上 下
643 / 723
連載

グラッドの策

しおりを挟む
 グラッドのあの変身は、獣人連合での戦いでちらりとは見た。あらゆる武器を周囲に浮かし、自分で握って使ったり飛ばしたりすることが出来る。が、飛ばす方はともかく実際に握って戦うとなれば様々な武器に精通していなければその真価を発揮できない事は言うまでもない。そしてグラッドは強くなる為ならば外道行為以外の全てをやる男だ。それこそ、ひたすら修練に明け暮れて使いこなせるようになっているとみるべきだ。

(こちらの全能力が一〇倍になっていても、決して楽観視できる相手じゃない。さっきの飛び蹴りをアーツに頼らず純粋な技術と力でいなして見せたその実力は脅威的だ。こちらも全力で戦わないと危ないぞ)

 グラッドの戦闘力の高さは、今までの付き合いと有翼人との戦いで散々見せてもらったし理解させられている。そのグラッドが変身を切ってこうして真っ向勝負してきているのだから、一瞬の油断が命取りと言う事になりかねない。が、それを理解した上で攻めないと話にならない。こっちは一人で六人を相手する側なのだから、弱気になっている時間はない。

 突撃した自分に対し、グラッドは周囲に浮いている剣や短剣、槍などの投擲も出来る武器をこちらに向かって多数飛ばしてきた。しかも真っすぐばかりではなく、いくつかの短剣や剣をある程度迂回させて側面、並びに背後から突き立ててくると言った攻撃まで混ぜて、だ。あ、それだけではない──頭上への攻撃まで含まれているぞ!?

(ちいっ!!)

 その攻撃にに対して自分が取った行動は、八岐の月とレガリオンの二刀流で必要な物だけをはじき返しながら前進を続行する事だった。さらに前進するにしても左右への揺さぶりをランダムに行って、グラッドが自分を少しでも狙いにくい様に仕向ける。ただ──飛んでくる槍だけは回避に専念した。一回受け流したのだが、予想以上の重さで動きが鈍ってしまったからだ。

「なんだと!? いくら能力が上がってるからって、俺のこの攻撃を一発も喰らわずに突っ込んでくるだと!? マジで狂ってるなてめえはよ!」

 グラッドはグラッドで、自分が無被弾で突っ込んでくることに驚きを隠せなかったらしい。これだけの無数の武器を同時に操るのは、相当な訓練を積んだからこそできる事だろう。しかも様々な軌道を織り交ぜているのだから──その常人では届き得ないであろう技術は、恐らく執念と言っていいレベルでの訓練があったに違いない。

 その執念を、今自分が跳ねのけている構図になるのだろうか? もっともこちらとて簡単に進めている訳じゃない。短剣すら両手剣かと思うほどの重さを持ち、こちらの判断ミスで一瞬で崩れる薄氷の上を全力で走っている状態だ。そして、グラッドは後ろに下がりながらこの攻撃を続けている。お陰でなかなか距離が詰められない。

(グラッドの技術ならば、インファイトは十分やれる処が一級品なのになぜ近接戦闘を避ける? 近接戦闘になれば、飛ばしてくる武器の操れる数が減るから? いや、それだけでは理由としては弱い……近接戦闘になってしまうと、困る理由がある? 変身能力の問題とかそう言う事ではなくて、連携の問題で──)

 と考えた所で、こめかみあたりに寒気を感じた自分はその寒気からくる生存本能に従って後ろに大きく飛び下がった。その直後に、自分が前に進んでいたらいたであろうと予想される場所の候補の一つを通り過ぎる一本の矢が駆け抜けるのが見えた……ジャグドの狙撃か! つまり、この狙撃を通す事が本命であり、グラッドはそれを成功させるための目くらまし役だった訳だ。

「飛んできた方向は、右か」「読まれたか!? ち、行かせるかよ!!」

 グラッドはジャグドを逃がすためなのだろう、無数の短剣を飛ばしてくる。が、自分はそれらを無視して走る。自分の背後からいくつもの轟音が聞こえる……もちろんこちらの動きを先読みした短剣もたくさん飛んでくるが、引き付けてからのサイドステップや意図的に走る速度を変える事で先読みをずらす。そして、必死で逃げているジャグドの後ろ姿を捉えた。

「おいおいおい! もう追いついてきたのかよ!」「スナイパーは殺すべし! 慈悲を掛ける必要はなし!」

 遠距離から確実に軽くないダメージ、もしくは即死させてくるスナイパーは何時の時代であっても恐ろしく、そして忌み嫌われる存在だ。FPS経験者ならその恐ろしさと厄介さ、そして向けられる殺意なんてものは説明する必要はないだろう。だからこそ、見つけたら確実に切って捨てるか脳天をぶち抜いておかなければならない。自分達を護る為に。

「ジャグド、何とかして逃げろ!」「畜生、振り切れねえ! アースの足が速すぎる!」

 慌てたのだろうか、パーティチャットではなく直接の声によるやり取りがグラッドとジャグドの間で行われる。が、もうこちらの弓の間合いに入っている。八岐の月を構え、より一層走る速度を早めて勢いをつけた後にアーツではなく自分の動きでスライディングをして草の上を滑るような感じで移動する。高さが減った分、グラッドの短剣射出による攻撃を受けにくくなるだろうと踏んでの行動だ。そして、ジャグドの胴体、心臓付近を狙って矢を放つ。

「ぐはっ!?」

 矢が貫通し、ジャグドを地に伏せさせた。どうやら命中してくれたようだ。不慣れな体勢であったが、何とかと言った所だ。ほとんど曲芸に近かったが、当たればいいのである。当然鎖をジャグドに向かって投げつけて拘束されるまでの間グラッドによる鎖破壊を阻止する。そしてジャグドの救出失敗を理解したグラッドは──全力で逃げを打った。何かしらのアイテムを使ったのだろう、異様な速度で走り去っていく。

(あの異様なスピード、一定時間だけ効果があるがその後に多分反動があるタイプだな。だがら今は逃げるしかないと判断するときまでは使わなかったのだろう。ジャグドと言うスナイパー要因がいなくなった以上、作戦が破綻したから全力で逃げを選択できる……そこもグラッドの侮れない所だ)

 変身をしたのだから少しでもダメージを与えたい、そう普通のプレイヤーなら少し欲が出る所だろう。そんな欲を出さず、次の機械に備えて消耗を最大限に抑える選択を取る事はそうそうできる事じゃない。こういう点も、プレイヤーとしての強さの一つと言えるだろう。一方でジャグドは、かなりの遠距離から狙撃してきていた。射撃の射程を伸ばせるアイテムもあるとみて良いな。

(幾つものアイテムが分かってきたな、妨害用、強化用、そして変身補助関連もあるかもしれない。厄介だけど、そう言ったアイテムが無きゃこちらに対抗できないか)

 なんにせよ、ジャグドを一時的とはいえ拘束できたのは大きい。レンジャーであるジャグドは、グラッドパーティの中で一番機動力を持っているプレイヤーだ。だからジャグドが欠ければ、グラッド達の探索能力はかなり鈍るだろう。今のうちにもう一人、二人を発見して捕まえてより探索能力を低下させたいところだ。

 とにかく、想定外の戦いはあったが当初の目的通り市街地に向かおう。そして宝箱の空きぐらいで探索の度合いを測ろう。移動しながら考えを纏め、市街地に自分は足を踏み入れた。市街地は人族の街並みとそっくりに作られているようで、かなり家が多い。この家を一つ一つ巡って調べるのは骨が折れそうだ。

 なので大雑把に家の中を調べてみる。宝箱が開いている割合は四割弱と言った所か。道端の見つけやすい奴はほぼ開いているが、家の中を調べ回っている時に自分が強襲してきたら逃げ場がない事を恐れて避けているのだろうか? と、そう考えた時に一瞬だけ《危険察知》の反応が出た。すぐさま反応は消えてしまったが……このエリアに誰かがいる事は間違いない。

(出会っていないゼラァか、ザットのどちらかかの可能性が高いだろうな。とにかく反応があった付近に移動してみよう)

 二人捕まえられれば相手の三分の一を減らしたことになるから、かなりグラッド達側の探索速度を落とすことが出来る。だからこそ、これは逃がしたくない。さあ、今捕まえに行くよ……待っててくれよ?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

私を追い出すのはいいですけど、この家の薬作ったの全部私ですよ?

火野村志紀
恋愛
【現在書籍板1~3巻発売中】 貧乏男爵家の娘に生まれたレイフェルは、自作の薬を売ることでどうにか家計を支えていた。 妹を溺愛してばかりの両親と、我慢や勉強が嫌いな妹のために苦労を重ねていた彼女にも春かやって来る。 薬師としての腕を認められ、レオル伯アーロンの婚約者になったのだ。 アーロンのため、幸せな将来のため彼が経営する薬屋の仕事を毎日頑張っていたレイフェルだったが、「仕事ばかりの冷たい女」と屋敷の使用人からは冷遇されていた。 さらにアーロンからも一方的に婚約破棄を言い渡され、なんと妹が新しい婚約者になった。 実家からも逃げ出し、孤独の身となったレイフェルだったが……

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。