上 下
85 / 523
五章

五話 伊藤ほのかの傷心 その三

しおりを挟む
 放課後。
 今日は風紀委員どうしようかと悩んでいたら、橘先輩が私のクラスを尋ねてきた。風紀委員長が直接来たことに何事かと、クラスメイトは私と橘先輩を遠巻きに見ている。
 ううっ、クラスメイトの好奇こうきの視線にさらされ、居心地いごこちが悪いよ。

「悪いね。おさわがせして」
「いえ、結構です」

 笑顔を浮かべていたけど、顔が引きつっているのが分かる。
 そう思うなら電話してよ。みんなに注目されてるんだから。悪目立ちしたくないのに。

「正道が今日、休んでいるの知ってる?」
「えっ?」
「風邪気味だったのに獅子王先輩に殴られたことで余計よけいに悪化してね、ひどい熱でうなされてるんだ」

 もう! 体調が悪いのに獅子王さんに喧嘩を売るなんて、何考えてるの、先輩は!
 獅子王先輩のこと、そこまで許せなかったのかな。古見君と仲がいいわけでもないのに。
 正義感が強い……わけないよね。押水先輩の件でそのことははっきりとしている。
 先輩はまだ過去を引きずっていると思う。過去は切っても切り離せない。苦い思い出なら尚更なおさらだ。
 それは15歳の私だって経験している。

「それでね、見舞いにいこうと思うんだけど、一緒にいかない?」
「わ、私がですか?」
「他にいる?」

 いないけど、そういう言い方にイラっときてしまう。
 聞き返す私も私だけどさ……っダメだ。怒りっぽくなってる、全然余裕がない。

「今日は風紀委員にいきづらいよね? なら、お見舞いについてきてくれたら、そのまま直帰ちょっきしていいよ」
「……分かりました」

 帰り支度じたくを整え、橘先輩と一緒に出ようとする。

「お、おい! 伊藤が風紀委員長と同伴どうはんするぞ!」
「マジかよ!」

 ちょ! 何、同伴って!
 私、キャバ譲じゃないっつーの!

「ねえ、キミたち」
「は、はい!」
「変な噂、流さないでね。僕を蹴落として、風紀委員長になった高城先輩ね、転校しちゃったって知ってる? なんでだろうね? あっ、もし良かったら、キミの名前、教えてくれる?」
「す、すみませんでした!」
「ははっ、いいよ。名前、知ってるから。前野君だよね」
「ほ、本当にすんませんでした!」

 怖っ! かばってもらって何だけど、橘先輩、怖っ!
 なんで前野君の名前、知ってるの! もしかして、全生徒の名前、覚えてるの? ドン引き~。
 でも、納得しちゃった。橘先輩と仲良くできるのはきっと人外じんがいなお方達かたたちだけ。御堂先輩とか朝乃宮先輩とか先輩とか。

「いこうか?」
「は、はい!」
「ちなみに人外には伊藤さんも入ってるからね」
「えっ?」

 そうなの? 冗談だよね?
 私、ノーマルだよね? ね? ね?



「……」
「どうかした?」
「いえ、なんでも」

 つい、周りを確認してしまう。
 落ち着かない。
 橘先輩と一緒に歩くのって違和感ある。なんで、ここに先輩がいないの……。
 私は迷子になった時と同じような、不安な気持ちになる。いつもと同じ通学路なのに、まるで別の町に来ているような感じがする。落ち着かず、髪の毛をいじくってしまう。

 トゥルルルルルルルル! トゥルルルルルルルル!

 携帯が鳴り、橘先輩が誰かと話している。手持ち沙汰ざたになり、自分の携帯をいじりだす。
 橘先輩が通話を切って、申し訳なさそうに振り向いた。

「ごめん、急用ができちゃった。一人でいってくれる?」
「ちょ! そんな、急に……」
「これ、お土産の桃缶とみかん缶。よろしくね」
「ベタすぎやしません! ちょっと!」

 ここで! ここで戻っちゃうの! かむば~く、橘先輩!
 橘先輩が来た道を引き返していく。
 ただでさえ、人通りの少ない住宅街なのに、急に一人になって心細くなってきた。
 場所は学園から離れてるから、獅子王先輩に会うことはないけど……けど……一人は怖い。助けてよ、先輩……。
 いるはずのない先輩をさがして視線がさまよっていた。



「……で、私に電話かけてきたんだし?」
「だって~心細いもん。私、一人だよ! 一人! 無理だよ~!」

 私は助っ人一号に電話していた。
 一号を呼べれば、もれなく二号がついてくるからね。
 技の一号あすか! 力の二号るりか! 超お得!

「一人でいくし。藤堂先輩の家にいけるチャンスだし」
「そうだけど……でも……」
「好きでなくなったし?」
「……分からないの」

 これが一番私を憂鬱ゆううつにしている原因。私は自分の気持ちを明日香に話す。

「……先輩が勝手に獅子王先輩に喧嘩売って……そのせいで、私のファーストキス奪われて……先輩が悪くないって分かってるの。悪いのは獅子王先輩だって。でも、でもね、もしものことを考えちゃうの。もし、先輩が獅子王先輩に喧嘩を売らなかったら、先輩が獅子王先輩よりも強かったらって……そしたらね、あんな目にあわずにすんだのにって」

 考えてはいけないと思えば思うほど、想像してしまう。完全に否定できない自分に心底嫌気がさす。

「嫌いになった?」

 明日香の心配そうな声に、私は偽りのない本音を吐き出す。

「……分からなくなったの。本当に先輩のことが好きなのかって。気持ち、冷めたのかもって。うまく言えないんだけど、今までのように好きって気持ちがいてこないの。あれだけ好きって言っておいて、ちっと理想と違ったからって、守ってくれなかったからって、好きでなくなるのはひどいんじゃないかって、そんな気持ちがあって……罪悪感があるから先輩のこと好きだって、無理矢理自分に納得させているんじゃあないかって……気持ちの整理がつかないの」

 頭の中がごちゃごちゃで考えがまとまらない。不安で押しつぶされそうになる。
 先輩のことが好きなのか、自信がなくなっていた。最低だと思う。
 でも、急に目が覚めたっていうか、目の前の霧が晴れたっていうか、好きって気持ちがかすんでいる。
 なんであんなに先輩のこと、夢中になれたのか分からなくなった。
 昔好きだったから、その気持ちだけで好きを続けるのは違うって思う。そんなの、先輩にも失礼だし。

 違う……先輩のせいにするなんて、本当に私、最低だ。
 まるで底なし沼にはまっていくような感じがする。ずぶずぶと、ぬけることのできない心の沼にどこまでも落ちていく。
 どうしよう……どうすればいいの?

「あっ!」
「……どうしたの?」

 明日香のあせった声にまゆをひそめる。

「あ~でも~」
「何? はっきり言って」
「いいのかな~?」
「いいからはっきり言って!」

 じれったいな、もう! 何なのよ!

「後輩の女の子が藤堂先輩に抱きついてる」
「現場押さえといて。今すぐヘッドショットでそのあま決めるから!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

浮気性の旦那から離婚届が届きました。お礼に感謝状を送りつけます。

京月
恋愛
旦那は騎士団長という素晴らしい役職についているが人としては最悪の男だった。妻のローゼは日々の旦那への不満が爆発し旦那を家から追い出したところ数日後に離婚届が届いた。 「今の住所が書いてある…フフフ、感謝状を書くべきね」

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...