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八章
八話 藤堂正道の罪 橘左近の思惑 伊藤ほのかの希望 その三
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「はあ? 少年Aですか? 知ってますけど。もう、誤魔化さないでください!」
答えになってませんよ、橘先輩!
いきなり全然違う話題を振られて、眉をひそめてしまう。
橘先輩の言う少年Aとは小説やアニメのタイトル、人物ではなく、実際にあったある事件の犯人だ。マスコミが少年Aと報じたので、この名前が有名になった。
私の世代で少年Aを知らない者はいない。
少年Aが犯した犯罪。それは複数の同級生を病院送りにしたことだ。
これだけなら、地方の学校だけで起こった問題として処理されたはずだった。そうならなかったのは理由がある。
私は当時のニュースを思い出しながら、少年Aについて橘先輩に説明する。
「確か、イジメを受けていた生徒を少年Aが暴力で助けたって話ですよね? イジメをしていた生徒達を病院送りにしたことから、ネットで英雄視されましたよね? 私も興味があって掲示板見ましたけど、凄かったですよ。いろんな書き込みがされていて、僕の町にも来てくださいとか、この人を病院送りにしてくださいって写真付きで書き込みがあって、社会問題になりましたよね」
「そうだね。でも、そこが重要じゃない。何が一番問題になったか、分かる?」
分からないはずがない。誰もが予想できなかったことが起きたのだから。あの忌まわしい事件が。
「集団殺人事件ですよね。あれは驚きましたよ。いじめられていた生徒が団結していじめのグループを全員撲殺した事件。犯行動機は、いじめをしている卑劣なヤツらに天誅を下したかった、少年Aのようになりたかったって。この事件で少年Aの名前が一気に世間から注目されました。少年犯罪の闇とか好き勝手言われて、結構迷惑でしたよ。子供だからって危険視されて」
少年Aはネットで更に盛り上がったけど、警察が本腰を入れて火消しをしたので、沈静化してタブー扱いにまでなった。
流行語大賞にもノミネートされた少年A。
少年Aの住んでいた市では翌年『いじめ未然防止条例案』が可決され、全国的にもいじめの対策が急激に動き出した。
全国の学校の対応も急変し、定期的にいじめに関するアンケートを実施したり、いじめがないか調査するようになった。
いじめに対する刑も重くなっている。
いじめは学校に通う生徒にとって死活問題といっても過言ではない。
少年Aは決して他人事ではない。身近な問題なのだ。
「少年Aはいじめの加害者を病院送りにしたってマスコミは伝えているけど、病院送りって言い得て妙だね。被害がどれだけなのかうまく隠してる。実際は死ぬ一歩手前まで暴行を受けたんだよ、知ってた?」
「えっ?」
「少年Aは言ってたよ。もし、両手の拳が骨折していなかったら殺していたってね」
な、何を言っているの、橘先輩は。それではまるで……。
「少年Aを知っているんですか?」
「勿論、知ってるさ。実際に話したこともある。少年Aは実は病院送りにした被害者達から以前、いじめを受けていたんだって。理由を知っているかい?」
「いえ。でも、くだらない理由だと思います」
見た目が地味とか気に食わないとか些細なことで標的にされることは身をもって知っている。
本当に卑劣な行為だ、いじめは。
「そうだね。少年Aはいじめを受けていた親友を庇った為に、いじめの標的にされたんだって。しかも、助けた親友がいじめの側について、少年Aは孤立させられたんだから救いがないよね」
「……」
「少年Aの親友は途中で引っ越していなくなったこと、いじめの加害者達もクラス替えで別々になって、少年Aへのいじめは終わった。でも、恨みは残った」
当たり前だ。いじめた側は覚えてなくても、いじめられた側はいつまでも覚えている。
「少年Aはいじめに負けないよう体を鍛え上げた。強い心を持とうとした。でも、運命って残酷だよね。ある日、少年Aをいじめていた加害者達がクラスメイトを恐喝していた」
これって少年Aの事件のことだよね。どうして、橘先輩はここまで詳しいのだろう。何が目的で私に話しているのかさっぱり分からない。
「少年Aはいじめの現場に出くわしたとき、最初は怖くて足が震えていたんだって。もし、また止めに入って、いじめの標的にされたらどうしようって怖がっていた。いじめで受けた傷が少年Aを弱気にさせた。だから少年Aはじっとして、その場をやり過ごそうとしていたみたい。でも、いじめられていた子がね、少年Aに助けを求めてしまった。少年Aはいじめの加害者達に見つかってしまった。またいじめられるって身構えた」
その気持ちは痛いほど分かる。いじめを受けて負った傷はそうそう克服できるものじゃあない。なら、どうやって、少年Aはいじめていた相手を殴ることができたの?
「でもね、いじめの加害者達は少年Aのことなんて覚えていなかった。あれだけひどいことをしておいて忘れられていたことに腹がたってきて、少年Aはいじめをやめるよう注意した。注意を受けて逆ギレしたいじめの加害者が少年Aに襲い掛かったけど、逆に取り押さえられた。でも、これがいけなかった。取り押さえられたことで焦ったいじめの加害者の一人が何か言ったらしい。そのことで少年Aの理性は吹き飛んだ。どんな事を言ったのか、僕も分からない。相当、ひどかったんだろうね」
どんなことを言われたんだろう? 理性が吹き飛ぶような言葉ってなんだろう?
私だって嫌いな人がいるし、叩きたいと思う人だっている。でも、理性が働くし、親の悲しむ顔や自分の未来の事を考えると思いとどまってしまう。
全ての枷を外して、感情の赴くまま、人を傷つけるとはどんな思いなのか、まったく想像がつかなかった。
「少年Aが気付いた時は手に感覚がなかったらしい。辺りは血の海で、顔面が真っ赤に染まったいじめの加害者達が地面に転がっていた。いじめの加害者達の診断結果は眼窩底骨折,鼻骨骨折,頬骨骨折,下顎骨骨折諸々……これって死んでもおかしくないよね」
正直、どれくらいの被害なのか、想像もつかない。後遺症が残ったのかもしれない。でも、これだけは理解できる。少年Aの怒りは本物だ。
「少年Aはいじめの加害者達を病院送りにしたこと、後悔していなかった。少年院行きも覚悟した。だが、少年Aは少年院に送られることはなく、被害者の家族は全員引っ越してしまい、周りの反応は想像していたものと違った。よくやった、あなたの行動に勇気づけられました、お前は何も悪くないといった好意的な態度だった。少年Aはニュースやネットの掲示板で初めて自分がどのように思われているのかを知ったんだ。それで分からなくなった。何が正しくて何が悪いのかを。暴力は犯罪でしかないはずだ。しかし、称賛されるのはなぜか? 暴力は憎むべきもの。それはイジメを受けたときにイヤと言うほど身にしみている。なのに、なぜ自分はヒーロー扱いされているのか?」
答えは簡単だ。世の中、正論が正しいのではない、みんなが正しいと思ったことが正しいのだ。
みんなが悪いと言えば、悪いのだ。悪者は何をされても構わない。正義の鉄槌は悪者を裁く正しき行為だから、罪にならない。そんな風潮なのだ。
「称賛はされたけど、もちろん少年Aは罰を受けた。少年Aの家族は離婚。少年Aは母方の祖父に引き取られ、母は一度も息子に会いに来ることはなかった。父親は再婚し、新しい家族を作った。少年Aの居場所はなくなった。こうして、少年Aは祖父に引き取られ、苗字が変わり、少年Hになりましたとさ」
少年H。
藤堂正道。
HUJIDOU。
答えになってませんよ、橘先輩!
いきなり全然違う話題を振られて、眉をひそめてしまう。
橘先輩の言う少年Aとは小説やアニメのタイトル、人物ではなく、実際にあったある事件の犯人だ。マスコミが少年Aと報じたので、この名前が有名になった。
私の世代で少年Aを知らない者はいない。
少年Aが犯した犯罪。それは複数の同級生を病院送りにしたことだ。
これだけなら、地方の学校だけで起こった問題として処理されたはずだった。そうならなかったのは理由がある。
私は当時のニュースを思い出しながら、少年Aについて橘先輩に説明する。
「確か、イジメを受けていた生徒を少年Aが暴力で助けたって話ですよね? イジメをしていた生徒達を病院送りにしたことから、ネットで英雄視されましたよね? 私も興味があって掲示板見ましたけど、凄かったですよ。いろんな書き込みがされていて、僕の町にも来てくださいとか、この人を病院送りにしてくださいって写真付きで書き込みがあって、社会問題になりましたよね」
「そうだね。でも、そこが重要じゃない。何が一番問題になったか、分かる?」
分からないはずがない。誰もが予想できなかったことが起きたのだから。あの忌まわしい事件が。
「集団殺人事件ですよね。あれは驚きましたよ。いじめられていた生徒が団結していじめのグループを全員撲殺した事件。犯行動機は、いじめをしている卑劣なヤツらに天誅を下したかった、少年Aのようになりたかったって。この事件で少年Aの名前が一気に世間から注目されました。少年犯罪の闇とか好き勝手言われて、結構迷惑でしたよ。子供だからって危険視されて」
少年Aはネットで更に盛り上がったけど、警察が本腰を入れて火消しをしたので、沈静化してタブー扱いにまでなった。
流行語大賞にもノミネートされた少年A。
少年Aの住んでいた市では翌年『いじめ未然防止条例案』が可決され、全国的にもいじめの対策が急激に動き出した。
全国の学校の対応も急変し、定期的にいじめに関するアンケートを実施したり、いじめがないか調査するようになった。
いじめに対する刑も重くなっている。
いじめは学校に通う生徒にとって死活問題といっても過言ではない。
少年Aは決して他人事ではない。身近な問題なのだ。
「少年Aはいじめの加害者を病院送りにしたってマスコミは伝えているけど、病院送りって言い得て妙だね。被害がどれだけなのかうまく隠してる。実際は死ぬ一歩手前まで暴行を受けたんだよ、知ってた?」
「えっ?」
「少年Aは言ってたよ。もし、両手の拳が骨折していなかったら殺していたってね」
な、何を言っているの、橘先輩は。それではまるで……。
「少年Aを知っているんですか?」
「勿論、知ってるさ。実際に話したこともある。少年Aは実は病院送りにした被害者達から以前、いじめを受けていたんだって。理由を知っているかい?」
「いえ。でも、くだらない理由だと思います」
見た目が地味とか気に食わないとか些細なことで標的にされることは身をもって知っている。
本当に卑劣な行為だ、いじめは。
「そうだね。少年Aはいじめを受けていた親友を庇った為に、いじめの標的にされたんだって。しかも、助けた親友がいじめの側について、少年Aは孤立させられたんだから救いがないよね」
「……」
「少年Aの親友は途中で引っ越していなくなったこと、いじめの加害者達もクラス替えで別々になって、少年Aへのいじめは終わった。でも、恨みは残った」
当たり前だ。いじめた側は覚えてなくても、いじめられた側はいつまでも覚えている。
「少年Aはいじめに負けないよう体を鍛え上げた。強い心を持とうとした。でも、運命って残酷だよね。ある日、少年Aをいじめていた加害者達がクラスメイトを恐喝していた」
これって少年Aの事件のことだよね。どうして、橘先輩はここまで詳しいのだろう。何が目的で私に話しているのかさっぱり分からない。
「少年Aはいじめの現場に出くわしたとき、最初は怖くて足が震えていたんだって。もし、また止めに入って、いじめの標的にされたらどうしようって怖がっていた。いじめで受けた傷が少年Aを弱気にさせた。だから少年Aはじっとして、その場をやり過ごそうとしていたみたい。でも、いじめられていた子がね、少年Aに助けを求めてしまった。少年Aはいじめの加害者達に見つかってしまった。またいじめられるって身構えた」
その気持ちは痛いほど分かる。いじめを受けて負った傷はそうそう克服できるものじゃあない。なら、どうやって、少年Aはいじめていた相手を殴ることができたの?
「でもね、いじめの加害者達は少年Aのことなんて覚えていなかった。あれだけひどいことをしておいて忘れられていたことに腹がたってきて、少年Aはいじめをやめるよう注意した。注意を受けて逆ギレしたいじめの加害者が少年Aに襲い掛かったけど、逆に取り押さえられた。でも、これがいけなかった。取り押さえられたことで焦ったいじめの加害者の一人が何か言ったらしい。そのことで少年Aの理性は吹き飛んだ。どんな事を言ったのか、僕も分からない。相当、ひどかったんだろうね」
どんなことを言われたんだろう? 理性が吹き飛ぶような言葉ってなんだろう?
私だって嫌いな人がいるし、叩きたいと思う人だっている。でも、理性が働くし、親の悲しむ顔や自分の未来の事を考えると思いとどまってしまう。
全ての枷を外して、感情の赴くまま、人を傷つけるとはどんな思いなのか、まったく想像がつかなかった。
「少年Aが気付いた時は手に感覚がなかったらしい。辺りは血の海で、顔面が真っ赤に染まったいじめの加害者達が地面に転がっていた。いじめの加害者達の診断結果は眼窩底骨折,鼻骨骨折,頬骨骨折,下顎骨骨折諸々……これって死んでもおかしくないよね」
正直、どれくらいの被害なのか、想像もつかない。後遺症が残ったのかもしれない。でも、これだけは理解できる。少年Aの怒りは本物だ。
「少年Aはいじめの加害者達を病院送りにしたこと、後悔していなかった。少年院行きも覚悟した。だが、少年Aは少年院に送られることはなく、被害者の家族は全員引っ越してしまい、周りの反応は想像していたものと違った。よくやった、あなたの行動に勇気づけられました、お前は何も悪くないといった好意的な態度だった。少年Aはニュースやネットの掲示板で初めて自分がどのように思われているのかを知ったんだ。それで分からなくなった。何が正しくて何が悪いのかを。暴力は犯罪でしかないはずだ。しかし、称賛されるのはなぜか? 暴力は憎むべきもの。それはイジメを受けたときにイヤと言うほど身にしみている。なのに、なぜ自分はヒーロー扱いされているのか?」
答えは簡単だ。世の中、正論が正しいのではない、みんなが正しいと思ったことが正しいのだ。
みんなが悪いと言えば、悪いのだ。悪者は何をされても構わない。正義の鉄槌は悪者を裁く正しき行為だから、罪にならない。そんな風潮なのだ。
「称賛はされたけど、もちろん少年Aは罰を受けた。少年Aの家族は離婚。少年Aは母方の祖父に引き取られ、母は一度も息子に会いに来ることはなかった。父親は再婚し、新しい家族を作った。少年Aの居場所はなくなった。こうして、少年Aは祖父に引き取られ、苗字が変わり、少年Hになりましたとさ」
少年H。
藤堂正道。
HUJIDOU。
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