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第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』

第12話『島の祭りと、花火大会 その3』

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 あたしたちはさくら荘をあとにして、港へと向かう。

 花火大会の会場となっている港までは、村長さんの家の前を通り、わずか数分の距離だ。

 でも、今日は慣れない下駄を履いているのもあって、いつもの倍近い時間がかかってしまった。

「おおー、すごいのです!」

 やがて視界がひらけると、ちょうちんの明かりに照らされた港が目に飛び込んでくる。

 奥のほうにひときわ明るい出店がいくつも並んでいて、そのあたりを中心に無数の人が集まっていた。

 佐苗島さなえじまには大きな宿泊施設はないから、そのほとんどが島民か、祭りのために集まった親戚筋だろう。これだけの人が島にいたのかと、あたしは驚きを隠せなかった。

「おー、お前らも来たかー」

「時間通りだね」

 普段の港とは全く違う雰囲気に飲み込まれかけていると、新也しんや裕二ゆうじがやってきた。

 新也は甚兵衛じんべえを着ていたけど、裕二はTシャツ姿だった。風情もなにもないわね。

「お、ヒナも浴衣着せてもらったのか-?」

「はいです! 似合ってますか!?」

「おーおー、かわいいぜー」

 新也に浴衣を褒められて嬉しくなったのか、ヒナはその場でくるくると回る。その様子を見ていると、あたしまで嬉しくなってくる。

「ねえ、新也くん……わたしの浴衣、どう……かな」

 そんなヒナに感化されたのか、なっちゃんが遠慮がちに新也に尋ねていた。

「お、おう……似合ってる、ぜ……」

 すると彼は態度を一変させ、ひと目でわかるほどに顔を赤くしていた。というか、直視できていない。

「ちょっと新也、せっかくのなっちゃんの浴衣姿なんだから、しっかり見てあげなさいよ」

「う、うっせ。お前とか、馬にも衣装なんだよ」

「なんですってー! 言い直しなさいよ!」

「そ、そうだよ新也。それを言うなら、馬子にも衣装だよ」

「今の問題点はそこじゃない!」

「ご、ごめん」

 訂正してきた裕二に思わず声を荒らげると、彼は萎縮しながら謝った。

 てゆーか、新也も新也よ。いくらなっちゃんのほうがかわいいからって、あの言い方はないでしょ。失礼しちゃうわ。

「で、でもさ、僕は小夜さよちゃんの浴衣、似合ってると思うよ」

「はいはい、ありがとー。慰めの言葉として受け取っておくわねー」

 取り繕うように言う裕二に対し、あたしは肩をすくめながらお礼を言ったのだった。

 ……それから花火が始まるまでの間、五人で出店を回る。

「今年はいつもに増して出店の種類が多いよなー。さて、どっから行くか」

「新也、あんまりお金ないって言ってなかった?」

「そーなんだよ。だから、行く店は厳選しないとな。祭り割も来週だし」

 前を行く男子二人から、そんな会話が漏れ聞こえてくる。

 ちなみに祭り割とは、御輿を担いだ島民に渡される給料のようなものだ。

「お店が増えるのはいいことだけど、何食べるか迷っちゃうよね。小夜ちゃんは、お小遣い大丈夫?」

「まー、それなりねー。貯め込んでるものもあるし」

 ヒナの分も合わせて、おじーちゃんからお小遣いはもらっているけど、島猫ツアーでコツコツ貯めてきたお金があるし、軍資金としては十分だ。

「それなら、もし資金難になったら小夜を頼っていいわけか?」

「いいわけないでしょ。お取り寄せで変な本買ってるから、お金なくなるのよ」

「変な本言うなよ。誤解されるだろ」

 なっちゃんとの会話を聞いたのか、話に入ってきた新也をあたしは一蹴する。

 そんなあたしを、なっちゃんとヒナは苦笑しながら見ていたのだった。

「サヨ、あれはなんですか? 気になります」

「あれはワタアメねー。せっかくだし、皆で分けて食べましょ」

 やがて出店が立ち並ぶエリアへやってくると、ヒナは目移りしまくりだった。花火を知らないということは、出店も初体験なのだろう。

 はしまき、焼きもろこし、焼きそばなどなど。右へ左へとふらふらと動く彼女に付き合っているうちに、あたしたちの両手は食べ物でいっぱいになっていた。

 落ち着いて食べられそうな場所を探し、近くの防波堤に腰を落ち着ける。

「んー、このリンゴアメ、おいしいです!」

 数ある屋台グルメの中でも、ヒナはりんご飴がお気に入りのようで、口のまわりがベタベタになるのもいとわず、艷やかに光沢を放つ飴にかじりついていた。

「このベビーカステラだってうまいぞー。皆も食っていいからなー」

 あたしやなっちゃんが幸せそうなヒナを見ている中、新也は袋に入ったベビーカステラを皆に配っていた。

 20個買っても200円というリーズナブルな価格もあって、お小遣いの少ない彼は大量買したらしい。

 勧めてくれるのは嬉しいけど、さすがにベビーカステラばかり食べられない。あれってかなり喉乾くし。

 ちなみに、この島の出店には定番の金魚すくいはない。

 準備の段階から猫が狙うし、店を出したところで島民はほとんど手を出さないのだと、以前おじーちゃんから聞いた記憶がある。

 どちらかと言うと、ヨーヨー釣りやスーパーボールすくいのほうが人気あるような気さえする。

「やあ皆、楽しんでるかい?」

 そんな時、不意に声をかけられた。

「あれ、青柳さん?」

 声のしたほうを見てみると、いつもと変わらぬ恰好の青柳さんが立っていた。

「いかにもお祭りを楽しんでる感じが出てていいね。何枚か撮らせてもらってもいいかい?」

 彼はそう言いながら、あたしたちにカメラを向けてくる。昼間と同じように、祭りの様子を撮影しているらしい。

「いいですよー。その代わり、あとで人数分、焼き増ししてくださいね」

 冗談半分にそう口にしつつ、あたしたちはできるだけ自然にフレームに収まったのだった。
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