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五章
五話 伊藤ほのかの傷心 その三
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放課後。
今日は風紀委員どうしようかと悩んでいたら、橘先輩が私のクラスを尋ねてきた。風紀委員長が直接来たことに何事かと、クラスメイトは私と橘先輩を遠巻きに見ている。
ううっ、クラスメイトの好奇の視線に晒され、居心地が悪いよ。
「悪いね。お騒がせして」
「いえ、結構です」
笑顔を浮かべていたけど、顔が引きつっているのが分かる。
そう思うなら電話してよ。みんなに注目されてるんだから。悪目立ちしたくないのに。
「正道が今日、休んでいるの知ってる?」
「えっ?」
「風邪気味だったのに獅子王先輩に殴られたことで余計に悪化してね、ひどい熱でうなされてるんだ」
もう! 体調が悪いのに獅子王さんに喧嘩を売るなんて、何考えてるの、先輩は!
獅子王先輩のこと、そこまで許せなかったのかな。古見君と仲がいいわけでもないのに。
正義感が強い……わけないよね。押水先輩の件でそのことははっきりとしている。
先輩はまだ過去を引きずっていると思う。過去は切っても切り離せない。苦い思い出なら尚更だ。
それは15歳の私だって経験している。
「それでね、見舞いにいこうと思うんだけど、一緒にいかない?」
「わ、私がですか?」
「他にいる?」
いないけど、そういう言い方にイラっときてしまう。
聞き返す私も私だけどさ……っダメだ。怒りっぽくなってる、全然余裕がない。
「今日は風紀委員にいきづらいよね? なら、お見舞いについてきてくれたら、そのまま直帰していいよ」
「……分かりました」
帰り支度を整え、橘先輩と一緒に出ようとする。
「お、おい! 伊藤が風紀委員長と同伴するぞ!」
「マジかよ!」
ちょ! 何、同伴って!
私、キャバ譲じゃないっつーの!
「ねえ、キミたち」
「は、はい!」
「変な噂、流さないでね。僕を蹴落として、風紀委員長になった高城先輩ね、転校しちゃったって知ってる? なんでだろうね? あっ、もし良かったら、キミの名前、教えてくれる?」
「す、すみませんでした!」
「ははっ、いいよ。名前、知ってるから。前野君だよね」
「ほ、本当にすんませんでした!」
怖っ! かばってもらって何だけど、橘先輩、怖っ!
なんで前野君の名前、知ってるの! もしかして、全生徒の名前、覚えてるの? ドン引き~。
でも、納得しちゃった。橘先輩と仲良くできるのはきっと人外なお方達だけ。御堂先輩とか朝乃宮先輩とか先輩とか。
「いこうか?」
「は、はい!」
「ちなみに人外には伊藤さんも入ってるからね」
「えっ?」
そうなの? 冗談だよね?
私、ノーマルだよね? ね? ね?
「……」
「どうかした?」
「いえ、なんでも」
つい、周りを確認してしまう。
落ち着かない。
橘先輩と一緒に歩くのって違和感ある。なんで、ここに先輩がいないの……。
私は迷子になった時と同じような、不安な気持ちになる。いつもと同じ通学路なのに、まるで別の町に来ているような感じがする。落ち着かず、髪の毛をいじくってしまう。
トゥルルルルルルルル! トゥルルルルルルルル!
携帯が鳴り、橘先輩が誰かと話している。手持ち沙汰になり、自分の携帯をいじりだす。
橘先輩が通話を切って、申し訳なさそうに振り向いた。
「ごめん、急用ができちゃった。一人でいってくれる?」
「ちょ! そんな、急に……」
「これ、お土産の桃缶とみかん缶。よろしくね」
「ベタすぎやしません! ちょっと!」
ここで! ここで戻っちゃうの! かむば~く、橘先輩!
橘先輩が来た道を引き返していく。
ただでさえ、人通りの少ない住宅街なのに、急に一人になって心細くなってきた。
場所は学園から離れてるから、獅子王先輩に会うことはないけど……けど……一人は怖い。助けてよ、先輩……。
いるはずのない先輩を捜して視線がさまよっていた。
「……で、私に電話かけてきたんだし?」
「だって~心細いもん。私、一人だよ! 一人! 無理だよ~!」
私は助っ人一号に電話していた。
一号を呼べれば、もれなく二号がついてくるからね。
技の一号! 力の二号! 超お得!
「一人でいくし。藤堂先輩の家にいけるチャンスだし」
「そうだけど……でも……」
「好きでなくなったし?」
「……分からないの」
これが一番私を憂鬱にしている原因。私は自分の気持ちを明日香に話す。
「……先輩が勝手に獅子王先輩に喧嘩売って……そのせいで、私のファーストキス奪われて……先輩が悪くないって分かってるの。悪いのは獅子王先輩だって。でも、でもね、もしものことを考えちゃうの。もし、先輩が獅子王先輩に喧嘩を売らなかったら、先輩が獅子王先輩よりも強かったらって……そしたらね、あんな目にあわずにすんだのにって」
考えてはいけないと思えば思うほど、想像してしまう。完全に否定できない自分に心底嫌気がさす。
「嫌いになった?」
明日香の心配そうな声に、私は偽りのない本音を吐き出す。
「……分からなくなったの。本当に先輩のことが好きなのかって。気持ち、冷めたのかもって。うまく言えないんだけど、今までのように好きって気持ちが湧いてこないの。あれだけ好きって言っておいて、ちっと理想と違ったからって、守ってくれなかったからって、好きでなくなるのはひどいんじゃないかって、そんな気持ちがあって……罪悪感があるから先輩のこと好きだって、無理矢理自分に納得させているんじゃあないかって……気持ちの整理がつかないの」
頭の中がごちゃごちゃで考えがまとまらない。不安で押しつぶされそうになる。
先輩のことが好きなのか、自信がなくなっていた。最低だと思う。
でも、急に目が覚めたっていうか、目の前の霧が晴れたっていうか、好きって気持ちが霞んでいる。
なんであんなに先輩のこと、夢中になれたのか分からなくなった。
昔好きだったから、その気持ちだけで好きを続けるのは違うって思う。そんなの、先輩にも失礼だし。
違う……先輩のせいにするなんて、本当に私、最低だ。
まるで底なし沼にはまっていくような感じがする。ずぶずぶと、ぬけることのできない心の沼にどこまでも落ちていく。
どうしよう……どうすればいいの?
「あっ!」
「……どうしたの?」
明日香の焦った声に眉をひそめる。
「あ~でも~」
「何? はっきり言って」
「いいのかな~?」
「いいからはっきり言って!」
じれったいな、もう! 何なのよ!
「後輩の女の子が藤堂先輩に抱きついてる」
「現場押さえといて。今すぐヘッドショットでその女決めるから!」
今日は風紀委員どうしようかと悩んでいたら、橘先輩が私のクラスを尋ねてきた。風紀委員長が直接来たことに何事かと、クラスメイトは私と橘先輩を遠巻きに見ている。
ううっ、クラスメイトの好奇の視線に晒され、居心地が悪いよ。
「悪いね。お騒がせして」
「いえ、結構です」
笑顔を浮かべていたけど、顔が引きつっているのが分かる。
そう思うなら電話してよ。みんなに注目されてるんだから。悪目立ちしたくないのに。
「正道が今日、休んでいるの知ってる?」
「えっ?」
「風邪気味だったのに獅子王先輩に殴られたことで余計に悪化してね、ひどい熱でうなされてるんだ」
もう! 体調が悪いのに獅子王さんに喧嘩を売るなんて、何考えてるの、先輩は!
獅子王先輩のこと、そこまで許せなかったのかな。古見君と仲がいいわけでもないのに。
正義感が強い……わけないよね。押水先輩の件でそのことははっきりとしている。
先輩はまだ過去を引きずっていると思う。過去は切っても切り離せない。苦い思い出なら尚更だ。
それは15歳の私だって経験している。
「それでね、見舞いにいこうと思うんだけど、一緒にいかない?」
「わ、私がですか?」
「他にいる?」
いないけど、そういう言い方にイラっときてしまう。
聞き返す私も私だけどさ……っダメだ。怒りっぽくなってる、全然余裕がない。
「今日は風紀委員にいきづらいよね? なら、お見舞いについてきてくれたら、そのまま直帰していいよ」
「……分かりました」
帰り支度を整え、橘先輩と一緒に出ようとする。
「お、おい! 伊藤が風紀委員長と同伴するぞ!」
「マジかよ!」
ちょ! 何、同伴って!
私、キャバ譲じゃないっつーの!
「ねえ、キミたち」
「は、はい!」
「変な噂、流さないでね。僕を蹴落として、風紀委員長になった高城先輩ね、転校しちゃったって知ってる? なんでだろうね? あっ、もし良かったら、キミの名前、教えてくれる?」
「す、すみませんでした!」
「ははっ、いいよ。名前、知ってるから。前野君だよね」
「ほ、本当にすんませんでした!」
怖っ! かばってもらって何だけど、橘先輩、怖っ!
なんで前野君の名前、知ってるの! もしかして、全生徒の名前、覚えてるの? ドン引き~。
でも、納得しちゃった。橘先輩と仲良くできるのはきっと人外なお方達だけ。御堂先輩とか朝乃宮先輩とか先輩とか。
「いこうか?」
「は、はい!」
「ちなみに人外には伊藤さんも入ってるからね」
「えっ?」
そうなの? 冗談だよね?
私、ノーマルだよね? ね? ね?
「……」
「どうかした?」
「いえ、なんでも」
つい、周りを確認してしまう。
落ち着かない。
橘先輩と一緒に歩くのって違和感ある。なんで、ここに先輩がいないの……。
私は迷子になった時と同じような、不安な気持ちになる。いつもと同じ通学路なのに、まるで別の町に来ているような感じがする。落ち着かず、髪の毛をいじくってしまう。
トゥルルルルルルルル! トゥルルルルルルルル!
携帯が鳴り、橘先輩が誰かと話している。手持ち沙汰になり、自分の携帯をいじりだす。
橘先輩が通話を切って、申し訳なさそうに振り向いた。
「ごめん、急用ができちゃった。一人でいってくれる?」
「ちょ! そんな、急に……」
「これ、お土産の桃缶とみかん缶。よろしくね」
「ベタすぎやしません! ちょっと!」
ここで! ここで戻っちゃうの! かむば~く、橘先輩!
橘先輩が来た道を引き返していく。
ただでさえ、人通りの少ない住宅街なのに、急に一人になって心細くなってきた。
場所は学園から離れてるから、獅子王先輩に会うことはないけど……けど……一人は怖い。助けてよ、先輩……。
いるはずのない先輩を捜して視線がさまよっていた。
「……で、私に電話かけてきたんだし?」
「だって~心細いもん。私、一人だよ! 一人! 無理だよ~!」
私は助っ人一号に電話していた。
一号を呼べれば、もれなく二号がついてくるからね。
技の一号! 力の二号! 超お得!
「一人でいくし。藤堂先輩の家にいけるチャンスだし」
「そうだけど……でも……」
「好きでなくなったし?」
「……分からないの」
これが一番私を憂鬱にしている原因。私は自分の気持ちを明日香に話す。
「……先輩が勝手に獅子王先輩に喧嘩売って……そのせいで、私のファーストキス奪われて……先輩が悪くないって分かってるの。悪いのは獅子王先輩だって。でも、でもね、もしものことを考えちゃうの。もし、先輩が獅子王先輩に喧嘩を売らなかったら、先輩が獅子王先輩よりも強かったらって……そしたらね、あんな目にあわずにすんだのにって」
考えてはいけないと思えば思うほど、想像してしまう。完全に否定できない自分に心底嫌気がさす。
「嫌いになった?」
明日香の心配そうな声に、私は偽りのない本音を吐き出す。
「……分からなくなったの。本当に先輩のことが好きなのかって。気持ち、冷めたのかもって。うまく言えないんだけど、今までのように好きって気持ちが湧いてこないの。あれだけ好きって言っておいて、ちっと理想と違ったからって、守ってくれなかったからって、好きでなくなるのはひどいんじゃないかって、そんな気持ちがあって……罪悪感があるから先輩のこと好きだって、無理矢理自分に納得させているんじゃあないかって……気持ちの整理がつかないの」
頭の中がごちゃごちゃで考えがまとまらない。不安で押しつぶされそうになる。
先輩のことが好きなのか、自信がなくなっていた。最低だと思う。
でも、急に目が覚めたっていうか、目の前の霧が晴れたっていうか、好きって気持ちが霞んでいる。
なんであんなに先輩のこと、夢中になれたのか分からなくなった。
昔好きだったから、その気持ちだけで好きを続けるのは違うって思う。そんなの、先輩にも失礼だし。
違う……先輩のせいにするなんて、本当に私、最低だ。
まるで底なし沼にはまっていくような感じがする。ずぶずぶと、ぬけることのできない心の沼にどこまでも落ちていく。
どうしよう……どうすればいいの?
「あっ!」
「……どうしたの?」
明日香の焦った声に眉をひそめる。
「あ~でも~」
「何? はっきり言って」
「いいのかな~?」
「いいからはっきり言って!」
じれったいな、もう! 何なのよ!
「後輩の女の子が藤堂先輩に抱きついてる」
「現場押さえといて。今すぐヘッドショットでその女決めるから!」
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