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番外編 零章

零話 藤堂正道の憂鬱 その二

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「おはようございます、先輩。ホシに動きはありますか?」
「おはよう、伊藤。別に俺達は犯人を見張っているわけじゃない」
「同じようなものじゃないですか」

 伊藤のにべもない言い方に顔をしかめてしまう。
 左近から同棲問題の依頼を受けた次の日、俺達は早速調査を開始した。まずは本当に書類に書かれていた生徒が同棲しているかどうか確認することだ。

 俺達が見張っているのは同棲の可能性がある生徒の家だ。この家から問題の生徒達が一緒に出てきたら、同棲している信憑性しんぴょうせいが高くなる。
 朝の七時から見張っているが、いまだに動きはない。腕時計の針はもうすぐ八時になろうとしていた。
 見張っている家は三階建ての庭付きの家。建てて間もないのか、綺麗な家だ。この家の人間は裕福な家庭であることが想像できる。

「先輩、今回の問題児について知りたくないですか?」
「いや、いい。左近の資料を一通り読んだから理解できている」
「……」

 押水の件で、調査不足で恥をかいたからな。今回はあらかじめ調べてきた。そのことを伝えると、なぜか伊藤はしゅんとしてしまった。
 なぜ、伊藤は元気がなくなったんだ?
 そういえば、ハーレム騒動の時は伊藤にいろいろと説明してもらっていたな。もしかして、説明したいのか?

「……伊藤、念の為に説明をお願いしてもいいか?」
「はい! 任せてください!」

 伊藤はまるでしっぽをふった子犬のように元気になった。どうやら当たりのようだ。
 若干じゃっかん面倒臭めんどうくさいと感じつつも、伊藤の元気な姿を見て、こっちも元気が湧いてくる。

「では、僭越せんえつながら説明させていただきます。今回、同棲している疑惑のある生徒は二人。一人は一年A組の寺前恋菜ここなさん。素行に問題はなく、陸上部所属。元気で明るく、ドジでおっちょこちょいです。親は離婚していて、大学教授の父親と一緒に暮らしています」

 左近の資料通りだ。後、容姿は普通の女子と聞いている。
 特に問題点は見当たらないが、押水の一件もある。油断せずに見極めないと。

「もう一人は新野レン君。最近転校してきたイケメンで、寺前さんと同じ一年A組です。性格はドS。帰国子女でクラスの人気者。彼も同じく親が離婚していて、母親と一緒に暮らしています。母親は世界で有名なデザイナーで金持ち」

 これも左近の資料通りだ。転校してきたばかりなので情報が少ない。ただ、女子にモテるらしい。押水のようなヤツでなければいいんだが……ちなみにドSって問題児に分類すべきなのか?

「まあ、プロフィールを聞く限り、今回の一件は押水の時と比べたら、そこまでたいした問題にはならないだろうな」

 同棲の度合いにもよるが、俺は楽観視していた。まさか、生徒会長と対峙することもないだろうし、風紀委員を追い出されることもないだろう。
 だが、俺の意見に伊藤はため息をつき、やれやれと言わんばかりに首を振っている。

「どうした? 何か気になることがあったか?」
「気になるも何も……先輩は気になりませんか?」

 気になる? 特に今の話を聞く限りは気になることはなかったよな? やめてくれよ、トラブルのたぐいは。
 この二人が同棲していた場合、考えられるのが両親の再婚だろう。片親同士、気が合い、結婚するために同じ家に住んでいる。そう予測できる。
 それ以外に何があるのだろうか?
 伊藤はちっちっちと指を振る。

「この二人の環境、まさに少女漫画のベタを凝縮したかのような夢の競演じゃないですか。押水先輩の事を思いだしますね~」
「……何が言いたい」
「今度は少女漫画みたいな展開が続きそうだと思いませんか?」

 余計なことを言いやがって……憂鬱になるだろうが。
 だが、少女漫画みたいな展開とは何だ? ハーレムの時もそうだったが、全然予想がつかない。人様の恋愛に首をツッコみたくないのが本音だ。けれども、同棲が風紀を乱す行為になりえる可能性がある以上、放っておけない。
 まさか、妊娠はないよな?

「ちなみにハーレム物も少女漫画物も一つ共通していることがあります。何か分かりますか?」
「恋愛のトラブルか?」
「嫌な予感は必ず当たるということです」

 本当にとんでもないことをいいやがって。当たったら困るだろうが。
 そう思っていたら、見張っていた家のドアが開いた。さて、何が出てくるのやら。
 俺達は見つからないよう、物陰に隠れる。ドアから出てきたのは……一組の男女だ。制服を着ているので、親ではない。つまり、生徒だ。
 俺がこの家についてから、誰も出入りはしていない。つまり、元からあの二人は家にいたと推測できる。同棲の可能性が高くなったな。証拠に写真を何枚か撮っておく。

 男の方は伊藤の言うとおり、イケメンだ。サラサラな金髪が風になびき、爽やかさがにじみ出ている。身長は高めでスリム。足がなが……長すぎないか?
 いかつい不良達とは違い、長い眉毛にくっきりとした鼻、白い肌にどこかうれいをおびた瞳、控えめな笑顔……俺達とは人種が違うとさえ思ってしまう。

「噂通りのイケメンですね~。それにどことなく影がある男の人って女の子にはグッときちゃいます」
「美人イケメンに限る、だろ?」
「先輩……空気読んで」

 事実を言って何が悪い。美人イケメンでなければ、ただの暗い人でしかならないのが、世知辛い世の中だ。俺が憂いのある顔をしても、機嫌が悪いから近寄りたくないって言われるだけだしな。

 女の方は……美人だ。身長は伊藤より低い。百五十前半くらいか。スレンダーで足は長い。
 顔も美形だが、美人だと思うのはやはり笑顔だ。明るくて周りをあたたかくしてくれそうな、バックに花でも咲きそうな雰囲気を持っている。
 左近め、どこが普通の女子だ。全然違うだろうが。

「……先輩、何見惚みとれているんですか? いやらしい」

 伊藤がジト目で俺を睨んでくる。俺は無視しつつ、二人を注視する。

「バカいえ。確認していただけだ。伊藤、あの二人で間違いないか?」
「はい。友達から二人の写メみせてもらったことありますから、間違いないです。橘先輩の指示で事前調査はばっちりしています」

 これで本人確認の手間は省けたな。
 さて、どうする? 一気に問い詰めるか? それとも、しばらく様子を見るか?

 今日一日だけの確認では、二人が同棲しているとは言い難い。たまたまとまりに来ていたと言い訳されてしまえば終わりだ。
 それはそれで問題だが、俺達が突き止めたいのは二人が同棲しているかどうかだ。もし、勘違いなら二人に多大ただいな迷惑をかけてしまう。押水のようなてつを踏みたくない。
 何か二人が同棲しているかどうか、確認できるものがあればいいんだが……。

「もう、レン! 毎度毎度、私の朝ごはんとらないでよ!」
「ハハッ、ココナッツがドンくさいから悪いんだろ」

 新野レンが寺前恋菜のおでこを軽く指で押す。寺前恋菜は恨めしそうに新野レンに食ってかかる。

「ココナッツ言うな~! 子ども扱いしないで!」
「子ども扱いしてほしくないなら、もう少し寝相をよくしろよ。へそが見えてたぞ」
「っ! レンのバカ!」

 決定だな。あの二人は同棲している。真剣に悩んで損した。
 あの甘ったるくて苦い、マーマレードのような会話に脱力感を感じながら、俺達は尾行することにした。同棲していることは分かったが、理由はまだ不明だ。もしかしたら、あの二人の会話で分かるかもしれない。
 なるべくなら、健全な理由であってほしい……。
 そう願いながら後をつけた。
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