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三章

三話 しばしの別れ その一

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 昼休み。
 俺と上春、朝乃宮、左近の四人で今後の事を風紀委員室で話し合っていた。いつもは俺と左近、伊藤の三人で昼食をとっているのだが、俺の隣に伊藤はいない。
 左近が手を回してくれたのだろう。なるべくなら、伊藤にはこの事件の事を聞かせたくないからな。

 俺達の報告を聞いて、左近は目をつぶり黙っている。きっと、今の情報を頭の中でまとめ、対策を練っているのだろう。
 左近の邪魔にならないよう、俺は黙っていた。ここで話しかけたら邪魔でしかないからな。

 左近が考えをまとめるのを待っている間、俺はいつもと違う風景を改めて見渡していた。
 普段は上春や朝乃宮と昼食を食べることがないので、違和感が強いな。朝乃宮も上春もおそろいの弁当箱で同じおかずだ。

 小さな楕円形の弁当で中は……そうめん?
 そうめんを巻いたものにハムときゅうりを添えたものが5個、弁当箱に収まっている。後は卵焼きにプチトマトってところか。
 ヘルシーだが、栄養素に問題のありそうな弁当に思える。

「藤堂はん。女の子のお弁当箱ジロジロ見るやなんて、野暮やありません」

 そ、そんなにジロジロと見てしまっていたのか?
 俺は上春と朝乃宮に頭を下げる。

「す、すまん。珍しい弁当だと思って」
「……藤堂先輩はそうめんのお弁当、どう思います?」

 上春は少し困った顔で眉を下げ、俺に尋ねてきた。
 もしかして、かなり失礼な行為だったのか?
 そういえば、伊藤も最近弁当を作るようになって、失敗したところを俺が見つけたら、恥ずかしそうにしていたな。

 そのときは、俺が思いつく限りの簡単に直せる解決策を話していたのだが、それは俺と伊藤が仲がよかったから言えたことだ。
 上春と朝乃宮は交流が全くないので、ほぼ他人といってもいい。
 礼儀に欠けていた事に俺は反省し、上春の問いに何を答えたら無難なのかを考える。
 失礼になるかもしれないが、俺は思ったままの感想を正直に告げる。

「見栄えが綺麗だな。ヘルシーな弁当だ。麺がくっついていないが、何か仕掛けがあるのか?」
「そうなんです! これってコツがありまして……」

 そうめんの綺麗で崩れない巻き方を上春は嬉しそうに語る。その微笑ましい姿に、俺もつられて笑顔になりつつ、上春の情報をインプットしておく。
 時期的にはそうめんの季節ではないが、もし余っていたらぜひ、そうめん弁当をチャレンジしてみよう。

「……ってわけなんです! 藤堂先輩も自炊しているんですよね? もし、よければ作ってみてください」
「ああっ、そうさせてもらおう。だが、そうめんが余っていたかどうか……」

 わざわざそうめんを買って作るのも……と思ってしまう。もし、お歳暮でそうめんが余っているようなら、処理を兼ねて作りたいとは思うのだが。

「上春の家はそうめんが余っているのか?」

 上春は一瞬、目を丸くし、なぜか俺から視線をそらした。

「え……ええっ! そうなんです! お歳暮で食べきれないくらいそうめんをいただきまして……だから、今も数を減らすために作っているんです!」
「なるほどな。余って捨てるのはもったいないしな。その気持ち、分かる」

 納得いく理由だな。余っているのに捨てるのはもったいと思って、同じメニューになってもつい、作って処理していた。
 毎日同じ食事は苦痛で、ちょっとした修行僧のような感じを味わえてしまう。なのに、やってしまうんだな、これが。

「で、ですよね!」

 上春が力強く何度も頷く姿に少し違和感を覚えたが、すぐに自分の中で消化する。
 上春はきっと、俺に分かって欲しいのだろう。上春の苦労を。
 作る側はさっさと処理してしまいたいと思い、毎日同じものでも我慢できるが、食べる側はそうはいかない。

 毎日同じものを食べさせられ、うんざりするだろうし、料理方法を変えても、同じものが朝昼晩並ぶのは憂鬱だからな。
 食はその日の気分に直結しやすい。文句の一つも出てくるだろう。
 上春は文句を言われ、ストレスがたまっているのかもしれない。こういうとき、

「だったら、自分で作れば?」

 この一言で黙らせることはできるが、場の空気は最悪だからな。お互い気まずくなり、居心地が悪くなる。
 料理で一番厄介なのは食べる側の相手をすることなのかもしれない。
 何が食べたいとリクエストを聞いて、なんでもいいという割には、作った料理にケチをつけたりするからな。同情するぞ、上春。

「……」

 俺はふと、朝乃宮の視線を感じた。
 なんだ? 上春と話している事で、俺に上春をとられたと思っているのか?
 上春を溺愛している朝乃宮のことだ。他のヤツと話をしている事に苛立っているのかもしれない。

「何か言いたいことがあるのか、朝乃宮」
「……別に何もありません」
「?」

 おかしい……。
 朝乃宮は自分の言いたいことを我慢するタイプではない。御堂ほどではないが、遠回しな言い方で自分の言いたいことを伝えるのだが、朝乃宮は黙って弁当を口にしている。

 やはり、朝乃宮の考えることは分からないな。
 小さな物音が聞こえ、その音の方に首を向けると、左近が目を開け、こっちを見つめている。
 どうやら、考えはまとまったようだな。

「……待たせたね。これからのことなんだけど……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 藤堂先輩に確認しておきたいことがあるんです。藤堂先輩はまた、白部さんに注意するんですか?」

 上春は上目遣いで俺に尋ねてきた。俺は左近に視線を向けると、左近は困ったように肩をすくめている。
 先輩であり、風紀委員のトップである左近がこれからのことを話そうとしているのに、上春がいきなり割って入るのはあまりよろしくない態度だ。
 上春自身も分かっているのだろう。それでも、俺に確認してきたのは、俺が白部の胸ぐらを掴んだことを気にしているからだ。

 いくら風紀委員でも加害者に暴力を振るおうとしたことは、上春としては見逃せない事態だった。だから、確認してきたのだ。
 これは俺が悪い。左近もそのことを知っているから、今回は黙認している。
 意思表示する意味も込め、さっさと答えてしまおう。

「いや、注意するのはもっと情報を集めてからにする。まずはイジメの再発防止を優先するべきだ。そのためには、白部の事を調べる必要がある」

 白部は言っていた。

 平村に裏切られたのだと。

 これはただのイジメではなさそうだ。思っていた以上に根が深い気がする。
 俺が注意しても、白部はきっと意固地になるだけ。だったら、別のアプローチを試すべきだ。

 もし、白部が何をしても平村へのイジメをやめない場合は、どんな手を使ってでも止めてみせる。たとえ、暴力で訴えることになっても……。

「私も藤堂先輩に賛成です。白部さんの事を調べて、イジメの原因を取り除けばきっと、大丈夫ですよ!」

 だといいんだがな。
 俺も朝乃宮も左近も笑っているだけで、賛同していない。
 人はそんなに単純ではない。原因がなくなっても、イジメる理由がなくても、人はイジメを、弱い者を虐げることをやめない生き物だ。
 でも、自分の過ちに気づき、やめることも人は出来る。だから、最善を尽くすのだ。人の可能性を信じて。

「とりあえず、白部さんと平村さんのことはこっちで調べるよ。それより、魚が網に引っかかったみたいだね」

 そうなのだ。
 左近の罠に引っかかった人物がいる。アイツがこの件にどのように関与しているのかまだ分からないが、用心したほうがいい。

「左近、確認しておきたいんだが、ちゃんと仕掛けはしてあったんだろうな?」
「間違いないよ。僕自身が直接確認したから」

 だとしたら、間違いない。あのとき、確実にアイツは罠に引っかかった。欲を言えば、もっとF組のクラスの人間に確認しておきたかったが、時間がなくてできなかった。
 こちらも調査するべきだろう。

「左近、悪いが……」
「分かってる。魚の件は僕が調べてみるよ。正道はどうするの?」

 左近にだけ任せるのは気が引ける。俺もやれることをやるだけだ。
 幸い、今回は俺一人だけじゃない。上春や朝乃宮がいる。情報を集めるには人手が多いに越したことはない。

「俺も情報を集めてみる。もし、可能なら明日、平村さんに事情を聞いてみようと思う。左近、平村さんは……」
「それはちょっと分からないね。ショックも大きいだろうし。でも、電話で事情聴取できるかどうか、確認しておくよ」

 なるべくなら傷口に塩を塗るようなことはしたくない。あんな酷い目にあったのだ。思い出すだけでも気が滅入るだろう。
 だが、この事件を解決するには平村から事情を聞く必要がある。なんとかして、コンタクトをとり、話を聞いてみたい。
 陰湿いんしつなイジメをなくすためにも……。

「助かる。上春、朝乃宮も協力してくれないか?」
「もちろんです!」
「……はいはい」

 上春は手をぎゅっと握り、やる気満々だが、朝乃宮は面倒くさそうにそうめんをすすっている。
 相変わらずやる気のない女だな。まあ、ここで、

「ウチに任せとき! 必ずこの一件、解決してみせまっせ!」

 そんなことを言い出したら、俺は真っ先に朝乃宮を病院へ連れて行かなければならないだろう。そんなのは面倒なだけだ。

「藤堂はん。何か失礼なこと考えてません?」
「いや、いつもどおりの朝乃宮でほっとしているところだ」

 俺達はガンを飛ばし合っていたが、上春が慌てて仲裁に入ってきた。

「ご、ごめんさない、藤堂先輩。千春はやれば出来る子なんです。でも、もう少しやる気を出して欲しいというか……」
「同感だな」

 俺と上春は本人がいる前で朝乃宮の愚痴をこぼす。
 上春は誰かのことを悪く言う性格ではないが、朝乃宮は別のようだ。まるで、お姉さんぶってるところがある。

 こうしてみると、お互い気を許しているというか、仲の良い姉妹のように感じる。
 しっかりものの妹とだらしない姉。それはまるで役を演じているような錯覚を覚え、多少気になるところではあるが、それも人付き合いの一つのカタチなのだろう。
 部外者が口出しする事ではないと感じ、俺は黙っていることにした。
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