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六章

六話 伊藤ほのかの再戦 勝率0パーセントのリベンジ編 その七

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「何がまずいんですか、橘先輩? 獅子王先輩、攻撃してこないじゃないですか。これなら先輩はこのラウンドも耐えられますよ」
「そうだね。だけど、休ませてしまう」
「あっ」

 獅子王先輩の体力が回復されちゃうんだ。そしたら、長尾先輩の為に体力を削る作戦が台無しになる。
 先輩は攻撃しているけど、獅子王先輩は攻撃してこない。先輩の攻撃を最小限の動きでかわして、獅子王先輩は体力を温存し始めた。

 このままだと先輩は試合に負けて、勝負にも負けちゃうってこと? 先輩が努力してきたことが本当に無意味になっちゃう。先輩は積極的に手を出すけど、

「あっ!」

 殴り返された! カウンターで押し返された!
 獅子王先輩は必要最低限の攻撃だけで後は体力を回復しようとしている。
 それでも、先輩は前に出て攻撃をやめない。カウンターが待っているのに、どうして?

「これは先輩の作戦ですか?」
「どうだろ? どう思う、順平?」
「それは……」
「黙って見てろ。すぐに分かる」

 長尾先輩の説明を御堂先輩がさえぎる。御堂先輩は先輩達に視線を向けたまま、押し黙っている。
 どういうこと? 先輩が前に出て、獅子王先輩が攻撃をかわして、カウンターで迎え撃っているだけにしか見え……ああっ!

「!」

 獅子王先輩がいつの間にか、コーナーに追い込まれている!
 次の瞬間。
 先輩が獅子王先輩の体に飛び込むように懐に入り、拳を叩き込んだ。ボディーブローだ!

「よし!」

 御堂先輩がガッツポーズしてる。
 獅子王先輩との試合で初めて攻撃が当たった! しかも、先輩の得意技だ! どんな不良も一発でしずめたパンチだ!
 やった! しかも、ボディーブローなら手加減てかげんなしで叩き込める!
 これならもしかして……ああっ!
 先輩が倒れた!

 一瞬のことだった。
 獅子王先輩が先輩のボディブローを受けたと思ったら、すぐさま殴り返した。
 早くてよく見えなかったけど、フックだと思う。そのフックが当たって、先輩が倒れてしまったんだ。
 凄い……。
 心の底から獅子王先輩は凄いって思った。王者は伊達だてじゃない。
 カウントが始まる。

 先輩……。
 どうしよう? 応援するべきなの? それともこのまま試合が終わってしまうことを祈るべきなの?
 先輩が苦しんでいる姿を見るだけで、さっきの決意がにぶってしまう。
 このまま終わってしまえば、もう先輩の傷つく姿を見なくて済む。私はただ見ていることしかできない。
 何もできない自分に無力感むりょくかんさいなまれる。

 ガンッ!

「立て! 立て、藤堂! 根性みせろ!」

 御堂先輩が声を張り上げ、リングに拳を叩きつけながら、先輩を鼓舞こぶする。
 その声に応じるように、先輩はロープをつかみ、うようにして立ち上がろうとする。ゆっくりと、ゆっくりと重い体を引きずるように立ち上がろうとしている。
 先輩は立ち上がり……ゆっくりとファイティングポーズをとった。体はボロボロだけど、目つきは鋭く、獅子王先輩を睨みつけている。

 先輩……。
 先輩は前に出て、攻撃を……する前に殴られた!
 獅子王先輩が攻撃してきた! 一度だけじゃない、何度も何度も攻撃を仕掛けてくる。
 先輩は棒立ちになって、ガードしている。

「決めるつもりだ」
「まずいな。正道も限界が近い」

 先輩、負けちゃうの?
 嫌だ。
 私はリングに近寄り、先輩に声をかけようとする。だけど、声が出ない。先輩に頑張ってほしい気持ちと傷ついてほしくない気持ちがせめぎ合い、声が出ない。

「藤堂! 耐えろ! ここがふんりどころだ!」

 御堂先輩の怒鳴り声に先輩が反応する。
 先輩は獅子王先輩の攻撃をかいくぐって、一気に距離を詰め、体と体がぶつかる。
 獅子王先輩に体を預けた状態で、先輩はボディーブローを叩きつける。
 これに対し、獅子王先輩は距離をとろうとするけど、先輩が体を密着している為、距離が縮まらない。
 レフリーが二人を引きがすけど、すぐに先輩は距離を詰める。獅子王先輩は距離をとる事をやめ、先輩との殴りあいを選んだ。
 獅子王先輩の拳が、先輩の体に当たるけど、先輩はかまわず殴り続けている。
 今度は防戦一方ではない。先輩は攻撃をしている。でも、どうして? 今までは防御が精一杯だったのに。

「考えたな。あれならもつかもしれない」
「どういうことですか?」

 私の疑問に御堂先輩が説明してくれる。

「密着されれば腰の回転が使えずに手打ちになる。ジャブもストレートもフックも使えない。攻撃力がダウンするから耐えることができて時間をかせげる」
「そっか。先輩は獅子王先輩を倒す必要はない。試合終了まで耐えればいいから」

 でも、これで大丈夫なの? 不安が重くのしかかる。
 だって、先輩はもう限界のハズ。それなのに、何度も手を動かして大丈夫なの? 体力はもつの?

「これは賭けやね。藤堂はんも逃げることができない。休みなしの特攻攻撃。体力の限界も近いから気力の勝負や」

 残り時間は、三十秒だ。素人の私にはこの時間が長いのか短いのか分からない。
 お願い、無事に帰ってきて、先輩!
 獅子王先輩の対応が変わる。
 先輩と同じように体を預け、ボディーブローを繰り出す。これは……。

「藤堂と獅子王先輩の我慢比べだな」
「が、我慢比べ?」

 獅子王先輩が先輩の策に付き合う理由なんてあるの? 獅子王先輩にとって、今の状況は不利なのに。

「王者のプライドだ」
「王者のプライド?」
「王者ってヤツは売られた喧嘩は買うんだよ。どんなに不利でもな。同じ土俵で叩きのめす。それが王者だ」

 御堂先輩の説明は私には分からないけど、要はガチで勝負するってことだよね?
 先輩、頑張って!

 我慢比べの均衡きんこうはすぐに破られる。先輩の手が、止まった。先輩はもう限界なんだ。
 獅子王先輩がバックステップで距離をとる。
 渾身こんしんの右ストレートが先輩を襲う。

 よけて!
 右ストレートが先輩の顔面に叩きつけられた。先輩の体がよろめき、膝がおれ、倒れそうになる。前の対戦も右ストレートで倒れた。
 あの瞬間がフラッシュバックのようによみがえる。
 先輩……先輩先輩先輩!

「せんぱぁあああああああああい! 負けないでぇええええええええええ!」

 私は声が張り裂けるくらいに叫んだ。あれほどでなかった声が自然と出てきた。
 先輩、負けないで!
 私の声に応えてくれるように、先輩の足に力が戻る。ダウンを拒絶するように左足で力強く踏ん張る。
 それが踏み込んだ状態となり、先輩は拳を下から上へ振り上げた。

「!」

 アッパーカットだ!
 先輩の弾丸のようなアッパーカットが獅子王先輩に炸裂さくれつした。獅子王先輩の顔が跳ね上がる。
 やった! やりましたよ! 先輩!
 この一撃は獅子王先輩にも予測できなかったはず。だって、先輩は一度でも獅子王先輩の顔面を殴ったことがない。偶然かもしれないけど、先輩はトラウマを振り切って、顔面に強打できたんだ!

 想定外のパンチに、獅子王先輩の動きが止まる。
 でも、それは一瞬だけだった。すぐさま、獅子王先輩は左右のパンチを繰り出す。
 先輩もノーガードで打ち合う。
 残り5秒!

「先輩、頑張って!」
「死ぬ気で殴り返せ、藤堂!」
「獅子王先輩! 倒せますよ!」

 お互いの声援に背中を押され、先輩達は殴りあう。技術もへったくれもない、ただ拳をぶつけ合う。お互いの意地をぶつけあう。
 負けないで、先輩!
 死力を尽くした勝負の行方ゆくえは……。

 3……2……1……。

 カーン!

 試合の終わりを告げるゴングが鳴った。お互い倒れることなく、リングに立っている。
 終わったんだ。何か途方もない脱力感に襲われる。十分もたっていないけど、それでも長すぎる時間だった。

 あっ、先輩!
 先輩が力尽きたように前に倒れる。それを、獅子王先輩が支えてくれた。まるで先輩を称えるように。
 私は自然と拍手はくしゅしていた。

 先輩、カッコいい。
 負けたけど、獅子王先輩にかなわなかったけど、最後までやりとげた。王者相手に最後まで戦ったんだ。
 頑張って、最後まで。
 先輩はまた見せてくれたんだ。先輩の最後まで戦い抜いた勇士ゆうしに勇気をもらった。
 だから、今度は私が頑張る番。
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