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第十三話 一夜城②

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 俺はまず100人に瀝青アスファルト防水の施工方法を指教することにした。
 しかし、ミズイガハラの街中で100人も集めそんなことをしていると、いくら鈍いと言われる領主であってもさすがに気付くだろう。
 そこで俺はアレクの牧場を借りることにした。
 日の出前にミズイガハラを出発し、牧場へと向かう。

 アレクは早々に出戻りした俺に驚いた様子であったが、事情を話すと快く受け入れてくれた。

 そして俺は20人ずつ5回に分け、瀝青アスファルト防水のイロハを伝授した。実物が目の前にあるため説明も非常に楽であった。また、小さい木の板を重ねたものも用意し、実際に塗り付ける演習も行った。
 彼らは皆飲み込みが早く、瀝青アスファルト防水の施工方法をすぐさまマスターしていった。
 ファティマが気を効かせてくれたのか、一団の中でも優秀な人材を回してくれたように思える。

 そしてこの日は予定通り100人への指教を終え、俺は後ろ髪を引かれつつもミズイガハラへの帰路へついた。

--------

 ミズイガハラへ戻ると早々に俺はファティマの屋敷へ向かった。それぞれの準備状況の報告を行うためだ。

 まずは俺から報告する。
「ファティマさんのおかげですごく順調に進みました。皆さん優秀で本当に助かりました。明日は予定通り指教の状況を確認していきます」

 続いてファティマが。
「ふん、当たり前だ。それで私の方だが、クソ虫には特に動きはなかった。おそらくこのまま気付かないかもしれん。領民へは私の配下を使って伝達済みだ。明日からの指教は問題なく行えるだろう」

 最後にクウネルが報告した。
「カズトさんに頼まれていた20箇所の建物の手配、完了しましたぁ。お願いされた通り、すべてミズイガハラから少し離れた場所にありますぅ。明日からは瀝青アスファルトと道具の手配をおこないますぅ」

 それぞれがそれぞれの仕事を確かにこなしてくれた。
「皆さん、ありがとうございます。今のところは特に問題はないようで安心しました。クウネルさん、建物の場所を示した地図などはありますか?」

「もちろんですぅ」
 さすがクウネルだ、準備がいい。

「ではファティマさん、今日指教した中から20人、選抜してこの場に招集してください」
 俺がそう言うと、ファティマはニヤリと微笑んだ。

「入れ」
 ファティマがそう言うと、20人の配下達が入室してきた。

「さすがです......」
 俺の考えはこの人達にことごとく先回りされていた。この2人が味方で本当に助かった。というよりも、敵だとしたら勝てる要素が見つからない。それぐらい頭の切れる2人だ。

 そして俺はファティマの配下20人に対し、20箇所の建物を一つずつ割り当てた。明日からはこの20人にはチームのリーダーとして領民への指教を行なってもらう。
 アレクの牧場に毎日数百人を集める訳にはいかないため分散させたのだ。

「明日から領民への指教をお願いします。皆さんそれぞれ担当の場所に領民を連れて移動してください。1チーム一日あたり20人の指導が目安になりますので、領主に勘付かれないよう少数での移動を徹底してください」
 幸いにもここミズイガハラは人の往来が多い街だ。少人数ずつの移動であれば往来に紛れることが出来るだろう。

「では明日以降も手筈通りにお願いします」

 今日のところはここで解散となった。

 --------

 報告会を終えた頃にはすっかり夜もふけていた。
 人通りがなくなった街道を俺は1人歩いていく。所々に設置されている松明がぼんやりと街を照らしていた。

 この感じ久しぶりだな。
 俺は元の世界にいたころの感覚を思い出していた。日が変わるまで仕事をして、人気のない通りを歩く。
 だがあの頃と決定的に違うものがある。

 あの頃は目的もなくただただ仕事をこなすだけであったが、今は明確な目標が、目的がある。ただそれだけのことなのに疲れた気持ちが不思議と和らいでいく。

 そうだ、少し夜風でもあびていくか。

 心地よい風が通りを吹き抜ける。
 通り沿いに植えられたヤナギの葉が風のふくままにそよいでいた。

「いい風だな」
 そんなことを思いながら宿へ戻ったのであった。

 --------

 翌日、俺は予定していた通り指教の視察を進めていた。

 すでに10箇所の視察を終え、11箇所目の建物にたどり着いたところだ。指教はどのチームも大きな問題がなく、予定よりも少し早い到着となった。

 時間も丁度お昼時であったため、領民達は昼食をとっているところであった。

「お疲れ様です」
 俺は領民のグループに声をかけた。

「ああ、兄ちゃん。お疲れ様」
 領民は気さくに返事をしてくれた。

「だけどさ、これであの領主に一泡吹かすことができるね」
 他の領民の会話だろうか? 別のグループから聞こえてきた。

「本当にねー。あの領主だけは信用ならないからねー」

「ファティマ様が領主を懲らしめてくれなかったらと思うとゾッとするよ」

 やはりファティマと領主との間には何かあったようだ。
 
 でも一体なにが?

 俺の興味心がつい口から出てしまった。
「あの、その話もう少し詳しく教えてもらえませんか? まだミズイガハラの情勢には疎くて」

 そこで俺は領主とファティマの間でなにが起きていたのかを知った。
 ミズイガハラの領主は元々は別の人間で、その頃のミズイガハラは今のように活気ある街だったこと。
 2年ほど前に国の意向で領主が交代となり、現領主がやってきたこと。
 現領主は私腹を肥やすため領民に不当な重税を掛けて、税を納められない領民は家族ごと追放していたこと。
 追放が増える毎に街の税収が減り、更に増税される悪循環に陥っていたこと。
 ファティマが立ち上がり、現領主の不正を暴いたこと。
 それ以来、現領主は大人しくなっていること。

 なるほど。いかにもあの領主がやりそうなことだ。
 だがしかし、そこまでの圧政を敷いていた人間が不正を暴かれただけで大人しくなるのだろうか?
 仮にも領主だ。不正を暴いた者に工作など仕掛けてもおかしくはない......。

 そして俺はある事実に気付いてしまう。
 相手がファティマであるということに。頭も切れ、殺気にも似た威圧感を放つような人だ。工作を仕掛けた相手がただでは済まないだろう。いや、実際に済まなかったのであろう。領主の館でのファティマと領主のやり取りをみればそのことは明白であった。
 
 そう考えると背筋がゾッとしてしまった。

 知らない方がいいとはこのためか......。
 結局俺は今日知ったことは自分の胸のうちに秘めることにしたのだった。
 
 そうこうしているうちに昼食休憩が終了した。
 そして俺は視察を再開し、この日予定されていた全ての視察を終えた。
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