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第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』

第18話『親子の再会と、秘密の告白』

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 しまねこカフェに戻ると、その入口に春歌はるかちゃんがいた。

 ……そして、その足元には見知らぬ黒猫の姿もあった。

「今日帰るので、挨拶に来ました。会えて良かったです」

「そ、そうなのねー。帰りの船の時間は聞いてたから、お見送りには行くつもりだったのに。わざわざ来てくれてありがとー」

 そんな会話をしつつも、あたしの意識は彼女の足元にいる黒猫に釘付けだった。

 耳はカットしてあるのでさくら猫であることは間違いない。けれど、名前がわからなかった。

「ところで、その黒猫は?」

「はい。私が泊まっている宿に最近住み着いた子らしいんです。なんか懐かれちゃったみたいで、ここまでついてきてくれたんですよ。宿の人いわく、外に出るのは珍しいそうです」

「もしかして、スズとクロの母親?」

 彼女の話を聞いたあたしは、ある種の確信めいたものを感じつつ、黒猫に声をかける。

「そ、そうですが。あなたはあの子たちを知っているのですか?」

「やっぱり! よかった! ずっと探してたのよ!」

 あたしは嬉しさのあまり、目の前の黒猫を抱き上げる。その子は一瞬驚いた顔をしたものの、腕の中に収まってくれた。

「スズとクロも、飼い主の双子ちゃんたちも心配してるのよー」

「そ、それは……ご迷惑をおかけしました。ですが、私にも思うところがありまして」

「思うところ? 何よそれ」

「あの、小夜さよさん、誰と話して……?」

「……はっ」

 その時、驚愕の表情を浮かべた春歌ちゃんに声をかけられ、あたしは我に返る。

 ようやく母猫を見つけられた喜びもあって、周りが見えなくなっていた。

 猫と喋っているところ、がっつりと見られてしまった。

「まさか、小夜さんは猫とお話ができるんですか?」

「えっと、今のはそのー」

 あたしは母猫を地面に下ろし、しどろもどろになりながら必死に言い訳を考える。

「そうですよ! サヨはすごいのです!」

 その矢先、お昼寝から目覚めていたらしいヒナが飛び出してきて、高らかにそう言い放った。

 ちょっとヒナ、そこで援護射撃いらない! 普通、信じないから! あたし、確実にヘンな子に思われるから!

「すごいです。そういうのって、映画やお芝居の中だけかと思っていました」

 ほら、全然信じて……あれ?

 続く彼女の言葉に、あたしは呆気にとられる。

「春歌ちゃん、今の話、信じてくれるの……?」

「もちろんです! だって、素敵じゃないですか!」

 彼女は屈託のない笑顔で言い、あたしの手を握ってくる。

「実は、なんとなくそうじゃないかなーって思ってました」

「そ、そうなの……?」

「はい。以前、港でミミとハナの言葉を代弁してくれたじゃないですか」

「あー、そう言われれば、そう、ねー」

 あの時は、姉妹猫の気持ちを春歌ちゃんに伝えたい一心だったし。今になって思えば、疑われても仕方がない。

「それで、猫とお話ができる小夜さんに、改めてお願いがありまして」

 あたしが後悔の念にかられていると、春歌ちゃんは瞳をキラキラと輝かせながら、顔を近づけてくる。

「は、はい。なんでしょうか」

「私、ミミとハナとお話がしたくて。通訳をお願いできますか!?」

「つ、通訳?」

「そうです! ぜひお願いします!」

「は、はぁ。それは構わないけど」

「ありがとうございます! では、さっそく港に行きましょう。ああ、もっと早くこの事実に気づいていれば!」

 そう言う間にも、彼女はあたしの手を握り、港に向けて駆け出さんとしていた。

「ちょっと春歌ちゃん? 大丈夫? キャラ変わってない?」

「最終便の時間まで二時間もないのが悔やまれます。荷造りはお母さんに丸投げするとして、ちょ~るくらい持って行ってあげたいですよね」

 思わず問いかけるも、彼女は全く気にする様子はない。どうやら、推し猫のことになると性格が変わってしまうらしい。

「いくらでも付き合うけど、その代わり、あたしが猫とお話できることは秘密ね。お願いだから」

「わかってます。わかってます」

 ホントにわかってんのかしら……なんて考える間にも、あたしは春歌ちゃんに引っ張られ、港へと歩みを進める。

 そこで最終便の出港時間ギリギリまで、彼女のためにミミとハナの言葉を通訳し続けたのだった。

 ……まさかの展開になったけど、あたしの能力に対する理解者が一人増えたと思えば、喜ばしいことなのかもしれない。

 ◇

 翌日の午後。あたしはスズとクロの母猫を連れて、双子ちゃんの家を訪ねていた。

「あのー、ごめんくださーい」

「はいはい……おや、どちらさまかな」

 扉越しに声をかけると、やがて一人の男性が姿を現した。

「初めまして。月島小夜つきしま さよといいます。こっちは親戚のヒナです」

「こんにちは!」

「ああ、敏夫としおさんから話はうかがっていますよ。夏田なつだです。このたびはご迷惑をおかけしました」

 二人で挨拶をすると、男性はそう言って一礼する。

 島に引っ越してきたばかりということもあるのか、その腰の低さに驚く。

 おじーちゃん相手ならまだしも、中学生のあたしやヒナに対しても敬語で接してくれるとは思わなかった。

 その態度に恐縮しつつ、あたしは本題に入る。

「それで……この子なんですが、スズとクロのお母さんで合っていますか?」

 そう尋ねながら足元の黒猫を指し示すと、夏田さんは目を見張る。

「おお……確かに、うちのモカに間違いないです。おーい、真鈴まりん花鈴かりん、ちょっとおいで」

 続いて声を弾ませながら娘たちを呼ぶ。

「おとーさん、どうしたのー?」

 ややあって、奥の廊下から例の双子ちゃんがひょっこりと顔を覗かせた。

 そんな彼女たちに続くように、双子猫たちも顔を出す。

「おかーさん!」

 そして、直後に声を重ねて叫んだ。

「あー、モカ、おかえりー」

 続けて飛んできた双子たちの声に後押しされるように、二匹の子猫は飛び出し、まるで体当たりをするように母猫に飛びついた。

「敏夫さんから、島の猫については小夜さんが詳しいと聞いていましたが、本当に見つけてくださるとは。ほら、二人もお礼を言って」

「おねーちゃん、ありがとー!」

 双子ちゃんたちは全く同じ動作で頭を下げてくれ、あたしは思わずはにかんでしまう。

 モカを見つけたのは春歌ちゃんだし、あたしは今回、何もしていないのだけど。

「やっと、やっと会えた!」

「おかーさん、もうどこにも行かないでよ!」

 それでも、愛おしそうに顔を擦り寄せるクロとスズを見ていると、なんとも言えぬ充実感が胸の中にあふれてきた。

 ……その一方で、あたしはここに来る道中にモカから聞いた話を思い出していた。


「……実は、そろそろ親離れさせようかと考えています」

「親離れ?」

「はい。この島は安全な場所だと聞いていますし、いつまでも母親にべったりというのもどうかと思ったのです」

「それで、わざと身を隠していたの?」

「はい。きっかけは偶発的なものでしたが、良い機会だと思ったのです」

「でも急にいなくなったせいか、クロもスズも寂しがっていたわよー?」

「そうですか。多少の未練はあると予想していましたが、まさか連日のように探し歩いていたとは」

「それだけ、おかーさんが好きだってことよー」

「そのようですね。お恥ずかしい話ですが、もう少しだけ甘えさせてやろうと思います。それから、しっかりと言い聞かせます」

 ……そう口にするモカは、しっかりと母の顔をしていた。


「えへへ、おかーさーん」

「はいはい、相変わらずクロは甘えん坊ね」

 ……いくら仲の良い親子でも、いずれは独り立ちの時期が来る。それが猫の世界の決まりごとだ。

 ……だけど、今だけは。

 もう少しだけ、あの子たちを甘えさせてあげてほしい。

 ようやく再会を果たした親子を見ながら、あたしは心からそう願ったのだった。

 ◇

 家族水入らずの時間を邪魔しては悪いと、あたしとヒナは早々に夏田さんの家をあとにする。

「皆さん、嬉しそうでした!」

「そうねー。色々思うところはあるかもだけど、やっぱり家族は一緒じゃなきゃ」

 ヒナと手を繋いで夕日の中を歩きながら、そんな会話をする。

 彼女の言う『皆さん』とは、猫たちだけでなく、夏田さんたち家族全員が含まれているような気がした。

 ……そういえば、全く音沙汰がないけど、ヒナの家族探しはどうなってるのかしら。

 普段は明るく振る舞っているこの子も、本当の家族に会いたいはずなのに。

 そんなことを考えているうちに、しまねこカフェに到着する。

 すると、ウッドデッキに備え付けられたテーブル席に、一人の女性が座っているのが見えた。

 彼女はどこかで見た、青い帽子を被っていた。
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