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十章

十話 オキナグサ -告げられぬ恋- その二

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「人権侵害? 誰でも好きになる権利はある? ならロリコンは人権的に認められるの? 自分の娘が成人男性とつきあうことになったら、伊藤さんは認めるの? 正道が幼稚園の幼女ようじょと付き合うことになったら許せるの?」
「警察に通報します!」
「おい!」

 いや、違うでしょ! なんで同性愛とロリコンが同列になるのよ!
 ロリコンは許せない! 生理的に無理だから!
 ショタコンも無理! 弟でお腹一杯ですから!

「同性愛も生理的に無理な人いるでしょ? そんなものを押し付けられる僕らの身にもなってよ。僕達はまだ知らないふりをできるかもしれないけど、親なんて逃げられないでしょ? 人に認められない恋愛は親不孝おやふこうなだけでしょ?」
「そ、それは……」

 反論する力が弱くなっていく。親は関係ないなんて言えるはずがない。

「実はボクシング部の顧問からも、獅子王先輩のことで相談受けてるんだよね。獅子王先輩はボクシングで三連覇している有名人だ。その有名人が同性愛者だなんて学園にとってもマイナスでしかない。他にもマイナスなことがある。人はみんなと違うものを認められないんだ。同性愛がそうだよね。でも、強い獅子王先輩には誰もかなわない。なら、どうするか。立場の弱い人間を責めればいい。つまり、古見君が該当がいとうするよね。これまで以上に古見君はいじめにあうよ。伊藤さんが止めても、別の誰かが古見君に危害を加える。これの繰り返し。こんなことで誰が幸せになるの? 誰も幸せにならないよね?」

 橘先輩の意見にまた、私は反論できなかった。悔しくて握り締めた手が痛い。
 私は先輩の方を向いて、助けを求める。先輩なら橘先輩の意見を論破ろんぱできるはず。でも、先輩は黙ったまま、何も意見してくれない。先輩はすまなさそうに私を見つめている。

 橘先輩は伊達だてに先輩の友達してないよね。先輩の弱点をちゃんとついてくる。
 先輩はいじめを許さない。だから、いじめの原因が同性愛にあるのなら、先輩は絶対に橘先輩の意見を否定できない。それ以外にいじめを止める有効な手段がないから。
 それなら、どうしたらいいの? 同性愛は間違っているの?

「反対意見がないのなら、僕の意見を認めるってことでいいよね? 明日から二人はボクシング場に近づかないこと」
「な、なんで、そこまで指図さしずされなきゃいけないんですか!」

 ダメ! このままだと橘先輩の思惑通おもわくどおりになっちゃう。否定できる要素がなくても、なんとかしなきゃ!

「おい、伊藤。明日もいくつもりだったのか?」

 な、なんで先輩まで橘先輩と同意見なの? 私の事、裏切るの!
 悲しくて涙が出そうになったけど、私は意地を張って先輩に反抗はんこうする。

「毎日ボクシング場に、古見君達に会いに行く予定ですけど!」
「やめとけ。そんなことより、帰って勉強しろ」

 べ、勉強? なんでこんなときに! 先輩は私の事、バカにしているんですか!
 私は先輩に更に突っかかる。

「はあ? なんで勉強しなきゃいけないんですか!」
「中間テストだからでしょ? 明日から中間テスト一週間前だよ? 部活も委員会もテスト休みなの。分かった?」

 橘先輩にツッコまれ、ようやく理由が分かった。
 わ、忘れてた! でも、このタイミングでいう、フツウ! 顔が赤くなるのを止められない。

 橘先輩は絶対にわざと! 私をからかっている!
 先輩は! 空気読めてない!
 私はニヤついている橘先輩と真面目な顔で私に説教しようとする先輩をおいて、大股おおまたでこの場から離れた。



 何よ! 何なのよ! もう!
 自動販売機前で、私はありったけの罵詈雑言ばりぞうごんを吐き出していた。
 橘先輩、絶対に私の事、バカにしてる! 許せない!
 でも、私は橘先輩の意見を否定できなかった。

 恋愛に間違いはある。

 この言葉が私の中で重くのしかかっている。
 私は知っている。恋愛の喜びを、楽しさを。その気持ちが否定された気がして、胸が苦しい。

 人を好きになるのが同性なら、それはもう間違いになっちゃうの? 異性の恋愛ならすべてが正しいの?
 それなら、押水先輩のような誰も選ばない恋が正しいの?
 そう思ってしまった時点で私は、恋愛に間違いがあることを自分で肯定していることを感じていた。自分の意志を貫き通せなかった。

 情けない……橘先輩の言葉ですぐに気持ちがぶれる私が……。
 私の覚悟は足元に落ちている枯れた葉のように、かさかさで踏めばつぶれてしまうくらいにもろいものだったんだ。

「伊藤さん、どうしたの?」

 気が付くと、目の前に古見君が立っていた。心配そうに私を見つめている。
 ダメ、古見君を心配させてはいけない。私は無理やり笑顔を作り、笑いかける。

「なんでもないよ、古見君」
「でも、藤堂先輩は? 一緒にジュースを買いにいったのに……」

 古見君の言葉に私の心臓が止まりそうになる。痛みをこらえて、私は古見君に言い訳する。

「先輩は……その、用事ができて……その」

 ダメだ。うまく言葉が出てこない。動揺どうようしているのが分かる。こんな情けない姿、見せたくないのに……。

「伊藤さん……」

 えっ?
 古見君が私の事をそっと抱きしめる。古見君は私と同じくらいの体格なのに、大きく感じる。それに暖かい……。

「何かあったんでしょ? 話したくないのならいいよ、話さなくて。でも、我慢はしないでね?」
「……ありがとう、古見君」

 私はぎゅっと古見君を抱きしめる。
 気持ちが落ち着く。この優しさが、私に力をくれる。
 きっと、大丈夫だよね? 今はまだ分からないけど、それでも、あきらめなければきっと答えはみつかるよね?
 私、絶対にあきらめない! 私が頑張らないと!

「よし! もう大丈夫!」

 今度は作り笑いじゃない。本当の笑顔。古見君も安心したように笑ってくれる。
 それにしても、古見君、ナチュナルに女の子を抱きしめるよね。あまりにも自然だったので、私も嫌な感じしなかったし。
 もしかして、古見君が女の子を好きになったら、とんでもない女殺しになるかも。
 古見君が第二の押水先輩になられたら困る。獅子王さんとくっついてもらわないと。

「失礼ですが、伊藤ほのか様と古見ひなた様で間違いありませんか?」
「えっ?」

 な、なにこの人達? いつの間に? この学園にはつかわしくない黒服のスーツの男が私達を取り囲んでいた。
 サングラス越しでも鋭い視線が向けられていることがわかる。
 この異様な光景に、私は怖くなって古見君の後ろに隠れる。

「申し訳ありませんが、少しの間、お付き合いいただけませんか? 次の授業に関しては、我々が学園と交渉こうしょうして、あなた方の授業は自習にしていただきました。これでお二方が授業を休んでも問題ありません」

 先頭に立っていたリーダが手を校門の方に向ける。残りの黒服さん達が私達の前後左右に陣取じんどる。まるで拒否権はないと無言で脅されているみたい。
 先頭の黒服が歩き出すと、周りの黒服も歩き出した。私達は黒服さんにぶつからないように歩き出す。
 私達は抵抗できないまま、黒服のサングラスの男達についていく。
 黒服さんの威圧感に、私と古見君は逆らうことすら考えつかなかった。

 私達、どうなってしまうの?
 不安な気持ちで泣きたくなったとき、私の手に何か柔らかいものがふれる。
 古見君が私の手を握ってくれたんだ。私は少し安心した。だって、古見君の手もふるえているから。私だけじゃないんだ……。
 安心すると、立ち向かう勇気が出てくる。
 そうだ、私だって風紀委員だ。私がしっかりしないと。
 不安だけど……きっと大丈夫ですよね、先輩?
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