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番外編 零章

零話 藤堂正道の憂鬱 その六

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 体育祭当日は晴天に恵まれ、気持ちいのいい気温の中、問題なく進行していた。
 ちょっとしたお祭り騒ぎに生徒達の大半は楽しんでいるようだ。
 特に運動部の生徒は張り切っているな……見せ場があるし、運動部がクラスにいるってだけでも、戦力アップだし、頼もしく思える。
 ただ、運動するのが面倒だと言いたげな生徒もちらほら見られるが。運動が苦手な生徒も憂鬱なのかもしれない。
 それでも、授業から解放されるので嫌なことばかりではないはずだ。
 ちなみに俺達風紀委員は体育祭の準備と後片付けを手伝うことになっている。運営は隊臭い委員がしきり、俺達は人手がいる準備だけ借り出されるわけだ。

 俺は風紀委員の仕事、同棲問題について思い返す。
 同棲問題は寺前を説得し、一年A組の担任に事情を説明することになった。理由が理由なだけに、おとがめなし。先生方でフォローするとのこと。
 親の勝手な都合に生徒が罰を受けるのは論外だと結論付けたようだ。もちろん、左近や風紀委員顧問の口添くちぞえもあったのだが。

 とにかく、俺達風紀委員の出番は今のところないだろう。もし、寺前や新野が同棲のことで嫌がらせを受けた場合は俺達が取り締まることにはなるな。
 だが、押水のような事にはなりそうにないので、ほっとしているのが本音だ。
 ただ、彼らの物語はまだ続いている。体育祭の花形といってもいいだろう、最後の競技、スウェーデンリレーで彼らの恋が決まるのだ。
 寺前は答えを出せたのであろうか? もし、寺前の意思を無視して、彼らが無理やり寺前を恋人になろうとするのであれば、介入させてもらうつもりだ。

 しかし、彼女が彼らの想いを受け入れるのであれば……何も言うまい。
 そうなった場合、俺はもう傍観者ぼうかんしゃでしかなくなるのだが、もし、許されるのであれば応援させていただこう。
 新野レンと鶴井健司。俺が応援する相手はもちろん……。

「正道、お客さん」

 左近が連れてきたのは伊藤だった。伊藤は不機嫌そうな顔をして、俺と顔を合わせようとしない。
 寺前達の恋愛について意見が割れて以来、俺と伊藤は口を利いていない。伊藤が一方的に俺を無視しているわけだが。左近が連れてきたのは、仲直りしろってことだろう。
 自分の意見を変えるつもりはないが、先輩としてこっちが折れるべきか。

「伊藤。俺は間違ったことは言っていない。だが、少し言い過ぎた。悪かった」
「……私だって間違ったことを言ったつもりはありません。ですが、ほんの少し言い過ぎました。ごめんなさい」

 伊藤がぺこりと頭を下げた。俺は心の中で苦笑していた。
 伊藤の負けず嫌いなところ……初めて知った。これから伊藤と組むのかどうかはまだ分からないが、こういった機会もあるだろう。
 そのときはまた、伊藤の新しい一面に一喜一憂するのだろうか? それが少しだけ楽しみだと思った。
 俺は伊藤の頭を撫でる。伊藤は大人しく撫でられていた。耳が真っ赤だ。ここは変わらないのな。

「ふふっ、正道。よかったね」
「ああっ、そうだな。迷惑かけた」
「いいよ。部員の仲を取り持つのも僕の仕事だから。それじゃ、僕は用事があるから」

 そう言って、左近は去っていった。俺は手をどけ、伊藤を見る。伊藤は少し恥ずかしそうに笑っていた。
 俺は心の中でつぶやく。
 これからもよろしくな、相棒。

「先輩のクラス、トップじゃないですか! すごいですよ!」

 伊藤がわざとらしく、声をあげ話題を振ってきた。俺も付き合うことにした。

「まあな。伊藤のクラスは最下位さいかいだな」
「えっ? なんで学年が違うのに張り合おうとするんですか?」

 伊藤は呆れているが、当たり前の事だろ。体育祭だぞ? 張り合わないでどうする? トップを争うのは当然だろうが。
 残す競技はスウェーデンリレーだけ。これは毎年一年から二年、三年へと続く。
 もうすぐ、あの二人の決着がつくというわけだ。俺達のクラスの優勝も気になるが、あの二人の対決も気になる。

「ついに恋の決着がつくわけですね。寺前さんの意思はとりあえずおいといて、先輩はもし……」
「健司だな」
「はやっ! ず、ずいぶん入れ込んでますね」

 伊藤は少し引いているが、全然気にならなかった。恋愛に疎い俺だって分かる。この勝負の勝者が誰なのかくらいは。

「当たり前だ。健司が勝つに決まっているだろ? 幼馴染だぞ? 伊藤の言う鉄板だろうが。押水の時も、幼馴染同士、好きだったんだ。それに、健司は陸上部、新野は帰宅部。うさぎとかめの勝負だな。勝敗は目に見えている。まさか、新野が勝つわけないだろ?」

 そんなことはありえない。これはもう予定調和。ヒロインのピンチに主人公が駆けつけるように、太陽が東から西に沈むように、それは当たり前のことなのだ。
 簡単に予測できてつまらないが、まあ、王道だろう。安心してみていられる。まさに新野は当て馬だ。
 新野のおかげで二人は自分の気持ちに正直になり、ハッピーエンドってわけだ。

「……ええっと、少女漫画の展開でいけばですね、新野君が勝っちゃいますね」
「おいおい、伊藤らしくないな。漫画や小説、アニメなんかは伊藤の専門分野だろ? 幼馴染は不動の恋人候補だろ?」

 伊藤は少し困った顔をしている。俺に同意してくれないみたいだ。
 新野が勝つ? ありえないだろうが。
 まあいい。リレーが終われば分かることだ。
 スウェーデンリレーに参加する一年の生徒が体育祭実行委員の誘導で入場してくる。
 新野の一年A組と健司の一年C組の点差は十点差。つまり、リレーの勝敗が優勝と直結している。実に分かりやすい。

「伊藤、お前はいかなくていいのか?」
「私はお呼びでないですよ。足速くないので。先輩がどうなんですか?」
「俺は第二走者だ。ゲートにいかなければならないんだが……」
「ええっ~! 勝負がつくまで一緒に見届けましょうよ~」

 そうだな。せっかく伊藤と仲直りできたんだ。二人で見届けたい。それに、ゴールの近いこの場所で健司達の勇姿を見たい。
 俺はリレー参加者に遅れていくことをクラスメイトに伝え、了承を得てこのまま伊藤の隣で観戦することにした。



「いちについて、よ~い……ドン!」

 破裂音と共に、一斉に第一走者が走り出す。この体育祭のスウェーデンリレーは一クラス四人のランナーでリレー形式で競う競技だ。
 第一走者と第三走者が女子、第二走者と第四走者は男子と順番が決まっている。この順番は走る距離を考慮して決められていた。
 第一走者から第二走者までの距離は五十メートル。第二走者と第三走者までの距離は百メートル。第三走者と第四走者までの距離が百五十メートル。ラストは二百メートルだ。

 全員の走りが勝負を決めるので、誰か一人だけ早くても、この競技には勝てない。クラスから選抜された足の速い者が代表として走るのだ。
 個人の力量でなく、クラスの力量が試されるこのリレー、ラストの競技なだけあって、かなり盛り上がっている。なお、陸上部の参加は一クラス男女一名ずつと決まっている。
 今のところ、A組とC組の差はない。だが、

「ああっっっと~! A組の選手、こけてしまった~!」

 寺前だ。寺前が転んでしまい、順位が一気に最下位さいかいになってしまった。
 ちょっと、待て。
 今更だが、なぜ、二人はこの競技で白黒つけようと考えたんだ? 二人はアンカーだが、もし、ランナーに選ばれなかったら勝負のしようがないし、新野と健司が同時にスタートすることはありえない。
 今の順位が続けば、かなりのハンデを背負ったまま、二人は勝負することになる。フェアじゃない。

「これ……もしかして勝負がついても、お互い納得いかないんじゃないか?」

 個々の実力で決着をつけるのならばともかく、対等な勝負でない方法で決着をつけても、わだかまりしか残らないのでは?

「えっ? 今更っすか、先輩。いいじゃないですか、お気に入りの健司君が勝てれば」
「そうはいかない。正々堂々せいせいどうどうと戦わないと遺恨いこんが残るだろ?」
「勝負を受けた時点で泣きはなしでしょ。それにみてください」

 伊藤が指差した方向を見ると……。

「心菜! 頑張れ!」
「心菜! 大丈夫だから! 俺に任せろ!」

 健司と新野が転んで落ち込んでいる寺前にエールを送っている。普段は寺前をからかっている新野だが、こういうときは優しいんだな。それと、健司。お前は応援しちゃダメだろ。一応敵なんだから。

 寺前は二人の応援に背中を押され、走り出すが、他の走者とはかなりの差が出ている。なかなかに厳しい戦いになったな。そう思っていたら、A組の第二走者、第三走者が一気に追い上げる。
 一番トップを走るC組とA組の差はわずかだ。

 おおぅ、ドラマチックな展開だ。これならハンデなしで、二人は勝負できるだろう。
 ほぼ同時にバトンが健司と新野の手に渡り、同時に走り出した。

 新野も健闘しているが、流石は健司! 陸上部は伊達じゃない!
 新野には悪いが、健司は寺前の事が好きでずっと追いかけてきたんだ。寺前が陸上部に所属したときから、この勝負の行方ゆくえは決まっていたのかもしれない。
 残り百メートル。二人の差は広がるばかり。決まったな。

「だめぇええええ! レン! 負けないでぇええええええええ!」
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