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第二話 反魔術
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深い森の中、木々を利用して張られた野営でアレンは目を覚ました。
「――またあの夢か」
右腕と左眼を奪われたあの日から、既に六年が経っていた。
あの日の出来事は、未だに夢に見るほどに心と身体の奥深くまで刻まれていたのだった。
「あー……嫌なことを思い出したな」
右手をまじまじと見つめながら呟いた。
そこには失ったはずの右腕が。
まるで籠手をはめているかのようなゴツゴツとした異形を成していた。
仮に、竜が擬人化した竜人なる存在がいるのならば、きっとこんな腕をしているのだろう。
「命は助かったし、右腕も左眼もなんとかなったからよかっ……いや、よくないか。思い出すだけでも泣きたくなる、あの地獄……」
あの後、意識を失ったアレンは、見知らぬ広大な平地で目を覚ました。
後に気付いたことだが、そこは遺跡の最下層で、何かしらの力によって転移してしまったらしかった。
あの魔術紋の影響なのかはわからないが……。
おかげで、巨狼の脅威から逃れることが出来たわけだが――そこでアレンは別の地獄を味わったのだった。
まず、右腕と左眼へ尋常ではない痛みが襲った。
アレンが目覚めた時には右腕は異形の腕と成り果て、左眼の色も鮮血のように鮮やかな赤色をしており、身体がこれらを異物と判断したのか……まるで排除するかのように、高熱にうなされた。
これが一週間続き――その後に待っていたのは一年間のリハビリの日々。
高熱や痛みが治っても、右腕と左眼は中々身体に馴染まず、不自由を強いられた。
それと合わせて、食料の調達にも苦難を強いられた。
遺跡の最下層は、地上の世界とはまるで異世界で、今まで見たこともない動植物ばかりだった。
初めは木の実や野草で食い繋ぎ――何度も腹を下し、時には毒に侵されながらも何とか生きながらえることが出来た。
そして、ようやく人並みに動かせるようになった頃合いに、いざ帰ろうと遺跡の踏破に試みるも、今度は五年もかかってしまった。
「おかげでどんな場所でも生きていける術が身についたが……これ以上は思い出したくもないな……」
頭を抱えてため息をこぼした。
――いかんいかん、せっかく外に出れたんだ。
気分を変えようと立ち上がり、固まった身体をほぐすように伸びをした。
「しっかし、いい天気だな。遺跡内にも人工太陽があったけど、やっぱり本物は気持ちいいな。あの太陽の中にある黒点なんてまるで人と魔獣の影みたいで面白いな」
天を見上げながら、健やかな気分に浸った。
一寸ののち、違和感に気付く。
「ん? 黒点? そんなものが見えるなんてあり得ないだろ??」
そしてその黒点は徐々に大きさを増し、黒点の姿がはっきりと視認できた。
正体は、正しく人と魔獣だった。
そのことに気付いたアレンは大剣をすぐさま背負い、人影に向かって飛翔した。
人影の正体は、美しい金髪に、ツンと尖った長い耳――まるでガラス細工のような繊細な美しさを持つ少女であった。
恐怖のあまりか、目を瞑っている少女をそっと抱き抱え、付近の大枝に着地。
直後、アレンは重大なミスを犯したことに気付く。
「あ……しまった……あの魔獣の落下地点は……」
バリバリバリ!!
木々の枝をへし折りながら、魔獣は落下を続ける。
そして、アレンが今しがた寝ていた野営に、ドーン! という重低音を響かせながら激突した。
バラバラに粉砕された野営。辺りに舞い散る砂埃。
「……半日もかけてつくった俺の家が……」
砂埃が治まると、人の数倍はあろうほどの大きなムカデ――バケムカデがその姿を現した。
アレンは地面に着地し、少女を地面に降ろすと、バケムカデと対峙するように近付いた。
「貴様が俺の力作を……許さん」
その声は、やり場のない怒りをぶつけるかのように、低く震えていた。
そして、少女は自らが無事であることに驚きながら辺りを見渡し、アレンがバケムカデと戦おうとしていることに気付いた。
「だめです! その魔獣は熟練の魔術師でも苦戦を――」
しかし、少女の警告は一寸遅かった。
バケムカデは既にアレンを敵とみなし、臨戦態勢を整えていたのだった。
バケムカデはアレンを威嚇するように、体躯を起こしながら、自らの脚元に荒々しい炎をかたどった魔術紋を浮かべた。
そして口から火の球を吐出。
それは人よりも一回りも大きく、轟音を立てながらアレンへと迫った。
「残念だが俺に魔術は通用しない――反魔術」
アレンの左眼は赤く輝いた。
この火球も人の言うところの魔術の一種だ。
魔術は属性魔素という人の眼では感知することも触れることも出来ない魔素を、魔術紋で集め、魔術回路で魔術に変換し放出している。
魔素を繋ぎ合わせることで魔術を形づくっているが、魔素は非常に繊細なものだ。
だからこそ、魔術回路がなければ魔術の形には成せないし、ましてや行使することなど出来ない。
ただし、一度放出された魔術の外郭は固定され、魔素への再分解は不可能である。
その固定度が強ければ強いほど強力な魔術であり、放出された魔術を無効化するには、それよりも強い魔術で外郭を破壊するしかない。
この原理は人も魔獣も変わらない、この世界の摂理だ。
だがアレンはこの理から外れた存在であった。
アレンの真っ赤な瞳は魔素の流れを読み、異形の右腕は固定された魔素に直接触れることが出来た。
故に、外郭が強固に固定された強力な魔術であっても、その右腕で、外郭を形成する魔素を一つ取り除くだけで、外郭の繋ぎ合わせは崩壊し――魔術は霧散する。
これが地獄を経て得たアレンの力だった。
そして、自らが放った火球が一瞬のうちに霧散したことに驚くバケムカデ。
その体勢が整わないうちに、アレンは背負った大剣を手に取り、袈裟斬りを一閃。
バケムカデを真っ二つに切り裂いた。
「っと、勢いで倒してしまったが……こいつ、どこから降ってきたんだ? それにあんたは――?」
アレンの規格外の戦いぶりに、声を失っていた少女は、はっとしたのち、アレンに頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「反射的に動いてしまっただけで助けようと思ったわけではないが……一体何があった? それにその手枷は何だ?」
アレンは少女の手枷を指差しながら、静かにそう語った。
自宅を破壊された怒りからか、その言葉には威圧感すら感じられた。
そして少女はアレンの瞳をじっと見つめ――ゴクリと小さくのどを鳴らし、
「――た、助けてください!!」
開口一番、懇願したのであった。
「――またあの夢か」
右腕と左眼を奪われたあの日から、既に六年が経っていた。
あの日の出来事は、未だに夢に見るほどに心と身体の奥深くまで刻まれていたのだった。
「あー……嫌なことを思い出したな」
右手をまじまじと見つめながら呟いた。
そこには失ったはずの右腕が。
まるで籠手をはめているかのようなゴツゴツとした異形を成していた。
仮に、竜が擬人化した竜人なる存在がいるのならば、きっとこんな腕をしているのだろう。
「命は助かったし、右腕も左眼もなんとかなったからよかっ……いや、よくないか。思い出すだけでも泣きたくなる、あの地獄……」
あの後、意識を失ったアレンは、見知らぬ広大な平地で目を覚ました。
後に気付いたことだが、そこは遺跡の最下層で、何かしらの力によって転移してしまったらしかった。
あの魔術紋の影響なのかはわからないが……。
おかげで、巨狼の脅威から逃れることが出来たわけだが――そこでアレンは別の地獄を味わったのだった。
まず、右腕と左眼へ尋常ではない痛みが襲った。
アレンが目覚めた時には右腕は異形の腕と成り果て、左眼の色も鮮血のように鮮やかな赤色をしており、身体がこれらを異物と判断したのか……まるで排除するかのように、高熱にうなされた。
これが一週間続き――その後に待っていたのは一年間のリハビリの日々。
高熱や痛みが治っても、右腕と左眼は中々身体に馴染まず、不自由を強いられた。
それと合わせて、食料の調達にも苦難を強いられた。
遺跡の最下層は、地上の世界とはまるで異世界で、今まで見たこともない動植物ばかりだった。
初めは木の実や野草で食い繋ぎ――何度も腹を下し、時には毒に侵されながらも何とか生きながらえることが出来た。
そして、ようやく人並みに動かせるようになった頃合いに、いざ帰ろうと遺跡の踏破に試みるも、今度は五年もかかってしまった。
「おかげでどんな場所でも生きていける術が身についたが……これ以上は思い出したくもないな……」
頭を抱えてため息をこぼした。
――いかんいかん、せっかく外に出れたんだ。
気分を変えようと立ち上がり、固まった身体をほぐすように伸びをした。
「しっかし、いい天気だな。遺跡内にも人工太陽があったけど、やっぱり本物は気持ちいいな。あの太陽の中にある黒点なんてまるで人と魔獣の影みたいで面白いな」
天を見上げながら、健やかな気分に浸った。
一寸ののち、違和感に気付く。
「ん? 黒点? そんなものが見えるなんてあり得ないだろ??」
そしてその黒点は徐々に大きさを増し、黒点の姿がはっきりと視認できた。
正体は、正しく人と魔獣だった。
そのことに気付いたアレンは大剣をすぐさま背負い、人影に向かって飛翔した。
人影の正体は、美しい金髪に、ツンと尖った長い耳――まるでガラス細工のような繊細な美しさを持つ少女であった。
恐怖のあまりか、目を瞑っている少女をそっと抱き抱え、付近の大枝に着地。
直後、アレンは重大なミスを犯したことに気付く。
「あ……しまった……あの魔獣の落下地点は……」
バリバリバリ!!
木々の枝をへし折りながら、魔獣は落下を続ける。
そして、アレンが今しがた寝ていた野営に、ドーン! という重低音を響かせながら激突した。
バラバラに粉砕された野営。辺りに舞い散る砂埃。
「……半日もかけてつくった俺の家が……」
砂埃が治まると、人の数倍はあろうほどの大きなムカデ――バケムカデがその姿を現した。
アレンは地面に着地し、少女を地面に降ろすと、バケムカデと対峙するように近付いた。
「貴様が俺の力作を……許さん」
その声は、やり場のない怒りをぶつけるかのように、低く震えていた。
そして、少女は自らが無事であることに驚きながら辺りを見渡し、アレンがバケムカデと戦おうとしていることに気付いた。
「だめです! その魔獣は熟練の魔術師でも苦戦を――」
しかし、少女の警告は一寸遅かった。
バケムカデは既にアレンを敵とみなし、臨戦態勢を整えていたのだった。
バケムカデはアレンを威嚇するように、体躯を起こしながら、自らの脚元に荒々しい炎をかたどった魔術紋を浮かべた。
そして口から火の球を吐出。
それは人よりも一回りも大きく、轟音を立てながらアレンへと迫った。
「残念だが俺に魔術は通用しない――反魔術」
アレンの左眼は赤く輝いた。
この火球も人の言うところの魔術の一種だ。
魔術は属性魔素という人の眼では感知することも触れることも出来ない魔素を、魔術紋で集め、魔術回路で魔術に変換し放出している。
魔素を繋ぎ合わせることで魔術を形づくっているが、魔素は非常に繊細なものだ。
だからこそ、魔術回路がなければ魔術の形には成せないし、ましてや行使することなど出来ない。
ただし、一度放出された魔術の外郭は固定され、魔素への再分解は不可能である。
その固定度が強ければ強いほど強力な魔術であり、放出された魔術を無効化するには、それよりも強い魔術で外郭を破壊するしかない。
この原理は人も魔獣も変わらない、この世界の摂理だ。
だがアレンはこの理から外れた存在であった。
アレンの真っ赤な瞳は魔素の流れを読み、異形の右腕は固定された魔素に直接触れることが出来た。
故に、外郭が強固に固定された強力な魔術であっても、その右腕で、外郭を形成する魔素を一つ取り除くだけで、外郭の繋ぎ合わせは崩壊し――魔術は霧散する。
これが地獄を経て得たアレンの力だった。
そして、自らが放った火球が一瞬のうちに霧散したことに驚くバケムカデ。
その体勢が整わないうちに、アレンは背負った大剣を手に取り、袈裟斬りを一閃。
バケムカデを真っ二つに切り裂いた。
「っと、勢いで倒してしまったが……こいつ、どこから降ってきたんだ? それにあんたは――?」
アレンの規格外の戦いぶりに、声を失っていた少女は、はっとしたのち、アレンに頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「反射的に動いてしまっただけで助けようと思ったわけではないが……一体何があった? それにその手枷は何だ?」
アレンは少女の手枷を指差しながら、静かにそう語った。
自宅を破壊された怒りからか、その言葉には威圧感すら感じられた。
そして少女はアレンの瞳をじっと見つめ――ゴクリと小さくのどを鳴らし、
「――た、助けてください!!」
開口一番、懇願したのであった。
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