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四章
四話 混迷 その一
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俺は頬に痣を残しながら、職員室に向かっていた。
あれから、俺は御堂と伊藤に覗いてしまった原因を正直に話し、御堂のパンチ一発で許してもらえた。
伊藤は逆に、俺を殴った御堂を抗議していた。
伊藤的には、俺が心配して来てくれたことは思いのほか嬉しかったらしく、始終ニコニコとしていた。逆に御堂は始終不機嫌だったが。
喜んでいるところ悪いんだがな、伊藤。俺が心配して見に来た理由は、お前が頼りないってことでもあるんだから、本当に頑張ってくれよ。
ちなみに、伊藤が着替えだしたのは、御堂が服が汚れるかもしれないから体操服に着替えろと言われたからだそうだ。
それにしても何をさせる気なんだ、御堂は。
少し不安であるが、これ以上俺が関わればろくな事が起きないだろう。自重することにした。
俺が今、職員室に向かっている理由は、当初の予定通り、白部のことを一年F組の担任に確認しておきたかったからだ。
上春と朝乃宮は同じ一年の生徒に聞き込みをしてくれている。
一つ年上のいかつい男が下級生に声をかけたところで、あまりいい返事はもらえないだろう。怖がられるか、逆に因縁をつけられるかのどちらかだ。余計な遺恨は残すべきではない。
そんな考えから、俺は教師から情報を集めることにしたのだ。
教師であれば、対応を間違えなければ協力を得られるし、生徒側では得られない裏の情報も教師なら持っている可能性がある。
考えている間に見慣れた職員室にたどり着いた。
見慣れた?
俺は自分の感想に苦笑してしまう。よくよく考えると、俺がこの学校で訪れる場所は自分の教室、風紀委員室に次いで職員室に入ることが多い。教職員でもないのに、おかしなことだ。
下手すると、体育館や移動教室よりも職員室に入る回数の方が多い。ちなみに、ここでの移動教室は外部施設ではなく、選択教科で使用する教室を指している。
何回も職員室に来ていると、緊張や苦手意識といったものは全くなくなっていた。
「失礼します」
職員室に入ると、多くの教職員が作業をしていた。
明日の授業の準備に取りかかっているもの、生徒の課題のチェック、授業について語り合う等、仕事に専念している。
授業が終わったからといって、教師の仕事が終わるわけではない。部活や進路相談といった職務が山ほどある。
俺は極力迷惑をかけないよう、目的の人物を探す。一年F組のクラス担任である竹下先生だ。
竹下先生とは学内のイベントで何度か顔合わせしたことがある。なので、竹下先生の机の場所も知っている。
この時間帯だと、机で仕事をしているはず。
竹下先生の机の場所へ移動している途中で、見知った先生を見かけた。
「おう、藤堂」
「こんにちは、新見先生」
俺は新見先生に会釈し、竹下先生の捜索を続行する。
竹下先生はすぐに見つかった。
俺が一年のときに赴任してきた先生で、かなり若い先生だ。確か大学を出て、初めて先生として教鞭を振るったのが、この青島高等学校だと聞いている。
俺達よりも年上で、先生方の中では一番若い先生なので、生徒にはフレンドリーに話しかけられているようだ。
真面目で伊達メガネをかけた優しい先生というのが、一年の生徒のおおまかな印象だ。
竹下先生はプリントに赤ペンでマルやバツを書いている。今は中間テストの時期ではないので、小テストの採点といったところか。
「竹下先生、恐れ入りますが、今、お時間よろしいでしょうか?」
「んんっ? おおっ、藤堂君じゃない。お疲れ~」
生徒と年が近いせいか、話しやすい先生だ。失礼だとは思うのだが、みんなが言うように親しみを感じやすい。
竹下先生とは久しぶりに会ったのだが、以前よりも少しやつれた気がする。
普段の業務にイジメ……先生とは大変な職業だとつくづく思う。
竹下先生にすすめられ、俺は近くの席に座る。
「お疲れなのは竹下先生では? 少しは休めていますか?」
「はははっ……無理無理。終わりのない仕事ってあるんだって初めて知ったよ。寝ても覚めても仕事の事ばかり考えて……ヤバい、全然休めてない。真面目に働いたら、ノイローゼになるかも」
おいおい、生徒に何てことを言いやがる。将来を不安にさせるようなことを言わないでくれ。就職に不安を感じてしまうだろうが。
俺が眉をひそめていると、竹下先生はウソウソと手をぶらぶらとふる。
「それより、ありがとな、藤堂。平村のこと、助けてくれて」
「……偶然その場に居合わせただけです。だから、今度はちゃんと助けたいんです」
そう、平村を助けたのは偶然だ。何も知らなかった。平村がイジメにあったこと、白部の抱えているもの。
だが、今は知っている。だからこそ、この問題を解決したい。
「俺もね、二人のことはなんとかしたいって思っているんだよ。でも、難しいよね。一人の生徒を贔屓にしてはいけないし、生徒間の問題は教師には解決できない。無力だって思うよ、先生って。どうしたらいいのか、大学でも教えてくれなかったし、大学で教わった事なんて現場では役に立たないからね。ホント、教えて欲しいよ」
竹下先生の弱音を情けないと思うヤツはきっと、苦労知らずで仕事をしたことがないヤツだろう。
俺もガキだが、それでもバイトで仕事の苦労は体験しているので、少しは竹下先生の苦労は分かるつもりだ。
親や教師は子供の身勝手な要求を全て叶える存在ではない。勝手に期待し、勝手に失望するのは自分勝手な事だと俺は思っている。
それに、生徒が先生の愚痴を聞くのもたまにはいいだろう。
「先生が全て抱える必要なんてありません。及ばずながら俺達風紀委員も力になります。だから、分けてもらえませんか? 先生の抱えている問題を」
「話がうまいね、藤堂君。それで、何が聞きたいの? 平村の事?」
「話が早くて助かります」
俺は早速、平村の事、白部の事について聞いてみた。
白部がなぜ、平村の事をイジメるのか?
白部のいう、裏切りとは何なのか?
俺の話を黙って聞いてくれていた竹下先生はため息をついた。
「申し訳ない。白部と平村の件については詳しくは知らないんだ。ただ……」
「ただ?」
「噂なんだけど、中学の時、二人はすごく仲がよかったらしい。いつも二人一緒で親友同士だった。でも……」
「でも?」
竹下先生は言うか言わないか迷っていたが、意を決したように話してくれた。
「ある日、その友情は壊れてしまったんだ。平村が白部に濡れ衣を着せたことで」
あれから、俺は御堂と伊藤に覗いてしまった原因を正直に話し、御堂のパンチ一発で許してもらえた。
伊藤は逆に、俺を殴った御堂を抗議していた。
伊藤的には、俺が心配して来てくれたことは思いのほか嬉しかったらしく、始終ニコニコとしていた。逆に御堂は始終不機嫌だったが。
喜んでいるところ悪いんだがな、伊藤。俺が心配して見に来た理由は、お前が頼りないってことでもあるんだから、本当に頑張ってくれよ。
ちなみに、伊藤が着替えだしたのは、御堂が服が汚れるかもしれないから体操服に着替えろと言われたからだそうだ。
それにしても何をさせる気なんだ、御堂は。
少し不安であるが、これ以上俺が関わればろくな事が起きないだろう。自重することにした。
俺が今、職員室に向かっている理由は、当初の予定通り、白部のことを一年F組の担任に確認しておきたかったからだ。
上春と朝乃宮は同じ一年の生徒に聞き込みをしてくれている。
一つ年上のいかつい男が下級生に声をかけたところで、あまりいい返事はもらえないだろう。怖がられるか、逆に因縁をつけられるかのどちらかだ。余計な遺恨は残すべきではない。
そんな考えから、俺は教師から情報を集めることにしたのだ。
教師であれば、対応を間違えなければ協力を得られるし、生徒側では得られない裏の情報も教師なら持っている可能性がある。
考えている間に見慣れた職員室にたどり着いた。
見慣れた?
俺は自分の感想に苦笑してしまう。よくよく考えると、俺がこの学校で訪れる場所は自分の教室、風紀委員室に次いで職員室に入ることが多い。教職員でもないのに、おかしなことだ。
下手すると、体育館や移動教室よりも職員室に入る回数の方が多い。ちなみに、ここでの移動教室は外部施設ではなく、選択教科で使用する教室を指している。
何回も職員室に来ていると、緊張や苦手意識といったものは全くなくなっていた。
「失礼します」
職員室に入ると、多くの教職員が作業をしていた。
明日の授業の準備に取りかかっているもの、生徒の課題のチェック、授業について語り合う等、仕事に専念している。
授業が終わったからといって、教師の仕事が終わるわけではない。部活や進路相談といった職務が山ほどある。
俺は極力迷惑をかけないよう、目的の人物を探す。一年F組のクラス担任である竹下先生だ。
竹下先生とは学内のイベントで何度か顔合わせしたことがある。なので、竹下先生の机の場所も知っている。
この時間帯だと、机で仕事をしているはず。
竹下先生の机の場所へ移動している途中で、見知った先生を見かけた。
「おう、藤堂」
「こんにちは、新見先生」
俺は新見先生に会釈し、竹下先生の捜索を続行する。
竹下先生はすぐに見つかった。
俺が一年のときに赴任してきた先生で、かなり若い先生だ。確か大学を出て、初めて先生として教鞭を振るったのが、この青島高等学校だと聞いている。
俺達よりも年上で、先生方の中では一番若い先生なので、生徒にはフレンドリーに話しかけられているようだ。
真面目で伊達メガネをかけた優しい先生というのが、一年の生徒のおおまかな印象だ。
竹下先生はプリントに赤ペンでマルやバツを書いている。今は中間テストの時期ではないので、小テストの採点といったところか。
「竹下先生、恐れ入りますが、今、お時間よろしいでしょうか?」
「んんっ? おおっ、藤堂君じゃない。お疲れ~」
生徒と年が近いせいか、話しやすい先生だ。失礼だとは思うのだが、みんなが言うように親しみを感じやすい。
竹下先生とは久しぶりに会ったのだが、以前よりも少しやつれた気がする。
普段の業務にイジメ……先生とは大変な職業だとつくづく思う。
竹下先生にすすめられ、俺は近くの席に座る。
「お疲れなのは竹下先生では? 少しは休めていますか?」
「はははっ……無理無理。終わりのない仕事ってあるんだって初めて知ったよ。寝ても覚めても仕事の事ばかり考えて……ヤバい、全然休めてない。真面目に働いたら、ノイローゼになるかも」
おいおい、生徒に何てことを言いやがる。将来を不安にさせるようなことを言わないでくれ。就職に不安を感じてしまうだろうが。
俺が眉をひそめていると、竹下先生はウソウソと手をぶらぶらとふる。
「それより、ありがとな、藤堂。平村のこと、助けてくれて」
「……偶然その場に居合わせただけです。だから、今度はちゃんと助けたいんです」
そう、平村を助けたのは偶然だ。何も知らなかった。平村がイジメにあったこと、白部の抱えているもの。
だが、今は知っている。だからこそ、この問題を解決したい。
「俺もね、二人のことはなんとかしたいって思っているんだよ。でも、難しいよね。一人の生徒を贔屓にしてはいけないし、生徒間の問題は教師には解決できない。無力だって思うよ、先生って。どうしたらいいのか、大学でも教えてくれなかったし、大学で教わった事なんて現場では役に立たないからね。ホント、教えて欲しいよ」
竹下先生の弱音を情けないと思うヤツはきっと、苦労知らずで仕事をしたことがないヤツだろう。
俺もガキだが、それでもバイトで仕事の苦労は体験しているので、少しは竹下先生の苦労は分かるつもりだ。
親や教師は子供の身勝手な要求を全て叶える存在ではない。勝手に期待し、勝手に失望するのは自分勝手な事だと俺は思っている。
それに、生徒が先生の愚痴を聞くのもたまにはいいだろう。
「先生が全て抱える必要なんてありません。及ばずながら俺達風紀委員も力になります。だから、分けてもらえませんか? 先生の抱えている問題を」
「話がうまいね、藤堂君。それで、何が聞きたいの? 平村の事?」
「話が早くて助かります」
俺は早速、平村の事、白部の事について聞いてみた。
白部がなぜ、平村の事をイジメるのか?
白部のいう、裏切りとは何なのか?
俺の話を黙って聞いてくれていた竹下先生はため息をついた。
「申し訳ない。白部と平村の件については詳しくは知らないんだ。ただ……」
「ただ?」
「噂なんだけど、中学の時、二人はすごく仲がよかったらしい。いつも二人一緒で親友同士だった。でも……」
「でも?」
竹下先生は言うか言わないか迷っていたが、意を決したように話してくれた。
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