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二章

二話 伊藤ほのかの挑戦 M5の逆襲編 その十

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 試合の終了を告げる笛の音が体育館に響き渡る。それは風紀委員の勝利を告げる音だった。

「やった! やりましたよ! ちーちゃん! 藤堂先輩達、やってくれましたよ!」

 上春が朝乃宮の両手を握り、ぶんぶんふっている。

「喜び過ぎや、咲。まあ、なかなか面白いもの見せていただきましたし、終わりがダンクやなんてドラマチックすぎますな」

 喜ぶ二人とは対象に、御堂はねていた。

「お姉さま。お顔が怖いですわよ」
「うっさい!」

 黒井の視線の先には、正道に抱きついているほのかがいた。

「まあ、いいではありませんか。影のMVPですから」
「影のMVP?」
「伊藤はんのことやね。カプッ」
「ひぃやあああああああ!」

 朝乃宮が上春の耳たぶに甘噛あまがみし、上春が悲鳴を上げる。
 上春が顔を真っ赤にして、涙目で朝乃宮に抗議こうぎする。

「な、何するんですか!」
「咲がかーあいからついな。堪忍かんにんや。それより、伊藤はんがなぜ影のMVPか、理由を知りとうない?」
「……知りたいです」

 ねている上春に朝乃宮はいつくしむ微笑みで、上春の頬を優しくなでる。

「イケズなことしてごめんな。ウチ、咲に嫌われたら生きていけません」
「……そうやっていっつも誤魔化ごまかす。それで、どうしてほのかさんが影のMVPなんですか?」
「視線誘導です。それも伊藤はん自身に」
「視線誘導? ほのかさんにですか? ま、まさか……」

 上春は真っ赤になり、胸元を手で隠している。朝乃宮は慈しむように笑いながら、手首を左右に振る。

「ちゃうちゃう。伊藤はんが視線誘導に使ったんは、声と立ち位置とおてです」

 朝乃宮の言葉に、上春は首をかしげる。

「声と立ち位置とお手て、ですか? ほのかさん、『先輩! 計画通りです!』って叫んでましたね? それは分かりますけど、立ち位置とお手てって何ですか?」

 朝乃宮は先程のほのかの行動、視線誘導について説明する。

「伊藤はんがやったことは、言葉で黄巻君と赤巻君の意識を自分にむけさせたこと。そのときの伊藤はんの立ち位置は赤巻君の近く。お手てはパスを受け取る仕草しぐさ。これが伊藤はんが仕掛けた自身への視線誘導です」
「???」

 首をかしげる上春に、朝乃宮は上春の髪の毛を優しくなでる。

「簡単に説明すると伊藤はんの『計画通り』、の言葉とパスを受ける仕草で赤巻はん達は、ラストは伊藤はんがシュートすると勘違いさせた。ここでポイントは、赤巻はんは伊藤はんのマークに付きやすい位置にいたことです」
「でも、ほのかさんは作戦に参加してませんよね? 実際にシュートをしたのは藤堂先輩ですし」

 上春の指摘はもっともだ。
 一連の流れから、橘がたてた作戦は、紫巻を長尾が押さえ、ボールをリバウンドして、すぐにシュートすることだと上春は理解した。
 ほのかをシュートに集中させるため、橘はほのかに離れたところで作戦を立てていた。
 だとしたら、ほのかは作戦を知らないはずだ。作戦自体知らないので、加わっていない。
 それなのに、どうしてほのかは計画通りだと言ったのか?
 その疑問に、朝乃宮は……。

「せや。でも、それは結果が出たから分かったことです。赤巻はん達はあの時点では最後にシュートを打つのは、藤堂はんか伊藤はんかは判断できんはず。伊藤はんはそこを利用したんや」

 朝乃宮は正道達がいるコートに目をやる。正道達は勝利に浮かれていた。

「普通なら相手が反応できない短時間のやりとりやけど、相手は全国クラス。瞬時に反応してベストな対応をとれる。しかも、このゲームは一点でも取られたらアウト。だからこそ、伊藤はんを無視できない」

 だから、キャプテンである赤巻は選択を迫られた。ほのかと正道、どちらがシュートを打つのか? どうしたら、止められるのか?

「赤巻はんは伊藤はんの立ち位置から一歩でマークにつける位置にいたからつい足が止まり、ほのかはんのマークについてしまった。せやけど、そのせいで黄巻はんのフォローにはいけない。これで赤巻はんを自分に引きつける事が出来たわけやね」

 これでほのかは赤巻を足止めすることに成功した。だが、黄巻が残っている。
 ほのかの作戦は赤巻を足止めすることだけだったのか?
 黄巻の事もほのかは考えていた。

「黄巻はんは藤堂はんのパスの可能性を考えて、シュートコースだけでなくパスコースもブロックしようと左手を使った。その隙をついて、藤堂はんはダンクを決めることができた」

 ほのかが赤巻を足止めして、正道は黄巻の一騎打ちに持ち込んだ。
 それでも、実力は黄巻の方が圧倒的に上だ。だから、ほのかは少しでも正道に有利になるように視線誘導を仕掛けた。

「藤堂はんは両手でダンク、黄巻君は右手だけでブロック。力だけなら不良を相手にしてきた藤堂はんも黄巻君に負けてない。片手と両手の力の差が出て、シュートが決まったわけや」

 正道は一度、片手ダンクを紫巻にブロックされている。その反省を生かし、正道は両手でダンクを決めようとしたのだ。
 その甲斐あって、正道はごり押しでダンクを決める事が出来た。

 朝乃宮の説明を聞いて、上春はほへ~と感心している。でも、いくつか疑問があるようだ。

「藤堂先輩はほのかさんの意図を知らなかったんですよね? なんでほのかさんの掛け声に惑わされなかったんですか?」

 ほのかの視線誘導は咄嗟に思いついた事だ。つまり、打ち合わせする時間などなかったはず。
 それなのに、なぜ、正道はほのかの視線誘導につられなかったのか?

「元々、藤堂はんがシュートする予定やったから、伊藤はんが計画通りと言っても惑わされることはありません。逆に計画通りなら迷うことなく、おもいっきりプレイできて、後押しにもなります。いい言葉をチョイスしてます」
「なるほど。それは分かりましたけど、後一つ。赤巻君がほのかさんをマークしたら、黄巻君はシュートコースのみブロックするのでは?」

 赤巻がほのかをブロックしたことで、黄巻は正道に集中出来たはず。
 それなのに、どうして、黄巻はパスコースをブロックしたのか? 両手でシュートをブロックしようとしなかったのか?
 上春の疑問に、朝乃宮は少し寂しそうに笑いながら答える。

「あの五人、攻めも守りも個人技ばかりやったやろ? 連携が全くとれていない」
「そういえば……そうですね。でも、どうして連携をとらないんでしょうか?
「個人の能力が高すぎて必要ないんや。だから、赤巻はんが伊藤はんをマークしても、黄巻はんはシュートコースのみ集中せずにパスをカットすることも考えてしまった。あの一瞬でも連携れんけいがとれていたのなら、負けることはなかったやろうな……」

 バスケは五人がそれぞれの役割を果たし、協力してプレイするゲームだ。だが、彼らは一人一人が万能過ぎて、仲間の強力など逆に邪魔になるほどだった。
 天才故の孤独が敗因となった。
 うれいのある朝乃宮の顔を、上春は心配そうに見上げていた。

 風紀委員も同じだ。朝乃宮に限らず、御堂も長尾もこの青島では五本の指に入るほどの猛者だ。
 委員は同じでも、決して仲間ではない。背中を預けることが出来ないのだ。
 しかも、朝乃宮は家の事情もあり、家族と離れて暮らしている。上春にかまっているのも、ある人との約束を律儀に守っているからだ。
 彼女の孤独を知っている上春は、せつなくて胸が痛くなった。
 朝乃宮の服の裾を、上春は軽く引っ張る。

「ちーちゃん、そんな顔しないでください。私がいますよ」
「おおきに……」

 朝乃宮は上春をぎゅっと抱きしめた。ぬくもりを求めるように……孤独から逃げるように……。
 そして……。

「やっぱ、咲はかーいいわ」
「やっ! ドコ触ってるんですか! にはははははははははっ!」

 上春の体を朝乃宮がくすぐってじゃれあっている。二人を見て、黒井が微笑む。

「伊藤さんは、普段はおっちょこちょいでちゃっかりしていて嫌なことは逃げるタイプですが、そんな彼女があのプレイを出来たのは誰の為なんでしょう? ちなみに私はお姉さまの為ならなんだってできますの。お姉さまは誰の為なら行動できますか?」

 黒井が流し目で隣にいる御堂を見つめている。御堂はそんな黒井にデコピンをする。

「痛ッ!」
生意気なまいき

 御堂はコートで勝利を祝っている正道とほのかに視線を送りながら、心の中でつぶやく。

 ナイスファイト。

 少し離れたところにいる明日香とるりかは、朝乃宮の解説かいせつを盗み聞きした後、両手でハイタッチしていた。


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