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十五章

十五話 エンゼルランプ -あなたを守りたい- その十

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 私は太ももで木刀をはさみ、必死に動きを止める。

「おーお、どこまで耐えられるか楽しみだぜ。ほら、頑張れよ。ここにいる全員に見えるぞ」

 木刀が徐々に上に上がってくる。太ももに力を込めるけど、動きを止められない。
 しかも、女鹿君はわざとゆっくりと木刀を上げている。私が必死になっているのを楽しんでいる。
 最低! こんな卑劣な男の子に負けたくない!

「いい加減にしてよ! 群れなきゃ何も出くない臆病者おくびょうもののクセに!」
「いいな、その怒った表情。最高だわ。ゆっくりと時間をかけて屈服させてやるぜ。もっと抵抗して楽しませてくれよ、ほのか」

 木刀がどんどん上に上がっていく。止められない!

「伊藤さん!」
「大丈夫だから、心配しないで」

 私は古見君に心配かけないよう、笑ってみせる。

「おいおい、人の心配をしている場合か? ほ~ら、ほのか。当たっちまったぞ」

 太ももに挟んでいた木刀がまたに当たる。スカートはめくれているけど、まだ股にはさんでいるので見えないはず。
 女鹿君が木刀をぐりぐりと動かす。股間がこすれて、痛みが走る。つい、顔をしかめてしまう。

「おっ、感じてるのか?」

 誰が! こんなの痛いだけ。
 恥辱に泣きそうになるけど、泣いたら女鹿君を喜ばせるだけ。
 周りは私を見て笑っている。獅子王先輩は倒れたまま、動かない。助けはまだこない。私はじっと耐える。
 チャンスは必ずやってくる! 先輩は助けに来てくれる! だから、耐えるんだ!

「まひろ! こんなこと許せるの! 女の子が酷い目にあってるのに!」

 古見君は耐えかねて、滝沢さんに助けを求めている。だけど、滝沢さんは無表情のまま、私を見つめている。

「言ったでしょ? 罰が当たったのよ」
「ふざけないでよ! これは犯罪だよ! おかしいよ!」

 更に言い寄る古見君に、女鹿君が吐き捨てるように呼び止める。

「おかしいのはお前だろ、オカマ野郎。男同士の恋愛? バカじゃねえの! 気持ち悪いんだよ!」

 古見君の勢いが止まる。
 女鹿君は汚物を見るような目つきで古見君を睨みつけている。

「お前はバカなのか? 本気で男同士で恋愛できると思ってるのか? できるわけねえだろ! お互いが好きなら性別なんて関係ないって言いたいのか? アホか! 気持ち悪いもん見せられる周りのことを考えろよ! キモいんだよ!」

 女鹿君の言葉に古見君は首を垂れる。
 そんな古見君に女鹿君は更に罵倒ばとうする。

「お前、友達いねえだろ? 気持ち悪いもんな。男のくせに女みたいな顔しやがって。お前みたいなゴミは学園に来るな! 誰も来てほしいって思ってないんだよ!」
「……」
「おいおい、泣いてるのか? 本当にお前、気持ち悪いな。産まれてきて申し訳ないって思わないのか? きも……」
「気持ち悪いのはアンタでしょ!」
「い、伊藤さん?」

 気が付いたら叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
 許せない! どうして、人間のくずが真面目に悩んでいる人の事、バカにできるの!
 産まれてきて害になっているのは女鹿君じゃない!

「弱い者いじめしかできない人が偉そうに言わないで! 卑怯な手段しか使えない人が分かったような口をきくな!」
「おーおー、よくほえ……」
「うるさい、変質者! アンタほど醜い存在はいないわよ! 鏡、見たことあるの! 女にモテないでしょ、アンタ! だから、顔の綺麗な古見君に嫉妬してるんでしょ! 力ずくでしか女の子と触れ合うことのできない性犯罪者が調子に乗るな! 最低! 全然男らしくない! 女々しいだけじゃない!」
「なんだと……」

 女鹿君が木刀を強く押し付けてくる。
 痛い。でも、こんな最低な屑に負けたくない。私は目一杯めいっぱい、女鹿君を睨みつける。

「人を好きになる事の何が悪い! 古見君が何をしたの! 古見君がアンタのように誰かを傷つけたの! 人質を取って無抵抗の人を傷つけたの! 女の子をいじめたの! 産まれてこなくていいのはアンタのほう! これ以上、私の友達をバカにするな! 風紀委員の私が許さないわよ!」
「……いいぜ、ほのか。この場で今すぐお前を犯してやるよ。妊娠するまでヤッてやる」

 負けない! こんなヤツに絶対に泣かない! 人を平気で傷つける人なんかに負けてたまるか!
 人を真剣に好きになる気持ちは間違いなんかじゃない! こんな屑が否定していいものじゃない!

 私は歯を食いしばり、必死に抵抗することを決めた。女鹿君が私の頬を思いっきりビンタしてきた。頬に痛みと熱が帯びる。
 痛いのはイヤ。でも、こんな屑に屈するのはもっとイヤ! 絶対に、絶対に負けない!
 次に襲ってくる暴力に、目をぎゅっと閉じて耐えようとしたとき。

「がっ!」

 私のすぐそばに男の子が倒れこむ。
 な、なに? 何があったの?
 目をそっと開けて見上げてみると、不良を殴ったのは古見君だ。女鹿君も驚いているのか、動きが止まっている。

「古見君!」

 古見君はふるえていた。古見君の顔には悔恨かいこんの色が表れていた。

「ごめんね、伊藤さん。僕ね、嘘をついてた。同性愛を言い訳にして、自分の想いが報われないのは仕方ないって思ってた。自分に嘘を重ねて、獅子王先輩を好きになっちゃいけないって納得しようとした。バカだよね、僕の事をこんなにも想ってくれる人がそばにいてくれたのに……僕がするべきことは、人に愛される努力をすることだったのにね。今更許してもらえないと思っているけど……」
「バカ! 私達、友達でしょ! 友達ってね、ある程度は迷惑かけてもいいんだよ! でも、ある程度だからね! ちょっとはかっこいいところみせてよ! 男の子でしょ!」
「ありがとう、伊藤さん。僕の事、見ていて。今度は間違えないから」

 古見君は泣きながらも笑ってくれた。
 ああ、女の私が嫉妬するくらい、綺麗な笑顔だ。胸の奥が熱くなる。頑張れ、古見君。

「調子に乗るなよ、オカマ野郎。てめえみたいなゴミがやる気になったところで何も変わらねえよ」

 古見君の周りに不良が集まってくる。
 ダメ、逃げて、古見君!

「てめえ、いい気に……はがっ!」

 不良が言い終わる前に、古見君は殴って黙らせる。他の不良も古見君に殴り掛かるけど……す、すごい、古見君が次々に倒していく。
 古見君が最初、何をしているのか分からなかった。でも、ようやく素人の私でも理解できた。

 古見君は強い。異常な強さ。
 古見君はここにいる不良の何倍も速く動いて、目にもとまらない速さで殴っている。
 不良が殴り掛かろうとすると、古見君はそれ以上の速さで殴り飛ばす。だから、相手の攻撃をかわす必要もなく、攻撃されることもない。一方的に古見君が不良を殴っている。

 私が理解できたのはここまで。理屈がさっぱりわからない。
 殴り掛かるのって一秒もかからないよね? なのに、古見君は不良が殴り掛かると同時に反応して、それよりも早く殴りつけていた。
 どうしたら、そんなことができるの? 攻撃すら防御となる超攻撃型のスタイル。それが古見君の強さなんだ。

「おい! いつまでオカマ野郎にいいようにされてるんだ! さっさと片付けろ!」
「……ちっ! おい、野郎ども! 囲め!」

 女鹿君の怒鳴り声に、不良達は舌打ちしながらも古見君を取り押さえようとするけど。

「は、はや……ぽろっ!」
「へんでばっ!」

 古見君はまるで風のように不良達の間を駆け抜けていく。ジャブとストレートで包囲網を突き抜け、すぐさま近くにいる不良達をやっつけていく。
 リズムよく、素早く、不良達が次々に地面に倒れていった。

「死ね! この野郎!」

 あ、危ない! 古見君の後ろから不良の一人が木刀で殴りつけようとしている!
 教えなきゃ!

「古見く……」
「古見!」

 獅子王先輩の声に、古見君はすぐさま右足を軸にして体を回転させ、その遠心力を利用して、フックを放った。
 木刀で大きく振りかぶっていた分、不良は攻撃は遅れ、古見君のフックが不良の顎を打ち抜く。不良はがくんと膝を折り、倒れた。

 もう向かうところ敵なしってカンジ。でもね、古見君……もっと早く実力を発揮して欲しかったな……私、やられ損じゃん。最初から実力を発揮してよね。
 私は心の中でささやく。だって、今の古見君に聞かれたら。

「何ナマいってるんだ、このアマ。お前も俺のパンチで地獄みせたるでぇ! 往生せえや!」

 って言われたら、土下座しそう。いや、本当にね。
 私は古見君を金輪際こんりんざい、怒らせない事を固く誓った。
 私の中で、古見君の印象が変わっていく。ちょっと今の古見君、怖いけどこれなら大丈夫かも! 不良達を倒しちゃうかも!
 絶望的な状況に光がさしていく。
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