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モエルキセキ その2
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「ガイさん、起きてますか?」
「元から寝てない。」
「そうでしたか・・・少し、いいですか?」
しばらくして、ガイの元にパンを手にしたエリーゼが戻ってきた。
「食べます?」
「いただこう。」
「はい、あーん。」
「あぁん?自分で食べられるよ!」
「そうでしたか、ごめんなさい」
「いや、気を使ってくれてありがとう。」
上半身を起こしてパンを受け取ると、もぐもぐと口に放り込む。
「もうそんなに回復したんですの?」
「エリーゼが来てくれたからな。」
「ま、調子がいいんですわね。」
「ん、調子はいい。」
頭を冷やしてみれば、精神的にも余裕が生まれてくる。いつ再起動してくるかわからないということは、逆に言えば回復する余裕もある程度あるという事だ。復活の予兆も、観測を続けていればわかること。うまくいけば、復活前に何とかすることも出来るかもしれない。
「結構楽観的なんですのね。」
「そうでもしなきゃ潰れるから。」
パンの最後のひとかけらを飲み込み、水を口にすると生き返ったようになる。
「ところで、みんなは?」
「全員監視に行きましたわ。」
「なにも全員で行かんでもいいだろうに・・・。」
「正確には、時間を作ってもらったんですわ。」
「なんで?」
「二人っきりでお話したいからですわ。」
「そう・・・。」
少し前までは、あんなに話たかったはずなのに、今はどうにも居心地が悪い。
「でも、私が来て体力が回復したんでしょう?」
「・・・たった今減った。」
「んもう!調子がいいんですから!」
「調子悪いって言ってるんだけど。」
「それでその・・・ガイさんが光の人だったのですね。」
「そうだな。」
それ以上言葉が続かない。
「まあ、なんだ。気を使わせたくなかったから言ってなかったんだぞ。」
「そうなんですの・・・。」
間が保たない。
「・・・で、何の用?」
「用、と言いますか・・・どんな光の人ってどんな人なのか、お話してみたかった、と言いますか・・・。」
「幻滅したろ?」
「いえ、そんなことは・・・。」
「いいんだ、皆まで言うな。」
正直、一番知られたくない相手と言っても過言ではなかった。わざわざ皆の前で口論することはないだろうに、アイツめ。
「それで、ホントに何の用?」
「ですから、もっとお話をして知りたいと・・・。」
「それって、俺のことを?それともスペリオンのことを?」
「それは・・・。」
「わかってる、皆まで言うな。」
どっちを答えても、そのことをなじるつもりだったのだから本当に切羽詰まってる。
「スペリオンとは・・・。」
「スペリオンとは・・・?」
「正直俺にもよくわからん。」
「ズコーッ!」
「少なくとも、俺が生まれ持った遺伝子に何か意味があるのかもしれない。」
「遺伝子?」
「俺は試験管ベイビーだ。ある人間のDNAをいじって作られた。そこで何か手違いがあって、こうなったとしか思えない。」
「ある人間?」
「玄木リュウジ。ツバサの父だから、お前の曾祖父にあたる。」
「えっ、おじい様のお父様?」
「だから、前に俺の事をおじい様と雰囲気が似てるって言ってたのは、半分正解だったわけだ。」
「そうだった・・・のですか。」
遺伝子工学の話をされても、正直エリーゼにはピンとこないことだろう。それでも、祖父譲りのその聡明な頭脳を生かして、理解できるように噛み砕いている。
「スペリオンへの変身能力に気づいたのは、命の危険に遭った時だった。おそらく、防衛本能がそうさせたんだろう。」
「防衛本能?」
「無我夢中というわけだ。」
それから、力のコントロールのためにアキラの元で修行した。学んだのは主にヨガだったが。とにかく、今命があるのはそのおかげだ。
「けど、体を鍛えただけじゃ不十分だった。余分なエネルギーの発散を抑えるには、他の生物との融合が必要だとしばらくしてから分かった。」
「だから、アキラさんと融合をしているのですね。」
「前のアキラはもうちょっと強かったんだがな・・・。」
「聞き捨てならねえなそれは。」
「聞いていたのか。」
部屋の外からアキラが身を乗り出してくる。後ろにはドロシーもいる。
「まあ、並行世界の同じ人間だからって、同一視するのはナンセンスだとは思う。だが事実、俺の知ってたアキラの方が強かった。」
「お前の知ってるやつはアキラで、俺もアキラ!そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」
「違うのだ!」
「たしかにパワーファイターだったが、お前のように力尽くな脳筋ではなかった。鷹山流短刀術はどうした?」
「短刀術?あれは親父様が墓場まで持って行ってしまったよ、全部独学だよ。」
「道理で技がなっとらんと思った。力押しでは勝てるものも勝てない。」
「んだとぉ?!それも俺のセリフって言うんだろ、お前こそ自分のセリフを喋れよ!」
「どうどう、落ち着いて二人とも!」
険悪ムードに思わず聞きに回っていたドロシーも割って入ってくる。
「お前との『最初の』融合の時、お互いの心には立ち入らないという約束はした。だが、それ以前にお前には拒絶する意志を感じる。」
「そりゃそうだろう、他人に心の中に土足で踏み込まれていい気分がするはずもない!」
「そこだよ、俺知ってるアキラは、何でも受け入れる包容力も優しさもあった。それが人間の『強さ』だと俺は思っていた。」
「鏡に向かって言ってろよそんなの。」
「・・・悪い。俺が勝手に期待してたんだな。」
そりゃそうだ、と納得が付いた。自分にもわかっていたことなのに、ありもしない期待を抱いて、勝手に裏切られていた。
「もうお前の手は借りない。次が来たら、俺は俺一人だけで戦う。」
「えっ、でも融合しないと危険なんだろ?」
「3分ぐらいなら戦える。それだけで十分だ。」
「はっ、やってみろよ。俺は勝手にさせてもらう。」
「アキラは何する気なんだよ?」
「偵察に決まってる。捜査の基本は足だ。」
そういって足早にアキラは部屋を後にした。気まずい空気だけが残される。
「やっぱり同じだな。」
「何が?」
「捜査の基本は足って思考。」
一体ガイの知っていたアキラと、このアキラはどこで分岐したのか。あるいは、それが拒絶の根源というのか。
☆
「ゼノン第一大隊、到着した。」
「御足労を駆けます、キャニッシュ候。」
赤い鎧に身を包んだ大隊長を、リーブル枢機卿が迎える。枢機卿の斜め後ろにはシャロンたちも控えている。
「ほーん、あれがゼノンの大隊か。」
「その中でもエリートにあたる、バロン騎士団やね。」
「あの盾の模様はなかなかイカしてるな。」
公会堂の前にズラリと並ぶ騎士団の見物にガイたちはやってくる。
「で、あの隊長さんがエリーゼのお父さん?」
「そうですわ。」
「会いに行かなくていいの?」
「いいんですの・・・最近何をするにも小うるさくなって。」
エリーゼみたいな娘がいれば、そりゃ当然だろう。隊長はなにやらシャロンとも話をしていたが、やがて一隊を連れて公会堂へと入っていく。
「俺たちも様子を見に行こうぜ。先生を会議場に置き去りだ。」
「そろそろ過労死するんじゃないのかセンセ。」
公会堂に騎士団も混ざるとなると手狭に感じてくる。ヴィクトール私兵と相対する並びになって、圧もすごい。
「おお、お前ら・・・。」
「おっ、まだ生きてたかセンセ。」
「針の筵だっつの・・・。」
「まあ、ちょっと休んだらどうだ?」
「そうさせてもらう・・・ぐう。」
デュラン先生は倒れ込むように眠った。
「では新たに我らの剣にして盾、バロン騎士団も加えて、会議を続けます。」
「ご紹介に預かった、バロン騎士団大隊長『ワルツ・キャニッシュ』です。よろしく。」
(大犬のワルツかぁ・・・。)
ピアノ協奏曲のような名前の顔に傷を負ったいかつい顔の大隊長が、赤い兜を外して名乗る。
「さて、事態は急を要するので挨拶もそこそこに。会議を始めましょう。」
そこからまた長い話が始まった。一応参考人の立場として、ガイも何度か声を出すこととなったが、その度にどこかから鋭い視線が何度も突き刺さった。針の筵とはこのことか。
特に強い視線は、ワルツ大隊長から飛んでくる。エリーゼの父親という事は、おそらくガイのことは話にも聞いているだろう。時々顎を撫でる仕草をしながら、見定めるようにガイを見つめる。
「では、まだ安心するには早いと?」
「あの砲撃はすさまじい威力であったけれど、完全に息の根を止められたかと言われると怪しい。」
そんなバカな、という声がゼノンの側から聞こえてくるが、ガイは臆面もなく言い切った。
「それで、提案としてはヴィクトール商社の力を借りるべきだと思う。」
「ほう?」
「焼け石に水レベルだとは思うけど。何かいいネタありますか?どうぞ。」
「ふむ・・・沿岸部であれば海上からの艦砲射撃ができたのだがな。」 「船は近くまで来てるんだな?それも最新鋭というやつ。」
「そうだな。」
「ならきっとその船に載ってるはずだ。」
「どういうことだ?」
「話が見えないぞ。そちらの船と、どういう関係がある?」
「冷却装置だ。」
「冷却装置?」
「そうか・・・。」
「同じ型の船になら、フォブナモと同じエンジンが積まれている。フォブナモを止めるための装置もあるということだ。」
「成程、それを使って安全に心臓を解体するということだな。いいだろう。」
正確には、冷却装置だけでなく制御装置も含まれている。それをここまで輸送して、マンパワーで接続して無力化させる。
「しかし、ここまで運んでくるには2日はかかる。間に合うのか?」
「観測によれば3日はかかるそうだから、ギリギリ間に合うそうだ。どのみち、確実に止めるにはほかに方法もない。」
「それに付け加えると、装置を稼働させるにも電気を使うが、ゼノンからも誰か手を貸してくれるとありがたいのだが?」
「となると、誰が適任になるか・・・。」
「わたくしが行きますわ!」
それまでずっと黙り込んでいたシャロンが声をあげた。
「シャーロット、あなたはまだ・・・。」
「レオナルドはわたくしのペットですわ!ペットの面倒を見るのは飼い主の責任だと、いつも言われてきましたわ!」
「そりゃあ、そうじゃが・・・。」
「それに、わたくしだってゼノンの見習いなのですわ。進んで武功をあげるというのも、必要なことだと思っていますわ。」
「ぐ、ぐむう・・・そこまで言うのなら。」
「マジ?危ないよシャロン?」
「でも、ここには頼れる仲間がいましてよ?」
「他人まかせかい!」
「他人じゃなくて仲間ですわー!」
まったく調子がいいんだからこのお嬢さんは。
☆
「・・・変わったな、シャーロット嬢。」
「あんなに元気に走り回ってるところは初めて見たわ。」
会議が終わって、リーブル枢機卿とワルツ隊長はひっそりと話していた。
「まさかシャーロットがこんなことに巻き込まれていると知った時は怒ったが・・・あんなに元気になるなんてな。」
「可愛い子には旅をさせよと言いますし。」
「そうさな、それに強くもなった。ペットの面倒を見るように言ってるのはワシだったが、まさかあそこまで言ってくれるとは。いかんいかん、歳をとると涙もろく・・・。」
「それも、ドロシーたちとの付き合いのおかげか。それに、あの青年・・・。」
「たしか、ガイと言ったかな。」
「ガイか・・・。」
「ところで、エリザベス嬢もここにきているとか。会わなくてもよろしいのかな?」
「今は仕事中の身です。向こうから会いにくるのならともかく、こちらから会いにいくのは憚れる。」
「なら貧乏ゆすりやめなさいよ。」
今にも飛び出していきそうなほどにワルツの足は揺れている。
「お父様。」
「おっすおじさん。」
「おお、エリザベス!!!ドロシーも来てくれたのか!!!」
「お父様、泣かないでください。鬱陶しい。」
その場へ狙いすましたかのように娘たちがやってくれば、涙のひとつも出るというもの。
「おじさん、オレもシャロンと一緒に特別隊に志願するんだけど。」
「うむ、ドロシーもゼノンに入団するか?」
「それなんだけど、やっぱりまだ決心がつかないんだよな・・・。」
「もう、あんなに息巻いてたのにどうして?」
「まだ学生だし・・・。」
「ははは、そう焦ることもないさ。それに、ドロシーには今の生活の方が勉強することも多いだろう。」
「ところで、あのガイという青年のことなのだが?」
「うっ。」
「うっ。」
「なんだその『うっ』って反応は。まさか・・・。」
「いやー、そんな悪いやつじゃないぞ?」
「そうですわよ!すっごいいい人なんですから!」
「『いい人』???エリーゼ、それはどういう・・・。」
「ああ、エリーゼはガイにホの字だからな。」
「ちょっと、ドロシー?!」
「な゛ん゛た゛っ゛て゛!ゆ゛る゛さ゛ん゛!」
「お父様?!」
「言っとくけど、おばさんも認知してるからな。」
「グ、グムゥ・・・。」
妻のことをだされると、途端にバカ親父は手が出せなくなってしまった。大変な恐妻家らしい。
「ほっほっほ、まあ今度ゆっくりお話しすればいいじゃろう?それに、今回の作戦も立ててくれた、有能な人物じゃろうし。」
「それは認めます。」
「だろ?ガイは結構すごいんだぜ。」
まるで自分が褒められているかのように、ドロシーも同調する。
「それに、アキラさんもすごいですわね。」
「そうそう、2人ともじいちゃんとは昔馴染みらしいぜ。」
「父上と?ということは、やはり彼らも『時の異邦人』?」
「ほう、それは興味深いのう。」
「まあ、その2人今仲悪いんだけど。」
「なにかあったのか?」
「うーん、お互いに認識のズレがあったというか。」
「もう一緒に戦わないってさ。」
「・・・喧嘩別れになるというのは、悲しいものだ。あまり人様の問題に首を突っ込むべきではないとは思うが、なんとかしてあげられるなら、なんとかしてあげなさい。」
「はーい。」
「おや、ドロシーとエリーゼ。なんの話してたんだ?」
「おっ、アキラ。なんでもないよ、なんでもない。」
「そうか。」
その場へとパーカーのフードを被っていたアキラがやってくる。
「彼がアキラ?」
「そ、アキラ、こちらさんはエリーゼの親父さん。」
「ワシ、ゼノンのエライさん。」
「知ってる。話をしに来た。」
「何の話?」
「この戦い終わったら、俺を雇ってはくれないかって。」
「えっ、マジ?」
「ほう?」
「以前から、スカウト話は貰っていたしな。いい機会だと思って今のうちに話をつけておこうと思って。」
「だがいいのかい?キミはドロシーたちと一緒に行動していたと聞いているが。」
「いいんです、どうせいつまでも同じ道を歩むことは出来ないと考えていたので。」
「そうか・・・それなら私が認めよう。ようこそ、バロン騎士団へ。」
「えっ、いきなりバロン?」
「ゼノンではないからな。バロンは優秀な人材をいつでも求めているよ。」
「よろしくお願いします。」
アキラとワルツはぐっと握手をする。
「ではさっそく命令を下したい。いいかな?」
「なんなりと。」
「うむ、キミも特別隊と行動を共にしてくれ。シャーロットのことを守ってやってほしい。」
「言われずとも、もとよりそのつもりでした。」
「話が早くて助かるよ。」
「ほほ、頼もしいのう。」
「では、俺は準備があるので。」
「うむ、よしなによしなに。」
挨拶もそこそこにアキラはその場を後にすると、ドロシーたちも後に続く。
「おいアキラ、いいのか?」
「別に構わんだろう。エリートさんからのお誘いなら、そう悪い話でもないし。」
「そうじゃなくて、ガイとかスペリオンのこととか。」
「・・・アイツ自身が1人でやるって言ってるんなら、別にいいだろ?」
「でも、今まで仲良くやってこれたのでしょう?」
「これからもそうできるとは限らないだろ。」
「だからって・・・。」
歯切れの悪いドロシーに代わって、エリーゼが口を開く
「アキラさんにとって、ガイさんはスペリオンとしての価値しかないんですの?」
「そうは言ってない。」
「では、何故離れる必要があるんですの?」
「・・・お互いが傷つかないために、距離を置くだけだ。」
「嘘、それはただアキラさんが傷つかないための方便ですわ。」
「鋭いな。」
「伊達に生徒会長やってませんわ。」
「そういう鋭いところもツバサ譲りってところか。」
アキラは、自分をまっすぐと見据えてくるエリーゼの眼に、ツバサの面影を見た。
「まあ、とにかく今はアレをどうにかするってだけだ。話はそれが終わってからでもいいだろ?」
「アキラはどこに?」
「情報収集。」
またアキラはフードを被って消えていった。
「元から寝てない。」
「そうでしたか・・・少し、いいですか?」
しばらくして、ガイの元にパンを手にしたエリーゼが戻ってきた。
「食べます?」
「いただこう。」
「はい、あーん。」
「あぁん?自分で食べられるよ!」
「そうでしたか、ごめんなさい」
「いや、気を使ってくれてありがとう。」
上半身を起こしてパンを受け取ると、もぐもぐと口に放り込む。
「もうそんなに回復したんですの?」
「エリーゼが来てくれたからな。」
「ま、調子がいいんですわね。」
「ん、調子はいい。」
頭を冷やしてみれば、精神的にも余裕が生まれてくる。いつ再起動してくるかわからないということは、逆に言えば回復する余裕もある程度あるという事だ。復活の予兆も、観測を続けていればわかること。うまくいけば、復活前に何とかすることも出来るかもしれない。
「結構楽観的なんですのね。」
「そうでもしなきゃ潰れるから。」
パンの最後のひとかけらを飲み込み、水を口にすると生き返ったようになる。
「ところで、みんなは?」
「全員監視に行きましたわ。」
「なにも全員で行かんでもいいだろうに・・・。」
「正確には、時間を作ってもらったんですわ。」
「なんで?」
「二人っきりでお話したいからですわ。」
「そう・・・。」
少し前までは、あんなに話たかったはずなのに、今はどうにも居心地が悪い。
「でも、私が来て体力が回復したんでしょう?」
「・・・たった今減った。」
「んもう!調子がいいんですから!」
「調子悪いって言ってるんだけど。」
「それでその・・・ガイさんが光の人だったのですね。」
「そうだな。」
それ以上言葉が続かない。
「まあ、なんだ。気を使わせたくなかったから言ってなかったんだぞ。」
「そうなんですの・・・。」
間が保たない。
「・・・で、何の用?」
「用、と言いますか・・・どんな光の人ってどんな人なのか、お話してみたかった、と言いますか・・・。」
「幻滅したろ?」
「いえ、そんなことは・・・。」
「いいんだ、皆まで言うな。」
正直、一番知られたくない相手と言っても過言ではなかった。わざわざ皆の前で口論することはないだろうに、アイツめ。
「それで、ホントに何の用?」
「ですから、もっとお話をして知りたいと・・・。」
「それって、俺のことを?それともスペリオンのことを?」
「それは・・・。」
「わかってる、皆まで言うな。」
どっちを答えても、そのことをなじるつもりだったのだから本当に切羽詰まってる。
「スペリオンとは・・・。」
「スペリオンとは・・・?」
「正直俺にもよくわからん。」
「ズコーッ!」
「少なくとも、俺が生まれ持った遺伝子に何か意味があるのかもしれない。」
「遺伝子?」
「俺は試験管ベイビーだ。ある人間のDNAをいじって作られた。そこで何か手違いがあって、こうなったとしか思えない。」
「ある人間?」
「玄木リュウジ。ツバサの父だから、お前の曾祖父にあたる。」
「えっ、おじい様のお父様?」
「だから、前に俺の事をおじい様と雰囲気が似てるって言ってたのは、半分正解だったわけだ。」
「そうだった・・・のですか。」
遺伝子工学の話をされても、正直エリーゼにはピンとこないことだろう。それでも、祖父譲りのその聡明な頭脳を生かして、理解できるように噛み砕いている。
「スペリオンへの変身能力に気づいたのは、命の危険に遭った時だった。おそらく、防衛本能がそうさせたんだろう。」
「防衛本能?」
「無我夢中というわけだ。」
それから、力のコントロールのためにアキラの元で修行した。学んだのは主にヨガだったが。とにかく、今命があるのはそのおかげだ。
「けど、体を鍛えただけじゃ不十分だった。余分なエネルギーの発散を抑えるには、他の生物との融合が必要だとしばらくしてから分かった。」
「だから、アキラさんと融合をしているのですね。」
「前のアキラはもうちょっと強かったんだがな・・・。」
「聞き捨てならねえなそれは。」
「聞いていたのか。」
部屋の外からアキラが身を乗り出してくる。後ろにはドロシーもいる。
「まあ、並行世界の同じ人間だからって、同一視するのはナンセンスだとは思う。だが事実、俺の知ってたアキラの方が強かった。」
「お前の知ってるやつはアキラで、俺もアキラ!そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」
「違うのだ!」
「たしかにパワーファイターだったが、お前のように力尽くな脳筋ではなかった。鷹山流短刀術はどうした?」
「短刀術?あれは親父様が墓場まで持って行ってしまったよ、全部独学だよ。」
「道理で技がなっとらんと思った。力押しでは勝てるものも勝てない。」
「んだとぉ?!それも俺のセリフって言うんだろ、お前こそ自分のセリフを喋れよ!」
「どうどう、落ち着いて二人とも!」
険悪ムードに思わず聞きに回っていたドロシーも割って入ってくる。
「お前との『最初の』融合の時、お互いの心には立ち入らないという約束はした。だが、それ以前にお前には拒絶する意志を感じる。」
「そりゃそうだろう、他人に心の中に土足で踏み込まれていい気分がするはずもない!」
「そこだよ、俺知ってるアキラは、何でも受け入れる包容力も優しさもあった。それが人間の『強さ』だと俺は思っていた。」
「鏡に向かって言ってろよそんなの。」
「・・・悪い。俺が勝手に期待してたんだな。」
そりゃそうだ、と納得が付いた。自分にもわかっていたことなのに、ありもしない期待を抱いて、勝手に裏切られていた。
「もうお前の手は借りない。次が来たら、俺は俺一人だけで戦う。」
「えっ、でも融合しないと危険なんだろ?」
「3分ぐらいなら戦える。それだけで十分だ。」
「はっ、やってみろよ。俺は勝手にさせてもらう。」
「アキラは何する気なんだよ?」
「偵察に決まってる。捜査の基本は足だ。」
そういって足早にアキラは部屋を後にした。気まずい空気だけが残される。
「やっぱり同じだな。」
「何が?」
「捜査の基本は足って思考。」
一体ガイの知っていたアキラと、このアキラはどこで分岐したのか。あるいは、それが拒絶の根源というのか。
☆
「ゼノン第一大隊、到着した。」
「御足労を駆けます、キャニッシュ候。」
赤い鎧に身を包んだ大隊長を、リーブル枢機卿が迎える。枢機卿の斜め後ろにはシャロンたちも控えている。
「ほーん、あれがゼノンの大隊か。」
「その中でもエリートにあたる、バロン騎士団やね。」
「あの盾の模様はなかなかイカしてるな。」
公会堂の前にズラリと並ぶ騎士団の見物にガイたちはやってくる。
「で、あの隊長さんがエリーゼのお父さん?」
「そうですわ。」
「会いに行かなくていいの?」
「いいんですの・・・最近何をするにも小うるさくなって。」
エリーゼみたいな娘がいれば、そりゃ当然だろう。隊長はなにやらシャロンとも話をしていたが、やがて一隊を連れて公会堂へと入っていく。
「俺たちも様子を見に行こうぜ。先生を会議場に置き去りだ。」
「そろそろ過労死するんじゃないのかセンセ。」
公会堂に騎士団も混ざるとなると手狭に感じてくる。ヴィクトール私兵と相対する並びになって、圧もすごい。
「おお、お前ら・・・。」
「おっ、まだ生きてたかセンセ。」
「針の筵だっつの・・・。」
「まあ、ちょっと休んだらどうだ?」
「そうさせてもらう・・・ぐう。」
デュラン先生は倒れ込むように眠った。
「では新たに我らの剣にして盾、バロン騎士団も加えて、会議を続けます。」
「ご紹介に預かった、バロン騎士団大隊長『ワルツ・キャニッシュ』です。よろしく。」
(大犬のワルツかぁ・・・。)
ピアノ協奏曲のような名前の顔に傷を負ったいかつい顔の大隊長が、赤い兜を外して名乗る。
「さて、事態は急を要するので挨拶もそこそこに。会議を始めましょう。」
そこからまた長い話が始まった。一応参考人の立場として、ガイも何度か声を出すこととなったが、その度にどこかから鋭い視線が何度も突き刺さった。針の筵とはこのことか。
特に強い視線は、ワルツ大隊長から飛んでくる。エリーゼの父親という事は、おそらくガイのことは話にも聞いているだろう。時々顎を撫でる仕草をしながら、見定めるようにガイを見つめる。
「では、まだ安心するには早いと?」
「あの砲撃はすさまじい威力であったけれど、完全に息の根を止められたかと言われると怪しい。」
そんなバカな、という声がゼノンの側から聞こえてくるが、ガイは臆面もなく言い切った。
「それで、提案としてはヴィクトール商社の力を借りるべきだと思う。」
「ほう?」
「焼け石に水レベルだとは思うけど。何かいいネタありますか?どうぞ。」
「ふむ・・・沿岸部であれば海上からの艦砲射撃ができたのだがな。」 「船は近くまで来てるんだな?それも最新鋭というやつ。」
「そうだな。」
「ならきっとその船に載ってるはずだ。」
「どういうことだ?」
「話が見えないぞ。そちらの船と、どういう関係がある?」
「冷却装置だ。」
「冷却装置?」
「そうか・・・。」
「同じ型の船になら、フォブナモと同じエンジンが積まれている。フォブナモを止めるための装置もあるということだ。」
「成程、それを使って安全に心臓を解体するということだな。いいだろう。」
正確には、冷却装置だけでなく制御装置も含まれている。それをここまで輸送して、マンパワーで接続して無力化させる。
「しかし、ここまで運んでくるには2日はかかる。間に合うのか?」
「観測によれば3日はかかるそうだから、ギリギリ間に合うそうだ。どのみち、確実に止めるにはほかに方法もない。」
「それに付け加えると、装置を稼働させるにも電気を使うが、ゼノンからも誰か手を貸してくれるとありがたいのだが?」
「となると、誰が適任になるか・・・。」
「わたくしが行きますわ!」
それまでずっと黙り込んでいたシャロンが声をあげた。
「シャーロット、あなたはまだ・・・。」
「レオナルドはわたくしのペットですわ!ペットの面倒を見るのは飼い主の責任だと、いつも言われてきましたわ!」
「そりゃあ、そうじゃが・・・。」
「それに、わたくしだってゼノンの見習いなのですわ。進んで武功をあげるというのも、必要なことだと思っていますわ。」
「ぐ、ぐむう・・・そこまで言うのなら。」
「マジ?危ないよシャロン?」
「でも、ここには頼れる仲間がいましてよ?」
「他人まかせかい!」
「他人じゃなくて仲間ですわー!」
まったく調子がいいんだからこのお嬢さんは。
☆
「・・・変わったな、シャーロット嬢。」
「あんなに元気に走り回ってるところは初めて見たわ。」
会議が終わって、リーブル枢機卿とワルツ隊長はひっそりと話していた。
「まさかシャーロットがこんなことに巻き込まれていると知った時は怒ったが・・・あんなに元気になるなんてな。」
「可愛い子には旅をさせよと言いますし。」
「そうさな、それに強くもなった。ペットの面倒を見るように言ってるのはワシだったが、まさかあそこまで言ってくれるとは。いかんいかん、歳をとると涙もろく・・・。」
「それも、ドロシーたちとの付き合いのおかげか。それに、あの青年・・・。」
「たしか、ガイと言ったかな。」
「ガイか・・・。」
「ところで、エリザベス嬢もここにきているとか。会わなくてもよろしいのかな?」
「今は仕事中の身です。向こうから会いにくるのならともかく、こちらから会いにいくのは憚れる。」
「なら貧乏ゆすりやめなさいよ。」
今にも飛び出していきそうなほどにワルツの足は揺れている。
「お父様。」
「おっすおじさん。」
「おお、エリザベス!!!ドロシーも来てくれたのか!!!」
「お父様、泣かないでください。鬱陶しい。」
その場へ狙いすましたかのように娘たちがやってくれば、涙のひとつも出るというもの。
「おじさん、オレもシャロンと一緒に特別隊に志願するんだけど。」
「うむ、ドロシーもゼノンに入団するか?」
「それなんだけど、やっぱりまだ決心がつかないんだよな・・・。」
「もう、あんなに息巻いてたのにどうして?」
「まだ学生だし・・・。」
「ははは、そう焦ることもないさ。それに、ドロシーには今の生活の方が勉強することも多いだろう。」
「ところで、あのガイという青年のことなのだが?」
「うっ。」
「うっ。」
「なんだその『うっ』って反応は。まさか・・・。」
「いやー、そんな悪いやつじゃないぞ?」
「そうですわよ!すっごいいい人なんですから!」
「『いい人』???エリーゼ、それはどういう・・・。」
「ああ、エリーゼはガイにホの字だからな。」
「ちょっと、ドロシー?!」
「な゛ん゛た゛っ゛て゛!ゆ゛る゛さ゛ん゛!」
「お父様?!」
「言っとくけど、おばさんも認知してるからな。」
「グ、グムゥ・・・。」
妻のことをだされると、途端にバカ親父は手が出せなくなってしまった。大変な恐妻家らしい。
「ほっほっほ、まあ今度ゆっくりお話しすればいいじゃろう?それに、今回の作戦も立ててくれた、有能な人物じゃろうし。」
「それは認めます。」
「だろ?ガイは結構すごいんだぜ。」
まるで自分が褒められているかのように、ドロシーも同調する。
「それに、アキラさんもすごいですわね。」
「そうそう、2人ともじいちゃんとは昔馴染みらしいぜ。」
「父上と?ということは、やはり彼らも『時の異邦人』?」
「ほう、それは興味深いのう。」
「まあ、その2人今仲悪いんだけど。」
「なにかあったのか?」
「うーん、お互いに認識のズレがあったというか。」
「もう一緒に戦わないってさ。」
「・・・喧嘩別れになるというのは、悲しいものだ。あまり人様の問題に首を突っ込むべきではないとは思うが、なんとかしてあげられるなら、なんとかしてあげなさい。」
「はーい。」
「おや、ドロシーとエリーゼ。なんの話してたんだ?」
「おっ、アキラ。なんでもないよ、なんでもない。」
「そうか。」
その場へとパーカーのフードを被っていたアキラがやってくる。
「彼がアキラ?」
「そ、アキラ、こちらさんはエリーゼの親父さん。」
「ワシ、ゼノンのエライさん。」
「知ってる。話をしに来た。」
「何の話?」
「この戦い終わったら、俺を雇ってはくれないかって。」
「えっ、マジ?」
「ほう?」
「以前から、スカウト話は貰っていたしな。いい機会だと思って今のうちに話をつけておこうと思って。」
「だがいいのかい?キミはドロシーたちと一緒に行動していたと聞いているが。」
「いいんです、どうせいつまでも同じ道を歩むことは出来ないと考えていたので。」
「そうか・・・それなら私が認めよう。ようこそ、バロン騎士団へ。」
「えっ、いきなりバロン?」
「ゼノンではないからな。バロンは優秀な人材をいつでも求めているよ。」
「よろしくお願いします。」
アキラとワルツはぐっと握手をする。
「ではさっそく命令を下したい。いいかな?」
「なんなりと。」
「うむ、キミも特別隊と行動を共にしてくれ。シャーロットのことを守ってやってほしい。」
「言われずとも、もとよりそのつもりでした。」
「話が早くて助かるよ。」
「ほほ、頼もしいのう。」
「では、俺は準備があるので。」
「うむ、よしなによしなに。」
挨拶もそこそこにアキラはその場を後にすると、ドロシーたちも後に続く。
「おいアキラ、いいのか?」
「別に構わんだろう。エリートさんからのお誘いなら、そう悪い話でもないし。」
「そうじゃなくて、ガイとかスペリオンのこととか。」
「・・・アイツ自身が1人でやるって言ってるんなら、別にいいだろ?」
「でも、今まで仲良くやってこれたのでしょう?」
「これからもそうできるとは限らないだろ。」
「だからって・・・。」
歯切れの悪いドロシーに代わって、エリーゼが口を開く
「アキラさんにとって、ガイさんはスペリオンとしての価値しかないんですの?」
「そうは言ってない。」
「では、何故離れる必要があるんですの?」
「・・・お互いが傷つかないために、距離を置くだけだ。」
「嘘、それはただアキラさんが傷つかないための方便ですわ。」
「鋭いな。」
「伊達に生徒会長やってませんわ。」
「そういう鋭いところもツバサ譲りってところか。」
アキラは、自分をまっすぐと見据えてくるエリーゼの眼に、ツバサの面影を見た。
「まあ、とにかく今はアレをどうにかするってだけだ。話はそれが終わってからでもいいだろ?」
「アキラはどこに?」
「情報収集。」
またアキラはフードを被って消えていった。
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