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第三十三話
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「いやあ、まいったわい。まさかあんなものを出してくるとはのう。負けじゃ負けじゃ」
俺たちと対面して座る村長は、ボロボロになった道場を見回しながらそう話す。
「――コイツは半ば反則のようなものだ。大手を振って、俺の勝ちとは言えないだろう?」
俺は膝の上でくつろぐ白竜を指しながらそう話す。
事実、この白竜が現れなければ勝負はどうなっていたかわからない……。
「じゃが、そやつもお主のスキルが生み出したものなのじゃろう? ならばそれはお主の力じゃろうて」
村長は穏やかな笑みを浮かべた。
「……そうか。村長がそう言うのであらば、俺は構わないが」
俺の目的はあくまでもツンドララビットの毛皮。それさえ手に入るのならば、勝ち負けはさほど重要ではない。
ここは村長の申し出を素直に受けるのが得策だろう。
「しかし、竜なんて初めてみたわい。存外可愛らしい見た目をしておるのじゃのう」
村長は白竜を覗き込むようにしてそう話す。
そして、俺の隣にいたアンジュも覗き込みながら、
「ですねー! 目がぱっちりしててとっても可愛らしいです!」
はしゃぐようにそう言った。
生まれたばかりのせいか、竜と言うには小さく、俺の膝に乗るほど。
確かに、可愛らしいといえば可愛らしい……。
とは言え、竜は伝説の生物。
過去には、この世界で勃発した争いを止めたという逸話もある。
「世界の守り手とも言われている竜がなぜ――」
俺はぼそっとそう呟いた。
その呟きに、村長が反応。
「なんじゃ? お主が生み出したのであろう?」
「どこかから声が聞こえてな。なぜ生まれたかは俺にもわからない。なにせこんなことは初めてだからな」
俺は肩をすくめながらそう話した。
それに対し、村長は顎に手を置きながら、
「ふむ……不思議なこともあるもんじゃのう。じゃが、お主の言うとおり、竜は世界の守り手じゃ。お主が聞いた声が竜の声だったのであれば、お主が竜に選ばれたのかもしれんのう」
真剣そうな表情でそう話す。
「……俺が……竜に?」
今の俺には目の届く範囲のことで手一杯。
とてもじゃないが、世界のことまで面倒は見切れないが……何かの間違えではないのか?
そんなことを考えていると、
「それと、もうひとつ気になっておったのだが――『九鼎大呂』がこんなところで何をしておるんじゃ?」
村長が不意にこう言った。
「――!?」
なぜ村長が『九鼎大呂』のことを?
もしや、村長はリカルド国王側の人間?
……いや、そうであればわざわざ一対一で戦うのは不自然だ
俺に不信を抱いているのならば、騎士団を動かし、圧倒的な力で抑えつけてしまえばいい。
では一体どうして――?
そんな考えが一瞬にして頭を駆け巡った。
すると、村長はこうも続ける。
「その考えこんだ時の顔もよく似ておるのう。随分と大きくなったもんだ」
「……どういう意味だ?」
似ている?? 一体何の話を?
「お主の父親とは旧知の仲でな、さっきのような仕合いをよくしておったのじゃ。その恨めしい顔はまさしくお主の父、そのものじゃ」
村長はそう話すと、ニカっと笑った。
まさか――!!
「元騎士団長――サーキス・フレドブルグ!」
エミリアの二代前の騎士団長で、突然として騎士団長の座を辞任、そして冒険者となった男。
冒険者もとうの昔に引退したらしいが……元Sランクの冒険者で、相当に腕が立つと聞いている。
「おー、よく知っておるのう。お主とは乳飲児のころに会ったきりじゃから、ワシのことなど知らんだろうと思っていたが……光栄じゃのう。じゃが、今のワシは少し腕の立つ冒険者だったじじいじゃ。村でもそれで通しておる。そのために名前まで変えたのだからのう――皆には内緒にしといておくれ」
村長はそう話すと、人差し指を口の前に立てながら笑った。
――そして俺たちは今までの経緯を村長に説明した。
「サーキスは誰よりも信用の置ける男」だという父の言葉……そして手合わせをした俺の直感を信じて。
「……そうか。それでツンドララビットの毛皮を欲しておったのか。中々口を割らんからどれほどの理由かと思っておったが……ワシの思った以上に大事だったようじゃのう」
村長は真剣な面持ちでそう話す。
「どこに間者がいるかわからない。それ故、安易に情報を提示するわけにはいかなかったのだ」
「それはそうじゃのう。ワシがお主の立場でもそうしておる。して、お主は国王が憎くいのかのう? お主の家系は『九鼎大呂』に相当の誇りを持っていたと聞いておるが……その誇りを傷付けられたことへの反発で国王に敵対しておるのか?」
「確かに悔しさはあった……だが、あれがあったからこそ、アンジュとも出会え、冒険者にもなれた。いまも厄介ごとに巻き込まれてはいるが、不思議と憎しみはない……ただ、リカルド国王が誰かを犠牲にしてまで益を得ようと考えているのならば……俺はそれを止めようと思う」
「そうかそうか。良き心を育んだのじゃのう…………さて、今日はじじいの余興に付き合わせてすまなかったのう。お主の顔を見たらついついな」
村長は再び笑顔に戻りそう言った。
余興であんなことに付き合わされたのか……。
村長はこうも続ける。
「お主も父親と違わず、しっかりと鍛錬を積んでいたようで安心したわい。じゃが、人との対峙はまだまだ不慣れのようじゃのう。時には非情になることも必要じゃ。今後、そういった機会が訪れた時に……大切なものを守りたいならのう」
そう話す村長の言葉には重みがあった。
確かに、村長を殺す気でいけばもっと違った戦い方もあっただろう。だが俺に出来るのだろうか……。そんな機会が訪れないのが一番ではあるが……。
そして村長は立ち上がると、俺へと近付き、
「――ほれ、これが約束の品じゃ」
ツンドララビットの毛皮を手渡した。
その際、村長は俺に耳打ちした。
「それと――あの娘っ子を大切にするのじゃぞ。ワシと戦っておる時、ずっと心配そうな顔をしとったからのう。あの顔はお主に気がある。間違いない。じゃが、何かを抱えているものもあるようにも見える。その時はお主が力になってやるのじゃぞ」
そう言い残した村長は満足そうな顔で道場から去っていった。
――こうして俺たちはツンドララビットの毛皮を手に入れたのだった。
俺たちと対面して座る村長は、ボロボロになった道場を見回しながらそう話す。
「――コイツは半ば反則のようなものだ。大手を振って、俺の勝ちとは言えないだろう?」
俺は膝の上でくつろぐ白竜を指しながらそう話す。
事実、この白竜が現れなければ勝負はどうなっていたかわからない……。
「じゃが、そやつもお主のスキルが生み出したものなのじゃろう? ならばそれはお主の力じゃろうて」
村長は穏やかな笑みを浮かべた。
「……そうか。村長がそう言うのであらば、俺は構わないが」
俺の目的はあくまでもツンドララビットの毛皮。それさえ手に入るのならば、勝ち負けはさほど重要ではない。
ここは村長の申し出を素直に受けるのが得策だろう。
「しかし、竜なんて初めてみたわい。存外可愛らしい見た目をしておるのじゃのう」
村長は白竜を覗き込むようにしてそう話す。
そして、俺の隣にいたアンジュも覗き込みながら、
「ですねー! 目がぱっちりしててとっても可愛らしいです!」
はしゃぐようにそう言った。
生まれたばかりのせいか、竜と言うには小さく、俺の膝に乗るほど。
確かに、可愛らしいといえば可愛らしい……。
とは言え、竜は伝説の生物。
過去には、この世界で勃発した争いを止めたという逸話もある。
「世界の守り手とも言われている竜がなぜ――」
俺はぼそっとそう呟いた。
その呟きに、村長が反応。
「なんじゃ? お主が生み出したのであろう?」
「どこかから声が聞こえてな。なぜ生まれたかは俺にもわからない。なにせこんなことは初めてだからな」
俺は肩をすくめながらそう話した。
それに対し、村長は顎に手を置きながら、
「ふむ……不思議なこともあるもんじゃのう。じゃが、お主の言うとおり、竜は世界の守り手じゃ。お主が聞いた声が竜の声だったのであれば、お主が竜に選ばれたのかもしれんのう」
真剣そうな表情でそう話す。
「……俺が……竜に?」
今の俺には目の届く範囲のことで手一杯。
とてもじゃないが、世界のことまで面倒は見切れないが……何かの間違えではないのか?
そんなことを考えていると、
「それと、もうひとつ気になっておったのだが――『九鼎大呂』がこんなところで何をしておるんじゃ?」
村長が不意にこう言った。
「――!?」
なぜ村長が『九鼎大呂』のことを?
もしや、村長はリカルド国王側の人間?
……いや、そうであればわざわざ一対一で戦うのは不自然だ
俺に不信を抱いているのならば、騎士団を動かし、圧倒的な力で抑えつけてしまえばいい。
では一体どうして――?
そんな考えが一瞬にして頭を駆け巡った。
すると、村長はこうも続ける。
「その考えこんだ時の顔もよく似ておるのう。随分と大きくなったもんだ」
「……どういう意味だ?」
似ている?? 一体何の話を?
「お主の父親とは旧知の仲でな、さっきのような仕合いをよくしておったのじゃ。その恨めしい顔はまさしくお主の父、そのものじゃ」
村長はそう話すと、ニカっと笑った。
まさか――!!
「元騎士団長――サーキス・フレドブルグ!」
エミリアの二代前の騎士団長で、突然として騎士団長の座を辞任、そして冒険者となった男。
冒険者もとうの昔に引退したらしいが……元Sランクの冒険者で、相当に腕が立つと聞いている。
「おー、よく知っておるのう。お主とは乳飲児のころに会ったきりじゃから、ワシのことなど知らんだろうと思っていたが……光栄じゃのう。じゃが、今のワシは少し腕の立つ冒険者だったじじいじゃ。村でもそれで通しておる。そのために名前まで変えたのだからのう――皆には内緒にしといておくれ」
村長はそう話すと、人差し指を口の前に立てながら笑った。
――そして俺たちは今までの経緯を村長に説明した。
「サーキスは誰よりも信用の置ける男」だという父の言葉……そして手合わせをした俺の直感を信じて。
「……そうか。それでツンドララビットの毛皮を欲しておったのか。中々口を割らんからどれほどの理由かと思っておったが……ワシの思った以上に大事だったようじゃのう」
村長は真剣な面持ちでそう話す。
「どこに間者がいるかわからない。それ故、安易に情報を提示するわけにはいかなかったのだ」
「それはそうじゃのう。ワシがお主の立場でもそうしておる。して、お主は国王が憎くいのかのう? お主の家系は『九鼎大呂』に相当の誇りを持っていたと聞いておるが……その誇りを傷付けられたことへの反発で国王に敵対しておるのか?」
「確かに悔しさはあった……だが、あれがあったからこそ、アンジュとも出会え、冒険者にもなれた。いまも厄介ごとに巻き込まれてはいるが、不思議と憎しみはない……ただ、リカルド国王が誰かを犠牲にしてまで益を得ようと考えているのならば……俺はそれを止めようと思う」
「そうかそうか。良き心を育んだのじゃのう…………さて、今日はじじいの余興に付き合わせてすまなかったのう。お主の顔を見たらついついな」
村長は再び笑顔に戻りそう言った。
余興であんなことに付き合わされたのか……。
村長はこうも続ける。
「お主も父親と違わず、しっかりと鍛錬を積んでいたようで安心したわい。じゃが、人との対峙はまだまだ不慣れのようじゃのう。時には非情になることも必要じゃ。今後、そういった機会が訪れた時に……大切なものを守りたいならのう」
そう話す村長の言葉には重みがあった。
確かに、村長を殺す気でいけばもっと違った戦い方もあっただろう。だが俺に出来るのだろうか……。そんな機会が訪れないのが一番ではあるが……。
そして村長は立ち上がると、俺へと近付き、
「――ほれ、これが約束の品じゃ」
ツンドララビットの毛皮を手渡した。
その際、村長は俺に耳打ちした。
「それと――あの娘っ子を大切にするのじゃぞ。ワシと戦っておる時、ずっと心配そうな顔をしとったからのう。あの顔はお主に気がある。間違いない。じゃが、何かを抱えているものもあるようにも見える。その時はお主が力になってやるのじゃぞ」
そう言い残した村長は満足そうな顔で道場から去っていった。
――こうして俺たちはツンドララビットの毛皮を手に入れたのだった。
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