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第二章『しまねこと、夏を連れた旅人』
第5話『なっちゃんの誕生会と、記念撮影 前編』
しおりを挟む夏休みに入って数日後。早めの朝食を済ませたあたしは、しまねこカフェのテラス席に座ってモーニングコーヒーを飲んでいた。
まだ朝一番の船も港で待機している時間だというのに、半袖のパジャマから覗く二の腕に当たる風はどこか生ぬるい。その風に触発されるように、島のセミたちは合唱を始めつつある。
「サヨ、おはよー」
「おはようだネ」
背後からの声に振り向くと、いつしかココアとネネがやってきていて、並んで顔を洗っていた。
「あんたたち、顔洗うのはいいけど、今日は雨降らさないでよ?」
「大丈夫だと思うよ。少なくとも午前中はネ」
せっせとひげを整えながら、ネネが言う。
猫が顔を洗うと雨が降る……なんて迷信と思われがちだけど、実は科学的根拠があったりする。
雨が近くなって空気中の湿気が多くなると、猫のひげは元気がなくなる。それを直すために猫は顔を洗うそうだ。
「別にボクたちが雨を降らせるわけじゃないんだけどなぁ。サヨ、どこか出かける予定でもあるの?」
続いて毛づくろいに移りながら、ココアが訊いてくる。
「どこにも行かないわよー。今日、なっちゃんの誕生日だから、晴れてほしいってだけ」
「ありゃ、それはめでたいネ」
そう伝えると、二匹は揃ってしっぽを動かす。この子たちもなっちゃんにはお世話になってるし、お祝いしたい気持ちがあるのかもしれない。
「ここで誕生会をやる予定だけど、あんたたちも出る?」
「出る出るー。他の皆にも伝えなきゃネ」
「なっちゃんとこのハナグロさんにはもう伝えてあるから、それ以外の子たちによろしく。帰ってきたら高級猫缶あげるから、いっちょお願いね」
「おまかせあれ! ほらココア、いくよ!」
「ええっ、ボクは缶詰好きじゃないんだけど……」
高級猫缶、という単語に反応したネネが、ココアを連れ立ってしまねこカフェを飛び出していく。これで島猫たちへの連絡は大丈夫そうだ。
「あとは飾り付けしないとねー。ヒナやおじーちゃんにも手伝ってもらわなきゃ」
折り紙とかどこに置いてたかしら……なんて考えながら和室へ向き直ると、あたしは手に持っていたコーヒーを飲み干して気合を入れたのだった。
◇
やがて9時を過ぎた頃、しまねこカフェでなっちゃんの誕生会が始まった。
今日はカフェもお休みで、貸切状態だった。
「なっちゃん、誕生日おめでとうー!」
皆でお祝いの言葉をかけたあと、ケーキのロウソクの火が吹き消される。
ちなみに、定番のクラッカーは鳴らさない。理由は簡単。カフェに集まってくれた十匹近い猫たちが驚くから。
「皆、わざわざありがとねぇ」
なっちゃんは目を細めながら、少し恥ずかしそうにそう口にする。
この場には主賓のなっちゃんのほか、あたしとヒナ、裕二、そして新也の五人が集まっている。
おじーちゃんは部屋の飾りつけを手伝ってくれたものの、直前になって用事があると出かけていった。あたしたちが楽しめるよう、気を使ってくれたのかもしれない。
「ナツミお嬢、お誕生日おめでとうございます!」
誕生会が始まる前からなっちゃんの膝を独占していたハナグロさんも、彼女の誕生日をお祝いしてくれていた。あたしはその台詞を、そっくりそのままなっちゃんに伝える。
普段は民宿さくら荘の敷地からほとんど出ない彼も、今日ばかりはしまねこカフェにやってきていた。
「それじゃ、あたしたちからも。なっちゃん、誕生日おめでとー」
改めてそう口にして、それぞれがプレゼントを渡す。
「わ、猫柄のクッションだー。小夜ちゃん、ありがとう」
この猫、どことなくハナグロさんに似てるね……なんて付け加えながら、なっちゃんは笑顔を見せてくれる。島だから大したものは用意できなかったけど、喜んでくれているようで良かった。
「……夏海、これ、やるよ」
次に新也がプレゼントを贈るも……わざとそっけない態度を取っているのが、あたしでもわかった。
「わー、エプロンだ」
「た、たまたまコンビニヨシ子に売ってたんだよ。使ってくれ」
「ありがとう。大切にするね」
満面の笑みでお礼を言うなっちゃんに対し、新也はわざとらしく視線をそらしていた。
立派なエプロンだし、たまたま売っているような品物じゃない。間違いなく、本土から『お取り寄せ』した品だと思う。
ちなみに、裕二は本を贈っていた。タイトルは見えなかったけど、文庫本のようだった。
「そういえば哲朗さん、今日は朝から大はしゃぎだったんじゃないのー?」
続いてケーキを切り分けながら、あたしはそんなことを訊いてみる。
「そ、そうだね……朝起きると同時に抱きしめられて、プレゼント渡されちゃった」
「テツロー、相変わらずの親バカだネ」
「ネネさん、違うっす。テツローの旦那は子煩悩なだけっす」
ネネとハナグロさんの会話を聞き流して、あたしたちはケーキに舌鼓を打つ。
このケーキも栄子さん……なっちゃんのお母さんの手作りだそう。
島ではクリームもフルーツも手に入りにくいので、愛娘を大事にする両親の気持ちが、これでもかというくらいに伝わってきた。
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