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六章

六話 伊藤ほのかの再戦 勝率0パーセントのリベンジ編 その五

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「流石は橘先輩ですよね! スポ根のお約束、逆転勝利の策を用意しているなんて!」

 やっぱり、最後は先輩が勝つ。お決まりのパターンだけど、こうでなきゃね!
 私の言葉に橘先輩は首をひねる。

「逆転勝利? なんのこと?」
「もう! とぼけちゃって。先輩が勝てる方法、あるんでしょ?」

 期待してますよ、橘先輩! 先輩と橘先輩が組めば敵なんていないでしょ!

「あるわけないじゃない。最初に勝てないって言ったよね?」

 あれ? 会話がかみあってない。どういうこと?

「勝てるんですよね?」
「勝つ気だよ」

 ここまでは分かる。問題は次。

「先輩は勝てるんですよね?」
「負けるよ」

 何これ? とんち? クイズ?
 勝つ気はあるけど現実問題、獅子王先輩に勝てないってこと? そんなわけないよね?
 橘先輩が精神論を言うとは思えない。

「どうやって勝つんですか? 先輩が負けたら終わりですよね?」
「なんで? 今日は三対一で戦うんだけど」

 さ、三対一? なにそれ?
 三人で獅子王先輩と戦うってこと? ボクシングって一対一だよね?

「三対一で勝負するって何ですか?」
「そのまんまだよ。勝ち抜き戦をするってこと。獅子王先輩はこっちが用意した三人に勝てたら勝ち。一人でも負けたら負け」
「それって卑怯じゃないですか?」

 圧倒的に獅子王先輩が不利じゃない。
 ちょっとだけ獅子王先輩に同情しちゃった。

「その言い方はひどくない? 僕達味方でしょ? まあ、相手の許可を得てるし、問題ないでしょ」

 本人が了承しているのなら問題ないかもしれないけど、こっちが悪者みたいで嫌だな。
 気になっていたけど、三人って誰だろ? 先輩と、あと二人いるってことだよね?

「僕だよ」
「な、長尾先輩ですか?」
「そう、順平が本命なわけ」

 本命が長尾先輩? それはなんとなく分かるけど、あと一人って誰?
 ま、まさか!

「もう一人は、御堂先輩ですか!」

 御堂先輩は強いけど、女の子ですよ? 異性での勝負ってありなの? 私的にはアウトなんですけど。
 アニメの世界では、女の子が強くて敵と戦わせてるけど、普通、男の子が率先そっせんして戦うよね?
 男の子は女の子を守る意識がないのかな? 女の子に戦い任せるのって、男の子的にどうなの? 格好悪いだけなんだけど。

「私じゃない」

 御堂先輩は不満そうにしている。御堂先輩でないとすると、残りは……。

「じゃあ、朝乃宮先輩ですか?」
「ウチも違います。女の子はあかんのやて。顧問に言われたわ」

 朝乃宮先輩でもない? 女の子はダメ? 言われたってことはまさか、本気で獅子王先輩と勝負するつもりだったの、この二人? どんだけ強気なの!
 でも、これで三人目が誰かさっぱり分からない。風紀委員の武闘派は先輩と長尾先輩、御堂先輩、朝乃宮先輩の四人のはず。しかも、男の子ってことになると、もしかして……。

「橘先輩って強いんですか?」

 やっぱり、裏ボス?
 封印ふういんされていた力を解き放つと、とんでもなく強くなるとか。でも、右手に包帯巻いてないし。

「まさか」

 そんないい笑顔で否定しなくても。いや、知ってましたけど。
 こうなると本当に誰なのか分からない。もう誰も残ってないよね?

「えっ、じゃあ誰ですか? もう戦える人、いませんよね?」
「いるじゃない、そこに」

 どこにいるの?
 私は女の子だし、男の子は先輩達をのぞくと、獅子王先輩、ボクシング部の顧問、古見君の三人のはず。
 古見君? そんなわけないよね? 獅子王先輩のセコンドについてるし。
 まさかの顧問? わけがわからない。
 獅子王先輩のひねくれた性格を直すために、元プロボクサーである顧問が勝負する学園ドラマになっちゃうとか。
 それなら顧問が最初っから戦ってよ。ちなみに顧問が元プロボクサーかどうかなんて知らないけど。

「どこ見てるの。そこにいるでしょ?」

 橘先輩が指差した方向に……いた!
 黒人の人! えっ? 誰? こっちに来たんですけど!

「紹介するよ。マイク・タラソン君。アメリカから来た留学生。みんなからはタラちゃんって呼ばれてるよ」
「タラ、DEATHデス!」
「おおい!」

 人生初だよ! どこからツッコんでいいのか分からない状況に居合いあわせたのは!
 マイク・タラソン君の体格は明らかに日本人離れしている。筋肉凄すぎ、腹筋割れ過ぎ! 上腕二頭筋とか、三角筋とか、大胸筋とか膨れ上がってるし!
 首、太すぎ! この人、アメリカの刑務所から来た人なの!

「タラちゃんは保険だよ。僕達が負けちゃ困るからね」
「橘先輩、ゲスですよね」

 心の底からそう思った。しかも、橘先輩、すごく嬉しそうだし。
 本命と保険がいるのなら、先輩はどうなるの?

「じゃあ、先輩は」
「前座だよ。少しでも時間をかけて相手のスタミナを減らす作戦なの」

 超ゲスい! 先輩を捨てこまにしたよ、この人! 友達を前座扱いなんて鬼じゃない?

「ひ、ひどくないですか!」
「それしか使い道がないでしょ。それに、正道ははなっから勝つことを考えていない。正道は正道の戦う理由で挑んでいる。いつもそうだから」
「……先輩の戦う理由って何ですか?」
「分からない?」

 そう言われると、何が何でも正解したくなるんだけど、分からない。
 やっぱり、いじめが関わっているかもしれないけど、普通、ここまでする? それが理解できない。
 橘先輩の笑顔がしゃくにさわる。必死に考えて答えを探すけど、分からない。
 橘先輩は当たり前のように言った。

「答えは、納得いかないからだよ。あの試合の結果にね」

 試合の結果? 獅子王先輩に負けたこと? でも、この試合も勝てないよね? 先輩はそんなこと、分かってるよね?
 やっぱり、私にはわからないよ、先輩。先輩の無事を祈ることしかできない自分がもどかしかった。
 スカートの裾をぎゅっと握り、シワになっても握り続けた。



 カーン!

 再戦のゴングがなった。
 どうか、怪我だけはしませんように。
 私は仏に祈った。しかし。

「ああっ!」

 開戦していきなり、先輩が膝をついた! なんで! 誰に祈ればいいのよ、もう! 神も仏もいないの! アパートで二人で暮らしてるんじゃないの!

「やっぱり、ダメだったか」
「ダメってどういうことですか、橘先輩。まさか、橘先輩の指示ですか?」

 逆上した私を橘先輩はどうどうとなだめる。

「これでもね、ない知恵出して考えた秘策なの」
「秘策? もしかして勝つためですか?」
「そう。やっぱり勝たせてあげたいよね、心情的にはさ。だからみんなで考えて、先手必勝の案を考えたんだけど、天才には通じなかったってこと」

 お手上げのポーズをとる橘先輩に、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
 天才か。ホント、ズルいよね。嫌になっちゃう。
 でも、先輩は立っちゃうんだよね。立ち向かうんだよね。愚直ぐちょくに前に出て……。

 先輩のことが好きじゃなかったら、きっとその考え方はかっこいいと思う。
 でも、先輩のことが好きだから、傷ついてほしくないから、私はやめてほしいと思っている。
 でも、やめてくれない。それがすごくもどかしい。
 先輩の傷つく姿を見たくないのに、何もできない。
 先輩は十カウント以内に立ち上がる。まだまだ戦えると、先輩は体を振って審判にアピールする。

「ボックス!」

 先輩と獅子王先輩の試合が続行される。
 試合は特別ルールで二分三ラウンド、ダウンして十秒以内に競技を続けられないときは負け。審判(顧問)が続行が難しいと判断したら、その場で試合終了。
 ダウンは一ラウンド二回まで。

 今回は顧問がいるので無茶はないと思うけど、やっぱり心配。
 先輩は必死にガードして、獅子王先輩の攻撃に耐えている。時々、先輩は手を出して反撃を試みてるけど、獅子王先輩は逆にカウンターで迎え撃つ。
 先輩が殴られるたびやさせられる。
 先輩が倒れそうになったとき、心臓が止まるかと思ったときもあった。

「防御だけに専念できないんですか?」
「無理だね。反撃しないとスタンディングダウンとられてKO負けになるから。正道はこのラウンド、一回ダウンしている。ここは踏ん張りどころだ」

 橘先輩がタオルを握りながら、先輩から目を離さずに教えてくれる。
 先輩……。
 先輩は顔やお腹を何度も殴られても、必死に立ち続ける。でも、それだけ。先輩が獅子王先輩に勝てるなんて、到底思えない。
 だったら、立ち続ける意味なんてあるの? 傷つくことに何の意味があるの?
 分からない……私には分からないよ、先輩。
 カン!

「ゴング!」

 一ラウンドが終わりを告げるゴングが鳴った。
 先輩は耐えきった。私は息を吐き出す。
 二分……長いよ。
 椅子に座る先輩に、橘先輩が汗をふき、御堂先輩、朝乃宮先輩がアドバイスしている。

 長尾先輩は体を動かし、ウォーミングアップしている。いつでも、戦えるように。
 私だけ何もできなかった。怖い……。
 みんな、できることをしているのに私は足がすくんで動けない。
 先輩……。

「ちっ! わたしにやらせろよな、じれったい! あの審判タコを殴り飛ばしてやりてぇ!」

 み、御堂先輩の愚痴ぐちが聞こえたのは気のせいだよね? 審判ぶっ飛ばすとか、それもう喧嘩じゃないですか。

「手伝いますえ、御堂はん」

 あ、朝乃宮先輩、冗談ですよね? 場外乱闘、始まるの? 風紀委員がそんなことしていいの?
 でも、先輩を助けるためだから……私もAR-15で参戦しようかな?
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