15 / 54
第14話 初デートはヒトカラ? 前編
しおりを挟むそして5月3日。俺は約束通り、校門前にやってきた。
その門はしっかりと閉じられていて、まだ雨宮部長の姿はない。
校門に背を向けて彼女の到着を待つ。耳を澄ますと、大型連休中も練習をしているのか、野球部らしき声が聞こえてくる。
「……なんか、今更ながら緊張してきた。こんな服でよかったのかな」
なんとなくスマホをいじっていると急に不安になって、俺は自分の服装を確認する。
白いシャツの上にネイビーのジャケット、それに黒のチノパンというスタイル。
絵ばかり描いていて外に出ることが少なく、ファッションセンスなんてはまったく自信がない。
「内川くん、おまたせ!」
「うわっ」
アウターの端をつまみながら、これで大丈夫だろうか……なんて考えていた時、真横から部長の声がした。
反射的に顔を向けると、俺の目と鼻の先に彼女が立っていた。
「てっきり、正門のほうから来るとばかり」
「そっちだと、柵を乗り越えないといけないし。裏門から出てきたの」
「ああ……」
彼女の言葉から察するに、裏門は開いているらしかった。部活をやっているのだし、通用口として開放されていても不思議はない。
「なんか私服の内川くんって新鮮。こんな恰好でごめんね」
部長は俺の全身をしげしげと眺めたあと、そう言いながらスカートの裾をつまむ。彼女はいつもと変わらぬ制服姿だった。
幽霊なのだから、服装も変わらない。今考えれば至極当然だった。
……まあ、制服も似合っているし、かわいいからいいのだけど。
「俺は気にしませんよ。それで、今日はどこに行くんです?」
「駅前でやりたいことがあるの」
「それなら、もう少ししたら駅前行きのバスが来ますね」
「あと2分後かぁ。私の姿は内川君にしか見えないから、料金は一人分だね」
少し身をかがめて時刻表をチェックしていると、部長も同じように覗き込んできた。その拍子に彼女の髪が俺の頬に触れ、シャンプーのような良い匂いがした。
「……む? 内川くん、どうかしたのかい?」
「い、いえ」
当の本人は特に気にしている様子はないけど、俺は胸の鼓動が早くなっているような気がした。
部室で一緒にいる時は、こんなふうになることなんてないのに……なんて思っていると、まるで助け舟のようにバスがやってきた。
「来ましたね。乗りましょう」
「うん。内川くん、今日はよろしくね」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
眩しい笑顔を向けてくる彼女とともに、俺はバスに乗り込む。
こうして、俺以外には姿が見えない幽霊部長との、なんとも奇妙なデートが始まった。
◇
バスに揺られること、20分弱。俺たちは駅前に到着した。
「おお、けっこう人多いねぇ」
俺に続いて停留所に降り立った部長は、驚きの声を上げながら周囲を見渡す。
バスに乗っていた人間のほとんどがここで降りたようだし、まして今は大型連休の真っ最中。人が多いのも当然だった。
「うはっ、人の多さに圧倒される。これは酔う」
そう言いながら、部長はその場から動けずにいた。
俺も人混みは苦手だけど、このままここに居続けるわけにもいかない。
「それで、部長のやりたいことってなんですか?」
人が多いこともあり、部長と多少喋ったところで、その声は喧噪に紛れて周囲には聞こえない。ある意味、好都合だった。
「向こうにお店があるんだけど……あの人波、飛び込んだら確実に溺死する。幽霊部長は二度死ぬ」
よくわからないことを言った直後、彼女は俺の手を握ってきた。
「というわけで、手を繋いでいこう。絶対に離さないでね」
今にも泣きそうな顔でそう言ったあと、部長は俺を連れ立って歩き出す。
目的地がお店ということは、買い物でもするのだろうか。けれど、彼女は食事ができないし、スイーツ目当てでもないと思う。
それらしい答えが思い浮かばぬまま、俺は部長に付き従ったのだった。
「あっれー、この辺だったと思うんだけど」
人混みをかき分けるように進むことしばし、部長ははたと立ち止まり、何かを探すように視線を動かす。
「もしかして、お店の場所がわからないんですか?」
「以前はこの辺から看板が見えたんだけど……ひょっとして私が死んだあと、潰れちゃったのかな」
「そんなお店に連れてこないでくださいよ」
「あ、あったあった。別の看板ができて、見えづらくなってただけだったよー」
思わず苦笑した時、部長がそう言って再び歩き出した。
その看板とやらを目視する暇もなく、俺は目の前の建物に引っ張り込まれた。
俺たちが足を踏み入れた先は、ラウンドフォーだった。
ここは様々な娯楽設備が揃った総合アミューズメント施設で、ボーリングやカラオケ、ゲームセンターなどが入っている。少人数から団体まで対応しているので、学生の遊び場として常に候補に上がるほど人気のある場所だ。
「ラウンドフォーじゃないですか。ここで何をするんです?」
「カラオケ! ずっと行きたかったの!」
人混みから離れたことで手を離してくれた部長に尋ねると、跳ねるような声が返ってきた。
絶えず賑やかな音楽が流れているし、ここでも彼女と話していても変には思われないだろう。
かといって、俺もカラオケは初めてだ。歌は嫌いじゃないけど、家族とも行ったことはない。
「あの……俺、カラオケは初めてなんですけど」
「おお、それなら、私が手取り足取り教えてあげよう!」
正直に話すと、部長はより一層嬉しそうな顔をした。
「まずは受付しなきゃ。こっちこっち」
そして笑顔で手招きする彼女に誘われて、俺は受付カウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ。こちらはカラオケの受付になります。お一人様ですか?」
「ふた……いえ、一人です」
思わず二人と言いそうになって、慌てて訂正する。
部長の姿は俺以外には見えないので、ここでも料金は一人分だ。
お得感はあるものの、これって第三者目線から見ると、ヒトカラってやつじゃないだろうか。
なんか……寂しい人間と思われてそうだ。受付のお姉さんの視線が痛い。
「かしこまりました。お部屋はどうされますか?」
「え、部屋?」
「機種によって部屋が違うんだよ。私のオススメはこっち」
頭上に疑問符が浮かんだ時、部長がそう教えてくれる。
「えっと、じゃあ、これで」
俺には機種なんてよくわからないので、雨宮部長のおすすめを選択しておいた。
「大型連休中ですので、お部屋の変更はできかねます。ドリンクと時間はどうされますか?」
「時間? 時間は……」
……その後も、ちょくちょく部長に助けてもらいながら、俺はなんとか手続きを済ませたのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる