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第33話 膝枕と、ビデオ通話

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 部活に勤しんでいるうちに夏休みは過ぎ、いつしか8月になった。
 雨宮あまみや部長は相変わらず夜になると俺の部屋で過ごし、今日も俺のベッドに寝っ転がって愛読書の恋愛小説を読んでいる。

「あー、そういうことだったのか……!」

 物語の伏線が回収されたのか、時折声を上げる部長を後目に、俺は宿題と向き合っていた。
 俺はどちらかというと、夜のほうが集中できるタイプだ。

「夏休みの宿題、終わりそう?」

 切りのいいところまで読めたのか、本を閉じる音のあとにそんな声が飛んできた。

「まあ、このペースで行けば大丈夫だと思います」
「新学期早々補習になって、イラスト同好会の活動に支障が出ないようにしてくれたまえよ」
「そうならないように頑張ります。えーっと、これは……」

 背後の部長とそんな会話をしながら数学の宿題を解き進めていると、ある問題で手が止まる。

「ああ、そこは三章に出てきた公式を使って解くの。応用だから、ちょっとややこいけど」
「あ、そういうことか……ありがとうございます」

 そんな俺を見かねてか、ひょこひょことやってきた部長がそう教えてくれた。
 普段の言動から忘れがちになるけど、この人は俺や朝倉あさくら先輩より歳上なのだ。
 そして本人は大っぴらに言わないけど、成績優秀なのは間違いない。
 現にこうして、何度も彼女に教えてもらっているし。

「そういえば部長って、眠くなったりしないんですか?」
「んー? 寝るよ?」

 再びベッドに戻る彼女を見ながら、なんとなく尋ねてみると、そんな言葉が返ってきた。
 どうやら24時間起きっぱなし……というわけではないらしい。

「お寺の近くを通りかかった時に、どこからともなく読経が聞こえてきたら、一気に眠く……」
「それ、聞き入っちゃダメなやつですから」

 思わず苦笑するも、彼女は「冗談だけどねー」と言いながら、からからと笑った。

「でも、寝るのは本当だよ。部室とか……外に締め出された時は校庭でも寝た」
「ええ……大丈夫だったんですか」
「平気だよ。誰にも見えないから襲われることもないし、風邪もひかないしさ」
「それはそうでしょうけど……やっぱり心配になりますよ」
「えへへ、まもるくんは優しいなぁ……はっ」

 俺の枕を抱きしめながら体を揺らしていた彼女が、何かに気づいたかのように固まった。

「今、私の姿が見えているのは護くんだけ……ということは、今もしこの部屋で寝ちゃったら襲われちゃう!?」
「襲いませんから! 蔑むような目で見るのやめてください!」

 つい叫んでしまった。いくらなんでも、俺にそんな度胸はない。

「……うん?」

 部長とそんなやり取りをしていた時、スマホからメッセージの受信音が響いた。

『(ほのか) 8月14日、今年も汐見神社で盆踊りやります! 納涼花火大会も同日開催だよ!』

 メッセージアプリを開いてみると、汐見しおみさんからのそんなメッセージがイラスト部(仮)のグループに送られてきていた。

『(翔也) お、今年も決まったか』
『(内川) 盆踊り?』
『(ほのか) 毎年うちの神社でやってる盆踊りなの』
『(ほのか) イラスト同好会の皆で参加しない?』
『(翔也) ほのかは神社の仕事あるだろw』
『(ほのか) なんとか抜け出す(๑•̀ㅂ•́)و✧』
『(朝倉沙希) 盆踊りがあるのね』
『(ほのか) ですです。先輩も参加しましょうよ!』
『(翔也) 今年もあのインチキ輪投げ屋来るのか?w』
『(ほのか) たぶん来ると思う』
『(翔也) マジかよ』
『(朝倉沙希) いいわね。盆踊ろ』

 画面上に流れるメッセージを部長と一緒に眺めていると、あることに気づいた。
 朝倉先輩の返信が異常に遅いのだ。彼女のメッセージはワンテンポ……いや、数テンポ遅い。
 誤字っているし、どうやらスマホの文字入力が苦手のようだった。

『(朝倉沙希) 申し訳ないのだけど、皆で通話はできないかしら』
『(朝倉沙希) 文字を打つのが、苦手で』

 そのまま打ち合わせを始めたところ、朝倉先輩からそんなメッセージが飛んできた。

『(ほのか) いいですよ!』
『(翔也) 俺も構わないっす』

 二人に続いて、俺も承認のメッセージを送る。ややあって、ビデオ通話が起動した。
 スマホの画面が三分割され、それぞれに朝倉先輩、汐見さん、翔也しょうやといった、見知った顔が映し出される。

「って、これ、ビデオ通話!?」

 その直後、汐見さんが大きな声を出す。反射的に彼女の画面を見ると、お風呂上がりなのか、頭にタオルを巻いていた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 急いでカメラをオフにしたのか、彼女の画面が消え、ドタバタという足音だけが聞こえてくる。

「……あいつ、油断してたな」

 灰色のTシャツを着た翔也が言う。その背後には有名なロボットアニメのポスターがでかでかと貼られ、棚の上には様々な種類のプラモが並んでいた。

「ごめんなさいね。操作がイマイチわからなくて……普通の通話もあるのかしら」
「ああ、大丈夫っすよ。このまま続けていいっすから」

 困り顔で画面を操作しようとする先輩を翔也が止める。
 画面の向こうの朝倉先輩は薄青色の部屋着を着ていて、その後ろに見える部屋はモノトーン調に統一されていた。どことなく高級感がある。

「いやー、ごめんごめん。おまたせー」

 それからしばらくして、髪を乾かしたらしい汐見さんがビデオ通話に復帰した。

「……川君がいること、すっかり忘れてた……」

 続いて小声で何か言っていたけど、よく聞こえなかった。

「ほのかっちの部屋、かわいいー。猫だらけだね」

 その直後、画面に映し出された汐見さんの部屋を見た部長が、そんな感想を口にする。
 確かに部屋中が猫だらけだ。よく見たら、彼女のパジャマも猫の肉球柄だし。

「……なんか今、内川君の画面に変なノイズ入らなかった?」
「え?」

 その矢先、汐見さんはそう言って顔をひきつらせる。他の二人の画面を見ると、同じようにいぶかしげな顔をしていた。
 これはもしかして、部長が画面に向かって話したのが原因なのだろうか。
 姿は映らないし、声も届かないけど、その存在が何かしらの力によってノイズを発生させているのかもしれない。

「三原くんの部屋にあるロボットが気になる……あれは一体何だろう」

 俺の画面を覗き込みながら、部長が呟く。画面の向こうの皆の反応を見る限り、再びノイズが発生したようだ。

「あー、電波が悪いのかも、近くで電気工事しててさ。そのうち直るよ」

 皆にはそんな説明をしつつ、俺はノートの端に『部長、喋らないほうがいいかもしれませんよ』と書き記し、彼女に見せたのだった。


 その後は雑談を交えつつ、盆踊りの予定を皆で話し合う。
 一方で、部長は会話に参加できないのが不満なのか、むすっとした表情でベッドの上に座っていた。

「そういえばこの前、部室のお菓子がなくなってたんだけど……あれって絶対翔也だよね?」
「は? ちげーし」

 二人のやり取りを聞きながら、ごめん、あのお菓子、食べたの俺なんだ……なんて考えていると、おもむろに太ももに重さを感じた。
 視線を下げると、なぜか部長が俺の太ももに頭を載せていた。俗に言う、膝枕だ。

「ちょっとごめん」

 俺はマイクをミュート状態にして、部長に話しかける。

「ちょっと部長、何してるんですか」
「退屈だから、膝枕してもらおうかなーと。これなら喋らないし、いいでしょ?」

 拗ねたような口調で言い、ぐりぐりとわざとらしく頭を擦りつけてくる。

「この体勢、なんか安心できるし……ほらほら、皆待ってるよー。早く通話に戻らないと」

 部長はそう言って、目をつぶってしまう。これは、どうやっても動いてくれそうにない。
 俺はため息をついてから、マイクのミュートを解除した。

「ただいま」
「内川君、なんか顔赤い気がするけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫。特に熱はないし、画面のせいだよ」

 通話に復帰すると同時に汐見さんからそんな心配をされ、俺は必死に誤魔化す。
 だけど、顔が熱くなっているのは自分でもよくわかっていた。
 ……だって、膝の上の部長、気になりすぎる。これじゃ会話に集中できない。

「……それじゃ、また部室でねー」
「またなー」
「内川君、おやすみなさい」

 部長に膝枕しつつ通話すること、30分弱。結局、その内容はほとんど頭に残らなかった。

「部長、終わりましたよ。そろそろどいてください」

 通話を切ってから部長に声をかけるも、反応はない。

「部長……?」

 その顔を上から覗き込むと、小さくも規則正しい寝息が聞こえてきた。
 どうやら熟睡してしまっているらしい。

「本当に寝ちゃったんですね……しょうがない人だなぁ」

 俺は部長を起こさないようにベッド上のタオルケットを掴むと、それを彼女にかけてあげる。

「もしかしてこのまま、朝まで起きない……なんてことないですよね。明日、部活があるんですけど」

 なんとものんきな寝顔を眺めながら、俺はそんなことを呟く。
 すでに足は痺れているし、今日は長い夜になりそうだった。
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