上 下
30 / 39
第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』

第13話『島の祭りと、花火大会 その4』

しおりを挟む

 お腹が膨れたあとは、花火までの時間を射的や輪投げといった定番の遊びをして過ごす。

 射的では、新也しんやがなっちゃんに良いところを見せようと張り切っていたけど、見事に空回り。

 残念賞として渡されたキャラメルを見つめる新也の背中には、哀愁が漂っていた。

「とりゃー! あー、おしい」

 次に輪投げに挑戦するも、これまた一筋縄にはいかない。

 浴衣の袖を上げて気合を入れたものの、狙った景品からわずかに外れた。

小夜さよちゃん、手首のスナップを利かせて輪っかを水平に回転させながら投げればいいんだよ。そうすれば安定するから」

 何度目かわからない失敗のあと、隣にやってきた裕二ゆうじがそんなアドバイスをくれる。

 ……どうせなら、やる前に教えてほしかった。

「むー、そう言うなら裕二がやってみなさいよ」

「え、僕?」

「それだけ自信満々に言うんだし、さぞかしうまいんでしょ?」

 少し悪戯っぽく言うと、彼は一瞬たじろぐ。

「い、いいけど……どれがほしいのさ」

「端っこのアレ」

「猫のぬいぐるみ?」

「そう。なんかあの猫、トリコさんっぽくない? しっぽの部分がフックになってて、色々な場所に引っ掛けられるっぽいし」

「わ、わかった。小夜ちゃんがほしいんなら、狙ってみるよ」

 裕二はそう言うと、代金を支払って輪っかを三つ受け取る。

「こうスナップを利かせて……えい!」

 ……勢いは良かったものの、大暴投だった。あやうく店番のおじさんを直撃するところだ。

「全然安定してないじゃないのよー」

「お、おかしいな……もう一回。えい!」

「いてっ!?」

 続く二投目は途中ですっぽ抜け、隣にいた新也の頭を直撃した。

「こら裕二、俺は景品じゃねーぞ!」

「ご、ごめん」

 頭をさすりながら憤慨する新也に謝ってから、裕二は次の輪を投げるも……ぬいぐるみの頭に当たって弾き返された。

「最後は惜しかったねー。ほい、残念賞」

 外れた輪を回収しつつおじさんが言い、ラムネ菓子を渡してきた。

「……おじさん、もう一回」

 手渡されたラムネ菓子をなんともいえない表情で眺めたあと、裕二は再び代金を支払った。

「え、もういいわよ?」

「ううん、もう少しでコツが掴めそうなんだ」

 あたしはそう口にするも、彼は新たな輪っかを受け取りながら、真剣な顔で言う。

 裕二って気弱なイメージがあるけど、こういうゲームでは熱くなるタイプなのかしら。

 そう考えている間にも、彼は輪っかを投じる。先程と似た軌道を描くも、惜しくも外れた。

「うぅ……もう少しなんだけどなぁ」

 首を傾げながら投じた二投目も外れ、ラストの三投目。

「……あ、入った」

 その輪っかの行く末を見守っていたあたしと裕二の声が重なる。

「や、やったー!」

「ほい、おめでとさん」

 拳を突き上げた裕二とは対照的に、おじさんは無感情な声で言い、ぬいぐるみを彼に手渡した。

「小夜ちゃん、これ、あげるよ」

「あ、ありがと……」

「はっはっは、これで彼女さんに面目が立ったね」

 どこか誇らしげな裕二からぬいぐるみを受け取った直後、店番のおじさんが笑顔でそう口にする。

「か、彼女!? そんなんじゃないですから!」

 全力で否定するも、妙に恥ずかしい気持ちになったあたしは、逃げるように出店をあとにしたのだった。

 ……この人ってば、何を勘違いしてるのよ。まったくもう。


 それからしばらくすると、もうすぐ花火が始まるという放送があり、ちょうちんや出店の明かりが落とされる。

 おそらく、人工の光で花火を邪魔しないための配慮だろう。

 あたしたちは手頃な防波堤の上に陣取り、五人で空を見上げる。

 一瞬の静寂のあと、夜空を覆い尽くすような巨大な菊型花火があがった。

 それを皮切りに、赤や緑、黄色の花火が次々に花開いていく。

「おおー、すごいのです! きれいです!」

 ヒナは前のめりになりながら花火に見入る。漆黒の空に色とりどりの花が咲くたび、彼女も笑顔の花を咲かせていた。

「わぁ、今年もすごいね」

「いつもより気合入ってるんじゃないのー? 猫たちは逃げ惑ってそうだけど」

「今日だけはしょうがないよ。少しの間、我慢してもらわなきゃ」

 視線を上げたまま、なっちゃんとそんな会話をする。

 今頃、しまねこカフェの中は大騒動になっているに違いない。

「……花火さ、来年もみんなで見たいよね」

 そんなことを考えていた矢先、裕二がそう呟く。

 それは何気ない言葉だったけど、あたしは妙な切なさを覚えた。

 季節はまた巡ってくるけれど、同じ夏は、二度とない。

 その願いが叶うという保証も、どこにもないのだ。

「小夜ちゃん、あのさ……ぼ……」

 思わず感傷的になっていると、裕二が何か言っていた。

 その声は花火の音にかき消され、ほとんど聞き取れなかった。

「え、なに?」

「……ううん。なんでもない。それ、大事にしてね」

 反射的に視線を下げると、彼はそう言ってトリコさん似のぬいぐるみを見る。

「わかってるわよー。あれだけ熱くなってる裕二、初めて見たかも」

 そのぬいぐるみの頭に触れながら、笑顔で言葉を返すも……彼はなぜか顔を伏せてしまった。今日の裕二、なんか変よねぇ。

「お、スターマイン始まるぜ」

 不思議に思っているところに新也の声が飛んできて、視線を空に戻す。

 そして間髪入れずに打ち上がった花火に、あたしたちは歓声を上げたのだった。

 ……佐苗島さなえじまの夏が、少しずつ、確実に過ぎ去っていく。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

水曜日のパン屋さん

水瀬さら
ライト文芸
些細なことから不登校になってしまった中学三年生の芽衣。偶然立ち寄った店は水曜日だけ営業しているパン屋さんだった。一人でパンを焼くさくらという女性。その息子で高校生の音羽。それぞれの事情を抱えパンを買いにくるお客さんたち。あたたかな人たちと触れ合い、悩み、励まされ、芽衣は少しずつ前を向いていく。 第2回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

伊緒さんの食べものがたり

三條すずしろ
ライト文芸
いっしょだと、なんだっておいしいーー。 伊緒さんだって、たまにはインスタントで済ませたり、旅先の名物に舌鼓を打ったりもするのです……。 そんな「手作らず」な料理の数々も、今度のご飯の大事なヒント。 いっしょに食べると、なんだっておいしい! 『伊緒さんのお嫁ご飯』からほんの少し未来の、異なる時間軸のお話です。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にても公開中です。 『伊緒さんのお嫁ご飯〜番外・手作らず編〜』改題。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

三度目の庄司

西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。 小学校に入学する前、両親が離婚した。 中学校に入学する前、両親が再婚した。 両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。 名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。 有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。 健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。

【完結】お茶を飲みながら  -季節の風にのって-

志戸呂 玲萌音
ライト文芸
les quatre saisons  フランス語で 『四季』 と言う意味の紅茶専門のカフェを舞台としたお話です。 【プロローグ】 茉莉香がles quatre saisonsで働くきっかけと、 そこに集まる人々を描きます。 このお話は短いですが、彼女の人生に大きな影響を与えます。 【第一章】 茉莉香は、ある青年と出会います。 彼にはいろいろと秘密があるようですが、 様々な出来事が、二人を次第に結び付けていきます。 【第二章】 茉莉香は、将来について真剣に考えるようになります。 彼女は、悩みながらも、自分の道を模索し続けます。 果たして、どんな人生を選択するのか? お話は、第三章、四章と続きながら、茉莉香の成長を描きます。 主人公は、決してあきらめません。 悩みながらも自分の道を歩んで行き、日々を楽しむことを忘れません。 全編を通して、美味しい紅茶と甘いお菓子が登場し、 読者の方も、ほっと一息ついていただけると思います。 ぜひ、お立ち寄りください。 ※小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にても連載中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
 神楽坂高校の俺は、ある日学食に飯を食いに行こうとしたら、数学の堂本が一年の女子をいたぶっているところに出くわしてしまう。数学の堂本は俺にω(オメガ)ってあだ名を付けた意地悪教師だ。  ωってのは、俺の口が、いつもωみたいに口元が笑っているように見えるから付けたんだってさ。  いたぶられてる女子はΣ(シグマ)って堂本に呼ばれてる。顔つきっていうか、口元がΣみたいに不足そうに尖がってるかららしいが、ω同様、ひどい呼び方だ。  俺は、思わず堂本とΣの間に飛び込んでしまった。

処理中です...