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九章

九話 サイネリア -いつも喜びに満ちて- その一

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「こうして、僕と獅子王先輩は知りあって、弟子入りして、獅子王先輩を追いかけてボクシング部に入部したんです」

 そうだったんだ。
 古見君が獅子王先輩に憧れる気持ち、よく分かるよ。
 だって、私と似ているもん。私も周りに合わせて生きて、私個人の意見なんて言えなかった。人と違うことをするのは異端扱いされるから……出る杭は打たれるから……仲間外れにされるから。
 周りに合わせて生きるのって、楽だけどみんなと同じになっちゃうんだよね。だから、本当の私の事なんて誰も見てくれない。お互い都合のいい距離を保って、本音をぶつけあうこともなく過ごしていく。
 その息苦しさにもがくけど、どうしようもないからあきらめていた。受け入れていた。

 でも、先輩と出会えてからは変わった。先輩は本音でぶつかってくる。先輩の説教に私はうんざりして、取りつくろうのをやめた。
 先輩を見返してやろうと思って、頑張ってみたけど結果が出せなくて、弱音を吐いたこともある。
 そんな弱い私を先輩は、私の手をとって引っ張ってくれた。先輩に相棒と認められて、それがとても嬉しくて……先輩の事、好きになった。

 先輩が好きだから、偶然をよそおって会ったふりをする。
 前髪がうまく整わなくて泣きそうになったときや、先輩の前に出るときのあのどきどきが慣れなくて、先輩にかけた声がうわずったときもあったよね。
 明日香たちにそのことを話すと笑われて、私も笑っちゃう。

 少しでも先輩のそばにいたいから話しかける。話題なんて何でもいい。先輩に聞いてもらいたいことなんて、沢山あり過ぎるから。
 先輩は口数は少なくて、空気が読めなくて、説教が多いけど、頑張ったらちゃんと褒めてくれるし、奢ってくれるし、なんだかんだで気遣ってくれるし、私のことを護ってくれるし、頑固だけど筋は通すし、テレたりすると可愛いし、意外におバカなところがあって微笑ましい気分になるし……ああっ、もう! いっぱいありすぎてとまらない!

 とにかく言いたいことは一緒にいられるとうれしいってこと!
 最後に先輩に認められると、心の奥があたたかい気持ちになれる。だから、古見君の気持ちに共感できちゃう。

 共感できちゃうから、古見君と獅子王先輩の恋が成就じょうじゅしてほしいって思う。たとえ、同性愛でも。
 二人は想いあっている。それは間違いない。
 ん? でも、ちょっと待って。
 私はふと疑問に思ったことを口にする。

「ねえ、ちょっといい? 前に古見君、タンカで運ばれていたよね? 私ね、そのときのこと目撃したの。古見君が大けがしたのは、獅子王先輩のせいだよね?」

 そうだ。あの件があったから、私と先輩は古見君のことが心配で獅子王先輩を調査し始めたんだ。
 古見君は鼻の頭をかきながら、説明してくれる。

「違います。あれは獅子王先輩にカウンターの練習に付き合ってもらっていただけなんです。それが失敗して怪我しちゃっただけです」

 そ、そうなの? 私の勘違かんちがいだったわけ?
 そのせいで、私のファーストキスが……ううっ、やるせないよ~。

「獅子王先輩には本当によくしていただきました。獅子王先輩のことは好きですけど、それって恋愛で好きなのか、それとも仲良くしてくれたから好きなのか分からないんです。伊藤さんはどう思いますか?」

 うう~ん……恋愛だって言いたいけど、難しいよね。正直、麗しい師弟愛って感じだし。
 仲良くと恋愛の違いか……異性なら簡単だけど、同性は難しい。
 古見君、友達いないかもしれないし、それだと仲のいいと恋愛の区別が余計に難しいかも。
 その区別を分からせる方法は……あっ! いい考え浮かんだかも!

「ねえ、古見君、私と友達にならない?」
「えっ? どういうことですか?」

 首を傾げる古見君に私は思いついたことを話してみる。

「古見君が獅子王先輩のこと、恋愛として好きなのか、仲良しとして好きなのか分からないんだよね?」
「はい、そうですけど」
「仲良しって基本、友達って感じだと思うんだ。古見君って友達いる?」
「いません」

 断言しちゃうんだ。私は苦笑しつつ、本題に入る。

「だったら私と友達になって、仲良くなってみて、それで獅子王先輩に感じる好きは何なのか判断してみるのはどう?」
「僕はいいですけど、伊藤さんはいいのですか? 僕なんかと友達で」
「いいよ」

 古見君はちょっと複雑そうな顔をしている。あれ、もしかして、迷惑?
 私は上目遣いで古見君に尋ねてみる。

「ええっと、ダメかな?」
「いいえ! そんなことありません! ただ、昔から僕は女の子しか友達がいなくて、女の子と友達になっても長続きしなかったから」

 それって男女の間に友情が成り立たないってこと?

「その……僕もよく分かってないんですけど、女の子は僕と一緒にいると、女の子として自信をなくすって言われてダメになっちゃうんだ」

 ああっ、納得するわ、これ。
 古見君の容姿のこと考えたら、ちょっと劣等感を感じるよね。白い肌、細い眉毛、細い足首、はかなげな雰囲気……ううっ、男の子がつい護ってあげたくなる女の子っぽいよね、古見君は。
 しかも、料理うまそうだし。

「ねえ、得意な料理ある?」
「……お菓子かな。和食だと肉じゃがが得意だよ。あっ、獅子王先輩に食べてもらおうと思って作ったクッキーがあるんだけど、食べる?」
「いいの? いただきます!」

 私は古見君の手作りクッキーを口にした瞬間、驚愕した。
 お、美味しい! なにこれ! どこかのお店で売っているお菓子なの!
 バターと卵の濃厚な味なんだけど、クドくなくて食べやすいし、サクッとした感触がいい! 手が止まらない!

「これどうぞ」
「えっ、お茶? 気が利きますね~、古見君。いい仕事してるわ」

 水筒のコップのお茶を飲むと……なにこれ! 中和される!
 カモミールなの、これ? クッキーを食べた後、これを飲むと舌がすっきりとする。またクッキーを食べたいと思ってる! いや、お茶がなくても食べるんですけどね!

「伊藤さん、そんなに急いで食べなくても、クッキーは逃げないよ」

 おおぅ……定番の台詞をまさか、男の子の古見君に言われるなんて……フツウ、女の子の台詞だよね?
 あかん、完食してもうた。
 美味しくてなぜか関西弁がでてしまった、

「よかった、喜んでもらえて。僕も嬉しいよ」

 ま、眩しい! 古見君、眩しい! バックにガーペラが見える!
 こんなお菓子作れるなんて、一家に一台欲しいよ、マジで!
 ダメじゃん、私。女として負けてる。
 最近やっと卵焼きをマスターしたばかりなのに。

 ああっ……でも、古見君から離れていった女の子の気持ち、分かるわ。
 男の子に女子力で負けちゃうと女の子は余計に傷つくよね。けど、私は負けない!

「と、とりあえずは友達になってみない? 私、古見君と友達になりたいし」
「ありがとう。伊藤さん、僕の友達になってくれる?」

 ううっ、なんで古見君が上目遣いでお願いしてくるの! なんで、私は顔が熱くなっちゃうのよ!
 これは恋……じゃないよね? きっと、まったく別の何かに決まってる。
 ちょっと古見君の返事がおかしい気がするけど、私は手を差し伸べる。古見君は嬉しそうに私の手を握った。

「……」
「……」
「け、携帯の番号も交換する?」
「はい! お願いします!」

 番号、メアドの交換完了! これで私達、友達だよね。
 たぶん、手を差し伸べたり、番号の交換を持ちかけるのは男の子の役割なのでは、と思ったけど、気にしちゃ負けなパターンね。
 おずおずと私の手を握る仕草、遠慮がちに携帯の番号を交換する姿。女子力が高っ! 私に足りないものを見せつけられた気がする。
 古見君を見習ってみようかな。先輩ももしかしたら、古見君のようなか弱い子が好きかもしれないし。
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