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一章
一話 ファーストコンタクト その四
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「どうぞ」
「失礼します」
風紀委員室に入ってきたのは押水ではなく、女子生徒だった。
上履きの色から三年生と分かる。腰まであるポニーテールを白いリボンで結んでいる。清楚な顔つきだが、冷静な眼差しでこっちを見据えているせいか、冷たい印象を受ける。
「あなたは?」
「三年B組の押水遥です」
「押水……」
押水……押水一郎と名字が一緒だ。これは偶然か?
それとも……。
戸惑う俺に女子生徒は要件を告げる。
「押水一郎の姉です。弟君のことできました」
「お、弟君?」
「何か?」
弟のことを君付けするのはどうかと思ったが、口にしないほうがよさそうだ。
それにしても、姉が来るとは……押水は俺と同じ十七だぞ。本人、嫌がらないか?
とにかく、まずは彼女の用件を尋ねてみるか。
「いえ、呼び方は人それぞれですから。何か用ですか?」
「はい、弟君の不始末は姉の不始末。ですので、来ました」
押水姉は堂々と答えた。
はあ? なんだ、その理論は。意味が分からない。
伊藤や左近を見るが、二人も俺の疑問の解を持ち合わせおらず、呆然としている。
「いや……本人に来て欲しかったのですが」
「それでしたら、私を通してください」
お前は顧問弁護士か!
そう叫びたくなるのを我慢し、押水姉に根気よく話す。
「なぜ、あなたを通さなくてはいけないのでしょう?」
「私の弟君だからです」
説明になっていない。それとも、俺の理解力が低いせいで分からないのか?
何度考えても理由も意味も訳も分からない。いや、落ち着け。三つとも同じ意味だ。
俺は一息つき、感情的にならないよう話を続ける。
「身内を甘やかしすぎではありませんか? 高校生にもなって自分の事を姉に肩代わりさせるのはどうかと思いますが。自分の不始末は自分でつけるべきでは?」
「高校生でも弟君は弟君なんです。姉として行動するのは当たり前です。弟君から事情を聞き、不当な呼び出しと判断したので、ここに来ました」
押水姉の発言にイラッとしたが、歯を食いしばり、ぐっとこらえる。
OK,大丈夫だ。俺は冷静だ。問題ない。
それにしても、押水は姉に相談したということは、自分に非があるから風紀委員室に来たくなかったのか?
だとしたら、問題児確定だ。
だが、疑問が残る。押水がもし、わざとセクハラ行為をしているのなら、姉はなんとも思わないのか? 弟のセクハラ行為を姉は容認しているのか? それとも、押水のセクハラ行為は偶然だったのか?
どちらにせよ、押水姉では話にならない。そうそうに退場していただこう。
俺は押水姉に呼び出しの正当性を説明する。
「不当ですか? ちなみにどこが不当なのか教えていただけませんか? 彼の行動は風紀を乱す行為です。風紀委員としては見過ごせません」
「被害届や苦情がありましたか?」
「被害者からは今のところありませんが、周りの男子からは苦情がいくつかあります」
休憩時間、左近に確認したが、不思議と本人からの苦情や被害届はなかった。
あったのは、被害に遭った女子に好意を寄せる男子から苦情があったとのこと。
「なら、呼び出すほどの問題じゃないですね。口頭で注意すれば済む話です。弟君には私が言い聞かせますので」
セクハラを注意するだけで済ますのかと言ってやりたかったが、被害者が何も言ってこない以上、強く言えなかった。
だとしても、ここで引くわけにはいかない。
「あんな辱めを受けたからこそ、被害者は被害届や苦情が出せないのでは? 嫌な思いをしたのに、それを第三者に話すことは苦痛以外何物でもないでしょう。それを察して我々は行動しています。お願いですから、押水一郎君に一度、事情を伺わせてください」
「それはあなたの主観であって、想像でしかありません。弟君を尋問するのなら、ちゃんと被害届を受理してから呼んでください。それが筋でしょ?」
押水姉はにこにこと笑っている。思いっきり睨みつけているが、ビビりもしない。鉄の女だ。
しかも、正論で責めてくるから手に負えない。
「とにかく、被害届や苦情が出ていない以上、弟君を呼び出すのは止めてください。職権乱用です。生徒会も黙っていませんよ?」
「なぜ、あなたが生徒会を持ち出すのでしょう?」
「生徒会長ですから」
押水姉が極上の笑みを浮かべる。
押水姉の発言に、俺は言葉が出ない。なぜなら、生徒会長は小暮先輩だ。
何度も風紀委員の活動報告で会っている。目の前にいる押水姉が生徒会長なんてありえない。
だが、左近は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
まさか……。
「彼女の言うとおりだよ、正道。小暮先輩は解任させられたんだ」
「解任? 馬鹿な! 生徒会長を解任させられるなんて聞いたことがない!」
俺は生徒会長、小暮先輩の事をよく知っている。少し気弱なところはあるが、優しくて真面目な人だ。責任感も強い。そんな小暮先輩がなぜ、解任されたのか?
何か大きな問題を起こした場合、生徒会長の解任はあるのかもしれないが、小暮先輩に限ってありえない。
それに解任される程の問題があれば風紀委員に報告されるはずだ。そんな報告は受けた覚えがない。
左近が更に説明を追加する。
「僕も一週間前の全校集会で知ったんだ。正道は風紀委員の仕事でその場にいなかったから知らなかったんだね」
信じられないが、伊藤も頷いているので間違いないのであろう。
ということは、目の前にいる押水姉が生徒会長……。
「いや、待て。弟の為に動いているのは思いっきり職権乱用ではないのか?」
「違います。これは、生徒が風紀委員の暴走で尋問されようとしているのを見過ごせないと言っているだけです。それに、尋問は任意ですよね? 強制力はない。それはご存知ですよね?」
「……ああ」
事実だ。だからこそ、押水の教室まで足を運んで、直接本人に風紀委員室に来るよう承諾させたのだ。
その苦労が水の泡になってしまった。しかも、風紀委員の暴走だと? 言ってくれる。
「では、弟君の尋問はなしということでいいですね?」
ここは引くべきだな。俺は渋々頷く。
「はい。ですが、押水君が風紀を乱すようなことがあれば調査し、先生に報告させていただきます」
「それも、生徒会を通してください。あなたは一度、弟君を無理やり呼び出しているのですから。あなたが先生に不当な報告をしないか、審査が必要ですので」
「お約束は致しかねます」
お前は何様だと叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
俺は意地でも生徒会長の提案を断る。
「なぜです?」
「押水君はあなたの弟です。私情が入って判断を間違える可能性がありますので」
「それなら、私以外の生徒会委員で判断いたしますので。これで納得いただけますでしょうか?」
納得できるか! 生徒会はお前の息がかかっている可能性が高いだろうが!
そう怒鳴りつけてやりたかったが、生徒会長を説得できるだけのものがない。
現段階で俺に出来ることといえば、押水姉の提案に同意しないことくらいだった。
「……風紀委員長と相談させてください」
「分かりました。相談した内容は今日中に報告してください。以上です」
生徒会長は勝ち誇ったように颯爽と部屋から出て行った。
沈黙が風紀委員室内に訪れる。
信じられない……こんなことがあっていいのか?
俺は伊藤と左近に同意を求めたが、二人は首を振っているだけ。しかも、何事もなかったかのように昼食を再開しやがった!
「今日もご飯が美味しいですね」
「日本人はやっぱり、お米だよね」
どうでもいいんだよ、そんなこと! もっと別に話すことがあるだろうが!
こんなことは初めてだ。何からツッコめばいい? 誰か教えてくれ!
気持ちが抑えられず、俺は両手を怒りに任せて机に叩きつけた。
「な、なんなんだ、あのおんなぁぁぁぁぁ!」
この日、押水一郎が風紀委員室に訪れることはなかった。
「失礼します」
風紀委員室に入ってきたのは押水ではなく、女子生徒だった。
上履きの色から三年生と分かる。腰まであるポニーテールを白いリボンで結んでいる。清楚な顔つきだが、冷静な眼差しでこっちを見据えているせいか、冷たい印象を受ける。
「あなたは?」
「三年B組の押水遥です」
「押水……」
押水……押水一郎と名字が一緒だ。これは偶然か?
それとも……。
戸惑う俺に女子生徒は要件を告げる。
「押水一郎の姉です。弟君のことできました」
「お、弟君?」
「何か?」
弟のことを君付けするのはどうかと思ったが、口にしないほうがよさそうだ。
それにしても、姉が来るとは……押水は俺と同じ十七だぞ。本人、嫌がらないか?
とにかく、まずは彼女の用件を尋ねてみるか。
「いえ、呼び方は人それぞれですから。何か用ですか?」
「はい、弟君の不始末は姉の不始末。ですので、来ました」
押水姉は堂々と答えた。
はあ? なんだ、その理論は。意味が分からない。
伊藤や左近を見るが、二人も俺の疑問の解を持ち合わせおらず、呆然としている。
「いや……本人に来て欲しかったのですが」
「それでしたら、私を通してください」
お前は顧問弁護士か!
そう叫びたくなるのを我慢し、押水姉に根気よく話す。
「なぜ、あなたを通さなくてはいけないのでしょう?」
「私の弟君だからです」
説明になっていない。それとも、俺の理解力が低いせいで分からないのか?
何度考えても理由も意味も訳も分からない。いや、落ち着け。三つとも同じ意味だ。
俺は一息つき、感情的にならないよう話を続ける。
「身内を甘やかしすぎではありませんか? 高校生にもなって自分の事を姉に肩代わりさせるのはどうかと思いますが。自分の不始末は自分でつけるべきでは?」
「高校生でも弟君は弟君なんです。姉として行動するのは当たり前です。弟君から事情を聞き、不当な呼び出しと判断したので、ここに来ました」
押水姉の発言にイラッとしたが、歯を食いしばり、ぐっとこらえる。
OK,大丈夫だ。俺は冷静だ。問題ない。
それにしても、押水は姉に相談したということは、自分に非があるから風紀委員室に来たくなかったのか?
だとしたら、問題児確定だ。
だが、疑問が残る。押水がもし、わざとセクハラ行為をしているのなら、姉はなんとも思わないのか? 弟のセクハラ行為を姉は容認しているのか? それとも、押水のセクハラ行為は偶然だったのか?
どちらにせよ、押水姉では話にならない。そうそうに退場していただこう。
俺は押水姉に呼び出しの正当性を説明する。
「不当ですか? ちなみにどこが不当なのか教えていただけませんか? 彼の行動は風紀を乱す行為です。風紀委員としては見過ごせません」
「被害届や苦情がありましたか?」
「被害者からは今のところありませんが、周りの男子からは苦情がいくつかあります」
休憩時間、左近に確認したが、不思議と本人からの苦情や被害届はなかった。
あったのは、被害に遭った女子に好意を寄せる男子から苦情があったとのこと。
「なら、呼び出すほどの問題じゃないですね。口頭で注意すれば済む話です。弟君には私が言い聞かせますので」
セクハラを注意するだけで済ますのかと言ってやりたかったが、被害者が何も言ってこない以上、強く言えなかった。
だとしても、ここで引くわけにはいかない。
「あんな辱めを受けたからこそ、被害者は被害届や苦情が出せないのでは? 嫌な思いをしたのに、それを第三者に話すことは苦痛以外何物でもないでしょう。それを察して我々は行動しています。お願いですから、押水一郎君に一度、事情を伺わせてください」
「それはあなたの主観であって、想像でしかありません。弟君を尋問するのなら、ちゃんと被害届を受理してから呼んでください。それが筋でしょ?」
押水姉はにこにこと笑っている。思いっきり睨みつけているが、ビビりもしない。鉄の女だ。
しかも、正論で責めてくるから手に負えない。
「とにかく、被害届や苦情が出ていない以上、弟君を呼び出すのは止めてください。職権乱用です。生徒会も黙っていませんよ?」
「なぜ、あなたが生徒会を持ち出すのでしょう?」
「生徒会長ですから」
押水姉が極上の笑みを浮かべる。
押水姉の発言に、俺は言葉が出ない。なぜなら、生徒会長は小暮先輩だ。
何度も風紀委員の活動報告で会っている。目の前にいる押水姉が生徒会長なんてありえない。
だが、左近は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
まさか……。
「彼女の言うとおりだよ、正道。小暮先輩は解任させられたんだ」
「解任? 馬鹿な! 生徒会長を解任させられるなんて聞いたことがない!」
俺は生徒会長、小暮先輩の事をよく知っている。少し気弱なところはあるが、優しくて真面目な人だ。責任感も強い。そんな小暮先輩がなぜ、解任されたのか?
何か大きな問題を起こした場合、生徒会長の解任はあるのかもしれないが、小暮先輩に限ってありえない。
それに解任される程の問題があれば風紀委員に報告されるはずだ。そんな報告は受けた覚えがない。
左近が更に説明を追加する。
「僕も一週間前の全校集会で知ったんだ。正道は風紀委員の仕事でその場にいなかったから知らなかったんだね」
信じられないが、伊藤も頷いているので間違いないのであろう。
ということは、目の前にいる押水姉が生徒会長……。
「いや、待て。弟の為に動いているのは思いっきり職権乱用ではないのか?」
「違います。これは、生徒が風紀委員の暴走で尋問されようとしているのを見過ごせないと言っているだけです。それに、尋問は任意ですよね? 強制力はない。それはご存知ですよね?」
「……ああ」
事実だ。だからこそ、押水の教室まで足を運んで、直接本人に風紀委員室に来るよう承諾させたのだ。
その苦労が水の泡になってしまった。しかも、風紀委員の暴走だと? 言ってくれる。
「では、弟君の尋問はなしということでいいですね?」
ここは引くべきだな。俺は渋々頷く。
「はい。ですが、押水君が風紀を乱すようなことがあれば調査し、先生に報告させていただきます」
「それも、生徒会を通してください。あなたは一度、弟君を無理やり呼び出しているのですから。あなたが先生に不当な報告をしないか、審査が必要ですので」
「お約束は致しかねます」
お前は何様だと叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
俺は意地でも生徒会長の提案を断る。
「なぜです?」
「押水君はあなたの弟です。私情が入って判断を間違える可能性がありますので」
「それなら、私以外の生徒会委員で判断いたしますので。これで納得いただけますでしょうか?」
納得できるか! 生徒会はお前の息がかかっている可能性が高いだろうが!
そう怒鳴りつけてやりたかったが、生徒会長を説得できるだけのものがない。
現段階で俺に出来ることといえば、押水姉の提案に同意しないことくらいだった。
「……風紀委員長と相談させてください」
「分かりました。相談した内容は今日中に報告してください。以上です」
生徒会長は勝ち誇ったように颯爽と部屋から出て行った。
沈黙が風紀委員室内に訪れる。
信じられない……こんなことがあっていいのか?
俺は伊藤と左近に同意を求めたが、二人は首を振っているだけ。しかも、何事もなかったかのように昼食を再開しやがった!
「今日もご飯が美味しいですね」
「日本人はやっぱり、お米だよね」
どうでもいいんだよ、そんなこと! もっと別に話すことがあるだろうが!
こんなことは初めてだ。何からツッコめばいい? 誰か教えてくれ!
気持ちが抑えられず、俺は両手を怒りに任せて机に叩きつけた。
「な、なんなんだ、あのおんなぁぁぁぁぁ!」
この日、押水一郎が風紀委員室に訪れることはなかった。
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