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四章

四話 伊藤ほのかのファーストキス その三

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 次の日、私は先輩と一緒にボクシング部の古見君を尋ねていた。
 古見君のこと、調べたんだけど、マネージャーじゃなくて、選手みたい。つまり、男の子ってわけ。
 可愛いよね、あの子。もしかしたら、助けたことがきっかけで先輩とラビリーな関係に……きゃ!
 いけないわ、ほのか。真面目にやらないと。
 古見君に会いに行く理由は、獅子王先輩から暴力を受けているのかどうか確認するため。
 獅子王先輩には御堂先輩と長尾先輩が会いにいっている。朝乃宮先輩はサッキーと黒井さんと一緒に清掃活動をしていた。
 先輩がなぜ私と一緒なのかというと。

「ごほごほっ!」
「先輩、大丈夫ですか?」
「すまん。迷惑かける」

 先輩は風邪気味なので、争いごとが起こらない聞き取り役の私と同行することになった。
 先輩はハーレム問題や部活対決、不良の取り締まりで蓄積ちくせきされた疲労とプールに落ちたことが重なって、体調をくずしている。

 先輩は、真面目で頑固がんこ融通ゆうずうが利かなくて意固地いこじ偏屈へんくつ強情ごうじょう唐変木とうへんぼくだから……無理して頑張っちゃう人だから、心配。
 古見君は私と同じ一年生だから、部活前は教室にいるはず。明日香が古見君の事を知っていて、クラスを教えてもらった。
 古見君の噂を聞いたんだけど、大人しい子であまり親しい人はいないみたい。可愛いのに。
 古見君のいる教室に入ると、そこには。

「あっ!」

 な、なんで! なんで、獅子王先輩がいるの! 獅子王先輩は三年生でしょ!
 獅子王先輩は机の上に膝をついて座っている。絵になっていて、ちょっとカッコいいかも。
 悔しいけど、嫌な人だけど、やっぱりイケメンは何をやっても絵になるよね。しかも、ここ、自分のクラスじゃないよね? 勇気あるな~。

 ふいに目があった。私は固まってしまう。獅子王先輩は興味なさげに目をそらす。
 ふう……怖かったよ~。
 先輩は近くにいる下級生に声をかけていたが、逃げられてショックを受けていた。
 先輩、可愛い。

 私が代わりに古見君の事を尋ねた。古見君はジュースを買いにいったと教えてもらった。
 教えてくれた人の顔が引きつっていたのが気になった。その表情に不安を覚える。
 私は騒動そうどうが起きませんようにと天に祈ったが、トラブルは発生してしまう。
 古見君が教室に戻ってきた瞬間。

「おっせーぞ!」

 獅子王先輩の怒声どせいが教室に響き渡る。教室が静まり返る。
 ああっ、分かっちゃった。ここにいる人達の顔が引きつっているのが。
 だよね~。上級生が教室にいるだけでも威圧感あるのに、あんな乱暴な声を出されたら、そりゃ引くわ。
 古見君も困った顔をしている。

「すみません、獅子王先輩」
「ったく、かせ!」

 獅子王先輩がジュースをうばり、お金を古見君に手渡す。
 ジュースを一気飲みしようとしたが、一口目で止まる。口に含んだジュースを古見君の顔めがけてす。

「ぬるいぞ! クソ不味まずい!」

 そ、そんなことで吐き出すの! 正直、ついていけない俺様っぷり。少女漫画ではよく見られるタイプだけど、私、無理。
 獅子王先輩の態度に先輩がキレそうになる。
 私は慌てて先輩を止めた。

「お、落ち着いてください、先輩」
「伊藤、止めるな」
「今日は古見君に会いに来たんですよね? め事は止めておきましょうよ。みんなに迷惑がかかっちゃいます」
「……」

 ふ、ふう。なんとか先輩は我慢してくれた。
 このまま……このまま何事もなく……。

「ちょっと、いい加減にしなさいよね!」

 誰なのよ、もう! せっかく、先輩が考え直してくれて穏便に済むと思ったのに!
 獅子王先輩に意見したのは私と同じ女子生徒だ。
 目くじらを立て、獅子王先輩に絡んでいる。

「また、お前か」
「またはアンタでしょ! いっつもいっつもひなたを痛めつけて、何様のつもり! 迷惑ってもんを考えなさいよ!」
「俺様に決まってるだろが。黙れ、ブス」

 凄い! あの子、獅子王先輩に啖呵たんか切ってる!
 ひなたって古見君のこと? 名前で呼ぶってことは友達かな? それとも彼女?
 あっ! 獅子王先輩が女の子の胸倉を掴んでる! もしかして、また暴力を……。

「おい、いい加減にしろ」

 先輩が女の子と古見君をかばうように獅子王先輩の前に立ち塞がる。その態度が気に入らないのか、獅子王先輩の機嫌が更に悪くなる。

「なんだ、てめえは? 俺様に意見をする気か?」
「獅子王先輩の蛮行ばんこうは目にあまります。これ以上は見過ごせません」
「俺様に命令してんじゃねぇ!」

 ああ~、やっぱり!
 一発触発いっぱつそくはつの雰囲気になってる。先輩はもっとオブラートに包んで言えないのかな。
 これじゃあ、こっちが喧嘩売ってるみたいだよ。

「強いからって調子に乗らないでよね! ちょっとひなたがあんたのこと憧れているからって、それをいいことに命令ばかりして! これっていじめでしょ! 前だってひなたを病院送りにしたじゃない! 弱い者いじめもいい加減にしてよ!」

 マズ!

 いじめってキーワード、先輩の前ではタブーだよ!
 案の定、先輩の目つきが変わってる。先輩の雰囲気が変わったことで獅子王先輩の態度も変わった。
 不敵に笑っている。獅子王先輩は猛禽類もうきんるいのような目つきで残虐ざんぎゃくな笑みを浮かべている。

「いい匂いだ。つぶしがいあるよ、お前」
「いじめてるのか、古見君を」
「ああん? お前には関係ないだろ? それに古見は俺様のものだ。どうしようが俺様の勝手だろ? 口出すな」
「……ふざけるな」

 怖い……先輩が怖い。本気で怒ってる。
 嫌だな、あんな先輩。すごく嫌だよ。
 スカートの裾をぎゅっと握りしめる。

「!」

 いつの間にか、獅子王先輩の拳が先輩の顔面にせまっていた。先輩はぎりぎりの距離で獅子王先輩の拳を受け止めていた。
 両者りょうしゃゆずらず、拳とそれを受け止めている手が震え、均衡きんこうたもっている。

「いいぜ、お前、資格あるよ」
「資格?」

 獅子王先輩が楽しそうに笑っている。

「俺様にいどむ資格だ。遊んでやるて言ってんだ」
「……俺が勝ったら、古見君から手を引け」
「言っただろ、遊んでやるって。勝負にもならねえよ。俺様に勝てるヤツはこの世に存在しねえ。まあ、言いたいことがあれば、拳でいいな」

 先輩が獅子王先輩の手を振り払う。
 古見君が慌てて獅子王先輩を止めに入る。

「だ、だめです、獅子王先輩! 素人しろうと相手に喧嘩は……ぐっ!」
「うるせえ! 俺様に意見するな、ボケ! 誰のせいでこうなったと思ってんだ、こら! お前が馴れ馴れしく他の男と話しているからだろうが!」

 古見君をり飛ばし、獅子王先輩は教室を出ていった。
 先輩は獅子王先輩の後をい、教室を出た。

「だ、大丈夫? ひなた」
「僕は……大丈夫……だから、獅子王先輩を……とめ……」

 苦しいのか、とぎれとぎれに言葉をもらす古見君。女の子は古見君を介抱かいほうしている。
 教室の中にいた生徒は、今の出来事について好き勝手に話し出す。私は一人取り残された気分になった。

 な、なんでこうなっちゃうのよ! 早く追いかけなきゃ!
 先輩、体調が悪いのに。
 もう! なんで、男の子って自分勝手なの!
 私の心配している気持ちを理解してくれない先輩に嫌気がさす。自分の髪の毛を乱暴にいじってしまう。

 で、でも、大丈夫だよね?
 この時間帯なら、ボクシング部には御堂先輩と長尾先輩を探しに向かっているはず。
 二人なら先輩を止めてくれる。
 私はそう願うことしかできなかった。



 何回願えば叶うのだろう。
 ボクシング場についたけど、御堂先輩と長尾先輩の姿はなかった。し、しかも……汗臭あせくさい。熱気がすごい。汗が出てきちゃう。
 私は眉をひそめながら、御堂先輩達の事を周りの部員に聞いてみると。

「み、御堂様でございますか?」
「御堂……様?」

 様付って何! 何したの、御堂先輩!
 笑顔が引きつるのが分かる。

「御堂様なら先程、出てお行きになられましたでございます。およびいたしましょうか?」
「け、携帯の番号、知っているんですか?」
「知りません! ですが!」

 パチン!

「「「「「「おおう!」」」」」

 ひっ!

 指を鳴らしたと思ったら、いきなり目の前に現れた男の子達に私は三歩、後ろに下がった。

人海戦術じんかいせんじゅつで探し出してみせるであります! いかがいたしましょうかであります!」

 声が大きいし、敬語、おかしいよ~。
 ちょっと怖いけど、理由を聞いてみよう。

「あ、あの~、御堂先輩と何かあったんですか?」
「はい! 御堂様がここにお尋ねになられまして、獅子王さんを出せとおっしゃられまして、少々なま……不遜ふそんな態度に、おそれ多くも私どもは意見してしまい、挑んでしまいました」
「挑んだ? まさか……」

 御堂先輩に挑むなんて、命知らず。
 正直、女の子相手に喧嘩売るとかありえないと思うけど、御堂先輩は意気揚々として受けて立っちゃうしな……。
 この様子からして、きっと……。

「御堂様に我ら五虎大将全員で挑ませていただきましたが、三分で負けました」

 やっぱり御堂先輩が勝っちゃうんだ! 後、なんで三国志?
 そこに獅子王先輩はいないんだ……。
 いてくれたら、問題解決してたのに。でも……。

「凄い! 五人だから十五分!」
「いえ! 五人で三分です! 正確には二分五十六秒です!」

 御堂先輩、つよっ! 一ラウンドで勝利してる! 先輩より強いんじゃない?
 男の子の立場ないよね、これ。

「そ、それで、あの~」
「何?」

 ボクシング部の人がやけに下手に私に話しかけてきた。
 あっ、これ、面倒なヤツだ。

「もし、よろしければ、御堂様のお電話番号をおうかがいしたいのですが……」
「ダメ。そんなに聞きたいのなら、風紀委員に入って」

 教えたら私が殺される。まあ、知らないんだけどね。
 先輩は知っているのかな? 知ってたら、なんか嫌。

「それは無理です。あんなヤクザな委員に」
「御堂先輩に伝えておきますね」
「申し訳ありません! どうか、後生ごしょうですから、黙っていてください!」
「い、いやぁああああ! ど、どこ、さわってるの!」

 ボクシング部員が私の腰に抱きつかれた! これ、セクハラだよね!
 やだ、すりすりするな! わざとでしょ!
 と、鳥肌とりはだが……。
 先輩は! みられてないよね、こんな姿!

 先輩は……な~んだ、こっちを見ずに何か包帯……じゃなくてバンテージだっけ、そんなものを巻いてもらっている。
 何か納得がいかない。
 御堂先輩達がいないのなら仕方ない。携帯を取り出し、橘先輩に電話する。
 繋がる間に、私は抱きついてきたボクシング部の人にスタンガンをお見舞いしてあげた。対獅子王先輩用に用意したものだ。

「伊藤さん? 何か問題あった? 助けが必要?」
「ど、どうしてわかったんですか! 助けてほしいって」
「伊藤さんが連絡してくるときって、トラブル関係くらいしかないと思って」

 私は申し訳ない気持ちになりながらも、状況を説明する。
 橘先輩は即決そっけつで判断し、指示をくれた。

「分かった。可能な限り時間をかせいで。応援を送るから。伊藤さんまで無理しちゃだめだよ?」
「ありがとうございます。なるべく早く、お願いします」

 私は携帯を切り、準備している先輩の様子を確認する。先輩はまだボクシング部員にバンテージを巻いてもらっている。
 これを邪魔して時間を稼ぐのはどうだろうか? でも、どうやって?
 私は周りを見渡す。
 鉄アレイに目が留まった。

 ……。
 いや、殴りつけないからね?
 他にはジャンプロープがあった。

 ……。
 いや、しばらないからね?
 他には……。

「これでOKです」
「ありがとう」

 お、終わっちゃった!
 グローブとヘッドギアつけちゃってるよ~。
 私のバカ!
 こうなったら出たとこ勝負!

「先輩! 考え直してください! 無理ですよ! 相手はインターハイ三連覇の負けなしですよ! ただでさえ体調が悪いのに、万全のときだって勝てる見込みこみなんてないですよ! 勝算しょうさんもなしに動くなんて先輩らしくないです!」
「だからって見過ごせるか。危ないから離れてろ」

 先輩が私を押しのけてリングに上がろうとする。ダメだ、頭に血がのぼって冷静な判断ができてない。
 こうなったら。

「だったら、私がセコンドします! これだけはゆずれません! いいですよね、先輩!」
「好きにしろ」

 私は部員からタオルをひったくる。危険だと感じたらすぐタオルを投げればいい。
 確か、ボクシングの試合中にタオルを投げれば、試合を止めることができるはず。
 先輩には悪いけど、病人を戦わせるなんておかしい。

「始めるぞ」
「……」
「ヘッドギアやマウスピースつけないのかって顔してるな。安心しろ。一発も当たりはしねえよ。自分の心配でもしてな」

 先輩は何も言わない。でも、怒っているのが遠くからでもわかる。
 けど、実際、先輩と獅子王先輩が戦ったら、どうなるの? 先輩もいろんな修羅場をくぐり抜けてきた。
 御堂先輩だってボクシング部の人を倒せたのだから。先輩だって……でも怪我はしてほしくない。
 私は指を組んで先輩を見守る。
 先輩……。

「ゴング、鳴らせ」

 カーン!

 運命のゴングが鳴り響いた。
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