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三章

三話 対決! 伊藤ほのか VS 押水一郎 挫折と嘘 その五

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 押水一郎普通化計画その三。



「おい、一郎! 三年の秋庭あきば春美先輩と本庄ゆずき先輩に告白されたって本当か? しかも、二人の告白をOKしたって聞いたぞ!」
「えっ?」

 昼休み、いつものように屋上でお昼を食べにいこうとした押水に、親友の佐藤友也が詰め寄っていた。
 その様子を俺達は教室のドアの間からそっと見守っている。どうでもいいが、このパターン多いな、おい。

「な、なんでそんなこと言うの?」
「噂になってるぞ! お前が去年のミスコン優勝者とペトロフピアノコンクール一位入賞者の二人に同時に告白されてOKしたって。どこまで羨ましいヤツなんだ、お前は!」
「こ、声が大きいって、友也!」
「ってことは本当なんだな!」

 押水は困った顔をしている。
 それに対し、佐藤は嬉しそうに話している。

「ついに年貢の納め時か」
「みなみの立場は? 捨てられたの? 可哀想」
「リア充爆発しろ」

 クラスメイトの感想が絶え間なく飛び交う中、桜井みなみが押水の前に立つ。

「一郎ちゃん。それって、本当なの?」



「くっくっくっ、逃しませんよ」
「おおっ……」

 気がつくと、俺は感嘆かんたんの声を上げていた。
 押水が二人の告白を有耶無耶にしたときはどうなることかと思ったが、これならうまくいくだろう。押水には実際に告白された事実がある。
 そして、押水ははっきりと言ったのだ。
 僕は二人とも好きだ、と。

 ここで否定すれば、三人の関係は破綻はたんするだろう。勇気を振り絞って告白したのに曖昧にされ、しかも、衆前で否定されれば、流石に彼女達はもう見限るはずだ。

 肯定すれば、押水を慕う女子は皆、身を引くだろう。
 押水本人が直に認めているんだ。自分には彼女がいると。
 どっちに転んでも俺達に有利な状況になる。ただ、喜んでばかりはいられない。二人には多大な迷惑を掛けた。事が済めば、謝罪しに行こう。

「ここは彼の男気を見せていただくことを期待しましょう。彼が認めれば、問題は一気に解決します。否定されたとしても、彼を取り巻く女子に不信感を与える事が出来るはずです。明日は我が身ですからね」
「だな。押水はどう出ると思う?」
「きっと、私達の斜め上をいく返答をすると思いますよ。けど、安心してください。今回は失敗しないよう、念には念を入れて助っ人を用意していますから」
「助っ人?」
「ええ。橘先輩の援護射撃えんごしゃげきです。ああっ! 始まりますよ」

 期待と不安で胸が高鳴る。
 俺達は押水達の成り行きを見守る。



「それって、本当なの?」
「な、なんだよ、みなみ。マジな顔してさ。ぷ、プライバシーの侵害だぞ」

 押水は必死に誤魔化しているようにみえる。

「誤魔化さないで。本当なの?」
「うっさいな。みなみには関係ないだろ?」
「おい、今のはちょっと酷くないか?」

 佐藤の顔が怒気どきを帯びた顔付きになる。クラス中が静まりかえっていた。誰もが、押水の答えを待っているのだ。
 押水はこの状況にしどろもどろになっていた。

「な、なんだよ、みんな。そんな真剣な顔しちゃって。さて、ご飯を食べにいくか」
「ちょっと待ちなさい、押水君」

 委員長の西神海が押水の腕を掴む。

「な、なんだよ、委員長」
「桜井さんが面白半分で聞いてると思っているの? 真剣に答えてあげて」
「一郎、僕も委員長と同じ意見だよ。答えて」

 神埼かえでも押水の前に立ち、進路をふさぐ。

「な、なんだよ、みんなそろってさ」

 西神も神埼も桜井の肩を持つことに、押水は戸惑っている。押水はクラスの雰囲気にまれたのか、渋々答えた。

「ええっと、その……告白されたというかなんというか……そう、二人の告白は受けたけど、付き合ってはいない」
「それって振ったって事?」

 西神の感想はもっともだ。告白されて付き合っていないのなら、それは断ったことになる。
 周りからおおぅっと声が上がる。それは安堵のため息か、非難の声なのか。
 一石を投じたわけだが、さて、この騒動はどうなるのか?
 これで終わりと思っていたのだが、伊藤の見立て通り、事は俺達が予測していなかった方向へすすんでいく。

「告白はされた。OKもした。でも、それは先輩達の友情を守る為にね」
「友情?」
「そう。二人にちょっとしたすれ違いがあって、それを修復するために告白を受けたんだ。告白も成り行きだったし。どういったすれ違いかは本人のプライバシーがあるから言えないけど、要は、僕は二人に利用されたってことさ。あれは愛の告白とかじゃないから」
「本当なの?」

 神埼はよくわからないといった顔をしている。

「当たり前だろ。僕だぞ? モテるわけない。それにこういった噂は尾ひれが付くものだろ? 無責任な噂が流れて困っているんだ」

 クラスの反応は微妙だった。
 確かにあれだけの美女が何の取り柄もない押水に告白することは信じられないだろう。
 だが、仲がいいのは事実で、仲良くお弁当を食べているところは誰もが知っている。部外者の俺が知っているのだから、クラスメイトはもっと詳しいだろう。
 みんな、押水のプライバシーなどどうでもいいが、秋庭先輩達のプライバシー侵害になると誰も強く言えなくなる。

「分かっているとは思うけど、お前もに受けるなよ。それとこのことは言いふらすなよ、いいな?」
「……うん」

 桜井は曖昧にうなずく。
 信じられん。なんだ、あの理屈は。詐欺だろ。そこまでしてハーレムを護りたいのか? 女にチヤホヤされたいのか? 四十人以上いるんだろ? 二人くらい別にいいだろうが。
 不味まずいな。あの野郎、二人を盾に箝口令かんこうれいをひきやがった。
 このままだと、何も変わらない。作戦は失敗だ。
 俺は怒鳴り散らしたい気分だった。
 俺は桜井を心の中で応援するが、もちろん、届くことはない。
 桜井は、押水の告白が気になっても、彼を優先させるだろう。押水の事が好きだから。

「よし! じゃあ、弁当にするか」

 押水が桜井の背を押し、屋上へいこうとする。
 ダメだったか……。
 溜息をつき、頑張っている伊藤とあの二人に何て言えばいいのか悩んでいると。

「ねえ、押水君。じゃあ、秋庭先輩達のことは好きでもなんでもないのね?」

 クラスにいた一人の女子が押水に尋ねる。呼び止められた押水はうんざりした顔になる。

「あのなぁ……そのことはさっき言っただろ?」
「秋庭先輩の事情は分かったけど、押水君の気持ちは話していないでしょ? どうなの? 好きなの? 付き合いたいの?」

 突然の女子の言葉に押水は言葉に詰まる。俺も押水もこの展開に戸惑っている。
 な、なんだ? 何が始まろうとしている?

「な、なんでそんなこと話さなきゃいけないんだよ。恥ずかしいだろ」
「だって、先輩達は美人だし、紹介して欲しいって人、沢山いるから」
「彼女達の事を考えろ。今はそっとしておけよ。空気読め」

 押水は追求してくる女子をないがしろにしたが、彼女は止まらない。

「空気を読むために質問しているの。押水君が好きなら両想いじゃない。それなら、彼女達を紹介できないし、違うなら二人を慕っている彼らに告白するチャンスを与えるべきじゃない? 別に押水君の彼女ではないのだから、キミに止める権利ないわ。どうなの?」

 この意見に他のクラスメイトが次々と同意する。

「そうだよな、別に押水の彼女じゃあないのに止める権利はないよな」
「それ以前に押水の彼女ってことがおかしい。ありえない」
「しかも二股OKなんておかしいよな」
「そ、それは……」

 押水は再び答えをきゅうした。
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