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七章

七話 ライラック -恋の始まり- その十

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 私は古見君が出した点数に羨ましさと嫉妬を感じていた。
 古見君、キミはきっと獅子王先輩のこと……。

「ねえ、古見君。想像してみて」
「?」
「もし、獅子王先輩が他の女の子と仲良く手をつないでいたら、どう思う?」
「……」

 不安な顔になる古見君を見て、確信する。
 古見君、キミは獅子王先輩のこと……。

「不安に思った?」
「はい」
「胸の奥が痛かった?」
「はい」
「古見君、それは嫉妬だよ」
「嫉妬?」

 古見君は自分の胸に手をあてて、私の言葉の意味を確かめようとしている。私は自分なりの結論を古見君に伝える。

「そうだよ、古見君。きっと、キミは獅子王先輩のこと、好きなんですよ。それが愛かどうかはともかくね。でも、その気持ち、大事にしてくださいね。先輩、いきましょうか」
「お、おい!」

 私はいたたまれなくなって、その場から逃げるようにして離れた。



「どうしたんだ、伊藤。急にあんな態度をとるなんて」
「……すみません」

 私は先輩の顔を見ることができなかった。まるで子供。
 はあ……なんか自信なくしたな……これじゃあ、どっちが教えられているか分からない。
 タブレットには、古見君が受けたクイズの結果が表示されていた。


 二十問中、十九問正解。


 このクイズは獅子王先輩の好みや思考、意見を元に私が作成したものだ。それを古見君はほぼ正解した。
 一問間違っていたけど、本当に間違えたのはどっちなのだろう。回答者か問題の出題者か。

 きっと私だよね。二人を見ているとそう思えたの。
 私でも理解していなかったことを古見君は理解している。問題の出題者が間違っているなんて、情けなさすぎるよ。
 二人はお互いを分かり合っているし、想いあっている。
 それに比べて、私と先輩はどうなのだろう。全然仲が進展しない。それに古見君達のように想いあってもいない。それが悔しくもあり、妬ましい。
 私はついため息をついてしまう。

「私、お節介でしたね」
「なぜだ?」
「獅子王先輩は古見君のことを、古見君は獅子王先輩のことを真剣に考えていました。私の私見なんて、逆に邪魔なだけですよね? 何か差を見せつけられたというか……私の考えなんて、幼稚かなって思っちゃって」

 ネットや漫画、ドラマで学んだ知識なんて、本物の恋の前ではなんの役にもたたないのかな。
 私は相手を思いやる気持ちが欠けていたと思う。私がしてほしいことやお姫様扱いしてほしい気持ちを、男の子に押しつけていただけのような気がする。

 男の子は、デートコースをしっかりと決めるべき。どれだけ本気か分かるから。
 男の子は、デートのときは笑顔でいるべき。笑顔でなければ、女の子は私といても楽しくないんだって思っちゃうから。
 男の子は、デートのときはプランをしっかりと考えておくべき。なぜなら、どれだけ私とのデートを本気で考えているか分かるから。
 男の子は、デートのときは女の子を楽しませるべき。それが出来ないと、女の子の気持ちが冷めるから。

 よくよく考えると、女の子を楽しませるデートって、相手の男の子の事を軽んじているような気がする。
 もちろん、女の子だって、デートの事は男の子の何倍も考えている自信はある。
 どんな服装を着ていけば、相手は喜んでくれるのかとか、少しでも可愛く見せる方法、身だしなみ、マナー等、暇があれば考えて続けている。
 女の子と男の子では、デートにかける意気込みは絶対に女の子の方があると断言できる。

 でも、雑誌やネット、他人の意見や世間の考えにとらわれすぎて、相手の事を考えていなかったのでは? そう思ってしまった。
 獅子王先輩と古見君を見て、それが痛いほど実感できた。相手の事を考えずに自分のことばかり考えるなんて、ダメダメだよね。
 そんな私なんかが誰かに恋愛講座をする資格なんてなかった。本当に恥知らずだ、私は……。

「その……なんだ、俺の祖母、楓さんのことなんだけどな」
「はい?」
「楓さんはいつも、俺や祖父の為に料理を作ってくれる。そのとき、楓さんは俺達の体調や様子を見て、出来る範囲で献立を作り直してくれることがあるんだ。例えば、お腹の調子が悪いときは消化のいいもの、元気がないときは元気の出るスタミナ料理といったものをだ。まあ、献立は買い物したときにある程度決まってくるから、完全にそれに合わせて作れる物じゃないのだけれど」
「はあ?」

 なんだろう……先輩、私と顔を合わせようとせず、真っ直ぐ前を見て少し早口で話してくる。
 楓さんって先輩のおばあちゃんだよね? 一度あった事があるけど、優しそうなおばあちゃんで、つい、死んだおばあちゃんを思い出しちゃったんだよね。
 今、ここで料理の話しなんて何かあるのかな?

「つまりだ。楓さんの料理は人を思いやる料理なんだ。食べる人のことを第一に考えて作ってくれる料理だから、胸にじーんとくるんだ。母親を失ったこともあるから、余計に身に染みたんだ。ああっ……その……と、とにかく! 伊藤は二人がうまくいくことを考えて行動したんだろ? 誰かの為に行動することが幼稚なわけがない。俺が言いたいのはそれだけだ」

 せ、先輩……。
 私はつい両手を口に当て、先輩を見つめてしまった。
 えっ? 慰めてくれているの? 私を? マズい、頬が熱くなってきた……。
 心の奥がじんわりと暖かくなった。そっか、そうだよね……そういうことだよね!

「ですよね! 私もそうだと思っていたんですよ! 大体だいたい、私が、この私が、獅子王先輩が古見君を好きだって気づかせてあげたんですから! やっぱり、私は恋愛マスター! てっぺん、目指しますよ!」

 私はぎゅっと、握り拳を作った。あかん……おふざけしていないと恥ずかしくて正気じゃいられない。
 先輩、ありがとうございます。先輩って不器用だけど、優しい。
 私が落ち込んだとき、悩んでいるときにはげましてくれるし、これってもしかして、期待していいのかな? 先輩は私の事を……。

「だがな、伊藤。やっぱりBLを古見君達に押しつけるのはよくないと思うぞ。高校生は節度せつどある付き合いが妥当だとうだと思わないか? 水泳部のようなことは困る。そうならないよう、風紀委員として行動してくれ。そもそも、伊藤は風紀委員としての自覚が足りない。後、俺の名前を悪口に使うな。それ以外にも……」

 自然な流れで説教を始めちゃったよ、この人! やっぱり、先輩は空気が読めてないよ~。
 ……がっかり。先輩って、プラスマイナスゼロにするのが達人級。獅子王先輩と古見君が純愛なら、私と先輩ってラブコメじゃん……。
 私は先輩の小言を聞き流しながら、獅子王先輩の言葉を思い出していた。
 恋愛講座が終わって、私は獅子王先輩に同性愛について質問をした。そのとき、獅子王先輩が答えてくれた言葉がすごく印象的いんしょうてきだった。



「獅子王先輩って同性愛に嫌悪感けんおかんとかないんですか?」
「ああん? どういう意味だ?」
「だって、古見君、男の子ですよね? 自分の恋が間違っているかどうか、迷いませんでした?」
「なんで迷うんだ? 俺様は古見を好きになった。性別なんて関係ねーよ」
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