上 下
33 / 36

第三十三話

しおりを挟む
「いやあ、まいったわい。まさかあんなものを出してくるとはのう。負けじゃ負けじゃ」
 俺たちと対面して座る村長は、ボロボロになった道場を見回しながらそう話す。

「――コイツ・・・は半ば反則のようなものだ。大手を振って、俺の勝ちとは言えないだろう?」
 俺は膝の上でくつろぐ白竜を指しながらそう話す。

 事実、この白竜が現れなければ勝負はどうなっていたかわからない……。

「じゃが、そやつもお主のスキルが生み出したものなのじゃろう? ならばそれはお主の力じゃろうて」
 村長は穏やかな笑みを浮かべた。

「……そうか。村長がそう言うのであらば、俺は構わないが」
 俺の目的はあくまでもツンドララビットの毛皮。それさえ手に入るのならば、勝ち負けはさほど重要ではない。
 ここは村長の申し出を素直に受けるのが得策だろう。

「しかし、竜なんて初めてみたわい。存外可愛らしい見た目をしておるのじゃのう」
 村長は白竜を覗き込むようにしてそう話す。

 そして、俺の隣にいたアンジュも覗き込みながら、
「ですねー! 目がぱっちりしててとっても可愛らしいです!」
 はしゃぐようにそう言った。

 生まれたばかりのせいか、竜と言うには小さく、俺の膝に乗るほど。
 確かに、可愛らしいといえば可愛らしい……。

 とは言え、竜は伝説の生物。
 過去には、この世界で勃発した争いを止めたという逸話もある。
「世界の守り手とも言われている竜がなぜ――」
 俺はぼそっとそう呟いた。

 その呟きに、村長が反応。
「なんじゃ? お主が生み出したのであろう?」

「どこかから声が聞こえてな。なぜ生まれたかは俺にもわからない。なにせこんなことは初めてだからな」
 俺は肩をすくめながらそう話した。

 それに対し、村長は顎に手を置きながら、
「ふむ……不思議なこともあるもんじゃのう。じゃが、お主の言うとおり、竜は世界の守り手じゃ。お主が聞いた声が竜の声だったのであれば、お主が竜に選ばれたのかもしれんのう」
 真剣そうな表情でそう話す。

「……俺が……竜に?」
 今の俺には目の届く範囲のことで手一杯。
 とてもじゃないが、世界のことまで面倒は見切れないが……何かの間違えではないのか?

 そんなことを考えていると、
「それと、もうひとつ気になっておったのだが――『九鼎大呂きゅうていたいりょ』がこんなところで何をしておるんじゃ?」
 村長が不意にこう言った。

「――!?」
 なぜ村長が『九鼎大呂きゅうていたいりょ』のことを?

 もしや、村長はリカルド国王側の人間?
 ……いや、そうであればわざわざ一対一で戦うのは不自然だ
 俺に不信を抱いているのならば、騎士団を動かし、圧倒的な力で抑えつけてしまえばいい。

 では一体どうして――?

 そんな考えが一瞬にして頭を駆け巡った。

 すると、村長はこうも続ける。
「その考えこんだ時の顔もよく似ておるのう。随分と大きくなったもんだ」

「……どういう意味だ?」
 似ている?? 一体何の話を?

「お主の父親とは旧知の仲でな、さっきのような仕合いをよくしておったのじゃ。その恨めしい顔はまさしくお主の父、そのものじゃ」
 村長はそう話すと、ニカっと笑った。

 まさか――!!
「元騎士団長――サーキス・フレドブルグ!」

 エミリアの二代前の騎士団長で、突然として騎士団長の座を辞任、そして冒険者となった男。

 冒険者もとうの昔に引退したらしいが……元Sランクの冒険者で、相当に腕が立つと聞いている。

「おー、よく知っておるのう。お主とは乳飲児ちのみごのころに会ったきりじゃから、ワシのことなど知らんだろうと思っていたが……光栄じゃのう。じゃが、今のワシは少し腕の立つ冒険者だったじじいじゃ。村でもそれで通しておる。そのために名前まで変えたのだからのう――皆には内緒にしといておくれ」
 村長はそう話すと、人差し指を口の前に立てながら笑った。



 ――そして俺たちは今までの経緯を村長に説明した。
「サーキスは誰よりも信用の置ける男」だという父の言葉……そして手合わせをした俺の直感を信じて。

「……そうか。それでツンドララビットの毛皮を欲しておったのか。中々口を割らんからどれほどの理由かと思っておったが……ワシの思った以上に大事だったようじゃのう」
 村長は真剣な面持ちでそう話す。

「どこに間者がいるかわからない。それ故、安易に情報を提示するわけにはいかなかったのだ」

「それはそうじゃのう。ワシがお主の立場でもそうしておる。して、お主は国王が憎くいのかのう? お主の家系は『九鼎大呂きゅうていたいりょ』に相当の誇りを持っていたと聞いておるが……その誇りを傷付けられたことへの反発で国王に敵対しておるのか?」

「確かに悔しさはあった……だが、あれがあったからこそ、アンジュとも出会え、冒険者にもなれた。いまも厄介ごとに巻き込まれてはいるが、不思議と憎しみはない……ただ、リカルド国王が誰かを犠牲にしてまで益を得ようと考えているのならば……俺はそれを止めようと思う」

「そうかそうか。良き心を育んだのじゃのう…………さて、今日はじじいの余興に付き合わせてすまなかったのう。お主の顔を見たらついついな」
 村長は再び笑顔に戻りそう言った。

 余興であんなことに付き合わされたのか……。

 村長はこうも続ける。
「お主も父親と違わず、しっかりと鍛錬を積んでいたようで安心したわい。じゃが、人との対峙はまだまだ不慣れのようじゃのう。時には非情になることも必要じゃ。今後、そういった機会が訪れた時に……大切なものを守りたいならのう」

 そう話す村長の言葉には重みがあった。

 確かに、村長を殺す気でいけばもっと違った戦い方もあっただろう。だが俺に出来るのだろうか……。そんな機会が訪れないのが一番ではあるが……。

 そして村長は立ち上がると、俺へと近付き、
「――ほれ、これが約束の品じゃ」
 ツンドララビットの毛皮を手渡した。

 その際、村長は俺に耳打ちした。
「それと――あの娘っ子を大切にするのじゃぞ。ワシと戦っておる時、ずっと心配そうな顔をしとったからのう。あの顔はお主に気がある。間違いない。じゃが、何かを抱えているものもあるようにも見える。その時はお主が力になってやるのじゃぞ」

 そう言い残した村長は満足そうな顔で道場から去っていった。

 ――こうして俺たちはツンドララビットの毛皮を手に入れたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

処理中です...