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決着がまたひとつ

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 その攻撃は、本当に刹那という表現がぴったりだと思う。一瞬で自分の顔の直前まで槍の穂先が来ていたのだから。が、自分はそれを反射的に回避する。顔を少し切られた感覚こそあったが……仕掛けられた攻撃の内容を鑑みれば、それぐらいで済んだのは僥倖だと言っていいだろう。何という、突きの速さ。

(今の攻撃は、向こうの切り札の一つか? 油断なんかしていなかったのに、気が付いた時には自分の顔の前に槍の穂先があった。ただ、そこからは速度が鈍った? ような感じだな。それでも一瞬で命中直前まで持ってこられるのは怖いな)

 あの一瞬のまま攻撃が自分に届いていたら、どうあがいても回避なんてできっこない。だが、即座にこちらの体に届かないのであれば何とか回避する事は出来そうだ。無論、集中していなければもろに食らうけど──逆に言えば、集中していれば対応は何とか出来る。軽く深呼吸をして、再び相手を見据える。そして気が付いた、相手の左腕の動きがやや鈍い事に。

(そう言う事か。あれだけの速さで攻撃を繰り出した事に対する反動みたいなものは存在する、と。あの様子からして、先ほどの槍の穂先を突き出してきたのは左の槍と言う事なのだろう)

 もちろん、戦いが長引けば回復してしまうだろう。が、焦って稚拙な攻めを行えばそこにカウンターの一撃が飛んでくることは想像に難くない。なので、焦らず、しかしちょっぴりだけ積極的に攻撃を行う。そして、やはり左の槍による攻撃頻度が明確に下がっている事が分かった。もちろん、それが誘いの可能性はある。ブラフの可能性もある。だが、それをはっきりさせるためにも相手の左側から攻撃を仕掛ける頻度を高める。

 ──攻撃が通る。先ほどよりも多少は、と言った感じでしかないがそれでも通る以上は意味がある。相手の体から鮮血が飛ぶ、量は少量だがこちらの攻撃を防ぎきれずにいる何よりの証拠。ならばねちっこく、しかし油断せず攻撃を仕掛ける。欲を言えば左腕の回復をさせずに相手を焦らせて、あの刹那の攻撃を右腕でも行わせてそれを避けてから反撃の猛攻を行う事で決着をつけるのが最上だろうか?

 無論、そんなこちらの狙いは向こうも分かっているだろう。だからやってこない。左側を集中攻撃されても、誘いに乗ってこない。もしくは、もっとこちらの意識を左側に向けさせたいと考えている可能性もある。そして右側への意識が薄くなったところに、もっと上の切り札を使ってこちらの体を槍で刺し貫いてくる算段を立てているかもしれない。

 それをこちらは考慮していないかのようにふるまう。まさに読み合い騙し合い、それらを武器を使った攻防を行いつつ行う。いつ動くのか分からない以上、こちらはとにかくポーカーフェイスを維持して戦闘を続行する。向こうも時折苦しそうな表情こそ浮かべれど、それぐらいしか表情に動きが無い。

 そんな戦いを続けていると、相手の右の槍を主体に行ってくる攻撃が激しくなってきた。ついに焦れたのか、向こうがギアを一レベル上げてきた感じがする。その攻撃にこちらが怯んだ──ように見せかけつつ、大ぶりの一撃を誘う。が、向こうもその考えを読めているとばかりに大きな一撃は打ってこない。細かく手数で攻めてくる……こちらを細かく削るかのような攻めだ。

(右手一本でこの手数か……左手が回復してこれ以上に相手側の手数が増えたら面倒だな。やはり左側への攻撃を継続して回復させないようにしないとダメか)

 既に八岐の月とレガリオンによる攻撃に加えて、両手に付けている小盾に仕込んでいるアンカー、スネークソードも併用して槍の射程に負けないようにしながら攻撃の手数を維持している。相手が手数で攻めてくるなら、こちらは二刀流&小盾仕込みの武器で対抗する。ただ、これだけ武器を同時併用すると、頭が時折混乱しそうになってくる。

 振り方を一つ間違えれば、他の武器にスネークソードの伸ばしている刃が絡んでしまう。そうなれば一転して此方が防御一辺倒になりかねない。そうならないように振り方一つとっても考えながら行わなければならないのだから、我ながら無茶苦茶な事をやっている物だ。でも、今の集中力ならばやれる。

(それに、手数を補うためにも必要だ。かなり大変だけど、やらないという選択肢はない。正直、この仕込みが無ければ手数で負けて徐々に押される展開になってしまっていただろう。それだけ、相手の手数がすごい。スタミナがどれだけあるのやら……だが、こっちも出来る手段はとにかく使って対抗していかなければ気持ちで負け始めて、そこから勝負に負ける)

 相手の手数に負けて押されるというのは、心理的にかなり厳しいのだ。確実に削られて、逆転を狙って一撃に賭ける事になりかねない。そこを冷静にカウンターされたら致命的だ、そのまま決着がつく事になりかねない。何せそれを自分が狙っているんだから、やられる側になった場合の苦しさも理解している。

 それは向こうも同じだろう。だからこそこうして、手数を増やして負けないように猛攻を仕掛けてきているのだ。この戦いは、この手数を維持できた方が勝つという感じすらしてきた。無論この手数による押し合いを制したからと言って必ず勝てると言う訳ではない。そこから相手の切り札とか最後の一撃とかが飛んでくるのを対処できなければ意味がない。

 それでも、やはりこういう膠着状態からの均衡が破れた時に不利な側にいると辛いものがある。だから、お互いこうして我慢比べをしている状況が出来上がっているのだ。そして、ついに均衡は破れて勢いが傾き始める。押されだしたのは……自分の方だった。あれだけ左側を削る攻撃を仕掛けていたにもかかわらず、左腕の機能をある程度回復したと思われる相手側が左手の槍による手数を一気に増やしたのだ。

 軽い被弾は仕方がない、致命的な一撃だけは避けるは防ぐかすると割り切ってこちらも反撃するが状況は良くならない。確実にHPを削り取られて行く一方だ。ポーションを取り出す暇もないので、回復する事も出来ない。相手の手数の波の前に、アーツを撃つ事も後ろに下がる事もかなわない。

(これが、相手の本領発揮か。だが、まだ自分のHPが尽きたわけではない。少しずつでいいから見切っていくしかない。この程度で終わってたまるか)

 状況が悪い中でも抗う術は、今までの冒険で散々学んできた。この程度の苦境で、投げ出すような軟な心は持ち合わせていない。相手の動きを見て、少しでも抵抗できる数をゆっくりとでも増やしていく。抵抗できればそれだけHPの減りが緩やかになる。そうなれば粘ることが出来て、逆転する目が生まれてくる。

 相手もそれを分かっているのだろうか、ここに来て、さらにギアを上げた。手数を維持したまま、攻撃力を上げるべくまっすぐ突いてきていた槍を捻じるような感じで繰り出してくるようになった。頬を、体を僅かに掠めるだけで自分の血が血飛沫となって宙に舞うのが見える。それを反映するかのように、緩やかになってきていたHPの減少速度が速まってしまう。既に残り二割を切った。

 が、ここで相手の動きが止まった。突きが止まり、荒い息を吐いている。遂に猛攻を続けていたツケが回ってきたらしい。だが、目が死んでいない。間違いなく、疲労こそしたが切り札は持っている者がする目だ。ここでチャンスとばかりに飛び掛かったり、ポーションを飲んだりすればどうなるかを想像したとたん──寒気が走った。

(間違いない、何かある。アーツを使うとか、大ぶりな攻撃をするとか、回復アイテムを使おうとするとかのトリガーを引いたら放ってくる何かが。そうでなければ、こんな寒気を感じない)

 ならば、通常の攻撃で慎重に攻めるのみ。静かに近寄り、八岐の月とレガリオンを用いた通常二刀流で攻撃を仕掛ける。が、このこちらの攻撃を息も絶え絶えにしながら相手は防いでくるが、全てを防ぎきれず時々いい一撃が入る。しかし、先ほどから感じる寒気は増す一方だ。相手はまだ何か持っている、それも一つ二つじゃなくもっと複数……

 ふと嫌な予感がよぎり、バックステップで距離を取った。その直後、自分のいた場所を一陣の風の様な物が横切って行った──その風が過ぎ去ると同時に、体全身に痛みが走った。HPを見ると、ミリ残りしか残量が無い。相手の攻撃なのは間違いない、何をされた? 前を向くと、相手が右手に握っていた槍を振りぬいたような姿で止まっていた。振りぬかれた槍の先は赤く血でで染まっている。

(切られたのか、槍の穂先で。恐らく全力で槍を振りぬいたんだろう……それだけで致命の一撃になりかねない攻撃だ。やっぱり、自分の勘は正しかった。そしてまだ寒気が収まらない……まだ何か隠し持っているのは間違いない。しかし、こちらも崖っぷちだ。攻めるしか道はない。攻め落とすしかない)

 一見隙だらけの相手の姿を見てポーションを飲むか掛けるかしようと一瞬思ったのだが、寒気が収まらないどころかより強くなったので使うのを止めて攻撃を継続する事にした。相手もそろそろ限界の筈だが……先ほどのような攻撃を隠し持っていた事もある。相手が倒れるまで気を抜く事はできない。

 再び慎重に近寄り、攻撃を自分は再開した。今度はこちらの攻撃を半分も防ぐことが出来なくなっていた相手だが、倒しきれない。向こうがタフと言う事だけではないだろう、自分が思い切った攻撃を打ち込めていないのが原因であることは明白。しかし大きな一撃を放とうとすると寒気がするのだ。この直感からくる寒気を無視する事は出来ない。

 そんな削るような戦いを続けていた自分だが、遂に中身のプレイヤーである自分の疲労が限界に達してしまった。それによって集中力が乱れてたった一回、たった一回だけの今までに比べると雑な攻撃を行ってしまった。それを相手は見逃さなかった。その一撃に対して、決して早くはない普段の自分なら放たれても対処できる槍の石突きによるカウンター攻撃。それを、自分はもろに食らってしまった。

(──なんて、無様なやられ方だ。雨龍師匠や砂龍師匠が見ていたら、お叱りだけでは済まないだろうな)

 体の力が抜ける。そのまま自分は仰向けになる形で地面に崩れ落ちて力尽きた。最後に見た相手の顔は、心から安堵している表情だを浮かべていた。こうして今回の挑戦は失敗という形で終了、またしても先に進むのを阻まれてしまった。
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