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三章

三話 対決! 伊藤ほのか VS 押水一郎 挫折と嘘 その二

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「その点をまえての対応策だが、俺はもう一度、押水を呼び出して注意するべきだと考える」

 俺の案に、左近は苦笑いを、伊藤はバカにした態度をとる。

「先輩、お忘れですか? それとも、認知症なんですか? 彼を呼び出せば、生徒会長が黙っていませんよ。それとも、先輩には策があるんですか?」
「策なんてものはない。生徒会長にも同席してもらって態度を改めるよう話をする」

 俺の意見に、伊藤は鼻で笑う。

「先輩、正気ですか? それとも、頭の中がお花畑なんですか? そんなことをしても……」
「伊藤さん、違うんだよ」
「違う?」
「正道はね、責任を生徒会長に押しつけて、手を引こうとしているの」

 伊藤は信じられない、といった顔で俺を見つめてくる。俺はため息をつき、補足説明をした。

「面倒みきれないだろ? 妊娠なんて俺達風紀委員の手に負える問題じゃない。だから、形だけ押水を注意して、後は生徒会長にお任せする。もし、問題が起きても、責任は生徒会長がとるだろうし、俺達風紀委員は押水に注意した事実だけあれば、それを理由に責任を逃れればいい。押水を注意しましたが、彼が勝手に問題を起こしました。そういえば、体裁を保てるだろ?」

 押水も押水を慕う女子も生徒会長も、自分が何をしているか、周りにどんな影響を与えるか分かっているはずだ。
 それを自覚して、それでも尚続けるというのであれば、俺達外野が何を言っても無駄だろう。
 俺達風紀委員は慈善事業で生徒の面倒を見ているわけではない。逆に見てやっているなんておごかましい。
 だから、お節介くらいは焼くが、自己責任でやれ。それが俺の意見だ。
 風紀委員が対処しなければならない問題は他にもある。押水ばかりにかまっていられない。このハーレム問題は一度、区切りをつけさせてもらう。

 押水が風紀委員を頼ってきた場合のみ、改めて対処すればいいだろう。
 
「左近、これが俺の判断だ。他の風紀委員も似たような意見だろ?」
「だね。彼に問題はあるけど、風紀委員が介入するほどのことじゃない。様子見が一番だって意見されたよ」
「なら決まりだな。生徒会長には俺から話す。同席とこれで最後だと言えば、納得するだろう」

 ようやくこの件から解放されるな。
 俺個人の意見としては、押水には痛い目にあってほしいと願うが、その役目はまだ見ぬ誰かにお譲りしよう。
 肩の荷が下りたことにほっとしていると。

「ちょっと待ってください! それってただの職務放棄ですよね? 不良から畏怖いふされる風紀委員ともあろうお人達が尻尾を巻いて逃げちゃうんですか?」

 伊藤が異を唱えてきた。これには、俺も左近も驚きを隠せない。
 なんで伊藤はここまでやる気を出しているんだ? 臨時なのに。

「逃げるも何もないだろ? そもそも、被害届がない案件だ。押水の行為は風紀を乱す行為だから、注意だけすればいい。無理矢理強制したら、風紀委員の暴挙だと言われかねない」
「そんな建前を聞いているんじゃありません! このままだと、生徒会長が押し通せば、風紀委員は黙るしかないって思われますよ。それでいいんですか?」

 コイツ、絡んでくるな。
 面倒だと思いつつ、俺は伊藤の説得を続ける。

「ケースバイケースだ。適材適所だ。伊藤、どうしてそこまでこの件に関わろうとする? この件が一区切りつけば、伊藤は風紀委員から解放されるんだぞ。さっさと自由になりたいとは思わないのか?」
「私、先輩みたいに中途半端な対応をしたくありませんので。先輩は無責任です」

 言ってくれるじゃないか。
 まさか身内に喧嘩を売られるとは思ってもいなかったが、面白そうだ。聞いてやろうじゃないか。
 俺は椅子に座り直し、伊藤と向き合う。
 
「なら、伊藤はどうケリをつけるつもりだ?」
「もちろん、一気に片をつけます! その方法、知りたいですか?」

 伊藤は意地の悪い笑みで俺に問いかける。お願いすれば教えてやると。
 俺は左近にアイコンタクトを送る。お前から聞いてくれと。
 左近は苦笑し、首を横に振る。
 伊藤は期待したような目で俺をじっと見つめてきた。左近も面白げに俺の行動を様子見している。
 俺はため息をついた。

「なんだ、その方法は?」
「ただで教えてもらうつもりですか? どうか、私めにご教授いただけませんでしょうか、伊藤様。そう言ってくれたら教えてあげます」
「……殴ってもいいよな?」
「正道、抑えて。お茶目な冗談でしょ。大人げないよ」

 いや、コイツはマジだ。その証拠に、伊藤は左近から見えない位置から舌を出している。
 最近、反抗的な態度ばかりとってくる後輩に、一度立場を思いしらせてやるべきかと本気で思い始めた。

「伊藤さん、もったいぶらないで教えてよ。伊藤さんの秘策」
「分かりました。橘先輩のお願いですからお教えいたしましょう。それは……」
「「それは?」」

 伊藤はタメをつくり、自分の案を俺達に告げた。

「彼から女の子を引きがせばいいんです。みんなが彼に愛想あいそうかせば一気に解決できると思いませんか?」
「……それは少し暴論じゃないか?」

 確かに問題は解決するが、やりすぎだ。
 押水の事はどうでもいいが、押水を慕う女子はどうなる? 彼女達は押水一人を好きなだけだ。その純粋な気持ちを踏みにじるような行為はするべきではないと思う。
 それに問題もある。
 俺の否定的な意見に、伊藤は更に語り出す。

「そうでしょうか? 大体、女の子は男の子を喜ばせる為の道具ではありません。逆もしかりです。押水先輩には一度、痛い目にあっていただいて、その後、彼自身に好きな人を選んでいただきましょう。一度、押水先輩には何が大切なのか、知っていただく必要がありませんか? 今のままだと、絶対に気づきませんよ?」

 伊藤の案に、俺は素直に感心していた。
 確かに、押水が大切なもの、かけがえのない女性ひとを手にしたとき、この騒動は終わるのかもしれない。
 押水に彼女ができれば、他の女子も手を引くだろう。破廉恥行為についても、少しは罪悪感を持ち、反省するかもしれない。
 人の付き合いなんて、本人同士が同意さえしていれば複数の男子、女子と付き合うのもありかもしれないが、やはり、俺は男女の付き合いは一対一だと思っている。

 伊藤の指摘通り、押水が女子に囲まれていたら、誰が大事な女性か気づきにくいのかもしれない。
 それならば、押水から周りの女子を引きはがすのも一つの方法ではないだろうか?
 伊藤の意見に同意したいところだが、問題はある。
 伊藤のやり方では、押水を想う女子達に恨まれる可能性が高い。
 俺が恨まれるのはいい。自分の行動の責任は自分でとるべきだと考えている。殴られる覚悟だってある。だが、伊藤は?
 伊藤は臨時の風紀委員だ。この件が終われば、風紀委員を辞めるだろう。そのとき、誰が彼女達から伊藤を護る?
 そのことを考えると、やはり穏便に済ませるべきだ。

「伊藤の言うことはもっともだ。だが、伊藤のやり方を認めることは出来ない。却下だ」
「ど、どうしてですか! 理由を言ってください! あっ、分かった! 先輩は私が活躍するのが嫌なんですね」

 何を言ってやがるんだ、コイツは。
 俺と伊藤は自然とにらみ合う。

「活躍って何だ? ちゃんと理解できるように話せ」
「だ~か~ら! 私が問題を解決しちゃったら、先輩の立場がなくなるじゃないですか~」
「……おい、調子に乗るなよ」

 何様だ、コイツは。立場だと? ふざけるなよ、こら。
 伊藤を本気で睨みつけてやると、伊藤は即座に目をそらす。それでも、俺は伊藤を睨みつけた。

「はいはい、喧嘩はなしね。伊藤さん、今のは言い過ぎ。正道、伊藤さんの事を心配して反対したんだよ」
「……どういうことですか」

 伊藤は唇をとがらせ、左近に問いかける。相変わらず目は俺からそらしたままだが。

「ほら、人の仲を引き裂くなんて、恨みを買うじゃない。伊藤さんが報復されないよう、正道は配慮してるわけ」
「……先輩が私の心配? えっ、嘘でしょ?」

 伊藤がまじまじと俺を見つめてくる。今度は逆に、俺が目をそらしてしまう。
 なぜか、こっぱずかしい気持ちになったからだ。

「うわ~、いきなり優しくとか……先輩、私のこと、好きなんですか?」
「よし、殴ろう。グーでいいな?」

 気恥ずかしい気持ちは勘違いだったようだ。今は怒りで顔が赤くなりそうだ。

「正道、落ち着いて。とにかく、案がないならダメ元で伊藤さんの意見を採用してもいいんじゃないかな?」
「橘先輩、お言葉ですが私、失敗しないので。とりあえず、私一人に任せてください。私には漫画、ゲーム、小説、ライトノベルの知識と実体験があります。彼から女の子全員別れさせてやりますよ。まあ、大船に乗った気分でいてください。もちろん、タイタニックなんてベタなことはいいませんから」

 伊藤は得意満面とくいまんめんな笑みを浮かべる。
 しかし、このパターンは伊藤の言うお約束ではないのだろうか。失敗することの。
 そんなことを考えつつ、隣で妙にやる気を出している伊藤に、俺はため息をつき、左近は苦笑いを浮かべていた。

「でも、ダメ」
「なんでですか! フツウ、この流れだと私に任せてもらえるパターンでは!」
「伊藤さんは正式な風紀委員じゃないでしょ。だから、正道が一緒でないとダメ」
「「冗談じゃない!」」

 俺と伊藤の声がハモった。お互い一瞬だけ目が合うが、すぐにそらす。

「仲いいね」
「「よくない」」

 またもや伊藤と声がハモった。
 伊藤と声がハモっても、お互い険悪になるだけで一ミリも仲が進展することはない。

「それなら、二人の案を採用するって言うのはどう?」
「二人の案?」
「そう。まずは伊藤さんの案を実行する。うまくいかなかったら正道の案でしめくくる。それでいい? これなら、伊藤さんも文句ないでしょ? 失敗しないんだから」
「……私は問題ないですけど」

 伊藤は渋々頷いてみせる。ああ言われれば、伊藤は断る事が出来ないだろう。
 俺は……。

「伊藤、悪いが席を外してくれ。左近と二人で話したい」
「私をのけ者にしてどうするつもりですか? まだ、私の案にケチをつけるつもりですか?」
「伊藤さん、悪いんだけど、正道の言うとおりにしてくれるかな? また、連絡するから」

 伊藤は頬を膨らませ、俺達を睨みつけながら部屋を出て行った。
 部屋には左近と二人きりになる。
 俺は単刀直入に尋ねた。

「左近、どういうつもりだ? どうして、伊藤を甘やかす? 俺に何をさせたい?」

 左近は身内に甘く、敵に容赦ない。特に裏切りは徹底的に叩く。
 よく言えば、人とのつながりを大切にする。悪く言えば、自分に利のある者を優遇させる。それが左近の性格だ。
 左近の身内びいきの度合いは、親しさと実績に反映される。
 その点から考えると、左近の伊藤への信頼はかなり高い。下手をすると俺よりも高いのだ。それは俺の案より、伊藤の案を採用したことから分かる。
 別に勝負するつもりは毛頭もないのだが、気にはなるし、腹立たしい。
 俺の問いに左近は……。

「別に甘やかしていないよ。伊藤さんのやる気を買っただけ。正道のやり方は消極的でしょ?」
「セオリー通りだろうが。左近だって、俺と同じ対処をとるだろ? リスクを回避し、無難な落としどころで対処する。伊藤のやり方だと、問題は解決されても遺恨が残る。報復されかねん」

 無理矢理引き離してみろ、絶対に恨みを買うぞ。
 ただでさえ、風紀委員は不良や校則違反者を相手にして、反感をもたれやすいんだ。トラブルを解決するために、別のトラブルを発生していては本末転倒だ。
 伊藤をとめるべきだ。

「そこは正道がうまく調整してよ。今回は二人で調査しているんだからさ」
「左近……お前、自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
「頼むよ、正道」

 俺はため息をついた。
 今回の左近はおかしい。全く考えていることが分からん。
 だが、左近は無意味なことはしない。何か意味があるはずだ。
 仕方ない。

「あまり、期待するなよ。伊藤が無茶をするようなら力尽くでも止めるからな」
「それでいいよ。多少の無茶はこっちでなんとかするから。ありがとね、正道」

 俺は肩をすくめ、風紀委員室を出て行く。
 廊下の窓から見える景色は相変わらずカラッと晴れた青空がひろがっている。一向に涼しくなる気配はない。
 結局のところ、左近の思惑は分からずじまいだ。すっきりとしないが、やるといった以上、もう少し伊藤と共に行動をするか。
 この一件、どう決着が付くのか?
 心のどこかで不安を感じつつ、俺はこれからのことを考えていた。
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