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十一章
十一話 アネモネ -恋の苦しみ- その三
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「滝沢さん!」
昇降口で靴を履き替えている滝沢さんを私は呼び止める。
古見君の幼馴染である滝沢さんなら、古見君の住所を知っているはず。それなら、滝沢さんから訊き出すしかない。
教えてくれるかは別だけど。私、嫌われてるし。
でも、滝沢さんしか頼れない。いくしかない。
「何か用なの、伊藤さん?」
「うん。古見君の住所を教えてほしいの」
「なんで?」
不審な目で私を見てくる滝沢さんに、あらかじめ用意していた理由を話す。
「……古見君が休んでいるって聞いたから、お見舞いにいこうと思って。もしよければ滝沢さんも一緒にいかない?」
古見君のことが好きな滝沢さんの前では獅子王先輩の話はできない。まずは古見君の住所を知ることが先決。
住所を教えてもらったら、明日にでも古見君に獅子王先輩の事、尋ねてみよう。
「どうして、伊藤さんがひなたの見舞いにいくの?」
「だって、友達だし。滝沢さんは気にならないの? テストを休んでいるんだよ? よほどのことがあったんじゃない?」
その理由は知っているけど、私はあえて言わなかった。滝沢さんが原因を知っているかどうか確認しておきたかったこともある。
滝沢さんの反応は淡々としていた。
「心配いらないわよ。ひなたの成績や普段の態度から救済処置はとってもらえるでしょ。私はいかないわ」
「で、でも……」
あっ、まずい……このままだと。古見君の住所が分からなくなる。ど、どうしよう……。
「いくのなら、伊藤さん一人でいって。ひなたの住所は教えてあげるから」
えっ、いいの? ラッキー!
私は心の中でガッツポーズをとる。でも、その思いはすぐにしぼんでいく。だって……。
「……滝沢さんも一緒に……」
いこうよと誘いたかったけど、言葉がつまってしまった。
滝沢さんの顔がこわばっていたから。何か思いつめたような辛そうな顔をしている。
分かってる。きっと、滝沢さんも古見君に会いに行きたいんだ。でも、意地を張って会いに行けない。私はそこまで分かっていても、何も言葉にできない。
だって、私は今、古見君と獅子王先輩の恋を応援しているから……ゲームセンターで懸念していた事が現実になってしまう。
もし、古見君がこのまま獅子王先輩と別れたら、滝沢さんにチャンスがくる。でも、私がもし、古見君を説得できたら、このまま二人の恋を応援したら、滝沢さんは失恋してしまう。
どちらにしても、誰かが失恋しちゃうんだ。
私は滝沢さんにかける言葉もなく、お礼を言ってその場を後にした。何度も何度も心の中で謝りながら……。
きちゃった。
私は今、古見君の家の前にいる。白い二階建ての庭付きのお家。
私も将来、こんな家に住みたいな。ペットも飼って、旦那様と子供に囲まれた幸せな生活……実にいい!
和風の家に住んでいる私には洋風の家って憧れなんだよね。本当なら友達として遊びにきたかったんだけど。
古見君に会ってどうしたいのか? どうすればいいのか? まだ分からないけど、ここまで来て何もしないわけにはいかない。
震える手でそっとイヤホンを押す。
ピンポーン。
「はい」
やわらかい女の人の声が聞こえてきた。
「わ、私、伊藤と申します。古見君、いますか?」
「ひなたですか? あの、どちら様ですか?」
「……古見君の友達です」
しばらくすると、玄関のドアが開く。
「どうぞ」
ふう、ここからだよね。
家にお邪魔して、古見君の部屋に通してもらえると思ったんだけど、リビングに案内された。もちろん、古見君はいない。
案内してくれた女の人は古見君のママかな? 顔が瓜二つ。正直、お姉さんで言われても違和感がないくらい若い。そして、綺麗。羨ましい。
「ごめんなさい。ひなた、部屋に閉じ困ったまま出てこないの。こんなこと初めてで……親なのに、どうしていいのか分からないの。伊藤さんは何か知っているの?」
古見君のママは真剣な目で私に問いかけている。
私は古見君のママを安心させるように、優しく落ち着いた声で答える。
「すみません。それを確認したくてここにきました」
「そう……ありがとう。ひなたのこと、心配してくれて」
「いえ」
古見君のママが笑った顔も、そっくり。女の私から見ても、愛らしい笑顔。古見君、絶対にうまれてきた性別間違ってる。
「でも……ひなた、女の子の友達しかいない? ひなたの家に遊びに来てくれるのって女の子だけなの」
古見君のママの問いに、私は笑ってごまかすことしかできなかった。
古見君の言っていた通り。知らない人がこの発言を聞くとプレイボーイだと思っちゃうけど、違うんだよね。
同じ女友達が多くても、押水先輩と古見君とは全然タイプが違うよね。同じ男の子なのに。
「ねえ、一応確認しておきたいんだけど、ひなたとは友達なのよね?」
「はい、そうですけど」
な、なんで古見君のママは私の目をじっと見つめてくるの?
居心地が悪くなったけど、なぜか目をそらしたらいけないような気がして、私も古見君のママの目を見つめ返す。
「……嘘じゃないみたいね、ごめんなさい。もし、ひなたのことが好きなら、ちょっと確認しておきたかったことがあって」
「確認しておきたかったこと?」
「ううん、いいの。それより、ひなたのこと、お願いしてもいい?」
「はい!」
ついに古見君と対面するときが来た。
古見君のママの後ろをついていき、古見君の部屋につく。
この部屋の中に古見君がいるんだ。
私は深呼吸をしてからノックする。返事がない。
再びノックする。返事がない。
デジャブを感じる。
あの雨の日、部室のドアを叩いたときと同じ……獅子王先輩も同じ反応だったっけ。
笑いがこみあげてきて、少し緊張がとけた。
ノックしても返事がないので、ドアノブを回すとドアが開いた。私は部屋に入らず、少しだけドアを開け、声をかける。
「古見君、伊藤です。部屋に入るね?」
声をかけてから部屋に入った。
部屋の中は真っ暗。こんな光りのささない部屋で、奥にあるベットの中で布団を被ってうずくまっているのが、古見君だよね。
本当に分からない。どうして、こんなことになるの?
「ねえ、古見君」
「……伊藤さん?」
「うん、ごめんね。寝てた?」
「……ううん、平気だから……」
平気だから出ていって。古見君は言葉にしないけど、私にはそう聞こえた。
私は少し明るい声で古見君に話しかける。
「家まで押し掛けてごめんね。古見君が休みって聞いたから。それとね、獅子王先輩のことも聞いたから……」
古見君は黙って……違う。声が聞こえる。すすり泣く声……。
どうして、泣いているの? 古見君が獅子王先輩をフッたんだよね? どうして、本当の気持ちと真逆の事を言っちゃうの?
私は古見君の悲しく姿を見ても、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
私、イヤだよ……古見君。二人は両思いなのに、なんで別れちゃうの? 幸せになれないの? おかしいよ、不幸になるなんて……泣いちゃうなんて。
人を本気で好きになった結果がこれなの? なんで、薄暗い部屋の中で、一人泣いている結末になっちゃうの?
獅子王先輩と心の底から笑顔になれるって思っていたのに……こんなことってないよ。
昇降口で靴を履き替えている滝沢さんを私は呼び止める。
古見君の幼馴染である滝沢さんなら、古見君の住所を知っているはず。それなら、滝沢さんから訊き出すしかない。
教えてくれるかは別だけど。私、嫌われてるし。
でも、滝沢さんしか頼れない。いくしかない。
「何か用なの、伊藤さん?」
「うん。古見君の住所を教えてほしいの」
「なんで?」
不審な目で私を見てくる滝沢さんに、あらかじめ用意していた理由を話す。
「……古見君が休んでいるって聞いたから、お見舞いにいこうと思って。もしよければ滝沢さんも一緒にいかない?」
古見君のことが好きな滝沢さんの前では獅子王先輩の話はできない。まずは古見君の住所を知ることが先決。
住所を教えてもらったら、明日にでも古見君に獅子王先輩の事、尋ねてみよう。
「どうして、伊藤さんがひなたの見舞いにいくの?」
「だって、友達だし。滝沢さんは気にならないの? テストを休んでいるんだよ? よほどのことがあったんじゃない?」
その理由は知っているけど、私はあえて言わなかった。滝沢さんが原因を知っているかどうか確認しておきたかったこともある。
滝沢さんの反応は淡々としていた。
「心配いらないわよ。ひなたの成績や普段の態度から救済処置はとってもらえるでしょ。私はいかないわ」
「で、でも……」
あっ、まずい……このままだと。古見君の住所が分からなくなる。ど、どうしよう……。
「いくのなら、伊藤さん一人でいって。ひなたの住所は教えてあげるから」
えっ、いいの? ラッキー!
私は心の中でガッツポーズをとる。でも、その思いはすぐにしぼんでいく。だって……。
「……滝沢さんも一緒に……」
いこうよと誘いたかったけど、言葉がつまってしまった。
滝沢さんの顔がこわばっていたから。何か思いつめたような辛そうな顔をしている。
分かってる。きっと、滝沢さんも古見君に会いに行きたいんだ。でも、意地を張って会いに行けない。私はそこまで分かっていても、何も言葉にできない。
だって、私は今、古見君と獅子王先輩の恋を応援しているから……ゲームセンターで懸念していた事が現実になってしまう。
もし、古見君がこのまま獅子王先輩と別れたら、滝沢さんにチャンスがくる。でも、私がもし、古見君を説得できたら、このまま二人の恋を応援したら、滝沢さんは失恋してしまう。
どちらにしても、誰かが失恋しちゃうんだ。
私は滝沢さんにかける言葉もなく、お礼を言ってその場を後にした。何度も何度も心の中で謝りながら……。
きちゃった。
私は今、古見君の家の前にいる。白い二階建ての庭付きのお家。
私も将来、こんな家に住みたいな。ペットも飼って、旦那様と子供に囲まれた幸せな生活……実にいい!
和風の家に住んでいる私には洋風の家って憧れなんだよね。本当なら友達として遊びにきたかったんだけど。
古見君に会ってどうしたいのか? どうすればいいのか? まだ分からないけど、ここまで来て何もしないわけにはいかない。
震える手でそっとイヤホンを押す。
ピンポーン。
「はい」
やわらかい女の人の声が聞こえてきた。
「わ、私、伊藤と申します。古見君、いますか?」
「ひなたですか? あの、どちら様ですか?」
「……古見君の友達です」
しばらくすると、玄関のドアが開く。
「どうぞ」
ふう、ここからだよね。
家にお邪魔して、古見君の部屋に通してもらえると思ったんだけど、リビングに案内された。もちろん、古見君はいない。
案内してくれた女の人は古見君のママかな? 顔が瓜二つ。正直、お姉さんで言われても違和感がないくらい若い。そして、綺麗。羨ましい。
「ごめんなさい。ひなた、部屋に閉じ困ったまま出てこないの。こんなこと初めてで……親なのに、どうしていいのか分からないの。伊藤さんは何か知っているの?」
古見君のママは真剣な目で私に問いかけている。
私は古見君のママを安心させるように、優しく落ち着いた声で答える。
「すみません。それを確認したくてここにきました」
「そう……ありがとう。ひなたのこと、心配してくれて」
「いえ」
古見君のママが笑った顔も、そっくり。女の私から見ても、愛らしい笑顔。古見君、絶対にうまれてきた性別間違ってる。
「でも……ひなた、女の子の友達しかいない? ひなたの家に遊びに来てくれるのって女の子だけなの」
古見君のママの問いに、私は笑ってごまかすことしかできなかった。
古見君の言っていた通り。知らない人がこの発言を聞くとプレイボーイだと思っちゃうけど、違うんだよね。
同じ女友達が多くても、押水先輩と古見君とは全然タイプが違うよね。同じ男の子なのに。
「ねえ、一応確認しておきたいんだけど、ひなたとは友達なのよね?」
「はい、そうですけど」
な、なんで古見君のママは私の目をじっと見つめてくるの?
居心地が悪くなったけど、なぜか目をそらしたらいけないような気がして、私も古見君のママの目を見つめ返す。
「……嘘じゃないみたいね、ごめんなさい。もし、ひなたのことが好きなら、ちょっと確認しておきたかったことがあって」
「確認しておきたかったこと?」
「ううん、いいの。それより、ひなたのこと、お願いしてもいい?」
「はい!」
ついに古見君と対面するときが来た。
古見君のママの後ろをついていき、古見君の部屋につく。
この部屋の中に古見君がいるんだ。
私は深呼吸をしてからノックする。返事がない。
再びノックする。返事がない。
デジャブを感じる。
あの雨の日、部室のドアを叩いたときと同じ……獅子王先輩も同じ反応だったっけ。
笑いがこみあげてきて、少し緊張がとけた。
ノックしても返事がないので、ドアノブを回すとドアが開いた。私は部屋に入らず、少しだけドアを開け、声をかける。
「古見君、伊藤です。部屋に入るね?」
声をかけてから部屋に入った。
部屋の中は真っ暗。こんな光りのささない部屋で、奥にあるベットの中で布団を被ってうずくまっているのが、古見君だよね。
本当に分からない。どうして、こんなことになるの?
「ねえ、古見君」
「……伊藤さん?」
「うん、ごめんね。寝てた?」
「……ううん、平気だから……」
平気だから出ていって。古見君は言葉にしないけど、私にはそう聞こえた。
私は少し明るい声で古見君に話しかける。
「家まで押し掛けてごめんね。古見君が休みって聞いたから。それとね、獅子王先輩のことも聞いたから……」
古見君は黙って……違う。声が聞こえる。すすり泣く声……。
どうして、泣いているの? 古見君が獅子王先輩をフッたんだよね? どうして、本当の気持ちと真逆の事を言っちゃうの?
私は古見君の悲しく姿を見ても、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
私、イヤだよ……古見君。二人は両思いなのに、なんで別れちゃうの? 幸せになれないの? おかしいよ、不幸になるなんて……泣いちゃうなんて。
人を本気で好きになった結果がこれなの? なんで、薄暗い部屋の中で、一人泣いている結末になっちゃうの?
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