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十章
十話 オキナグサ -告げられぬ恋- その一
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「藤堂先輩、この煮物、美味しいです!」
「この、コロッケ……古見の手作りか?」
「はい! どうですか?」
「うまいな。衣の香ばしさとサツマイモの甘さがマッチしている。甘すぎず、いい味付けだ」
「よかった。あ、これも食べたみてください」
「……」
お昼休み、私と古見君、先輩の三人で昼食をとっていた。
今日も雲一つないうららかな天気。屋外で食べるにはちょうどいい。樫の木の枝が私達を紫外線から守ってくれているみたいに、やさしく日陰を作ってくれている。
私の提案で各々のお弁当の食べ比べを提案した。先輩に私の手料理をごちそうしたかっただけなんだけど……二人とも、レベル高すぎ!
男の子の好きなハンバーグを作ってきたのに、二人と完成度が違うから恥ずかしい。私が作ってきたハンバーグは少し焦げてるし。
うううっ、私、女の子なのにこの中で一番女子力低いよ~。
先輩と古見君、高いよ~。男の子って料理できないんじゃないの? 弟の剛もパパも卵すらうまく割れないのに……。
私は肩身が狭くて、ポテトサラダを箸でくずしていた。
「古見君、楽しそうだね」
私は少し恨めしい視線を送ると、古見君は笑顔でうなずく。
「うん! みんなでお昼をとるのも、遊びにいったのも久しぶりだから。前はまひろが一緒にご飯を食べたり、遊んでくれたんだけど、小学五年生になったらときくらいから離れていって……」
思春期だもんね、仕方ないよ。もしかしたら、滝沢さんは小学五年生くらいから、古見君のこと異性として好きになっていたのかも。
「でも、今は伊藤さんや藤堂先輩と知り合って、こうして一緒にご飯を食べてくれて、楽しいよ」
古見君の純真無垢な笑顔に、先輩は少し困った顔をしている。先輩も古見君と獅子王先輩の仲、認めればいいのに。
「それで、古見君。先輩に付き合ってもらったけど、どう? 獅子王先輩への想い、分かった?」
「……ごめん。獅子王先輩の事、特別だって思うんだけど、LIKEなのかLOVEなのかはよくわからない。ごめんなさい。特に藤堂先輩には迷惑かけています」
「……気にするな。真面目に頑張っている後輩を無碍にはできん。俺でよければ力になる」
「ありがとうございます……藤堂先輩」
キ、キター! いただきましたわ、コレ!
優しく微笑む先輩と、恥ずかしげに視線を送る古見君。
ああ……リアルBL、スバラシー! ちょっと妬けちゃうけど、これはいいものだ。
恋愛とBLを同時に味わえるなんて私、漫画のヒロインみたい!
「おい、古見」
ここで、まさかの獅子王先輩がキター!
ジャージ姿で不機嫌そうな顔をしてる獅子王先輩。
嫉妬? 嫉妬していますよね? これってまさに三角関係! 女の子の入る隙間なし!
ええわー。
「藤堂テメー、誰の許可を得て古見と一緒にご飯を食べてやがる」
「別に獅子王先輩の許可など必要ないでしょう。許可なら古見君にとっています」
獅子王先輩に睨まれても睨み返せるのって先輩くらいだよね。私、絶対に無理。あっ、古見君もいたよね。
「ああん? 古見、本当か?」
「は、はい。藤堂先輩と伊藤さんに、僕の悩みを聞いてもらっていました」
「それなら俺様が相談に乗ってやる。俺様に話せ」
獅子王先輩は無理やり先輩と古見君の間に座る。獅子王先輩の強引な行動に、先輩は眉をひそめている。
雲行きが悪くなり、険悪な雰囲気になっていく。
でも、私の心は日本晴れ。ええわ~、これ。
「ええっと……獅子王先輩ここは穏便に……」
「はい! そこまで! 喧嘩はダメですから!」
私はパンパンと手を叩く。もっと見ていたいけど、古見君が何かをする度に獅子王先輩の機嫌が悪くなるのは目に見えている。
下手すると喧嘩になるかもしれないし。暴力反対。
だから、私が止めに入る。助っ人だし、ちゃんと役に立たないとね。
獅子王先輩が何か言いだす前に、私は先輩の腕を掴み、この場を去ろうとする。
「獅子王先輩、古見君を困らせたらダメですよ。私と先輩はジュースを買ってきますので、獅子王先輩は古見君の相談に乗っていただけませんか?」
私は古見君にウインクする。古見君は笑顔でうなずき、獅子王先輩に箸を渡す。
「獅子王先輩、相談に乗ってもらえませんか? それと、お昼、まだですよね? 僕が作った料理、食べてみてくれませんか?」
「あたぼうよ。なんでも相談しろ! 特別に俺様が聞いてやる。そういや、古見の手料理って久しぶりだな。一緒に食うか」
「はい!」
獅子王先輩と古見君、嬉しそう。古見君と獅子王先輩の笑顔を見て、すぐに分かった。
私達には見せない、無防備な笑顔。二人の仲が特別なんだってすぐにわかっちゃう。
私も先輩と特別な仲になりたいな……でも、今は先輩の腕を組むことで我慢しよう。先輩のたくましい腕にぎゅっと抱きつき、その場を離れた。
「あの二人、初々しいですよね」
「……」
「先輩は納得いきませんか?」
先輩は仏頂面したまま、何も言葉を発しない。
先輩だって気付いているはず。信頼し合っている二人の仲を。
先輩には二人の仲を認めてほしい。でも、もう一つ、認めてほしいものがあるんだけどな……。
さっきまで先輩と腕を組んでいたけど、先輩に外されてしまった。そのとき、先輩の顔が少し赤かった。これって少しは私の事、意識してくれたのかな?
そんなことを考えてしまうと、私も頬が熱くなってしまう。腕を組むのは恥ずかしいから、せめて手だけでもつなぎたい。
先輩の隣を歩きながら、二人の仲について話す。
「最近の獅子王先輩、変わったと思いませんか? 前の獅子王先輩なら、自分に意見してきた人を問答無用で殴りかかっていましたよね? 獅子王先輩に意見した私に、うるさいブスって言いませんでしたよね? それどころか、私の提案に獅子王先輩は乗ってくれたんですよ。唯我独尊の獅子王先輩が誰かの意見を聞くなんて、これってすごくないですか? 獅子王先輩は優しい方向へ変化しているんですよ。人を好きになって、思いやりを持つようになって、我慢することを覚えて……いいことずくめじゃないですか?」
獅子王先輩は人を好きになることで変化している。まだ少しだけど、獅子王先輩は人に気遣えるようになっている。
人を好きになることで他人にも優しくなれることはいいことだよね、先輩。
「……確かにな。同性愛のことがあってから、獅子王先輩の問題行動が減っている。懸念していた古見君へのいじめもなかった。古見君への態度は好意の裏返しだった。同性愛は間違いじゃないのか?」
「間違いなんかじゃないですよ」
私はそっと先輩の手を両手で優しく握った。先輩は驚いた顔をしているが、私の手を振り払おうとはしなかった。
「人を好きになることは自然なことです。容姿や異性で惹かれるだけじゃない、心で惹かれることだってありますよ。同性愛でも間違いなはずありません」
「……だが、人の悪意はあの二人の恋愛を許さないだろう。その悪意が原因で二人は別れてしまうかもしれない。それならば、今のうちに……」
先輩が懸念することは分かる。報われない恋ならキズが浅いうちに別れた方がお互いの為と思っているのかも。
けど、私は応援したい。たとえ、同性愛でも……。
「獅子王先輩達がこの先、付き合えたとしても、みんなの反対で別れてしまうかもしれません。でも、二人は別れないのかもしれませんよね? 私はうまくいく可能性があるのなら、それに賭けたいです。先輩、二人を見守ってみませんか? 先輩の知りたい答えがみつかるかもしれませんよ?」
「俺の知りたい答え?」
私は知っている。先輩が風邪をひいてお見舞いにいったとき、先輩の本音を聞いた。
先輩が求めているもの、それは……。
「本当の絆です。少年Aのことで、先輩は全てを失いました。両親から酷いことを言われて、先輩は両親のこと嫌いかもしれませんが、私は先輩の両親に感謝しています。だって、先輩の両親がいてくれたから、先輩が産まれた。先輩がいてくれから私は救われたんです。先輩……私の事、助けてくれてありがとうございます」
「……こっちこそ。頼りにしているぞ、相棒」
先輩がやさしく私の頭を撫でてくれる。先輩の表情が少し和らいでいた。
エヘヘ、やっぱり、先輩に頭を撫でてもらえると心がぽかぽかとなる。こんなに嬉しくてあたたかい気持ちにしてくれる恋が、間違いなわけない。
「やれやれ、何が正しいんだか。同性愛なんて間違っているでしょ? 正道がちゃんと伊藤さんに教えてあげなきゃいけないのに、逆に説得されてどうするの。それと、風紀委員が白昼堂々と手を握って、見つめ合って何をしているんだか」
「左近……」
「橘先輩……」
いつの間にか橘先輩が私達の前に立っていた。
橘先輩の冷たい言葉に、先輩と触れ合った手が離れていく。ぬくもりが、先輩との距離が離れていく。
で、でたよ、橘先輩。
いつもは味方になってくれる頼もしい橘先輩も、今回は敵。ぎゅっと手を握り締め、橘先輩を睨みつける。
先輩は特に慌てた様子がない。
橘先輩は手をあげて先輩に挨拶してくる。二人の間に険悪な雰囲気はない。
私だけムキになっているみたいで居心地が更に悪い。
どうして橘先輩はこの件に関してはしつこいの? 意地悪してくるし。本当、今回の橘先輩は嫌な人。
なんでだろう、すごく腹が立つ。でも、ここまで腹が立つのはどうしてなの?
「正道、困るよ。ちゃんと仕事してくれないと」
「すまない」
「ちょっと! 先輩に命令しないでください!」
私は橘先輩に食って掛かる。
ここで先輩に抜けられたら困る。先輩が橘先輩についたら、すぐにでも古見君達に干渉する。
そうなれば、二人の仲に悪影響がでちゃう。最悪、喧嘩になるかもしれない。そんなのイヤ!
私が睨みつけているのに、橘先輩は気にした様子がなく、涼しい態度をとっている。
「命令じゃなくてお願いだよ。獅子王先輩と古見君の恋愛は間違っているから。いい加減、気づいてよ、伊藤さん」
「な、なんでですか! 真剣に恋することの何が悪いんですか! 偽りのない恋愛に間違いなんてありませんよ!」
いくら風紀委員でも、人を好きになる気持ちを取り締まることなんてできるはずがない! いや、してはいけない!
私は毅然とした態度で反対する。
「あるよ。僕らは一度、押水一郎君の恋愛を全否定したよね?」
「そ、それは」
橘先輩に思いがけないことを指摘され、言葉がつまってしまう。
確かに押水先輩の恋愛を否定したけど……あれは真剣な恋愛じゃないから!
「だ、だって押水先輩の件は、四十股以上していたじゃないですか! 桜井先輩の妊娠の事もあったし、佐藤先輩のラブレターのこともありましたよね? あんな偽りの恋愛と獅子王先輩達の恋愛を一緒にしないでください!」
「偽り? なら、押水君のことを好きだった女の子の気持ちも偽りだったの?」
橘先輩の意見に、私はなにも言い返すことが出来なかった。
違う……押水先輩の事を好きだった女の子達の気持ちは本物だった。そのことは先輩と一緒に確認している。
桜井先輩が屋上で見せた涙、あれは本物。偽物じゃない。
「僕達は押水君達の恋愛を否定したよね? なぜ? それは彼らの恋愛に問題があったからでしょ? 恋愛に間違いはあるよ。同性愛は間違いなの。同性愛なんて世間が認めてくれると思ってるの? 獅子王先輩の家、知ってる? 誰もが知っている獅子王財閥で、獅子王先輩はその財閥のトップの一人息子なんだよ。同性愛なんてスキャンダルにしかならないでしょ? 獅子王先輩達だけの問題じゃない。周りが認められない、迷惑をかける恋愛なんてただの自己満足でしょ?」
「そ、そんなのことありませんから! 人を好きになる権利は誰にだってあります! 人権侵害です!」
あっ! 私の意見に橘先輩、鼻で笑った!
「この、コロッケ……古見の手作りか?」
「はい! どうですか?」
「うまいな。衣の香ばしさとサツマイモの甘さがマッチしている。甘すぎず、いい味付けだ」
「よかった。あ、これも食べたみてください」
「……」
お昼休み、私と古見君、先輩の三人で昼食をとっていた。
今日も雲一つないうららかな天気。屋外で食べるにはちょうどいい。樫の木の枝が私達を紫外線から守ってくれているみたいに、やさしく日陰を作ってくれている。
私の提案で各々のお弁当の食べ比べを提案した。先輩に私の手料理をごちそうしたかっただけなんだけど……二人とも、レベル高すぎ!
男の子の好きなハンバーグを作ってきたのに、二人と完成度が違うから恥ずかしい。私が作ってきたハンバーグは少し焦げてるし。
うううっ、私、女の子なのにこの中で一番女子力低いよ~。
先輩と古見君、高いよ~。男の子って料理できないんじゃないの? 弟の剛もパパも卵すらうまく割れないのに……。
私は肩身が狭くて、ポテトサラダを箸でくずしていた。
「古見君、楽しそうだね」
私は少し恨めしい視線を送ると、古見君は笑顔でうなずく。
「うん! みんなでお昼をとるのも、遊びにいったのも久しぶりだから。前はまひろが一緒にご飯を食べたり、遊んでくれたんだけど、小学五年生になったらときくらいから離れていって……」
思春期だもんね、仕方ないよ。もしかしたら、滝沢さんは小学五年生くらいから、古見君のこと異性として好きになっていたのかも。
「でも、今は伊藤さんや藤堂先輩と知り合って、こうして一緒にご飯を食べてくれて、楽しいよ」
古見君の純真無垢な笑顔に、先輩は少し困った顔をしている。先輩も古見君と獅子王先輩の仲、認めればいいのに。
「それで、古見君。先輩に付き合ってもらったけど、どう? 獅子王先輩への想い、分かった?」
「……ごめん。獅子王先輩の事、特別だって思うんだけど、LIKEなのかLOVEなのかはよくわからない。ごめんなさい。特に藤堂先輩には迷惑かけています」
「……気にするな。真面目に頑張っている後輩を無碍にはできん。俺でよければ力になる」
「ありがとうございます……藤堂先輩」
キ、キター! いただきましたわ、コレ!
優しく微笑む先輩と、恥ずかしげに視線を送る古見君。
ああ……リアルBL、スバラシー! ちょっと妬けちゃうけど、これはいいものだ。
恋愛とBLを同時に味わえるなんて私、漫画のヒロインみたい!
「おい、古見」
ここで、まさかの獅子王先輩がキター!
ジャージ姿で不機嫌そうな顔をしてる獅子王先輩。
嫉妬? 嫉妬していますよね? これってまさに三角関係! 女の子の入る隙間なし!
ええわー。
「藤堂テメー、誰の許可を得て古見と一緒にご飯を食べてやがる」
「別に獅子王先輩の許可など必要ないでしょう。許可なら古見君にとっています」
獅子王先輩に睨まれても睨み返せるのって先輩くらいだよね。私、絶対に無理。あっ、古見君もいたよね。
「ああん? 古見、本当か?」
「は、はい。藤堂先輩と伊藤さんに、僕の悩みを聞いてもらっていました」
「それなら俺様が相談に乗ってやる。俺様に話せ」
獅子王先輩は無理やり先輩と古見君の間に座る。獅子王先輩の強引な行動に、先輩は眉をひそめている。
雲行きが悪くなり、険悪な雰囲気になっていく。
でも、私の心は日本晴れ。ええわ~、これ。
「ええっと……獅子王先輩ここは穏便に……」
「はい! そこまで! 喧嘩はダメですから!」
私はパンパンと手を叩く。もっと見ていたいけど、古見君が何かをする度に獅子王先輩の機嫌が悪くなるのは目に見えている。
下手すると喧嘩になるかもしれないし。暴力反対。
だから、私が止めに入る。助っ人だし、ちゃんと役に立たないとね。
獅子王先輩が何か言いだす前に、私は先輩の腕を掴み、この場を去ろうとする。
「獅子王先輩、古見君を困らせたらダメですよ。私と先輩はジュースを買ってきますので、獅子王先輩は古見君の相談に乗っていただけませんか?」
私は古見君にウインクする。古見君は笑顔でうなずき、獅子王先輩に箸を渡す。
「獅子王先輩、相談に乗ってもらえませんか? それと、お昼、まだですよね? 僕が作った料理、食べてみてくれませんか?」
「あたぼうよ。なんでも相談しろ! 特別に俺様が聞いてやる。そういや、古見の手料理って久しぶりだな。一緒に食うか」
「はい!」
獅子王先輩と古見君、嬉しそう。古見君と獅子王先輩の笑顔を見て、すぐに分かった。
私達には見せない、無防備な笑顔。二人の仲が特別なんだってすぐにわかっちゃう。
私も先輩と特別な仲になりたいな……でも、今は先輩の腕を組むことで我慢しよう。先輩のたくましい腕にぎゅっと抱きつき、その場を離れた。
「あの二人、初々しいですよね」
「……」
「先輩は納得いきませんか?」
先輩は仏頂面したまま、何も言葉を発しない。
先輩だって気付いているはず。信頼し合っている二人の仲を。
先輩には二人の仲を認めてほしい。でも、もう一つ、認めてほしいものがあるんだけどな……。
さっきまで先輩と腕を組んでいたけど、先輩に外されてしまった。そのとき、先輩の顔が少し赤かった。これって少しは私の事、意識してくれたのかな?
そんなことを考えてしまうと、私も頬が熱くなってしまう。腕を組むのは恥ずかしいから、せめて手だけでもつなぎたい。
先輩の隣を歩きながら、二人の仲について話す。
「最近の獅子王先輩、変わったと思いませんか? 前の獅子王先輩なら、自分に意見してきた人を問答無用で殴りかかっていましたよね? 獅子王先輩に意見した私に、うるさいブスって言いませんでしたよね? それどころか、私の提案に獅子王先輩は乗ってくれたんですよ。唯我独尊の獅子王先輩が誰かの意見を聞くなんて、これってすごくないですか? 獅子王先輩は優しい方向へ変化しているんですよ。人を好きになって、思いやりを持つようになって、我慢することを覚えて……いいことずくめじゃないですか?」
獅子王先輩は人を好きになることで変化している。まだ少しだけど、獅子王先輩は人に気遣えるようになっている。
人を好きになることで他人にも優しくなれることはいいことだよね、先輩。
「……確かにな。同性愛のことがあってから、獅子王先輩の問題行動が減っている。懸念していた古見君へのいじめもなかった。古見君への態度は好意の裏返しだった。同性愛は間違いじゃないのか?」
「間違いなんかじゃないですよ」
私はそっと先輩の手を両手で優しく握った。先輩は驚いた顔をしているが、私の手を振り払おうとはしなかった。
「人を好きになることは自然なことです。容姿や異性で惹かれるだけじゃない、心で惹かれることだってありますよ。同性愛でも間違いなはずありません」
「……だが、人の悪意はあの二人の恋愛を許さないだろう。その悪意が原因で二人は別れてしまうかもしれない。それならば、今のうちに……」
先輩が懸念することは分かる。報われない恋ならキズが浅いうちに別れた方がお互いの為と思っているのかも。
けど、私は応援したい。たとえ、同性愛でも……。
「獅子王先輩達がこの先、付き合えたとしても、みんなの反対で別れてしまうかもしれません。でも、二人は別れないのかもしれませんよね? 私はうまくいく可能性があるのなら、それに賭けたいです。先輩、二人を見守ってみませんか? 先輩の知りたい答えがみつかるかもしれませんよ?」
「俺の知りたい答え?」
私は知っている。先輩が風邪をひいてお見舞いにいったとき、先輩の本音を聞いた。
先輩が求めているもの、それは……。
「本当の絆です。少年Aのことで、先輩は全てを失いました。両親から酷いことを言われて、先輩は両親のこと嫌いかもしれませんが、私は先輩の両親に感謝しています。だって、先輩の両親がいてくれたから、先輩が産まれた。先輩がいてくれから私は救われたんです。先輩……私の事、助けてくれてありがとうございます」
「……こっちこそ。頼りにしているぞ、相棒」
先輩がやさしく私の頭を撫でてくれる。先輩の表情が少し和らいでいた。
エヘヘ、やっぱり、先輩に頭を撫でてもらえると心がぽかぽかとなる。こんなに嬉しくてあたたかい気持ちにしてくれる恋が、間違いなわけない。
「やれやれ、何が正しいんだか。同性愛なんて間違っているでしょ? 正道がちゃんと伊藤さんに教えてあげなきゃいけないのに、逆に説得されてどうするの。それと、風紀委員が白昼堂々と手を握って、見つめ合って何をしているんだか」
「左近……」
「橘先輩……」
いつの間にか橘先輩が私達の前に立っていた。
橘先輩の冷たい言葉に、先輩と触れ合った手が離れていく。ぬくもりが、先輩との距離が離れていく。
で、でたよ、橘先輩。
いつもは味方になってくれる頼もしい橘先輩も、今回は敵。ぎゅっと手を握り締め、橘先輩を睨みつける。
先輩は特に慌てた様子がない。
橘先輩は手をあげて先輩に挨拶してくる。二人の間に険悪な雰囲気はない。
私だけムキになっているみたいで居心地が更に悪い。
どうして橘先輩はこの件に関してはしつこいの? 意地悪してくるし。本当、今回の橘先輩は嫌な人。
なんでだろう、すごく腹が立つ。でも、ここまで腹が立つのはどうしてなの?
「正道、困るよ。ちゃんと仕事してくれないと」
「すまない」
「ちょっと! 先輩に命令しないでください!」
私は橘先輩に食って掛かる。
ここで先輩に抜けられたら困る。先輩が橘先輩についたら、すぐにでも古見君達に干渉する。
そうなれば、二人の仲に悪影響がでちゃう。最悪、喧嘩になるかもしれない。そんなのイヤ!
私が睨みつけているのに、橘先輩は気にした様子がなく、涼しい態度をとっている。
「命令じゃなくてお願いだよ。獅子王先輩と古見君の恋愛は間違っているから。いい加減、気づいてよ、伊藤さん」
「な、なんでですか! 真剣に恋することの何が悪いんですか! 偽りのない恋愛に間違いなんてありませんよ!」
いくら風紀委員でも、人を好きになる気持ちを取り締まることなんてできるはずがない! いや、してはいけない!
私は毅然とした態度で反対する。
「あるよ。僕らは一度、押水一郎君の恋愛を全否定したよね?」
「そ、それは」
橘先輩に思いがけないことを指摘され、言葉がつまってしまう。
確かに押水先輩の恋愛を否定したけど……あれは真剣な恋愛じゃないから!
「だ、だって押水先輩の件は、四十股以上していたじゃないですか! 桜井先輩の妊娠の事もあったし、佐藤先輩のラブレターのこともありましたよね? あんな偽りの恋愛と獅子王先輩達の恋愛を一緒にしないでください!」
「偽り? なら、押水君のことを好きだった女の子の気持ちも偽りだったの?」
橘先輩の意見に、私はなにも言い返すことが出来なかった。
違う……押水先輩の事を好きだった女の子達の気持ちは本物だった。そのことは先輩と一緒に確認している。
桜井先輩が屋上で見せた涙、あれは本物。偽物じゃない。
「僕達は押水君達の恋愛を否定したよね? なぜ? それは彼らの恋愛に問題があったからでしょ? 恋愛に間違いはあるよ。同性愛は間違いなの。同性愛なんて世間が認めてくれると思ってるの? 獅子王先輩の家、知ってる? 誰もが知っている獅子王財閥で、獅子王先輩はその財閥のトップの一人息子なんだよ。同性愛なんてスキャンダルにしかならないでしょ? 獅子王先輩達だけの問題じゃない。周りが認められない、迷惑をかける恋愛なんてただの自己満足でしょ?」
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