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第37話 部長と俺のやりたいこと
しおりを挟む夏休みが終わり、二学期が始まった。
校内に活気が戻ってくる中、俺たちは掲示板にポスターを張り出していた。
これは夏休み後半に皆で制作したもので、部活勧誘ポスターの第二弾になる。
以前のポスターには連絡先すら書いていなかったので、今回はしっかりと俺の名前を書いておいた。
『新入部員&顧問募集中!』という一文も加えてあり、朝倉先輩に協力してもらって、イラストそのものも描き直してある。
「なんか、レベルが違う気がするよ……」
掲示板に張られたポスターを見ながら、汐見さんは肩を落としていた。
前回のポスターを描いてくれた彼女には申し訳ないけど、朝倉先輩の画力は群を抜いている。
その工程も見せてもらったけど、指やコットンを使って色を混ぜたり、茶こしやカッターナイフで削ったりと、パステルという特殊な画材を巧みに扱う様子に、俺たちは見入ってしまった。
「さすがパステルの名手。このグラデーションの細かさ、惚れ惚れする……」
姿が見えないのをいいことに、部長はポスターにくっつくようにして目を輝かせていた。
つい忘れがちになるけど、この人も元美術部ってことは、めちゃくちゃ絵が上手いのだろう。
そんな部長が感動するほどの腕前とは……朝倉先輩、恐るべし。
……そんなこんなでポスターを印刷し、各所に張り終える。
今回は以前の場所に加え、朝倉先輩の口利きで二年や三年の学年掲示板にも張らせてもらえることになった。
俺たちだけじゃ無理だったろうし、先輩には感謝しかなかった。
◇
それから数日後。朝のホームルームで、文化部である俺たちにとって重要なイベントの告知がされた。
第34回 京桜祭――いわゆる、文化祭だ。
その開催日は11月3日。文化の日だった。
「あー、お前ら落ち着け。クラスの出し物も追々決める必要があるから、今のうちに案を考えとけよー。二ヶ月なんてあっという間だぞー?」
ざわつく一部の生徒を咎めながら、担任がそう告げる。
一年の俺たちにとって初めての文化祭だし、クラス全体が浮足立つのも無理はない。
「文化祭かぁ……内川君、わたしたちも何かする?」
隣の席の汐見さんも、目を輝かせながら俺を見てくる。
わたしたち……とは、間違いなくイラスト同好会として、という意味だろう。
すぐにアイデアは浮かびそうにないし、あとで部長と話をしてみようかな。
そしてやってきた放課後。俺は真っ先に部室へと向かい、雨宮部長に相談を持ちかけた。
「……というわけで、今年の文化祭、何をしたらいいと思います?」
「そうだねぇ……せっかくだし、なにか大きなことしたいけど……」
二人っきりの部室で、俺の向かいに座った部長はデッサン人形を弄びながら思案する。
「皆で合作して大きな作品を作ろうにも、部費がないから画材が確保できないんだよね。壁一面のイラストを描こうとすると、バケツサイズの絵の具がいくつも必要になってくるし。あれってけっこうなお値段するの」
ぶつぶつ言いながら、人形の両手を右へ左へと動かす。
俺たちの実力うんぬんの前に、材料費という壁が存在するようだった。
俺も一緒になって考えるも、なかなかいい案は浮かばなかった。
「内川君、おつかれー」
「おつかれさま」
その時、部室の扉が開いて汐見さんと朝倉先輩がやってきた。その手には透明な袋に入ったドーナッツが握られていた。
「これ、差し入れだよー。昨日、料理部で作ったの」
「そうなんだ。ありがとう」
汐見さんから差し出されたそれを両手で受け取る。
きつね色の生地の上に、ピンクのストライプ模様が描かれていた。甘い匂いが袋越しに鼻腔をくすぐる。
「よかったら、こっちは部長さんに届けてあげて」
続いて、朝倉先輩が別の袋に入ったドーナッツを俺の前に置く。
一瞬、部長に視線を送ってしまうも、朝倉先輩は朗らかな笑顔で「部長さん、ドーナッツが好きって言ってなかった?」と付け加えた。
そういえば以前一緒に帰った時、部長がドーナッツ好きだと伝えた気がした。
彼女はそのことを覚えていて、わざわざ部長の分まで用意してくれたらしい。
「さっちゃん……気持ちはすごく嬉しいよ。泣きたくなるくらい……!」
俺の向かいに座った部長は瞳をうるませていたかと思うと、名残惜しそうに席を立ち、壁際へと進んでいく。
「うう、目に毒だ。見ないぞ」
そして壁に額をこすりつけるようにしながら、そう呟いていた。
幽霊なので食べ物は口にできない……という話は聞いていたけど、それほどまでにドーナッツが好きなのだろう。朝倉先輩に悪気はないのだろうけど、あまりに可哀想だった。
「ちーっす」
部長に憐れみの視線を送っていると、翔也がやってくる。
メンバーも揃ったということで、俺は文化祭に向けた話し合いをすることにした。
「……というわけで、皆で何かしようにも、費用の問題があってさ」
少し前に部長とした話を、部員たちにも話して聞かせる。皆一様に当惑顔をしていた。
「ねぇ、イラスト同好会単独で作品を作れないのなら、裏方的なことをやってみるのはどうかしら」
ややあって、朝倉先輩がそう口を開く。
「裏方……ですか?」
「そう。文化祭では大抵のクラスが演劇や模擬店をやるわ。劇なら背景、模擬店なら看板が必要だろうし、クラスで作るのも一苦労。そこで、その一部を私たちで請け負うの」
「それは私も考えたけど……違うんだよ。私がしたいのは外注じゃないの。自分たちの作品を作りたいの!」
いつしか俺の隣にやってきた部長が声を大にして言うも、それは俺の耳にしか届いていなかった。
「先輩、もし仕事を引き受けたとして、画材はどうするんですか?」
「京桜祭実行委員会から認可を受けた出し物なら、きちんと申請すれば費用が下りることになっているわ。心配無用よ」
汐見さんの質問に、朝倉先輩が人差し指を立てながら答える。去年の文化祭を経験しているだけあって、なんとも言えない頼もしさがあった。
だけど……。
「設備協力ってことで名前を出してもらえるようにお願いすれば、イラスト同好会の名前も売れるかもね」
「だな。じゃあ、俺がそれとなく話を広めてやるよ。色々な部活に出入りしているから、知り合いも多いしな」
「よろしくー。翔也もたまには役に立つね」
「たまには、は余計だ」
「……ごめん皆、ちょっと待って」
今にも話が決まってしまいそうな流れの中、俺は立ち上がってそれを制する。
「裏方っていう案も、いいとは思うんだ。だけど俺は……できたら皆と作品を作りたいと思ってる。どんな小さなものでもいいから、イラスト同好会の皆で作りたいんだ」
思わず、部長の言葉を代弁するようにそう口にする。
「護くん……」
部長は目を見開き、驚嘆の声を出していた。それを横目に、俺は続ける。
「朝倉先輩の意見は的を射ていますし、実績作りとして正しいのはわかっています。だけど俺は……皆と作品を作りたいんです」
「そうだったの。内川君の気持ちも考えず、勝手に話を進めてごめんなさい。もう一度、皆で話し合いましょうか」
明らかに感情的になっている俺をなだめるように言い、彼女は穏やかな笑みを浮かべる。
それを見た俺は少し冷静になり、元の席へと腰を落ち着けたのだった。
……その後、イラスト同好会として何ができるか話し合うも、特に妙案も出ないまま、その日は解散となった。
一人、二人と部室をあとにし、気がつけば俺と部長だけが残されていた。
「……護くん、私の意見を言ってくれて、ありがとね」
「いえ、俺も皆と作品、作りたかったですし。その気持ちは部長と同じですよ」
「そっか。やっぱり私たち、似た者同士だ」
いつの間にか胸に抱いたドーナちゃん人形に顔を半分埋めながら、彼女は微笑む。
それを見ていると、俺も胸の奥が温かくなった。
「あー、イラスト同好会の部室って、ここ?」
……その時、部室の入口から声がした。
見るとそこに、一人の男子生徒が立っていた。
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