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二章

二話 伊藤ほのかの挑戦 M5の逆襲編 その一

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「……以上だ」

 テニス……テニヌ勝負の後、風紀委員室で先輩が落ちてきた男の子の件で橘先輩に報告している。
 部屋の窓は開けっぱなしで、橘先輩が持ってきた扇風機がフル稼働している。
 橘先輩は先輩だけでなく、この件に関わった私、サッキー、黒井さんからも聴取ちょうしゅしていた。
 私達の報告内容をまとめて、顧問に伝えたらこの件は完了。
 その為の最終チェックだ。

「他に問題点はなかった? 伊藤さん、鼻血出したんでしょ?」

 どうしてここで指摘するかな……。
 にやついている橘先輩の顔を見て、私は怒りを抑え、にこっと笑う。

「問題ありません。スポーツの後で小腹がすいたので、チョコレートを取り過ぎただけです」
「チョコレート食べ過ぎて鼻血なんて、流石は伊藤さんですの」
「もう、黒井さん!」

 私は我慢がまんして笑顔のままで嘘を貫き通す。
 少し罪悪感ざいあくかんを覚えるけど、これは仕方ないことなの。心のオアシスを守るのよ、ほのか。

「本当に問題ないんだよね」
「ありません」

 しばらく橘先輩はさぐるように私の目を見つめていたが、報告書に目を戻す。
 ふぅ、危なかったよ~。



 やっぱり、黙っているのはまずかったかな……。

「ほのか、どったの?」
「ほのほの、箸、止まってるよ」

 次の日のお昼休み、私と明日香、るりかの三人で食道で昼食をとっていた。
 先輩達とお昼をとる勇気がなかったので、友達の明日香とるりかと一緒したわけ。ううっ、先輩とお昼、食べたかったな。
 こんなことなら早く言えばよかった。今更いまさら報告したら、怒られるよね。
 でも、あの光景は私だけのものにしておきたい。

俺様の伊集院様の攻めと、真面目計の音柄の受け。男の子達の甘美の世界。

 ふふっ、くさってるわ、私。

「もしかして、恋の悩み?」
「ある意味そうかも」

 BLだけどね。

「藤堂先輩とうまくいってないの?」

 ブッーーーーー!

 私は飲んでいたお茶をいてしまった。
 なんで! なんでここで先輩の名前が出てくるの!

「なななななななな、何のこと!」
「ほのか、分かりやすいし」
「わざとやってるのって思うことあるよね。女の子に天然はウケないよ?」
「違います! なんで明日香達にこびを売らないといけないのよ! それより、なんで先輩の名前が出てくるの!」

 これは私だけの秘密のはず。誰にも言わないよう、我慢がまんしてきたのに!
 なんで分かったの?

「お昼、毎日藤堂先輩と一緒にとってんじゃん。それに藤堂先輩の話ばかりだし」
「私達と久しぶりにお昼一緒したと思えば、元気ないからまるわかり。藤堂先輩と喧嘩したか、何かドジ踏んで気まずいんだよね?」

 ばっちり当たってるし!
 注意していたつもりだったのに。今までの私の苦労は一体……。

「私、ほのかのドジで藤堂先輩の怒りを買った方に唐揚からあげ賭けるし」
「私は、ほのほののしょーもないことで気まずくなったことに卵焼き賭けるわ」

 ああっ! 私のお弁当箱からメインディッシュの唐揚げと卵焼き、取った!

「何するのよ!」
「「違うの?」」
「……そうだけど」

 くっ! だからって賭けにならないでしょ! ひどい!
 このうらみはらさでおくべきかっ!

「そう怒らないでよ、ほのか」
「食べ物の恨みは恐ろしいって知ってる?」

 私は明日香のおかずを強奪しようと箸をのばしたけど、ブロックされてしまう。

「あれ? ほのほの、この卵焼き、自作?」
「そうだよ。最近、料理を始めたの」
「じゅ、重症だし」

 なんで重症なのよ! ひどくない!
 ふ、フツウだよね? 好きな男の子に手料理食べさせてあげたいって思うよね?

「そこまで入れ込んでるの、藤堂先輩のこと?」
「悪い? 先輩には私の手料理を食べてもらうんだから」

 あわよくば、あーんもしたい!
 憧れのシチュエーションだよね。想像するだけでついにやけちゃう。

「卵焼き、ちょっとしょっぱい、少し焦げてるよ」
「唐揚げは普通だし」

 くっ! いらん指摘を! 言われなくても知ってます!

「まだ、卵焼きと野菜のカットくらいしかできないから……その唐揚げ、ママのだから……」
「問題なくねぇ? 高校生男子なんて肉食わせておけばOKみたいなとこあるから、とりあえず焼き肉を覚えなさい」

 暴論のような気もするけど、弟の剛やパパを見ていると否定できないんだよね。全然野菜食べないし。

「ちなみに藤堂先輩って料理できるし?」
「先輩は料理うまいよ」
「ダメだし」

 ダメだしすな。
 確かに先輩は料理が美味い、けど、私には秘策がある。

「分かってないな、明日香は。だから、いいんじゃない」
「どういうこと?」

 しょうがない、私の作戦を教えてあげよう。そう、全ては計算通りなの!
 
「まず、料理下手だけど、頑張ってアナタのために作りましたアピールをするわけ! 年下の可愛い後輩がけなげに料理を作りましたアピールして、先輩のハートを掴むわけ! 絆創膏だらけの手を見せるのがポイント!」
「いや、それ詐欺だし。絆創膏だらけになるまでフツウ、料理しないし。血の染みた料理なんてホラーだし。どんだけドMなの?」

 確かに……衛生上問題ありかもしれない。
 でも、作戦はこれだけではない。常に二段構えですから!

「それでね、真面目で空気が読めない先輩はきっと、感謝しつつも、料理のアドバイスをくれるわけ。私は拗ねたフリをして、先輩に文句を言うわけ。それでしたら、手本を見せてくださいって。そうすれば、百パーセント、先輩は手本を見せてくれる。そしたら、こっちの思うつぼ。先輩と二人っきりで料理を教えてもらうわけ。二人っきりの家庭科室で手取り足取り教わるわけだから、手と手が触れて……ああっ、ダメです、先輩! 私を料理しないで~お金取りますよ~」
「おっさん臭いし! それに金取るとか最悪だし!」
「それに足取りってなに? 料理は手でしょ?」

 ちっちっち!
 私は指をふり、反論する。

「いや、流石にセクハラは許せませんし、お金なら円満に解決できるじゃない。それに足はなんか、踏ん張ったり、踊ったりで必要じゃん?」
「「意味分からん……」」

 いや、当然でしょ? 何言ってるの?
 風紀委員なんだから、風紀乱したらダメじゃん。

「どう? 私の完璧な作戦! これで今年中に彼氏をゲットだぜ!」
「ほのほのって……」
「にわかだし」

 に、にわか? この私が?
 聞き捨てならない言葉に私は反論する。

「にわか? この私が? ありえない! 私が読んだ恋愛小説は三桁越えしているの! 恋愛の知識は誰にも負けない。つまり、私は恋愛マスタ―なの! プロデューサーになれるくらいだから! そしたら、明日香達を夢のシンデレラガールにしてあげていいよ!」

 どう! 反論できるのならしてみなさい!
 私のこと、プロデューサーさんでもハニーでも好きな方で呼んでくれていいんだよ。

「何が恋愛マスタ―だし。藤堂先輩と手もつないだことないくせに」
「ぐっ!」
「デートしたし?」
「……し、してない」
「これのどこがマスターだし?」

 ううっ……け、経験なんてすぐに積めるもん!
 ちょっと付き合ってる男子の数が多いからって……やっぱり、経験必要かも。
 明日香達の追撃はまだ続く。

「手をつないだことないって……ほのほの、そんなに奥手だっけ? 合コンの時はフツウに男の子とボディタッチしてたじゃん?」
「あれは別に……好きな人じゃあなかったからできたんだよ。先輩に触れて……もし、拒絶きょぜつされたら再起不能さいきふのうだから」
「いるよね~そういう子。男の子を勘違かんちがいさせやすい迷惑めいわくな子だし」

 ううっ……ダメだしされた。
 でも、カラオケなんかで盛り上がっているときに気軽にタッチするのはありじゃない? テンション高くなったらするよね? ウェーイって。
 先輩のことを好きになってからは男の子と遊びにいくことはなくなったけど。
 先輩って合理的ごうりてきだから、足元が危険な時は手をつないでもらえると思うけど、ただ歩いているときに手を繋ぐと、風紀が乱れるとか言いだしそうだもん。
 先輩と手、繋ぎたいな……。

「これは発展せずに自然消滅しぜんしょうめつするパターンだし。いや、始まりすらないかもしれないし」
「そ、そんなことないもん! スキンシップ、とってるもん! 抱いたし!」
「抱いた? ヤッたの?」
「抱いたの!」

 嘘は言っていない!
 明日香とるりかの視線が痛い。

「正確にいいなさい」
「……私から抱きつきました」
「どれくらい?」

 どれくらいって……。
 私は目をそらして答えた。

「い、一分ほど」
「本当は?」
「二秒くらい」
「サバよみすぎ!」

 だ、だって! テニス勝負のとき、嬉しくてつい抱きつけただけだから!
 では絶対無理!

「番号は交換した?」
「連絡網として教えてくれた」
「電話した?」
「してない。用事もないのに電話したら迷惑だし」

 私って気配きくばりできる女だよね。

「メールは?」
「してない。用事もないのにメールしたら迷惑じゃん」

 私ってチョー思いやりがあるよね。マザーテレサ級に慈悲深い。

「終わったし」
「なんで! 大和撫子やまとなでしこみたいじゃない!」
「ただのチキンだし」

 ううっ、分かってるよ! 全然進展してないことくらい。
 先輩のこと好きになってまだ日は浅いんだし、しょうがないよね。そう自分に言い聞かせては気分がブルーになる。

「先輩と仲良くなりたいな……メールしたいよ。先輩、私のこと、どう思ってるのかな?」

 先輩の気持ち、知りたい。どうしたら分かるんだろう。
 おかずのコロッケを箸でぐりぐりしながら溜息ためいきをつく。口にしたちょっとしょっぱい卵焼きは、更にしょっぱく感じた。

「実はね、藤堂先輩に偶然会ってほのほののこと、聞いちゃった」
「え、なになに? 先輩、私のこと、好きなの?」

 早く言ってよ! 私はピーマンをるりかの口に押し込む。

「か、変わり身早すぎるし。しかも、苦手なピーマン押し付けたし」
「ねえねえ、何って言ってたの!」
「わ、分かったから! 話すから! あれは、よく晴れた晩秋ばんしゅうの放課後だったわ……」
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