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第二十一話

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 ――グランフォリア王国 リカルド国王の居室

「ミノタウロスが撃退されたとはどういうことだ! 何が特別製だ、所詮お主も愚鈍なやつらと同じであったということか!」
 我は愚かなローザンヌに向けて激しく叱責する。

 だがローザンヌはそんなこと意に介さずといった表情で、
「ミノタウロスが撃退されたことは誠に遺憾でございます。まさかあのような辺鄙へんぴな土地にミノタウロスを撃退出来るほどの強者がいるとは……さすがグランフォリア王国といったところでございます」

 王国を褒めれば追求を逸らせるとでも思ったか?
 浅ましいやつだ。
 だが、我はそんな言葉で騙されるような男ではないわ!!
「それで、肝心のあの女の方は大丈夫であったのか!!!???」

「ええ。それはもちろんでございます。それにミノタウロスは撃退されましたが、次の手は打ってございます。全て私にお任せください」
 相変わらず淡々と答えるローザンヌ。

 こやつには一度、強く言っておく必要があるな。
「本当に大丈夫なのだろうな? 万が一、我に火の粉がかかるようなら、わかっておろうな!!!」
 我は腹に力を込めた、力一杯の声でそう叫んだ。

 これでこやつもびびったであろう。

 しかし、ローザンヌの反応は我の予想に反していた。
「…………いい加減、うるさいですね。それにこんな無能に頭を下げるのも嫌気がさしてきました。計画よりは少し早いですが……やってしまいますかね」
 そして、ローザンヌは我をじっとみつめる。

「だ、誰に向かって口を聞いている!!! それになんだその反抗的な瞳は!!!」

 しかし、ローザンヌにみつめられると、段々とローザンヌが全て正しいように感じてくる。

 なんだ? おかしいのは我? ローザンヌが全て正しい……

「そうそう、一つ教えておきましょうかね。私の【魅了チャーム】、人には効果ないとお話しましたね? 実はあれ、嘘なんです。制約こそありますが、本当は人にも効果があるんですよ」

 ああ、あたまがぼーっとする……くちが……かってにうごく……
「このけんは……おぬしにすべてまかせた……」

「ええ。任されました。あ、それと、ミノタウロスはわざと逃したのですよ。あの女は連れ出されてこそ意味がある、全ては崇高なる目的のための仕掛け――まあ、私の言葉などいまのあなたには理解出来ないでしょうけどね。あっはっはっはっは!!!」

 ろーざんぬが……なにかいっている。
 われにはなんのことだか……りかいできない……。

 ☆

「先生が王城に向かってから、もう一週間になるのか」
 私は今日も『ヘミング峡谷』の川岸をひた走っていた。

 水面には夕焼けが反射し、すごく幻想的な景色をかもし出している。

 私はその景色につい見惚れ、足を止めそうになるも、
「エミリアさんに早く物資を届けないと!」
 気合いを入れ直して、走り続ける。

 そして私は、ミノタウロスとの戦いをふと思い出し、
「やっぱり先生はすごかったなあ。あの化け物を撃退してしまうのだもの」

 ――言いつけをやぶって、しかられちゃったな。
 でもそれは私を想ってのことだと思う。

 先生はいつだって優しかった。いつだって私をみていてくれた。

 先生と過ごした時間の中で、グランフォリア王国の冒険者育成が進んでいる理由が少しわかった。

 たぶん……いえ、間違いなく先生のおかげ。

 先生の知識を使って的確に配置された宝箱があれば、迷宮ダンジョンの攻略難易度は一段も二段も下がる。

 なら、先生をミクロン公国に連れて行く?
 それとも、先生からもっと情報を得るために、このまま付き従う?

 ――いや、違う。そうじゃない!

 先生は私を信用して、色々教えてくれた。そして今回はこんな私を頼ってくれた。
 だから私も応えたい。先生のおかげでこんなに立派になったんだぞって示したい!

 だけど――。
 だけど私はそんな先生に嘘をついている。

 私の役目はミクロン公国を救うこと……。
 その事を考えると、心が締め付けられるように痛い……。

 本当のことを先生が知れば、軽蔑されるかもしれない……裏切りものだと罵られるかもしれない。

 それでも私は本当のことを話さないといけない。

 先生からもらった信頼に応えるにはこうするしかないんだ。

 そんなことを考えていた時だった。
 バシャバシャバシャ――!!
 左手側を流れる川から、水を蹴るような音が聞こえてきた。

 私は咄嗟とっさに左手側を確認する。

 するとそこには一匹のリザードマン。
 武器を構えながら、川を横断するように私目掛けて突き進んでいた。

 ――しまった!

 夕暮れで視界が悪く、そして考えことをしていて【魔力探知ディテクター】も忘れていた。

 我ながらバカとしか言いようがない。先生にもきつく言われていたのに……。

 幸い、まだ距離がある……ここは素直に逃げるべき?

 いや、リザードマンは陸上でも高速で移動できるらしい。
 私の足も決して速いわけではない。

 追い付かれて背後から……なんてこともあり得る。

 なら――!

「縛れ縛れ、重くのしかかる砂礫のごとく! 【速度鈍化スロウ】!」

 まずは弱体化させて、時間を稼ぐ。

 すかさず、
「【氷結魔法ソルダーアイス】! 【氷結魔法ソルダーアイス】! 【氷結魔法ソルダーアイス】! 【氷結魔法ソルダーアイス】!」
 半詠唱の氷魔法を連続して放つ。

 水属性のリザードマンには水属性の派生である氷魔法の効果は薄い。

 だけど――!
 私の狙いは足元だっ!!

 私の杖から放たれた多数の氷弾は、リザードマンの足元に向かって一直線に突き進む。

 そしてそれはリザードマンの足元にある川に命中。
 すると氷弾は川に溶け込み、その周りの水もろとも一瞬にして凍結させた。

 リザードマンの足元一帯は凍結し、リザードマンの身動きが封じられた。

 足を止めてしまえばこっちのものだ!

 今度は杖をリザードマンの頭上に向ける。
 そして、
「潰せ潰せ、全てを押し潰す岩石のごとく! 【岩石魔法ソルダーストーン】!」
 私の杖から放たれた完全詠唱の一撃は、リザードマンほどの巨岩を、リザードマンの頭上に出現させた。

 直後、巨岩は自然落下を開始。
 身動きのとれないリザードマンはその巨岩を両手で受け止める。

 私の力じゃ一撃では厳しい、か。
 だけどこれなら!

 杖をリザードマンへと向け、
「響け響け。空駆ける風のごとく! 【烈風魔法ソルダーウインド】!」
 瞬間、リザードマンを飲み込むほどに大きな風弾が私の杖から放たれた。

 それは轟音をあげながら、リザードマンへと突き進む。
 そして風弾はリザードマンの体表を切り裂きながら、巨岩を支える両の手を払い除けた。

 直後、支えを失った巨岩が、ミチミチと音を立てながら凍結した水面に衝突した。

 ガシャン――!

 凍結した水面は砕かれ、破片が飛び散る。
 そしてそこには、押し潰されたリザードマンの姿があった。

「か、勝った……勝った!!!」
 私はあまりのことに浮かれ、高らかに声をあげる。

 だけどこの時私は先生の教えを思い出した。
 リザードマンは群れで行動することもある、と話していたことを。

 私はすかさず、周囲を見渡した。
 ――なにもいない……?

 いや、念のため!
魔力探知ディテクター】を発動。

 すると――私を取り囲むように三つの魔力反応。
 これは……リザードマンだ。

 おそらくはこの一匹と同じ群れ。

 魔力反応は徐々に近付き、そして三匹のリザードマンはその姿を現した。
 私に向かって、じりじりとにじり寄る。

 さっきはリザードマンが水上にいたから倒せたけど、今度は三匹とも陸上だ。
 それに三匹同時にこられたら、勝ち目は〇……。

 だけど――!

 私は諦めるわけにはいかない。

 先生に本当のことを話すんだ。
 ミクロン公国のみんなを救うんだ。

 こんなところで死ねない!

 意を決して、その一つに向かっていこうとしたその時、
「成長したなアンジュ。まさかもう、一人でリザードマンを倒せるようになっていたとはな。あとはもう大丈夫だ」

 私の真横から突然、そこにいるはずのない先生の声が聞こえてきた。
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