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一章

一話 悪意 その一

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「!」

 俺はつい身構えてしまう。
 俺に声をかけてきたのは、俺のよく知る女子だった。

「……上春か」

 上春咲。
 伊藤と同じ一年の風紀委員で、フェアリーボブに大きめのぱっちりとした目のした女の子。
 上春は俺達のように不良を相手にすることはなく、町や校内の美化活動、各教室の掃除用具チェック等をしてくれている。
 元々、風紀委員は美化委員から名前を変えた委員だ。なので、美化委員の仕事も引き継いで風紀委員が行っている。
 上春が美化委員関係の仕事をしているのは、俺や左近の意向だ。上春の姉のような事を絶対に避けるための処置でもある。

 上春姉は俺達風紀委員の、この青島のヒーローといってもいい。本人が聞けばヒロインでしょ! って怒られそうなのだが。
 その恩人の妹に危ない真似はさせられない。それに上春には最凶のボディガードが存在する。

 まあ、今はそんなこと、どうでもいいのだが。
 俺は安堵のため息をつく。
 よくよく考えれば、伊藤が俺を藤堂先輩って呼ぶわけがない。喧嘩別れした後だったので、もし、伊藤に出会ったら気まずかったのだが、相手は上春だ。気にしなくて済む。

「何か用か?」
「あ、あの……ほのかさん、知りませんか?」
「……伊藤か?」

 俺の心臓がどきっと強くはね打つ。動揺を顔に出さないよう、奥歯をかみしめる。

「はい。今日はほのかさんと一緒に喫茶店『BLUE PEARL』にいく約束をしていたのですが、見つからなくて……携帯にも出ないんです。ちょっと心配で……」

 俺の責任……だろうな。
 もしかしたら、まだどこかで泣いているのかもしれない。だとしたら、俺も探すべきだろう。
 喧嘩のこと、気にしている場合じゃない。

「悪い……どこにいるかは分からない。俺も探そうか?」
「い、いえ! 藤堂先輩の手をわずらわせる事でもありませんし、もう少し探してみます」

 俺は心の中でほっとしながら、メールで伊藤に謝罪することを決めた。電話だと、また口論になる可能性もあるし、電話に出てくれないことだって考えられる。
 どこか言い訳じみたことを考えながら、上春と別れ、メールを打とうとしたとき。

 ガンガンガン!

 何の音だ?
 どこからともなく何かを叩く音が聞こえてきた。その音のせいで、上春の足が止まってしまう。俺もメールを打つ手が止まる。

 ガンガンガン!

 気のせいじゃない。何かを叩くような金属音がする。
 音は誰もいない教室から聞こえてきた。誰もいないはずの教室から聞こえる不審な音。調べてみるか。

「ふ、藤堂先輩……」

 いつの間にか上春が俺の袖をくいくいと引っ張っている。きっと不安なのだろう。弱々しく袖を引っ張る上春に、俺はどうするべきか思考する。
 上春の事を考えて、ここから離れるべきか? それとも、不審な音が何か、確かめるべきか?
 俺がとるべき行動は……。

「上春、ここから離れるぞ」

 ここは上春の安全を確保するべきだろう。どこか上春を安全な場所へ移動させたら、再度この教室を調べればいい。
 上春は安堵したような笑顔を浮かべている。
 俺は正しい解を導き出したようだ。今度は失敗しなかったことにほっとしつつ、ここから離れようとしたとき。

「いややわ~、ほんま驚きです。まさか、咲と藤堂はんが逢い引きしてはるなんて」

 ぞっとする冷たい声に、俺は不審な音以上に警戒を強める。
 俺達に声をかけてきたのは同じ風紀委員の朝乃宮だった。

 朝乃宮千春。
 風紀委員の武闘派と呼ばれる四人のうちの一人。
 艶つやを帯びたきめ細やかな黒髪に上品な物腰、凛とした雰囲気を持ち合わせる大和撫子……なのは外見だけで、性格は凶悪で狂暴、自分の欲望に忠実な女だ。俺の天敵といってもいい。
 獅子身中の虫という言葉が一番よく似合う女だ。

 風紀委員が設立する前、俺達は敵同士だった。朝乃宮とは何度も喧嘩し、そのたび朝乃宮にボコられた。俺にとっては悪夢のような出来事だった。
 お互い風紀委員に所属することになったが、俺も朝乃宮もお互い口をきかずに過ごしてきた。お互い気に入らないということだけが共通認識だった。
 その朝乃宮が俺に話しかけてきたのは、朝乃宮が溺愛する上春がいるからだ。

「も、もう! ちーちゃん! からかわないで!」
「藤堂はんの袖を握りながらそないなこと言われても、全然説得力がありませんえ」

 上春はばっと俺から離れ、顔を真っ赤にして朝乃宮にくってかかる。朝乃宮は俺をダシにして、上春をからかいたいだけなのだろう。正直、迷惑だ。
 だが、朝乃宮がいれば、上春に危害の及ぶことはない。朝乃宮の強さだけは認めているからはっきりと断言できる。

「上春、朝乃宮と一緒にここから離れろ。俺は教室を調べる」
「待ってください! 私だって風紀委員です。この怪奇現象を調べる義務がありますから!」

 先ほどとは打って変わって、上春はやる気に満ちている。きっと、朝乃宮の前では弱みを見せたくないのだろう。
 本当に仲の良い二人だ。姉妹のようにも見えてしまう。

「怪奇現象? 何の話です?」

 事態が飲み込めない朝乃宮は首をかしげていたが……。

 ガンガンガン!

 まるで朝乃宮の疑問に答えるように音が鳴り響く。

「……なるほど、怪奇現象やね。誰もいない教室から異音がする。ウチ、怖いわ~」
「ちょ、ちょっと、ちーちゃん! 抱きつかないで!」

 コイツ、絶対に上春をからかってやがるな。怖がっているヤツが幸せそうな笑顔を浮かべるわけがない。
 俺は上春と朝乃宮のじゃれあいを無視し、教室に近づく。
 二人のバカ騒ぎのせいで、恐怖は薄れていた。怖がっている方が馬鹿らしく思えたからだ。

 俺はドアから教室の状態を確認する。
 カーテンが閉まっているせいか、教室は夕陽の日差しを通さず、真っ暗だ。それでも、目をこらせばうっすらと教室の中は見えてくる。
 教室には……やはり、誰もいない。だとしたら、音の正体は何なのか?

「ふ、藤堂先輩。どうですか?」

 上春のおびえた声に、俺は事実を伝える。

「……誰もいないな。特に音を出すようなものは見つからない。教室に入って、明かりをつけてみるか」
「ちょっと待ってください」

 上春は鞄の中をガサガサと手を入れ、何かを探していた。
 何を取り出す気なんだ?
 しばらくして、上春が取り出したのは……。
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