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十六章
十六話 ホオズキ -偽り- その三
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先輩に勝負を挑んでから、二日がたった。
私は橘先輩に頼み込んで、風紀委員室を貸切にしてもらった。風紀委員室で古見君達と話し合う段取りをつけた。
風紀委員室を選んだのは誰も邪魔が入らず、他人に話を聞かれない場所がここしか思いつかなかったから。
喧嘩している相手の部室を借りるなんて、伊藤さんは相変わらず豪胆ですわね、と黒井さんに呆れられてしまった。自分でもそう思う。
獅子王先輩の学園を辞める件は、橘先輩のおかげか、まだ保留中になっている。
でも、あの事件に関わったBL学園の生徒は全員、退学となった。滝沢さんも例外でなく、辞めさせられた。
獅子王財閥を敵に回すと、本当に恐ろしいって思う。決して他人事じゃないけど。っていうか一番目をつけられそう、私。
古見君に滝沢さんのことを尋ねると寂しそうに笑っているだけだった。滝沢さんは古見君でも会ってくれないみたい。
古見君は滝沢さんの退学撤回を獅子王先輩に懇願したけど、獅子王先輩は獅子王財閥を説得できなかったみたい。同性愛の事もあるから、話しすら聞いてもらえなかったのかもしれない。
正直、怖い。
二人の恋愛がここまで大事になるなんて。
先輩が私に恨まれても止めようとした気持ちがよくわかる。でも、納得できないことを認めたくない。ここが正念場。
獅子王先輩達はもうすでに入室していて、席についてもらっている。
机は左側と右側、正面にあり、それぞれ席を用意した。
左側に古見君、右側に獅子王先輩。正面に私と先輩、御堂先輩の三人が座っている。
「おい、伊藤」
獅子王先輩の不機嫌そうな声に、私はちょっぴりビビりながらも笑顔で応じる。
「なんでしょう?」
「この話し合いは古見と伊藤がどうしてもと頼むからきいてやったんだ。三人で話し合うと思っていたのに、そこの二人はなぜこの場にいる?」
私は獅子王先輩を怒らせないようにゆっくりと答えた。
「先輩は前々からアドバイザーとしてお願いしていますし、御堂先輩は……この部屋を借りる条件としてここにいます」
この条件を出したのは橘先輩だった。
なぜ、御堂先輩なのか。橘先輩は教えてくれなかった。きっとあの人の事だ。何か意味があるはず。
御堂先輩がこの話し合いにどう影響するのか、全く分からない。それでも、やるしかない。
「私の事は無視してくれ。二人の仲に口出しする気はねえ」
「なら、出ていけ。邪魔だ」
「ああん?」
ちょっと! なんで睨みあっちゃってるの、この二人! 仲良くいきましょうよ! 何かビーム出しちゃう人なの?
目と目が合えば、瞬間的に好きだと気づくようなロマンチックなことじゃないの?
「お、落ち着いてください! 今日は喧嘩しない約束じゃないですか!」
「ちっ!」
獅子王先輩は舌打ちしながらも、大人しくしてくれる。
あの事件以来、私に対する獅子王先輩の態度が少しだけ柔らかくなっていた。獅子王先輩と出会ったとき、獅子王先輩から挨拶されたのは本当にびっくりしちゃった。
少しは認めてくれたってことかな? それなら嬉しいんだけど。
御堂先輩という不確定要素はあるけど、やるしかない。
「では、始めましょうか」
獅子王先輩と古見君の話し合いが始まろうとしていた。
まず、口を開いたのは古見君。申し訳なさそうに眉を下げ、獅子王先輩に自分の気持ちを告げる。
「獅子王先輩、話し合いに応じてくれてありがとうございます」
「気にするな。古見のわがままに振り回されるのは慣れてる」
古見君がしんみりと、昔の事を話してくれる。
「そうですね。無理に付き人になって、強引に後を追いかけて、押しかけるようにボクシング部に入部して、毎日練習に付き合ってもらって……ずっと一人だった僕にとって、獅子王先輩との時間はとても輝いていた時間でした」
「そっか」
「獅子王先輩は今でも、僕への気持ちは変わりませんか?」
獅子王先輩は迷うことなく即答する。
「変わらねえよ。古見は俺様の中でこの世で一番大事な人だ。俺様に近寄ってくる女は、金や家柄、名声、容姿だけしか見てねえヤツラばっかりだ。俺様自身を見てくれたヤツは誰一人いなかった。どこまでいっても獅子王の名前がついてまわった。そんな日々が大嫌いで、俺様は獅子王財閥の息がかかっていないBL学園に入学し、実績を上げた。けどな、ここに来て分かったのは、獅子王から逃げられないことだった。俺様自身の力で手にした全国大会優勝の肩書も、学年トップの成績も獅子王の名の前ではかすんでしまう。獅子王、獅子王、獅子王……まるで呪いだ。決して逃れることのできない、一生俺様に付きまとうものだ。逃れることは絶対に出来ねえ。何をしても獅子王に勝てない日々に、俺様は無気力に生きていた。流されるまま、誰にも認識されないまま……灰色の世界で生きてきた。そんなときだ。古見が現れた」
それは獅子王先輩が初めて見せた弱い部分。傍若無人の俺様の孤独の部分。私には想像できない世界を、獅子王先輩は生きてきたんだ。
淡々と語る獅子王先輩の顔が笑顔になる。とても綺麗な笑顔。
「古見は俺様を、獅子王ではなく、一として、俺様個人を見てくれた。それが嬉しくて、俺様にとって、生まれて初めての友達ができた。だが、古見と仲良くなるにつれて、苛立ちがでてきた。特に俺様以外のヤツが古見の悪口を言うとイラっとした。いつも感じていた苛立ちじゃなくて、別の苛立ちだ。最初は何か分からなかった。そのせいで、いろんなヤツに八つ当たりした。すまなかったな、伊藤」
私は最初、獅子王先輩が何を言ったのか理解できなかった。獅子王先輩が私に謝ってくれた。
獅子王先輩のなかでは、古見君は大事な人、それ以外はどうでもいい人って感じだったのに。
獅子王先輩は変わってきている。恋をすることで優しくなっている。それはとても喜ばしいことだと思う。
「伊藤から古見のことが好きって指摘されたとき、腑に落ちた。ああぁ、俺様が苛立っていた原因はこれなんだって。疑うことなく、古見が好きだって自覚した。だから、告白した。その気持ちに嘘はねえ。俺様の本心だ」
獅子王先輩の曇り一つない真摯な眼差しに、誰もが本気だって分かった。
獅子王先輩が好きになった人は、同性であろうとなかろうと関係ない。獅子王先輩は古見君を、肩書や容姿、性別にとらわれずに、本人の心に触れて好きになったんだ。
獅子王という肩書があったからこそ、ありのままの姿を欲した。そして、古見君の純粋な気持ちが獅子王先輩の心を動かしたんだ。
これってすごいことだと私は思う。これこそが先輩が求めた絆だと私は信じている。
「伊藤? どうした? ぼおっとして?」
「いえ、なんでもありません。獅子王先輩の気持ちは分かりました。今度は古見君の気持ちを教えてくれませんか?」
古見君はまっすぐに獅子王先輩の目を見つめて、本当の気持ちを静かに語り出す。
私は橘先輩に頼み込んで、風紀委員室を貸切にしてもらった。風紀委員室で古見君達と話し合う段取りをつけた。
風紀委員室を選んだのは誰も邪魔が入らず、他人に話を聞かれない場所がここしか思いつかなかったから。
喧嘩している相手の部室を借りるなんて、伊藤さんは相変わらず豪胆ですわね、と黒井さんに呆れられてしまった。自分でもそう思う。
獅子王先輩の学園を辞める件は、橘先輩のおかげか、まだ保留中になっている。
でも、あの事件に関わったBL学園の生徒は全員、退学となった。滝沢さんも例外でなく、辞めさせられた。
獅子王財閥を敵に回すと、本当に恐ろしいって思う。決して他人事じゃないけど。っていうか一番目をつけられそう、私。
古見君に滝沢さんのことを尋ねると寂しそうに笑っているだけだった。滝沢さんは古見君でも会ってくれないみたい。
古見君は滝沢さんの退学撤回を獅子王先輩に懇願したけど、獅子王先輩は獅子王財閥を説得できなかったみたい。同性愛の事もあるから、話しすら聞いてもらえなかったのかもしれない。
正直、怖い。
二人の恋愛がここまで大事になるなんて。
先輩が私に恨まれても止めようとした気持ちがよくわかる。でも、納得できないことを認めたくない。ここが正念場。
獅子王先輩達はもうすでに入室していて、席についてもらっている。
机は左側と右側、正面にあり、それぞれ席を用意した。
左側に古見君、右側に獅子王先輩。正面に私と先輩、御堂先輩の三人が座っている。
「おい、伊藤」
獅子王先輩の不機嫌そうな声に、私はちょっぴりビビりながらも笑顔で応じる。
「なんでしょう?」
「この話し合いは古見と伊藤がどうしてもと頼むからきいてやったんだ。三人で話し合うと思っていたのに、そこの二人はなぜこの場にいる?」
私は獅子王先輩を怒らせないようにゆっくりと答えた。
「先輩は前々からアドバイザーとしてお願いしていますし、御堂先輩は……この部屋を借りる条件としてここにいます」
この条件を出したのは橘先輩だった。
なぜ、御堂先輩なのか。橘先輩は教えてくれなかった。きっとあの人の事だ。何か意味があるはず。
御堂先輩がこの話し合いにどう影響するのか、全く分からない。それでも、やるしかない。
「私の事は無視してくれ。二人の仲に口出しする気はねえ」
「なら、出ていけ。邪魔だ」
「ああん?」
ちょっと! なんで睨みあっちゃってるの、この二人! 仲良くいきましょうよ! 何かビーム出しちゃう人なの?
目と目が合えば、瞬間的に好きだと気づくようなロマンチックなことじゃないの?
「お、落ち着いてください! 今日は喧嘩しない約束じゃないですか!」
「ちっ!」
獅子王先輩は舌打ちしながらも、大人しくしてくれる。
あの事件以来、私に対する獅子王先輩の態度が少しだけ柔らかくなっていた。獅子王先輩と出会ったとき、獅子王先輩から挨拶されたのは本当にびっくりしちゃった。
少しは認めてくれたってことかな? それなら嬉しいんだけど。
御堂先輩という不確定要素はあるけど、やるしかない。
「では、始めましょうか」
獅子王先輩と古見君の話し合いが始まろうとしていた。
まず、口を開いたのは古見君。申し訳なさそうに眉を下げ、獅子王先輩に自分の気持ちを告げる。
「獅子王先輩、話し合いに応じてくれてありがとうございます」
「気にするな。古見のわがままに振り回されるのは慣れてる」
古見君がしんみりと、昔の事を話してくれる。
「そうですね。無理に付き人になって、強引に後を追いかけて、押しかけるようにボクシング部に入部して、毎日練習に付き合ってもらって……ずっと一人だった僕にとって、獅子王先輩との時間はとても輝いていた時間でした」
「そっか」
「獅子王先輩は今でも、僕への気持ちは変わりませんか?」
獅子王先輩は迷うことなく即答する。
「変わらねえよ。古見は俺様の中でこの世で一番大事な人だ。俺様に近寄ってくる女は、金や家柄、名声、容姿だけしか見てねえヤツラばっかりだ。俺様自身を見てくれたヤツは誰一人いなかった。どこまでいっても獅子王の名前がついてまわった。そんな日々が大嫌いで、俺様は獅子王財閥の息がかかっていないBL学園に入学し、実績を上げた。けどな、ここに来て分かったのは、獅子王から逃げられないことだった。俺様自身の力で手にした全国大会優勝の肩書も、学年トップの成績も獅子王の名の前ではかすんでしまう。獅子王、獅子王、獅子王……まるで呪いだ。決して逃れることのできない、一生俺様に付きまとうものだ。逃れることは絶対に出来ねえ。何をしても獅子王に勝てない日々に、俺様は無気力に生きていた。流されるまま、誰にも認識されないまま……灰色の世界で生きてきた。そんなときだ。古見が現れた」
それは獅子王先輩が初めて見せた弱い部分。傍若無人の俺様の孤独の部分。私には想像できない世界を、獅子王先輩は生きてきたんだ。
淡々と語る獅子王先輩の顔が笑顔になる。とても綺麗な笑顔。
「古見は俺様を、獅子王ではなく、一として、俺様個人を見てくれた。それが嬉しくて、俺様にとって、生まれて初めての友達ができた。だが、古見と仲良くなるにつれて、苛立ちがでてきた。特に俺様以外のヤツが古見の悪口を言うとイラっとした。いつも感じていた苛立ちじゃなくて、別の苛立ちだ。最初は何か分からなかった。そのせいで、いろんなヤツに八つ当たりした。すまなかったな、伊藤」
私は最初、獅子王先輩が何を言ったのか理解できなかった。獅子王先輩が私に謝ってくれた。
獅子王先輩のなかでは、古見君は大事な人、それ以外はどうでもいい人って感じだったのに。
獅子王先輩は変わってきている。恋をすることで優しくなっている。それはとても喜ばしいことだと思う。
「伊藤から古見のことが好きって指摘されたとき、腑に落ちた。ああぁ、俺様が苛立っていた原因はこれなんだって。疑うことなく、古見が好きだって自覚した。だから、告白した。その気持ちに嘘はねえ。俺様の本心だ」
獅子王先輩の曇り一つない真摯な眼差しに、誰もが本気だって分かった。
獅子王先輩が好きになった人は、同性であろうとなかろうと関係ない。獅子王先輩は古見君を、肩書や容姿、性別にとらわれずに、本人の心に触れて好きになったんだ。
獅子王という肩書があったからこそ、ありのままの姿を欲した。そして、古見君の純粋な気持ちが獅子王先輩の心を動かしたんだ。
これってすごいことだと私は思う。これこそが先輩が求めた絆だと私は信じている。
「伊藤? どうした? ぼおっとして?」
「いえ、なんでもありません。獅子王先輩の気持ちは分かりました。今度は古見君の気持ちを教えてくれませんか?」
古見君はまっすぐに獅子王先輩の目を見つめて、本当の気持ちを静かに語り出す。
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