16 / 54
第15話 初デートはヒトカラ? 後編
しおりを挟むカラオケの受付を終えて部屋に入るも、その直後に俺は違和感を覚えた。
「……なんか、狭くないですか」
「うん、狭い気がする」
俺と雨宮部長が通された部屋の広さは、二人で使うには明らかに狭く、一人用に近い感じだった。
設備を見ても、テーブルと長椅子が一つあるだけ。マイクも一本しかなかった。
「……まさかこの部屋、一人カラオケ専用の部屋だったり?」
室内を見渡しながら、部長は顔をひきつらせる。
そういえば最近は一人カラオケがブームらしく、店によっては専用の部屋が用意されている……なんてニュースを見た記憶がある。
「内川くんが一人で受付したから、一人カラオケと勘違いされたんだよ、きっと」
「いやまあ、確かに一人だったですけど……」
部長の姿は店員さんには見えないし、俺一人で来店したように思えたかもしれないけど……実際には二人で来ているのだ。それだと、この部屋は狭すぎる。
「いくらなんでも狭いですよね……部屋、変えてもらいます?」
「でも、さっき受付で部屋の変更はできないって言ってたよ? 大型連休中だからって」
「あー、言ってましたね。そんなこと」
店員さんとのやり取りを思い出し、俺は頭を抱える。
「まあ、文句言っても仕方ないし、とりあえず歌おうよ!」
そんな俺をよそに、部長は開き直ったかのようにマイクを手に取る。
「ところでこのマイク、私の声を拾ってくれるのだろうか」
彼女は恐る恐るマイクの電源を入れ、ぽんぽんとヘッド部分を叩く。無反応だった。
「あ~! ただいまマイクのテスト中~!」
「……マイク、反応してないみたいですね」
続いて声を張り上げるも、その声が大きくなっている様子はなかった。それでも部屋が狭いせいか、十分な声量に思えた。
「ぐぬぬ……ダメか」
心底悔しそうな部長からマイクを受け取り、軽く声を出してみる。自分でも驚くほど声が大きくなった。
どうやらマイクも彼女のいうところの『意志を伝えるもの』に含まれるようで、持つことはできるものの、機械的に反応しないらしい。
「いいもん! この部屋狭いから、大声出して歌うし!」
半分拗ねたように言いながら、長椅子に腰を下ろす。そして目の前にあった入曲リモコンを手にする。
「うぐっ……こっちも反応しない」
しかし、それも反応せず。スマホが反応しないのだから、当然といえば当然だった。
「ま、負けないぞっ……文明の利器に頼らず、こっちを使おう」
続けてそう言い、テーブルの下から分厚い本を取り出した。
「それ、なんですか? 随分古そうですけど」
部長の隣に腰を下ろしながら尋ねる。昔、祖母の家で見た電話帳のようだった。
「曲番号が載ってる本だよ。私はそのリモコン使えないから、これで曲探すの」
言うが早いか、ぱらぱらとページをめくっていく。
これも部長の姿が見えない人からしたら、勝手にページがめくれているように見えるのだろうか。
「私は時間かかるから、内川くんお先にどうぞ」
「え、お先にどうぞと言われても……」
俺は手渡されたリモコンを見ながら固まってしまう。これまでカラオケで歌ったことすらないのに、いきなりトップバッターなんて無理だ。
「仕方ないですなぁ。それでは僭越ながら、私が一番手を……内川くん、この番号入れて」
俺が躊躇していると、部長のほうが先に曲を選び終わったみたいだ。彼女はどこか嬉しそうに言って、本を差し出してくる。
そこに書かれていた番号を入れると、軽快なイントロが流れ始めた。
少し前に流行ったアイドルのもので、一時期毎日のようにテレビで流れていた曲だ。俺にも聞き覚えがある。
「内川くん、マイク貸して」
「え、でも反応しませんよね?」
「雰囲気が大事だから! いいから貸して!」
気圧されながらマイクを手渡すと、彼女は上機嫌で歌い始める。
……上手い。
その歌唱力もさることながら、歌うことを楽しんでいる――そんな印象を受けた。
……しかし、そんな彼女の歌声よりも、気になったことが一つ。
近い……ひたすらに近い。
本来一人用の部屋だからか、設置されている椅子は微妙に幅がない。
それこそ、二人で座ったら肩が触れ合ってしまう距離だ。服越しに彼女の体温が伝わってくる。
それに気づいてしまったことで、歌の後半はほとんど耳に入らなかった。
「はー、三年ぶりだから声の出し方がイマイチわからなかったよー。ほい、次は内川くんの番」
満ち足りた表情を浮かべながら、部長は俺にマイクを渡してくる。
今の歌でイマイチ? 音程も完璧だったし、何よりマイクが反応していないことを忘れそうなくらいの声量だったけど。
内心恐怖すら覚えながら、俺は歌えそうな曲の番号を入力したのだった。
「……特徴的な歌声だったね! リズム感はよかったよ!」
そして俺が歌い終わると、部長は言葉を選ぶように感想を口にする。
「言ったでしょう、カラオケは初めてなんですよ」
そう言い訳するのが精一杯だった。とてもじゃないけど、部長が近すぎて緊張したんです……なんて言えなかった。
「じゃあ、少しでも上手くなって帰ろう! ここ、採点もできるし!」
「自分の下手さ加減を再認識したくないんですが」
「いいからほら、採点機能入れて!」
結局、部長に押し切られる形で採点機能をオンにする。その流れで、もう一曲続けて俺が歌うことになった。
「71点……」
歌い終わったあと、画面に表示された数字は無慈悲だった。
この手の機械はそれなりに歌い手を持ち上げてくれると聞くけど、画面に表示された全国平均点に比べても、俺の得点が低いのは明白だった。
「こ、これを基準にして、次は1点でも上を目指そう!」
部長はそう言って励ましてくれるも、続く彼女の歌を聴いてしまうと、その実力差を嫌でも思い知らされる。
「ぐぬぬ、今のは絶対80点台後半はいってたよね?」
部長の歌はマイクが拾わないので、採点結果は常に『測定不能』と表示される。それが俺にとって、唯一の救いだった。
点数は出ていないけど、もしかしたら90点台は硬いかもしれない。それくらい、彼女の歌は上手かった。
……そんなこんなで時間が過ぎ、だんだん歌のレパートリーもなくなってくる。
「そろそろ持ち歌もなくなってきた感じ? じゃあ、これ入れてみる?」
「え、これってデュエット曲ですよね?」
「有名なやつだけど、歌えない?」
「一応、歌えますけど……」
そんな俺を察してか、部長が選んだのは男女で歌うデュエット曲だった。
その気持ちはありがたい。ありがたいのだけど……。
「ほら、もっとくっつかないと」
「は、はい……」
マイクは一つしかないし、歌詞を見るために同じ画面を覗き込むということもあって、必然的に距離が近くなる。
それこそ、完全密着といってもいいくらいだ。下手に腕を動かしたら、彼女の胸に触れてしまいそうで怖い。
「内川くん、声出てないよー。もっと頑張れっ」
俺の心配をよそに、部長はどこまでもテンションが高かった。
そんな彼女を見ていると、俺はあることに気づく。
部長はただ歌うだけじゃなく、自分の歌を誰かに『聴いて』ほしかったのかもしれない。
この人の歌を聴くことができるのは、俺だけだし。
そういうことなら、なるべく長くこの時間を楽しんでもらおう……俺は心の底から、そう思ったのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる