!」
「……大丈夫です。勇者様」
傷つき、倒れた女魔法使いに勇者は手を差し伸ばす。女魔法使いがその手を握ろうとしたとき。
「ちょっと待ってください、勇者様」
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「え~」
めんどくさっ! 勇者の顔にありありと書かれていた。
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「そうよね。私なんてスルーされっぱなし」
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当然のことをしたまでだと言わんばかりに勇者は告げるが、その言葉が更に女僧侶の怒りにふれた。
「なにそれ! 私達はかわいくないってこと? 大体、先頭に立って戦いのが男の役割でしょ?」
「いや、その、何というか……ヤキモチやいてる?」
勇者の一言に女戦士と女僧侶は心底嫌そうな顔で即、否定する。
「いや、マジ違うから。やめてくれない?」
「ありえないんですけど」
「……ごめんなさい」
絶対零度の視線を向けられ、勇者は小さな声で謝罪する。
「ねえ、女魔法使いはどう思う?」
「やめてほしいです。勇者様と一緒にいるだけでハーレムとか修羅場とか言われて迷惑しています」
勇者に護られた女魔法使いですら、勇者を嫌悪していた。この場に勇者の味方は誰もいなかった。
勇者をネチネチと責めてくる分、余計にたちが悪い。
「だよね。私達全員、勇者様と関係を持ってるみたいなこと思われてるし。勇者の女って思われているから彼氏もできないし」
「……それは自己責任かと」
「何か言った?」
「いえ、何も」
勇者は戦う前から疲労困憊になっていた。特に心がズタボロになっていた。
仲間達に文句を言いたくても、三対一。しかも女の子相手では分が悪かった。
追撃はさらに続く。
「それと、前から言いたかったんだけど、この防具、何?」
「何をと言われましても、光の世界で最高の名匠が我らの為に作り上げた最高傑作の防具です。闇属性攻撃を99%カットできる優れものです」
「私達は効果の事を言っているんじゃないの。デザインのことを言ってるの。なにこれ?」
「……ビキニです」
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「してないよね? ほら、腕に傷がついてる。傷が残ったらどうするつもりなの?」
「そのときは男として結婚を……」
「冗談は顔だけにしてくれる? 勇者様と結婚だなんて絶対にありえないんですけど! 男ってどうしてこんなにスケベなわけ? あのハゲ親父、鼻の下伸ばして試着しろって言われた時、鳥肌が立ったわ」
勇者は男らしいことを言ったつもりだったが、仲間にはとんでもない発言ととられてしまった。
女性からすれば、好きでもない相手と、軽蔑している相手と結婚だなんてどんな拷問なのか。
あのハゲ親父もそうだ。世界最高峰の武器職人と呼ばれているようだが、ただのスケベ親父だった。
一人で装備できるのに、あのハゲ親父は手伝うと言って、女戦士、女僧侶、女魔法使いの体をべたべたと触ってきたのだ。
それだけでも屈辱なのに、この装備のせいで男からは娼婦だと思われ、女からは嫌われる。
装備を解除しようとすると、何かの力で外すことが出来ない、まるで呪われた鎧のようだ。
ちなみに勇者の装備は白と黄金に彩られたフルプレートアーマー。肌の露出が全くない威厳のある装備品だ。
この差が勇者と仲間たちのとりかえしのつかない亀裂を生んでしまった。
「私もしつこく触られた」
「……はあ、何かやる気なくした。帰る」
仲間達は魔王に背を向け、歩き出す。勇者は慌てて呼び止める。
「お、おい! 魔王は!」
「勇者様に任せる」
「そんな勝手な! 世界の命運がかかっているんだぞ!」
流石に仲間の我が儘に勇者はキレたが、仲間達はため息をつく。
「女性一人をよってたかって殴りつけるの? それでも勇者なの? 男なの?」
「ううっ!」
痛いところをつかれ、勇者は黙り込む。
冷めきった目つきで仲間に睨まれ、更に勇者は肩身が狭くなる。仲間たちが去っていく事に、勇者は戸惑いよりもほっとしたような表情になる。
戦力は減ったが、心労は羽のように軽くなった。
「どうした、勇者。仲間割れか?」
「……仲間割れじゃない。魔王との一騎打ちを望んでいたから空気を読んで去っていっただけだ」
無理やり自分を奮い立たせ、魔王の前に立つ。
だが、勇者の視線は魔王の胸の谷間に向いていた。魔王はやれやれと言わんばかりに首を振る。
「そうか。一応訊くが、私の仲間にならないか? 世界の半分をお前にやるぞ」
「いるか! そんなものに惑わされる俺じゃない!」
「なら、私の肉体ならどうだ? 好きにしていいぞ」
「……ごくり」
勇者は魔王の体をなめるように眺める。今まで半裸の美女達に囲まれ、性的要求をずっと耐えてきたのだ。
思春期の男には拷問のような仕打ちだった。その我慢が魔王に向けられることを誰が責められようか。
魔王は勇者を挑発するように、服をそっとめくる。肌が少しずつ露わになっていくのを、勇者は生唾を飲み込み、目が離せないでいた。
「いいんだぞ、勇者。私ならお前の欲望を満たすことができる。どんなプレイでもお望みのままだ。あんな自分勝手な女達とは違う。私の体、滅茶苦茶にしていいんだぞ」
魔王に引き込まれるように勇者はふらりふらりと近寄っていく。
一歩、また一歩、魔王に近づき……。
ぱかっ。
「あっ」
ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
勇者は落とし穴に落ちていった。
「ふふっ、バカな男だ」
魔王は微笑むと、レッドアイが更に赤く、強い光を発する。その瞬間、みずみずしかった肌がぐにゃりととけていく。
しっとりとした髪も、陶器のようななめらかな肌も、豊艶な胸のふくらみも、くびれた腰も、引き締まったお尻も、見る影もなく蝋燭の蝋のようにとけおち、皮膚の下から骨が浮かび上がる。
服装もドレスからローブに変化し、そのローブから骸骨が露わになる。
「魔王様……」
闇の中からガーゴイルが現れる。魔王はソファーに座り直し、勇者の落ちた穴を見つめている。
「いつもどおりだ。人間の男とはどうしてこうも単純なのか。理解に苦しむ」
「よいではありませんか? 楽に殺すことができて」
「そうだな。いつものように防具と武器を回収しておけ」
「かしこまりした」
ガーゴイルは闇に消え、部屋には魔王のみ残された。
魔王は首を振り、眠りに入る。まだ見ぬライバルを夢見ながら。
その頃、勇者は落とし穴の下にあった剣山に突き刺され、虫の息となっていた。勇者は最後の力を振り絞り、遺言を残した。
気をつけろ 女の誘惑 ハニトラだ
-完-
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