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二章

二話 伊藤ほのかの挑戦 M5の逆襲編 その八

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 試合が再開され、私にボールがまわってくる。
 うまくいってよ。
 私はそのままシュートした。
 やる気のない青巻君は当然ブロックしない。私のシュートが失敗することを見ただけでわかるから。

 スカッ!

 シュートはゴールネットにも触れることなく、落ちる。
 この距離じゃない。

「?」

 赤巻君だけが、私の行動を不審に思っているみたい。
 相手に気づかれるのが早すぎると、作戦が失敗してしまう。気を付けていかないと。
 こっちの思惑おもわくがバレたら終わり。早く、距離を測らないと。

 作戦通り、私にボールがまわってくる。
 今度はこの距離だ。
 私はまたシュートした。

 ガン!

 ゴールリングに当たった!

「!」

 先輩が近づいてきて、小声で伝えてくれる。次はいけるかもしれない。
 もう一度。

「青巻! 彼女のシュートを止めろ!」

 もう気づいたの? でも……。

「! こいつ!」
「いかせるか」

 先輩と長尾先輩が青巻君をスクリーンで足止めしてくれている。これなら!

「いっけええ!」

 私は思いっきり力を込めてシュートを放つ。

 ガン! ガンガン!

 おしい! もう少しなのに!
 でも、これでお膳立ぜんだては整った。赤巻君もこちらの意図いとに気付いて対応してくれるはず。

 次が勝負!
 私にパスがきた!
 一世一代いっせいいちだいの演技、やりげてみせます! 距離はここ!
 いっけぇええええ!

「僕が行く!」

 赤巻君が近づいてくる!
 先輩と長尾先輩が赤巻君の進路を邪魔しようとするけど、

「邪魔だ」

 赤巻君がフェイントを使い、先輩達を抜く。でも、それは想定内のこと。だから、手は打ってある!

「何?」

 須藤先輩と橘先輩がフォローにはいって、赤巻君の進路の邪魔をした。これには赤巻君も足が止まってしまう。
 先輩達は赤巻君を足止めしてくれたんだ。
 先輩達のファインプレイを無駄にはできない!

「ッ! 青巻!」
「俺にまかせてほしいっス!」

 黄巻君が近づいてくる。でも、焦っちゃダメ!
 私はタイミングを計る。チャンスは一回だけ。次はきっと、対策を練ってくるはず。だから、失敗はできない。

「! 待て、黄巻! 何かがおかしい!」
「大丈夫っスよ!」

 赤巻君の忠告に、黄巻君は私を止める自信があるのか、耳を貸さなかった。
 条件はそろった!
 タイミングを見計みはからって……今だ!

 ドン!
 ピピー!

「あっ痛ぁ!」
「プッシング! 白8番! フリースロースリーショット!」
「はっああ?」

 黄巻君が審判しんぱんに食ってかる。私が勝手に倒れたとアピールしてる。
 それはそうだよね。ごめんね、黄巻君。



 ×××


「へえ、あの子、おもろいこと考えはるね」

 朝乃宮は目を細め、ほのかを見つめている。

「? ほのかさんがどうかしたんですか?」

 小首をかしげる上春に、朝乃宮は後ろから抱きしめる。

「咲はホンマかわいいわ~、お姉さんが何でも答えてあげます」
「も、もう! からかわないでください! 髪が乱れます!」

 じゃれあっている二人をよそに、黒井と御堂が今のプレイについて話し合う。

「伊藤さんの本領発揮ほんりょうはっきっといったところでしょうか。猫かぶりが相変あいかわらずお上手ですの」
「それだけじゃない。ファールにもっていくまでのプロセスがうまい。度胸あるじゃねえか」
「偶然ファールをもらったんじゃないんですか?」

 上春は口を挟むが、朝乃宮が嬉しそうに上春の頬をつっついて邪魔をする。
 上春は逃れようとするが、朝乃宮にがっちりと捕まれ、逃げられない。
 上春の疑問に、朝乃宮が答えた。

「伊藤はんはただシュートしていただけやない、ワンゴールを狙ってたんや」
「で、でも、あんな遠くからじゃあ入らないじゃないですか?」

 上春の指摘はもっともだ。
 げんにほのかのフリースローはリングにすらかすっていない。フリースローラインよりも遠くからだと余計に入らないはず。

「せやけどな、咲。伊藤はんのシュート、ゴールリングにボール当たってたやない。入りそうやったとは思わんかった?」

 朝乃宮の問いに上春は頷いた。入りそうになった時、上春は息をするのも忘れて見入みいっていた。
 このゲームは風紀委員がワンゴールすれば勝ちなのだ。一本たりとも見逃せない。

「で、でも、フリースローの時はかすりもしなかったのに。何をしたのですか?」
「簡単や。力いっぱい投げただけ」
「そ、それだけですか? コントロールは?」

 上春の疑問に朝乃宮は優しく微笑み、説明を続ける。

「コントロールは必要ありません。ゴールの直線上ちょくせんじょうから真っ直ぐ投げるだけやし、力いっぱい投げるから力加減は必要ないんや。飛ぶ距離も大体同じになるから、後は距離間の問題。藤堂はんも伊藤はんにアドバイスしてたしね」

 試合中、藤堂はほのかに話しかけていた。どこからシュートすれば入るか、アドバイスをしていたのだ。

「もちろん、それだけで点をとれるわけありません。逆に入る方が難しい。でも、この試合は一点でも入れたら終わり。相手からすれば伊藤はんのシュートは無視できなくなる。そうなると、ブロックする必要が出てきますなぁ」
「あっ!」

 上春は気づいたようだ。
 朝乃宮はよしよしと上春の頭をなでる。

「ブロックに来た相手に、伊藤はんはそれに合わせてわざと倒れて、ファールをとる。これが伊藤はん達が考えたシナリオやね。フリースローなら誰にも邪魔されずにシュートを打てるし、ファールの位置から今回は三本うてる。時間的にラストチャンスやね」

 言うのは簡単だが、実際やってみるのは至難のわざだろう。
 失敗すれば警戒されてしまうので、もう二度とチャンスはこない。練習なしのぶっつけ本番でいどまなければならなかったが、ほのかは見事成功させた。
 その度胸は称賛しょうさんあたいされるだろう。

「で、でも、ほのかさん、フリースローは失敗してるよ? すぐに入るようにはならないと思うんだけど、どうするつもりなの?」
「なあ、咲?」
「なに、千春?」
「その千春って呼びかた、やめてほしいんやけど。さっきみたいにちーちゃんって呼んでほしいわ」

 朝乃宮に全く関係ないことを指摘してきされ、上春が呆れたように弁解べんかいする。

「千春、もう私達はいい大人だし、子供の頃のような呼び方は……は、離れてください!」

 ほおずりする朝乃宮に、上春が逃れようと身をよじる。二人の馴れ合いに御堂は呆れ果てていた。
 御堂は視線をほのか達に戻す。

「伊藤の作戦は橘も藤堂も長尾も賛成している。勝算はあってのことだな」
「そうですわね。伊藤さんがフリースローをどう攻略するか、お手並てなみ拝見はいけんですの」

 風紀委員女子から離れた場所で明日香とるりかは今後の予想をしている。

「ねえ、明日香。ほのほの、バスケ得意だっけ?」
「ダメっしょ。ほのか、ダンクしようとして、跳び箱使ってダンクしたけど、リング掴んだまま、降りれなくなって泣いてたし」
「……」
「……」
「ダメだし」
「ほのほの、やればできる子だってこと、見せてよね」

 勝負の勝敗を決める運命のフリースローが始まろうとしていた。明日香とるりかに出来ることはただ、祈ることだった。


 ×××
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