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五章

五話 希望 その二

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「そもそも白部さんはなぜ、平村さんの鞄に腕時計を入れたのでしょう?」
「それは平村さんに罪を着せる為だろ?」

 先輩はそう言うけど、顔が全然納得していない。少しでも反論できるのであれば、絶対に口にしない結論。
 なら、私がするべき事は、先輩に反論する隙間を与えてあげればいい。

「本当にそう思いますか? 先輩は事実しか見えてませんか? 理論的に考えすぎていませんか?」

 そう、先輩は大切なことを忘れている。
 それは白部さんの気持ちだ。

「事実しか見えてない? 事実から物事を推し量るべきだろ? そこに憶測や希望的観測が入れば誤った判断になる。理論や客観的事実こそ正しい解を導き出せるはずだ」
「私はそうは思いません。希望的観測こそ、願いにはなりませんか?」
「願い?」

 そう、願いだ。事実はどんなに辛いものだって分かっていても、人は希望を求める。それが愚かだとは私は思わない。それは純粋な願いだって私は思うから。

「どういうことだ? あの状況下で平村さんに罪を着せる事以外、何があるっていうんだ?」

 先輩は戸惑ったように、それでも、何かにすがるように私に問いかける。
 これはあくまで私の希望的観測。でも、それも一つの事実になりえるかもしれない。
 だから、話してみよう。

「罪は着せるものですか? それ以外にありませんか? 分からないのなら、先輩が白部さんの立場になって考えてみてください。先輩がもし、親友、もしくは大切な人がいて、同じ状況に置かれたらどうしますか? 罪を着せますか?」

 先輩は迷うことなく即答する。

「ありえないだろう。親友に罪を着せるなんてできっこない」
「それなら、もし親友が罪を犯していたらどうしますか?」

 先輩は目を閉じ、はっきりと答えてくれた。

「自首させるよう説得する。親友が罪を犯してしまったことは悲しいことだが、人様に迷惑を掛けているんだ。ちゃんと罪を償わせる。もちろん、俺も被害者に許してもらえるよう親友に手を貸す」
「かばうことはしないんですか?」

 先輩は少し怒った顔をして言い切る。

「それはダメだ。何の解決にもならない……って口では偉そうに言えるが、そのときにならないときっと分からないんだろうな。もしかしたら、俺は親友を護るために……そうか……そういうことか!」

 私の言いたいこと、先輩に伝わったみたい。
 先輩は新しい可能性に気づき、必死に新たな事実を模索している。そんな先輩を見て、私は少しモヤモヤしていた。
 先輩が思っていた親友って誰だろう? 橘先輩かな? いや、先輩と橘先輩は同士って感じがするし、親友ってガラじゃないよね。

 だとすると、先輩にとってその人はどれだけ大切にされているのだろう? 私じゃないよね?
 それはそれでほっとするけど、少し嫉妬しちゃうよね。男の子の友情ってやっぱり、女の子にとったら天敵でしかない。
 恋よりも友情をとることに美学感じてるって男の子いるもんね。先輩はそんなことないよね?
 でも、考え方が真面目だし、女の子よりも男の子の友情を優先しそうで不安になる。

 そんな私の乙女チックな考えをよそに、先輩はひたすら別の女の子達のことを考えている。人助けとはいえ、複雑な気分……。
 いや、やっぱり、おかしい! 身近にこんなに可愛い女の子がいるのに、どうして、別の知り合って間もない女の子に先輩は必死になっているの? おかしいよね?

「いや、やはりその考えはおかしい。もし、伊藤の考え通りなら、平村さんの鞄から腕時計が出てきたことは矛盾している。これをどう説明する気だ?」
「……気に入らない」
「はっ?」

 し、しまった! つい心の声が出ちゃった!
 先輩は怪訝そうな顔をしている。ヤバい! なんとか誤魔化さないと。

「そ、それはその……二人の仲をねたんだ人の犯行かと」
「動機のことを言っているのか? 話が飛躍したな」

 で、ですよね~。自分でも苦しい言い訳だと思います。だけど、これくらいしか思いつかないんですよ~。
 私は背中にイヤな汗を感じながら、必死に誤魔化す。

「わ、分からないことよりも、分かりそうなことから考えましょうよ。そこから新たな発見があるかもしれませんし」
「……だな。もし、伊藤の言う通り動機が二人の仲の嫉妬となると……腕時計を盗んだのは男ってことも考えられるのか?」
「はい?」

 あ、あれれ? 先輩が見当違いなことを言っているような気がするんですけど。
 いくら好きな女の子が別の女の子と仲良くしているからといって、男の子が嫉妬するのかな? 同性だし、嫉妬まではいかないと思うのだけど。
 もしかして、ミスリードしちゃった?

「それだと、アリバイは関係なくなるな。体育は男女別々のはずだが、同じ時間にあるはずだ。男子が体育の時間に抜け出して腕時計を盗むのなら、白部以外にも犯人の可能性が出てくるな」

 このままだと、何か取り返しのつかないことになりそうな気がしたので、私は慌てて訂正に入る。

「ちょ、ちょっと待ってください、先輩! それは違うと思います」
「なぜだ?」

 ううっ、あまり先輩の意見に茶々入れてくないし、逆らいたくはないんだけど、今回の件は白部さんのクラスの女の子が犯人だと私は思っている。
 その根拠は……。

「だって、腕時計は平村さんの鞄にあったんですよ。男の子が腕時計を盗んでいったのなら問題ないですけど、いや、問題なんですけどね。とにかく! 男の子が腕時計を盗んだのなら、どうやって平村さんの鞄に腕時計を入れたんですか? 平村さんがどのロッカーに荷物を入れているかなんて分かりっこないですよ」

 それに井波戸さんならその可能性も気づいたと思う。
 先輩が言っていた。井波戸さんは白部さんの無実を証明しようとしていろいろと動いていたと。だとすると、井波戸さんはそこも視野に入れて捜査していたはず。
 井波戸さんの口から男の子の可能性が出ていないとなると、男の子の可能性は低い。
 先輩は私の言いたいことに気づき、落胆らくたんのため息をつく。

「……そうだな。腕時計は平村の鞄にあった。平村に罪を着せる場合、平村の鞄がどれなのか、それと位置を知っておかなければならないな。更衣室にいた女子なら平村がどのロッカーに鞄を入れたのか確認できるが、男子は無理だな。だとしたら、犯人は誰なんだ?」
「先輩は分かりませんか? 私、分かりましたけど」
「本当か? 一体誰が腕時計を平村の鞄の中に入れたんだ?」

 私はある確信があった。
 先輩の話だと、体育の時間を抜け出したのは三人。白部さんが犯人でないと仮定した場合、考えられるのは残りの二人。
 貧血を起こした女の子と、その女の子を介護した保健委員。
 犯人は……。

「犯人は……貧血を起こした女の子と保健委員の二人です!」

 バーン!

 心の中で効果音を鳴らし、私は堂々と宣言した。私の推理に先輩は眉をひそめている。
 あ、あれ? ぴんとこなかったですか?

「……朝乃宮と同じようなことを言うんだな」
「朝乃宮先輩と同じ? やっぱり、二人が怪しいんですよ!」

 私の推理に先輩は疑問をぶつけてくる。

「確かに、貧血を起こしたと嘘をつき、二人が共謀すれば出来なくはないと思う。だが、井波戸さん、もしくは白部さんがその可能性に気づかなかったとは思えない。例えば、二人がすぐに保健室に向かい、保健委員が犯行を行った場合、体育館に戻ってきた時間に差があって気づくだろ? 逆もしかりだ。その不自然さに誰かが気づくと思うのだが」

 先輩の言うとおりだ。
 わかりやすく言うと、二人がすぐに保健室に向かい、そこから犯行を終えた場合、時間的に一Qの終わりに帰ってくることになる。
 でも、保健室の先生に話を聞けば、九時近くに二人が来たことを覚えているはず。時間的に考えれば九時二、三分には保健室を出ないと間に合わない。
 そうなると九時三分に保健室を出たと仮定して、九時八分ギリギリで戻ったら、まさに犯行が可能と判断されてしまう。

 逆もそう。
 犯行を終えてから保健室に行った場合、これも仮定として九時六分に保健室に着いたとしよう。
 九時六分に保健室に行ってから、体育館に戻れば九時八分以内には戻れる。でも、保健室に行くまでに六分もかかることは不自然と判断されてしまい、アウト。

 そこらへんもちゃんと井波戸さんは確かめていると先輩は言いたいのだろう。
 だけど、それは井波戸さんの話が完全にあっていた場合、適応される。
 もし、この情報が完全ではなかったら……。

「そうですね。でも、井波戸さんも白部さんも気づけなかった何かがあるとしたら? もしくはトリックがあって、二人、もしくは一人で犯行が可能だったのかもしれません」

 こう言っておいてなんだけど、一人では犯行は難しいと思う。でも、二人なら協力できるし、犯行をしやすいと思うけど。方法は分からないけどね。
 先輩は目をつぶり、何かを思案していた。

「……見落としか……俺の考えが正しければ、井波戸さんが偽証する可能性はあるが……いや、あの態度からして、それは……」
「?」

 先輩は井波戸さんの証言を疑っているのかな?
 井波戸さんが嘘をつく理由って何なの? 風紀委員嫌いだから? でも、新聞部として真実を伝える事にプライドがあるから嘘をつくとは思えないんですけど。
 何かあるのかな?

「先輩先輩、何か井波戸さんを不信に思う点があるんですか?」
「……すまない。今はまだ推測の域だから話せない。やはり、現場検証がしたいな。それに井波戸さんだけでなく、白部さんや平村さんからも話が聞きたい。だが、どうすれば……」

 だよね。風紀委員だからといって中学校に勝手に入る事なんて出来ないし、調査するなんて先生方が許さないよね。
 けど、私なら……。

「現場検証なら、可能かもしれませんよ」
「本当か!」

 ち、近い!
 先輩は私の思わぬ発言に興奮しているから気づいていないと思うんだけど、ちょっと距離が近すぎやしませんか。
 私は内心、ドキドキで緊張している事を悟られないよう平然を装う。

「二人はどこの中学出身か、ご存じですか?」
「? 確か青島西中だと左近が言っていたような気がする。左近の報告の中で言っていたからな」

 平村さんと同じ中学に通っていた私なら、青島西中学に入ることが出来る。卒業しているけど、この手が使えるはず。
 その方法とは……。
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