上 下
11 / 39
第一章『しまねこと、春に拾った少女』

第11話『謎のキャベツと、ハナグロさん』

しおりを挟む

 ……ヒナが佐苗島さなえじまに来てから、数日が経った。

 今日は平日なので、あたしたちは学校がある。

 おじーちゃんも日中は本土に出かけるということで、ヒナは学校近くの村長さんの家で預かってもらっていた。

「それでね、朝起きたらウッドデッキの上にこんな大きなキャベツが三つも置かれてたんだけど、誰が持ってきてくれたのかわからなくて。なっちゃん、心当たりない?」

 お昼の休憩時間。いつものようになっちゃんと席をくっつけてお弁当を食べながら、あたしはそんな質問をする。

 朝起きたら新聞受けに大根が刺さっていたり、玄関先にカボチャが置かれている……なんてことは、この島ではよくあることだ。

 けれど、誰がくれたのかわからないことが多く、もらった側としてはすごくモヤモヤするのだ。

「うーん……今の時期はどこの畑も春キャベツだらけだし、ちょっとわからないかなぁ」

 なっちゃんは桜色のごはんを箸で持ち上げながら、首を傾げていた。

「そうよねー。野菜もらえるのはありがたいんだけど、せめて名前書いといてほしいわ」

「あはは、一理あるかもね。今度おすそ分けするときは、うちも名前書こうかな」

 天井を見上げながらため息まじりに言うと、それを聞いたなっちゃんはクスクスと笑っていた。

「……あ、おすそ分けといえば、お父さんが渡したいものがあるらしいの。学校が終わったら、うちに寄ってくれる?」

 その笑顔を見ていると、思い出したように彼女が言う。

「どのみち村長さんの家にヒナを迎えに行く予定だからいいけど……まさか、キャベツ?」

「さすがに違うと思うよ。うちの畑、キャベツは育ててないし」

 つい顔をひきつらせると、なっちゃんは苦笑しながら言い、ミニコロッケを口に運んだ。

 ……そ、そうよね。正直、これ以上キャベツもらっても食べきれないわよ。

 少しだけ安心しつつ、あたしもおかかが乗っかったご飯を頬張ったのだった。

  ◇

 学校が終わると、約束通りさくら荘へと足を運ぶ。

「それじゃ、ちょっと待っててね」

 木製の門を開けて、なっちゃんは母屋へと入っていった。

 さくら荘はその敷地の中に民宿の建物とは別に母屋があり、なっちゃんたち家族はそっちで暮らしているのだ。

「サヨの姉御、こんちゃーっす」

 門の近くにある石塀に背中を預けていると、足元から声がした。

 視線を送ると、そこには一匹の猫がいた。

「久しぶりねー。元気?」

 この子はハナグロさん。さくら荘で飼われている子で、一見みゅーちゃんに似ているけど、名前の通り鼻の周りに黒い模様があるのが特徴だ。

「たまにはしまねこカフェにも顔を出しなさいよー?」

「テツローの旦那やナツミお嬢がたくさんゴハンくれるっすから。足を伸ばす必要もなくなってまして」

「それはいいことだけど、トリコさんが寂しがってるわよー。対等に話せる奴がいないって」

「そいつはありがたい限りっすね。それなら、また近いうちに……」

 ハナグロさんとそんな会話をしていると、母屋の玄関扉が開いて、ビニール袋を持ったなっちゃんが出てきた。

「おまたせー。これ、お父さんが朝獲ってきた魚だよ」

 差し出された袋の中を確認すると、そこには特徴的な顔をした魚が何匹も入っていた。

「わー、メバルだー。これ、本当にもらっちゃっていいの?」

「うん。あまり大きくないから、唐揚げにするといいよー」

 ニコニコ顔で言うなっちゃんにお礼を言って、あたしはその袋を受け取る。

 彼女の言う通り、今夜はメバルの唐揚げがいいかもしれない。

 皮はサクサク、身はジューシーな唐揚げを想像して、思わずお腹が鳴りそうになった。

「それじゃ、また明日だね。ハナグロさんもおいでー。ごはんにするよー」

「ナツミお嬢、お世話になりまっす」

 笑顔のなっちゃんに見送られて、あたしはさくら荘を後にする。

 ヘコヘコしながら彼女についていくハナグロさんが、妙に印象的だった。

 ……そうだ。ヒナを預かってもらったお礼に、この魚を村長さんにおすそ分けしよう。濃いめの味付けにすれば、おつまみにもなりそうだし。

 そんなことを考えながら歩いていると、やがて村長さんの家が見えてくる。

 その門の前には数人の若い男性がいて、村長さんと何やら話をしていた。

 全員見たことがないし、島の人間ではないようだ。どういう人たちなのだろう。

 思わず立ち尽くしていると、背後からスクーターのエンジン音が聞こえてきた。

「……あら、小夜さよちゃんじゃない。こんなところで立ち止まってどうしたの?」

 とっさに道の端に寄りながら振り返ると、その運転手さんから声をかけられた。

 ヘルメットに半分隠れたその顔をよく見てみると、雪絵ゆきえさんだった。

 彼女は島で図書館を兼ねたカフェを経営していて、裕二の母親だ。

「あの人たち、何の集まりなんですかね?」

 いまだに話し込む団体を眺めつつ、そう訊いてみる。

「最近、村長さんが農園を始めたらしくて。その関係者じゃない?」

「服装もバラバラだし、業者さんには見えないんですけど」

「有志が集ってくれている……って言っていたわ。つまりボランティアね」

「あー……言われてみれば、なんかこう、使命感に溢れている気がしますね」

「そうでしょう? 朝一番の船でやって来て、最終便ギリギリまで農作業をしてるらしいの。すごいわよねぇ」

 うんうんと頷きながら、雪絵さんは感心しきりだった。

 この小さな島に本土からあれだけの人を呼ぶなんて、村長さんはどんな手を使ったのだろう。

 しかも無償だと言うし、全てはあの人の人望がなせる業なのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

東京カルテル

wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。 東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。 だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。 その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。 東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。 https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

処理中です...