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一章

一話 悪意 その二

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 パッパッ!

「……」

 ……しょっぱい。
 上春に何か白い物をかけられた。その白い物が口の中に入ったとき、すぐにこの物体が何か分かった。
 これは……塩か?
 いきなり後輩に塩をかけられたのだが、反応に困る。新たなイジメなのか?
 しかも、二回かけられた。

「これでよし!」

 何がだ?
 年下の女の子に塩を二回かけられ、泣きたくなった。

「この塩は霊験あらたかな塩です。聖なる力が藤堂先輩を護ってくれます」

 上春が得意げに語ってくれる。
 俺は何からツッコめばいいんだ?
 幽霊か何かが教室にいるのかと言えば良いのか? それとも、塩を持参していたことを指摘すれば良いのか?

 塩の持ち込みは校則違反ではなかったな。だから、いいのか? いやいや、待て待て。わざわざ塩を持ち込むなって生徒手帳に書く必要なんてあるか? 馬鹿らしいだろうが。
 上春の行動に何と言っていいのか悩んでいると……。

「ええどすなぁ、藤堂はん。咲から愛されてますやん。羨ましいわ~」
「も、もう、ちーちゃん! 違いますから! 私は本気で藤堂先輩の事が心配だから、塩をかけたんです!」

 上春に悪意がないことは分かった。朝乃宮に悪意があることは分かった。
 俺は髪の毛についた塩をパサパサと払った。
 無害とはいえ、塩を人に向かって投げるのはどうかと思うのだが、俺のためにしてくれたことだ。我慢するか。
 小言が多いと嫌われるというしな。

 伊藤の助言を受け入れ、俺は上春に礼を言う。
 上春は上機嫌に微笑み、朝乃宮はキレ気味に微笑む。全く、教室に入る前から疲れたぞ。
 余計な時間を費やしてしまったな。

 俺は教室に入ろうとしたが、あることを思いだした。
 確か、盗難防止のために、教室のドアは午後五時過ぎには鍵がかけられているはずだ。だとしたら、入れないな。
 もし、鍵が閉まっている場合は顧問に報告して引き継いでもらおう。不審な音がするだけで、早急に解決しなければならない事案でもない。

 俺は教室のドアに手をかけてみると……開いた。
 開くとは思っていなかったので、この事態は想定外だ。理由は分からないが、ただ事ではない事だけは分かる。

 ガンガンガン!

 音は更に大きくなっている。俺を誘っているかのように。動悸が早くなるのを感じてしまう。
 俺は気を引き締め、教室に足を踏み入れようとしたとき。

「ちょい待ち」

 朝乃宮に呼び止められ、足を止める。
 どうして朝乃宮が俺を呼び止めるのか?

「ここは警備員か先生に任せたほうがええ。ウチらが関わる必要なんてあらへん」
「なんだ、朝乃宮。怖いのか?」

 からかい半分で言ってみたが、朝乃宮の冷たい視線に睨まれてしまう。

「ウチはただ、咲を巻き込みたくないだけです。厄介な予感しかしませんし」

 おいおい、風紀委員が厄介ごとを恐れたらダメだろ。
 だが、上春を巻き込みたくないのは賛成だ。上春の姉があんなことになって、妹の上春まで危険な目に遭うのはいただけない。
 しかし、上春は意外な行動に出る。

 パッパッ!

「……」

 お、おい。上春が朝乃宮に塩をかけたぞ。
 朝乃宮も何が起こったのか分からないようで、呆然としていた。

「これで大丈夫です! 千春も厄除けしておきましたから!」
「あ、あんな咲……」

 これは見物だな。
 あの朝乃宮が困った顔をしている。不良に囲まれても眉一つ動かさない、逆に狂喜しそうな女が一人の小さな女の子相手にオロオロしているなんて。
 そんな朝乃宮に上春ははっきりと告げる。

「千春、分かっています。幽霊は恐ろしいです。とりつかれでもしたら大変ですからね」
「い、いや、そないなことやなくて……」
「それにもし、この音が人の悪戯いたずらなら、なおさら風紀委員の私達が対応しなきゃいけないじゃないですか。なぜ、こんなことをしたのか、ちゃんと話を聞いてやめさせないと。千春、私に手を貸してください」

 ぺこりと上春は朝乃宮に頭を下げる。
 俺も朝乃宮も唖然あぜんとしていた。まさか、そこまで上春は考えていたとは。
 俺は戸惑いよりもうれしさがこみ上げてきた。こういった骨のあるヤツが風紀委員にいることを好ましく思う。

 俺達が始めたことを誰かが引き継いでくれるヤツがいる。何か誇らしい気分とこそばゆい気持ちになった。
 朝乃宮は慈しむような顔つきでよしよしと上春の頭を撫でている。
 俺はつい茶化したくなった。

「なら、上春にも塩をかけないとな」

 俺と朝乃宮だけ塩をかけられるのは不平等だ。ここは平等に上春にも塩をかけるべき。その方が仲間意識が芽生えやすいだろ?

「いえ、私にはモリオン(黒水晶) がありますから。最高の魔除けなんですよ、これ」
「「……」」

 お、女の子ってちゃっかりしているな。伊藤もそうだが、したたかさというか何というか、計算高いものを感じる。
 俺は気を取り直し、教室に入る。
 俺は朝乃宮に目配りし、朝乃宮は頷く。
 まず、俺が危険がないか教室を調べ、安全を確保した後に朝乃宮は上春を護衛しながら教室に入る。
 ここが妥協点だろう。

 上春の気持ちはありがたいが、年上の俺達が先行しないでどうする。後輩を護るのも先輩の役目だ。
 教室の明かりをつけてみたが、不審なものは見当たらない。誰もいないし、不審な音がしそうなものはみつからない。

「藤堂先輩……どうですか?」

 上春が朝乃宮の後ろから不安げに尋ねてくる。

「誰もいない。それに音の発生源は……」

 ガンガンガンガンガン!

「!」

 今までで一番大きな音が聞こえてきた。
 俺達の間に緊張感が走る。この音は一体……。
 今の音で音の発信源がどこかはっきりと分かった。教室の片隅にある掃除用ロッカーだ。

 ガンガンガンガンガンガンガン!

 音はどんどん大きくなっていく。まるで何かを訴えるような、そんな意思を感じる。
 イヤな予感がした。不良を相手するよりも、恐怖した。

 まさか……。
 俺はすぐに掃除ロッカーに近寄り、ロッカーを開けようとしたが……開かない。鍵が閉まっていて開かないのだ。
 調べてみると、鍵穴には何かがささっている。
 これは……。

「藤堂先輩、何かあったんですか? 掃除ロッカーに何かあるんですか?」
「……掃除ロッカーに誰かがいる。しかも、鍵が閉まってやがる」

 俺が状況を告げると、怖がっていた上春は別の意味で顔色を変え、職員室へと走り出そうとした。

「た、大変! すぐに鍵を……」
「無駄だ」
「えっ?」
「鍵穴に鍵がささっている。だが、根元から折られているんだ。これでは鍵を回せないから、ドアを開けることが出来ない」

 最悪の状況だ。中にいる人物をこの掃除ロッカーから解放することができないのだ。
 ここまでやるか……普通じゃないぞ、これをやったヤツは。

 目の前の悪意に吐き気がする。なんでこんな残酷なことが出来るんだ? 恨みか? それとも……まさか、イジメじゃないよな?
 もし、イジメなら絶対に許せない。
 拳をぎゅっと握り、怒りを抑えることしかできなかった。

「そんな……でも、どうしてですか? どうしてこんなことを……」

 上春も気づいたようだ。この異常事態を。
 ここでじっとしていても仕方ない。
 俺は掃除ロッカーを叩いて呼びかける。

「おい! 大丈夫か!」

 ガンガンガンガンガン!

 やはり、誰かいるみたいだ。

「返事をしろ! 誰にやられた!」

 ガンガンガンガンガン!

「どうして何も言わない! 悪ふざけなら……」
「待ち。もしかして……」

 朝乃宮が俺と掃除ロッカーの間に入る。

「聞こえます? もし、話せないのなら、yesは一回。Noは二回叩いてくれます? 理解できはったら一回叩いて」

 ガン!

「中に閉じ込められている」

 ガン!

「何かしらの原因でしゃべれない」

 ガン!

「中から開けられない」

 ガン!

 お、おいおい……。
 俺は戦慄と共に恐怖した。
 ここまで悪意ある行動は初めてだ。どこまで人の悪意は深いんだ。
 下手したら中にいる人間は朝まで掃除ロッカーに閉じ込められていた。しかも、口を封じられて。

 何を考えているんだ、閉じ込めたヤツは。口を封じられているんだ。窒息するかもしれないだろうが!
 命の危険を考えられなかったか、これを仕組んだ相手は。

 カラン!

「! 誰だ!」

 俺は廊下から聞こえてきた音に対して、はじかれたように廊下に出る。
 俺が廊下に出たとき、誰かが曲がり角を曲がる姿が見えた。
 一瞬だが、スカートのようなものが見えたが、女か? 更に追いかけようとしたとき。

 カン!

「? こ、これは……」

 俺の足に何かがぶつかり、立ち止まる。足にぶつかったものを見てみると……バール? なんでこんなものが?
 さっきはバールなんてなかった。だとしたら、さっきのヤツか?
 こんなもの、どうしようとしたんだ?
 もしかして、バールで掃除ロッカーの鍵をこじ開けようとしたのか?

 いや、それだと逃げる理由が分からない。もし、掃除ロッカーの中にいるヤツを助けたいと思っているのなら、俺達と一緒に行動するはずだ。
 だが、俺達を見て逃げたとなると、何かやましいことがあってのことか?

 仮にそうだとすると、今逃げた人物は掃除ロッカーに誰かを閉じ込めた犯人なのか? このバールを使って何をしようとしていたんだ?
 この不可解な状況に、俺は難解な事件に巻き込まれる予感をしていた。
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